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第59話

「で、そこの猫のお客さんはなにか話したいことがおありで?」 「え、バレてた?」  あまり顔を出すと怒られるかと思い、できるだけの変装をして店のカウンターの端に座っていたというのに。  お客さんがいなくなったタイミングで、呆れたようにレンに話しかけられて、どうやらただ見過ごされていただけらしいと気づいた。 「先輩か? ムラサキか? まさか新たな男問題を起こしたわけじゃあねぇだろうな?」  むしろそれは俺には男関係しか悩みがないと思っているような言い方で、けれど悔しいかな予想通りの選択肢が用意されてしまっていたのでそれを選ぶ。 「俺、ムラサキくんから離れた方がいいのかも」 「は?」 「悪い影響与えてると思うんだよねぇ」 「なにを今さら」  頼んでいたビールで口を湿らせ、頬杖をついて息を吐く。俺はこんなに憂えているというのに、レンはくだらないとばかりに鼻で笑った。  そりゃあ店の中では飾らない会話が飛び交っているから、元からあまりお上品だったとは言えない。その中でも俺の話は倫理上よろしくなかっただろうし、普通は真似するべきものでも推奨したいものでもない。  だからこそ、ノンケのムラサキくんには刺激的で、それゆえに影響されてしまったと思ってもおかしくないだろう。元々マンガの中で男同士の恋愛を描いていたのなら、抵抗感も普通よりは低いと思われる。  そこにワンナイトラブを求める俺がいるんだ。なんとも組み合わせが悪い。 「なんか、男とすることに興味出てきたっぽくて、俺の理性が危ない」 「お前に理性なんかあったか?」 「ひどー。理性がなかったら相手選びませんけどー?」 「理性があったら男漁りしねぇんだよ。つーかそれこそ今さら、別にいいだろ。一回や二回寝るくらい」 「それが二回ヤったら何回ヤっても一緒ってなって、結局ずるずるいきそうじゃん?」 「……まあそういう例は山ほどあるな」  バーに来るお客さんの中にも、そうやってずるずると関係を続けているカップルもどきがたくさんいる。そんな関係になるのが嫌だから、知り合いとは寝ないと決めているんだ。  なにより相手がムラサキくんだからこそ、悩みはもっと深い。 「やっぱりさ、ムラサキくんはちゃんとした相手を見つけるべきだと思う」 「今日のお前が言うな案件はここですか」 「いやホント。たまに口悪いけど基本的にはいい子だし、俺なんかの毒牙にかかるのはダメだと思う」 「お前はあいつの親か」  自分で言うのもなんだけど、見た目だけいいのは伊達じゃない。  ぜひともムラサキくんには俺みたいのに引っかからずに、まともに生きてほしいと思う。  そう熱く語る俺をよそに、レンは自分で入れたハイボールを飲みながら軽い調子で茶化す。きっとあのハイボールは俺のツケに違いない。

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