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3.月下の確信

 押し殺した啜り泣きが、静かな室内ではひどく響いて聞こえる。  この場で言葉を発しているのは、神に祈りを捧げているリンドヴルムだけだ。まだ声色は若いが、優しげで甘い良い声をしている。  真摯に祈りを捧げ、死者の天の国での安寧を祈るその横顔は、たしかに聖職者だ。  リンドヴルムの鱗に覆われた指が、ベッドに横たわる女の額に触れた。 「……ありがとうございます、竜人様。ようやく妻を天国へ送ってやれました」  そう言って涙を拭うこの屋敷の主人に、リンドヴルムは静かに頷いた。  主人は、でっぷりと肥えた中年の男だった。歯の数本が金歯になっていて、これ見よがしな宝石がついた指輪をはめている。  なんとも、成金趣味の男だ。  それに対して、妻はまだ若い。二十そこそこだろう。美しい金色の髪を持つ、かなりの美女だった。血を吸い切られてはいなかったらしく、死斑が浮かびはじめていた。  その白い首筋には、くっきりとヴァンパイアの歯型が残っている。 「うっ、うっ、奥様ぁ」  部屋の片隅には、三人のメイドがいる。メイド達も全員若い。一番若いメイドは、まだ十二、三歳くらいだろうか。柔らかなそうな巻き毛が特徴的だ。彼女は青い瞳から涙をぼろぼろ流して、年上のメイドに慰められていた。  全員、ヴァンパイアの恐怖と身近な人の死に、青ざめた顔をしている。 「この屋敷に住んでるのは、これで全員か?」 「は……え、ええ。あとは庭師が一人」 「庭師はいい。おい、メイドども。お前らは、死体が見つかる前に何をしていた?」  セスの問いに、メイド達は顔を見合わせた。一番年上だろうメイドが、表情を強張らせてセスをにらむ。  彼女がメイド長なのだろうか。後の二人をかばうようにして立っている。 「奥様は……今朝がた、お庭に倒れておられるのを、私が見つけました。お洗濯を干していて、たまたま。そして、庭師と一緒に奥様のご遺体をお部屋へ運びました」 「じゃあ、そっちの二人は?」 「……ミーシャは、奥様と旦那様の寝室に」  ミーシャと呼ばれたメイドは、後輩だろうメイドを慰めていた娘だった。長い亜麻色の髪の美人だ。 「ご夫婦の寝室に?では、奥様が部屋を出られた時のことはご存知ですか」 「え、ええと、その、覚えていません」 「覚えていない?」 「あの、その、わ、わたしは、寝ていたんです。だから、知りません」 「屋敷の主人の寝室で、ですか?」  意味がわからないという様子のリンドヴルムに、ミーシャはみるまる赤くなってしまった。屋敷の主人も実に居心地が悪そうだ。もじもじとしきりに手を揉みあわせている。  普通の男なら、真っ赤になって俯いている少女を見れば、彼女がどういう扱いのメイドか察せるだろうに。リンドヴルムは全く分かっていない。 「おい、お前……お前も主人の寝室で寝ることがあるのか?」 「彼女は、マリーはまだ子どもです。彼女には屋敷内の清掃を任せています。おかしな質問はやめてください」  泣いているメイドにも確認すると、メイド長は目を釣り上げた。そして、メイド達をかばうようにセスの前に立ちふさがる。  どうやら、スケベ心から聞いたとでも思われたようだ。彼女は、明らかにセスに対して警戒心を抱いている。 「本当か?テメェは、このガキに手を出してねぇんだな?」 「も、もちろん!!その、たしかにミーシャには、その……しかし、妻も同意のことで」 「あー、いい。聞きたくねぇ……じゃあ、もういい。葬儀の用意でもしろ。行くぞリンドヴルム」  きょとんとしているメイド達を横目に、セスは踵を返し部屋を出る。慌ててリンドヴルムが追いかけてきたが、とりあえず無視をして庭を目指した。  庭の片隅には、小さなベンチが置かれていた。ちょうどいいのでそこに腰掛け、ポケットの中から煙草を取り出す。  青空の下、よく手入れされた花々が風に揺れていた。  