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第69話
まるで全部わかっているかのような態度に、一体ムラサキくんは俺のなにを知っているというんだとこちらも言って返そうとしたタイミングで、ムラサキくんが不意にイスから立ち上がった。
それからパソコンの隣の本棚ではなく、大股で向かった寝室の方の低い本棚から一冊取り出すと、今度は俺のもとへ来てそれを差し出してくる。
「読め」
「ムラサキくんの本? いいの?」
前に読もうとしたときは止められたのに。
あのとき俺が盗み見しようと指をかけ、見つかって止められた本をすんなり渡され、困惑とともに受け取る。
そのままムラサキくんは定位置であるパソコン前に戻っていってしまったから、仕方なく本に視線を落とした。
タイトルは「好きな人の好きな人」で、今よりも少し絵が拙い。それに一番端から取ったからたぶん最初に出した本なのだろう。
もしや感動もののストーリーで泣かせる気なのだろうか。それで俺が涙もろいとでも証明したいのか。
疑いながらページをめくり、ストーリーを追っていくにつれ変な感覚が沸き起こった。
違和感。いや、デジャヴ?
「……ん?」
主人公は中学生で、高校生の兄の友達、つまり年上の男を好きになったが、その人が見つめていたのは自分の兄だった、という話。
兄、友達、弟。
登場人物の関係に微妙な既視感を覚えながら読み進める。
主人公の恋愛対象である兄の友達は兄に片思いしていたものの、その恋は残念ながら報われない。いや、この場合は残念ではないのだろう。それを弟である主人公が慰めることにより距離が縮まり、失恋の傷は徐々に癒え、やがて二人の気持ちは深く結ばれ、身も心も一つになるというハッピーエンドで終わる。
ストーリー自体は平凡な、めでたしめでたしのエンドはいい。幸せになる物語は好きだ。
だから引っかかるのはそこじゃなくて、この設定、特に失恋した兄の友達が夜の公園のブランコで泣いているところを弟が慰めるこのシチュエーション。
俺は、これを知っている。
いや、知らないはずだけど、フラッシュバックするのはこれと同じ光景。知らなかったのは、あれが誰だったか。
「……もしかして、これって、実話、だったりする?」
「違う」
黙ったまま読み終え、本を閉じて一度考えてから慎重に口にしたのは、この想像が当たっているか否か。
だけどすぐさまそれを否定したムラサキくんは、「俺の願望」と短く返してきた。そして一拍置いてからもう一度口を挟む。
「ただ、前半は実体験」
兄を好きな兄の友達。それを見つめる弟。
「……待って、ちょっと待って、混乱してる」
「だろうな」
ムラサキくんがこれを読めと言った理由。それはたぶん、これがムラサキくん目線の話だから。
ということはつまり。
「じゃああの学ランの男の子がムラサキくんだったの?!」
「え、まずそこかよ?」
先輩の家の前の公園のブランコ。そこで立ち上がれず、立ち去れず、ただ動けずにいた俺に声をかけてくれた通りすがりの中学生。
俺のとりとめのない話を根気よく聞いてくれて、欲しい言葉をくれて、先輩への気持ちを変な方へと転化させずにしっかり受け止めて昇華させる手助けをしてくれた男の子。
捨てられた犬を放っておけないような、きっとこの先もその優しさで苦労するだろうなって思ったほど優しくて、その場で俺の思ったこと全部吐き出させてくれて慰めてくれた中学生がまさか。
「あの、ダサい学ランで地味にぼそぼそ喋る中学生が?!」
「……なんて覚え方してんだよ」
目の前にやってきて座ったムラサキくんは憮然とした顔をしていたけれど、それだったら覚えている。
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