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第72話

「……正直、夕のことをこれから絶対傷つけないとは言い切れない。好きな子っていじめたくなるし」  どうしたらいいか自分でもわかっていない俺の態度に、ムラサキくんは少し考え込んでから俺の手を取った。手のひらを合わせ、指を絡めるように握る。 「それに夕がこれから先、どんなことで傷つくか、なにを思ってどんな思いをするか俺にはわからない」  少し歪められた表情はちょっとだけ悔しそう。  人が生きていく中で、なにが起こってその時その人がなにを感じるかなんてわからないのが当然なのに、言い切れない自分が情けないとでも言いたそうな顔だ。  傷つけない、と言うだけなら簡単なのに、嘘でもそれが言えないムラサキくんは優しい不器用だと思う。 「だけどこれだけは言える。夕がつらくてなにもかも嫌になっても、もし自分のことを嫌いになっても、俺は夕をずっと好きだ。ずっと前から好きだし、これからもずっと好き」 「……ずっとなんて、それこそ無理だよ」  そのくせ、一番不確かな「ずっと好き」なんて言葉を強く口にするから、また茶化したくなる。 「じゃあ言い換える。夕が望む限り傍にいて、夕がどうしたら幸せになれるか一緒に考える。だから俺を好きになってみて。そしたらわかるよ。俺がどれだけ夕を好きか」 「……」  真剣に、何度でも言葉を重ねて、俺が諦めるまで告白してくれるムラサキくんを見て、考えて、そして俺も決心を固めた。  恐い思いは簡単に消えない。  だから前のめりにいく。考えるより行動した方が、きっと俺の性には合っている。 「ムラサキくん」 「はい」  改めて姿勢を正すように正座をすると、まっすぐにムラサキくんに向かい合う。そして深呼吸を一つ。 「今からムラサキくんの好きなところを並べるから、合っているかどうか、真剣に答えてください」 「……え?」 「ムラサキくんの家が好き、ラグが好き、ここに座って作業するムラサキくんの背中を見るのが好き、ムラサキくんの入れてくれる甘いコーヒーが好き、朝起こしてくれる声が好き、俺を見る目が好き、意外とたくましい体が好き、ムラサキくんのキスが好き、背中をさすってくれる手が好き、先輩の話をする時のちょっと拗ねた顔が好き、不器用な優しさが好き、シェイカーを振る俺を好きなところが好き。考えれば考えるだけ好きなところが出てくる……これって、恋愛の意味で好きってことで合ってますか」 「な、なんだよ急に、そんなの」  突然羅列された好きの大群に、ムラサキくんが気圧されて目を白黒させる。  でも別に急に思ったことではなく、これは俺が常々思っていたこと。  冗談で言っているわけじゃない。俺は真剣だ。 「わかんないんだよ、本気で。恋愛の好きってことが」  繋がったままの手を引っ張って、ちゃんとこっちを見てくれと頼む。  経験がない。だから恋愛の意味での「好き」が、こんなことでいいのか自信がない。 「ヤられるって思った時に、ごめんねって思ったのがムラサキくんで、それだけじゃなくていっつもムラサキくんのこと考えてて、オシャレした君が女の子にモテてるともやもやして、こうやってるとドキドキして、早くムラサキくんに抱かれたいって思ってる、これは?」 「マジで勘弁して……」  答えを教えてくれと迫る俺に、ムラサキくんは繋がれていない方の手で顔を隠してしまった。けれどこの距離だから真っ赤になった耳がよく見える。  どうやら、俺の言葉は思ったよりも破壊力があったらしい。ということはこれで正解なのか。

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