セスには、花を愛でる趣味はない。なぜいつかは枯れる花をひととき愛でる為に、心血を注ぐのだろう。それが、不思議でならない。 「ヴィクトリノ大尉、どうしたんですか急に」 「どうしたんですかって、テメェはここに何をしに来たんだ」 「それは、もちろん。あの女性を殺害したヴァンパイアを倒すためです」 「だろう。なら……あの四人の中にそのヴァンパイアが居るなら誰か、分かるな?」  隣に腰掛けたリンドヴルムが、ぱちくりと瞬きをした。太い尻尾がピンと立つ。 「あの方たちの中に、ヴァンパイアが?」 「探査機は見なかったのか?あの懐中時計だ」  少し慌てた様子で、リンドヴルムは胸元のポケットから懐中時計を取り出した。そして文字盤を見て目をくりくりさせる。 「たしかに、屋敷の方を指しています」 「だろ?下級のなりたてヴァンパイアは、まず家族や友人、知り合いなんかから殺すことが多い。こういうケースは、まず内部犯を疑った方がいい」 「なぜ、下級のなりたてヴァンパイアだと……」 「テメェのクソ教官は、なにも教えてねぇのか?考えたら分かるだろう」  それ以上なにも言わずに煙草を燻らせていると、リンドヴルムは顎に手を当て、しばらく地面を睨んで黙り込んでしまう。  煙草一本吸い終わるくらいで、ぽつりと呟いた。 「これは、試験ですか?」 「さあな。テメェの答え次第だ」  リンドヴルムは少し緊張しているのか、尻尾の先が落ち着かなく動いている。  そして、考えがまとまったのか。リンドヴルムは顔を上げてセスの方を見た。 「あの女性の遺体は、血が吸い切られていませんでした。しかも、遺体を隠されず放置されている。つまりは、力の弱い、殺人にも不慣れなヴァンパイア……ということですね」 「ああ、正確だリンドヴルム」  そう答えてやると、リンドヴルムは少し目を細めた。これは、安堵の表情だろうか。 「じゃあ、この屋敷にいた奴らの中で、だれが犯人になりえるか。分かるな?」 「はい。あの、ミーシャさんという女性です。彼女は被害者の女性と同じ部屋にいました。被害者が庭に出たところを、後をつけて噛んだのでははないでしょうか」  そう答えたリンドヴルムに、セスは何も言わず煙草を咥えたまま立ち上がった。  返事を待って、首を傾げこちらを見上げているリンドヴルムは、少し不安げに見える。  凶悪そうなツノを持つ竜人が、こうしていると存外に可愛らしく見えた。  だんだん、この爬虫類のような顔も見慣れてきたらしい。  ※※※※※ 「旦那様。奥様がお亡くなりになられたのですから、わたしを後妻にしていただけるのですよね?」  衣摺れの音と共に、ミーシャは歌うように言った。随分とご機嫌だ。  しかし、問われた男の方は黙ったままだ。  今しがた情事に耽っていた名残か、わずかに息が荒い。 「旦那様?」 「あ、ああ。うん、そ、それはちょっと」 「なぜですか!だって、わたしのお腹にはあなたのっ」 「それは責任はとるが……妻となると、やはり……悪いが諦めてくれ」  ミーシャの金切り声に遅れて、パァンと肉を叩く音。そして、男の呻き声。部屋を飛び出していく小さな足音は、玄関の方へと向かって転がっていった。  荒々しくバンと扉を開けて、ミーシャは寝乱れたネグリジェのまま泣きながら走る。庭に出たところでふらふらと足もがおぼつかなくなり、やがて冷たい地面の上に倒れこんだ。 「どうして、どうしてよ!なんで、なら、わたしはなんで、ああっ」  薔薇の花が、彼女の嗚咽と呼応するように揺れていた。  ざりっ。  泣き崩れるミーシャの背後。薔薇の花がまた揺れたと思えば、その花壇の影から白い腕が生えた。  かすかな足音とともに、それはミーシャの首へ迫り── 「止めろ!」  リンドヴルムが、耐えきれずに叫んだ。  ハッとした表情で、ミーシャと、彼女を今まさに襲おうとしていたヴァンパイアが振り返る。  セスとリンドヴルムは、屋敷の屋根の上に立っていた。