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第68話
結局あの後、驚くほどあっさりと先輩が事態を片付けてくれた。
なんでも元から色々動いていてくれたらしく、思わぬ形で犯人が現れてくれたから一気に片付けられたそうな。
先輩が言うには、通っているジムのトレーナーが顔が広い人で、聞いてみたら快く協力してくれて、必要な人に連絡を取ってくれたのだと言っていた。
顔が広いジムのトレーナー。
……もしかしたら、案外世間は狭いのかもしれない。
そんなわけで、多少話は聞かれたものの呆気ないほどあっさり揉め事から解放された俺は、けれどムラサキくんの保護からは解放されなかった。
自分の家の方が安全だからと言う先輩を押し切り、ムラサキくんは自分の家に俺を保護した。
それからは心配性を爆発させて、安静にしていろと過保護に俺の世話を焼くばかりで、俺はなにもさせてもらえていない。援護を頼もうとしたレンも、今は忙しくないからゆっくり休んでろと違う背中を押してくれちゃって、結局俺は毎日ムラサキくんの家でぐだぐだしている。
「ムラサキくーん。そろそろ俺、家に戻ろうと思うんだけど」
「ダメ」
「こぶも治ったし、引っ越しのこととか考えなきゃいけないし」
「考えるならここでいいだろ」
正直なところ、早く家に帰らないと妙な気を起こしてしまいそうで自分が心配なんだ。
ムラサキくんも興味があるんだろうし、俺がどういう人間かわかっているのなら、一回くらいしてもいいんじゃないかと頭の中の小悪魔が囁いている。しかも今は「天使」がトラウマになっているせいで出てきてくれなくて、小悪魔くんが優勢なんだ。
そのせいでムラサキくんが近づくたびドキドキしてしまうし、ふと顔が近づいた瞬間にキスをされるんじゃないかとドキリとしてしまうなかなかのイタさだ。
一か八か言ってみようか、でも嫌がられたらちょっと傷つくなとか、ぐるぐると俺らしくない考えが巡るようになっていて、かなりまずい状態になっている気がする。
きっと、なにもせずに考える時間が多すぎるからだと思う。
だから早いところ家に戻って店でいつものように働いて、いつもの生活に戻るべきだと思うんだけど。
パソコンの前で作業中だからなのかムラサキくんの答え方がにべもない。冷たいのとは違うけれど、相手にしてもらっていない感じだ。
「ちょっと過保護じゃないかなぁ? もう問題は片付いたんだし、そこまで神経質にならなくても」
ムラサキくんには少しばかり特殊なことだったとはいえ、心配しすぎじゃないだろうか。
今回、たまたま先輩の弟だったという繫がりを知ったけれど、元々はただのバーテンダーと常連という繫がりしかないのだから。それだけの関係の俺を、どうしてここまで気にかけてくれるのか。
……先輩の家系は世話焼きなのかな、やっぱり。
「夕が、見てないと心配なことばっかりするからだろ」
「心配なことばっかりってほどじゃないでしょー? そりゃ一人で家に行ったのは悪かったと思うけど」
「それだけじゃなくて」
画面を見つめたままだったムラサキくんは、くるりとイスを回転させて俺に向かい合った。怒ってはいないけれど強い口調で言われ、言いかけた言葉を飲み込む。
「一人で抱え込むだろ、見てないと」
「……なにそれかっこいい。俺そんなかっこよく見える?」
そんなシリアスに生きていない。人よりちょっと問題が多いだけだ。それだって別に抱え込んで重苦しく悩んだりしていない。
それでもあの日、一番弱っていたところを見られたせいか、ムラサキくんにはわざと茶化しているように思われたらしい。むっとした様子を向けてくるムラサキくんは、イスの高さの分睥睨されているようだ。
「泣き虫なくせに、強がってんじゃねーよ」
「泣き虫ってほど泣いてないんですけど」
「泣いてるだろ」
やけに強気で言い張られているけれど、ムラサキくんに涙を見せたのはあの夜だけだ。
そもそも自分のことで泣くことなんか滅多にないのに、一回涙を見せたくらいでその言い方はさすがに大げさすぎると思う。
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