「なにその気になる返しは」 「いや、俺の偏見」 「なに」 「大人の男が、ただの後輩相手にそんなに気遣って優しくてかっこいい面しか見せないってのは、どうかなぁってな。下心あるんじゃねーかなーって俺みたいな人間は思うわけ」 　なにか他のことを言いたげな、回りくどい言い方はあまり感じが良くない。 　そりゃあ他の後輩よりかは俺が必死になって近づこうとしていた分距離は近いだろうから、たとえ同じ状況になったとしても後輩全員に同じ態度かはわからない。 　でも下心があるかと言われると、心当たりがなさ過ぎて笑えてしまう。 「え、俺金持ってるように見える？　連帯保証人とか？」 　確かに偏見だ。 　だってどう見ても粟島先輩の方が財力があるだろうし、ギャンブルなんかで借金を作るタイプにも思えない。そういうもの目当てじゃないと優しくしてくれないというのは、さすがに先輩のことを穿って見すぎだ。 「……勘違いじゃなかったんじゃねぇの」 「ん？　なに、どういうこと？」 「いーや。なんでもないです。聖人もいるかもしれませんしね」 　まるで謎かけのように漠然とした言葉だけ口にして、レンはとぼけるようにそっぽを向いた。 「ややこしくなるからこれ以上はなにも言わん。親子丼ならぬ兄弟丼状態になったら笑ってやるから教えろ」 「んもーさすがレンさん、妄想がエグいなー。そんなのムラサキくんに言ったら怒られるから黙ってなよ？」 「言うかよバーカ」 　そんな妄想に先輩を巻き込んだ上にムラサキくんまで登場させたら気分がいいわけないだろう。あまりにもぶっ飛んだ発想はさすがにエグすぎる。 　俺が言ったらめちゃくちゃ軽蔑されるだろうけど、どうだろう、レンでも同じ反応されるのだろうか。 　……レンが言ってもなぜか俺だけが蔑まれる未来しか見えないのが不思議だ。 「お前って、見る目ないとは言わないけど見抜く目は案外持ってねぇな」 「なにしみじみ」 「改めて思ったんだよ。バーテン含めてもっと修行しな」 　今の会話でなにを悟ったのか、レンは飲み干したグラスを早々に洗い出した。せっかく来たんだから洗いものするよとカウンターの中に入ろうとしたけれど、いいから早く帰れバカ客と一蹴されてしまった。 　客だというのなら客扱いしてくれ、とつっこもうとしたけれど、誰に対してもわりとこんなものかと飲み込んだ。ただ、バカじゃなくて貞操観念が緩いだけだということだけは訂正したい。 「とりあえずいい加減男遊びやめろよ」 「えーでも欲求が不満なんですけど」 「お前のは、いくらヤったとこで満たされねぇよ。穴の場所が違うんだよ」 　仕方ないから大人しく帰りますよと立ち上がってカウンターにグラスを乗せた俺に、レンが吐き捨てるようにそんなことを告げた。 　さっきの回りくどさが嘘のように、なんともストレートな物言いだ。思わず苦笑いが洩れる。 「やだレンさん下ネタ？」 「間違った穴になに入れたって気持ち良くなんねぇのは当然だろーが」 「……レン？」 　怒っているような呆れているような強い口調のレンに困惑する俺をまっすぐ見て、洗いものの手を止める。 「いい加減自覚しろよ。お前の穴は、ここ」 　そしてそう言い放って、レンは自分の胸をどんっと叩いた。 　つられるように自分の胸に手を当てて、「レンは詩的だなぁ」と笑ったはずの顔が、うまく笑顔を作れたかは自分ではよくわからなかった。