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第58話
「今度改めてなんかお礼させて」
そして大したことはできませんが、と縮こまりつつ、感謝を示す気だけはありますと伝えると、意外と早く答えが返ってきた。
「じゃあ、デート」
「へ?」
でもそれはずいぶんと予想外の単語だった。
デートとは、付き合っている者同士が一緒に出かけることだったはずですが。
「今描いてる話の中でそれっぽいデートする流れがあるから、取材に付き合ってほしいんだけど。気晴らしも兼ねて」
「あ、ああ、そういう……。それくらいならいくらでも」
「男同士のカップルという体で」
「か、かっぷる、ですか」
慣れない単語にひるみはするも、デートなんだからそれは当然だろうと一応頷く。
カップルでデート。
ムラサキくんが描いているものは男同士とはいえ恋愛ものなのだから、そういうシーンもあって当然だ。それはわかる。それは一人で出かけるのとはまた違う感覚なのだから、二人で出かける意味もわかる。
「たとえば普通どういう感じでデートすんの?」
「……でーと、そういえばしたことないんだよなぁ」
ただ、改めてデートと言われると、あまり想像がつかないのが情けない。
そういう甘酸っぱいものとは無縁の人生を過ごしてきたから、思い出そうにも記憶がないんだ。
食事してホテル、または直でホテル、終わったら解散という流れなら幾度も経験してきたけれど、デートと言われると遠い目をしてしまうほどに縁遠い。
本来なら男同士の付き合い方という参考にならなければいけないはずなのに、なんて役立たず。
「ホテルの中でのことなら色々お役に立てると思うんですけど、あいにくその前までは門外漢でして」
「自分で言ってることの意味わかってる?」
その先の経験は数えきれないくらいしたことがあるけれど、そこに至るまでのまどろっこしい道筋は通った覚えがない。我ながら特殊だとは思うけれど、世の中にはそういうものが必要ない人間だっているんだとわかってもらいたい。
デートする時間があるならベッドの上で過ごしたい。いや、それは嘘か。無駄に長く一緒にいるよりもさっさと気持ち良くなりたい。それがすべてだ。
「わかった。プランは俺に任せて。だから一日夕と俺は恋人ってことで」
「は、はい」
深いため息の理由はあえて聞くまでもなく、俺ができることといったらひたすらにイエスの返事をすること。
けれど、頷いたからには気になることもある。
「あの、カップルっていうのは、どこまでイチャイチャする感じ?」
カップルというものになったことがない俺の認識が果たしてムラサキくんと同じなのか。というよりもムラサキくんの取材にどういうテンションが必要なのか、は先に確認しておくべきだろう。
若干の気恥ずかしさがあってなんとなく声をひそめて問いかけた俺に、ムラサキくんは目を細めて手を伸ばしてきた。
「……夕はどこまでされたい?」
そして窺うように顔を覗き込まれて身動きが取れなくなる。
魅入られたみたいだ、とどこか他人事のように思った。
腕を引かれ、顔が近づく。
唇に吐息が触れ、温度を感じた瞬間反射的に目を閉じて。
「たーだいま! ……お、なんだ紫苑もいるのか?」
「……いて悪かったな」
ドアが開く音と先輩の声で飛びのくようにムラサキくんから離れた。ナイスタイミングではあるけれど、毎回心臓に悪い。はたから見たらきっとコントのように見えただろう。
ただムラサキくんは一気に不機嫌な顔になったし、睨まれたし、こちらもいろんな意味で動悸が止まらない。
この場合、流されやすいのは俺なのかムラサキくんなのか。
自分のためにもムラサキくんのためにも、もしかしたら本気でセフレを見つけた方が安心なのかもしれない……。
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