夕方ごろからこの場に隠れて、様子を見ていたのだ。 「この早漏野郎が、リンドヴルム」 「そう、ろう?」 「タイミングが早いってことだバカ」  軍服の裾を翻して、セスは屋根から飛び降りる。  そしてミーシャの方へと歩み寄りながら剣を抜くと、ミーシャのそばに立ち尽くしているヴァンパイア……マリーへと切っ先を向けた。 「ま、マリー?やめて、マリーに何をする気なの」  ミーシャが不思議そうに呟いて、マリーは悲しそうに目を伏せる。祈るように胸の前で指を組み、カタカタと震えていた。  だが、その目は月明かりの下で赤く光っている。昼間の青い瞳は、血で汚れ赤く染まってしまった。彼女は間違いなく、ヴァンパイアだ。 「ヴィクトリノ大尉……私は少し、混乱しています」  セスを追いかけて屋根から降りたリンドヴルムは、尻尾をゆらゆらさせながら言った。  屋敷の主人には許可を取り、ずっと屋根の上で聞き耳を立てていたが、ミーシャと主人が情事に耽りはじめたあたりから様子がおかしかった。 「奥様がいるのに、なぜミーシャさんと肉体関係を……」 「ああ?そりゃあ……遊んでたんだろ」  そう言うと、ミーシャの目には涙が溢れた。  彼女の境遇には同情するが、メイドに手をつける主人など掃いて捨てるほどいる。  しかし、リンドヴルムには理解できないことのようだった。 「いいか。この屋敷に居た人間の中で、下級ヴァンパイアになりえるのは、一人しかいねぇ。非処女非童貞を眷属にできるのはロードか始祖だが、奴らに噛まれたならもっと力のあるヴァンパイアになる。非処女のミーシャは違う。メイド長はよく晴れた朝、洗濯を干すことができているから違う。庭師も当然除外だ。なら、たった一人だけ。屋敷から出ていないうえに、処女だろうマリーだけだ」 「……私は、ミーシャさんは独身者なので、当然……まだ性行為は……」 「そうだな。テメェはそこで間違えたわけだ」  この若い竜人は、予想以上に堅物のようだ。若い娘が男と共寝させられて、なにもないはずがない。  だが、それはリンドヴルムにとっては、思いもよらないことだったのだ。  セスは一歩後ろに下がり、リンドヴルムの背を軽く押す。  距離を詰めてきた竜人を警戒してか、マリーは震える足で後退りをした。幼い少女が怯えた表情で、リンドヴルムの竜面を見ている。 「お前がやれ」  リンドヴルムの喉が、緊張にごくりと鳴った。尻尾がばたんと地面を叩く。  剣を抜こうとしないので、リンドヴルムの手を掴み柄を握らせる。 「ほかに、方法はないのですか」 「ねぇな。殺すしかない。心臓を一突きにしてやれ」  ジリッと、リンドヴルムの靴が土を擦る。わずかに前へ踏み出した足に、マリーは絹を裂くような悲鳴をあげてへたり込んだ。  腰を抜かしたままずりずりと、背の高い薔薇の茂みの中へ隠れようとする。 「ひぃ、い、いや、いや」 「ま、マリー!」  目を丸くしたミーシャが、マリーを庇うように動く。リンドヴルムは余計にためらいを見せた。剣を抜くことすら出来ず、見開いた金色の目には緊張と恐怖が映り込んでいる。 「やれよ、リンドヴルム」  リンドヴルムは石のようになっていた。  マリーはぶるぶる震えながら、隠れたつもりなのか花壇に頭を突っ込んでいた。ミーシャがその小さな背中を庇うように、腰に抱きついて泣いている。 「や、やめて竜人様!マリーが何をしたっていうの!」  ミーシャの悲鳴に、リンドヴルムの尻尾が跳ねる。 「……彼女は、ヴァンパイアです。人を殺しています。だから……そこをどいてください。ミーシャさん」  ギリっと、柄を強く握りしめる音がした。鞘から剣が引き抜かれる。リンドヴルムの目に、ようやく決意の火が灯った。  リンドヴルムがそっとミーシャの肩を掴み、マリーから引き剥がそうとした。その時。 「ああああっ!!」  マリーが雄叫びをあげて、何か鉄色のものを振り上げた。それは、リンドヴルムの鼻先をかすめる。  自分を庇ってくれていたミーシャを突き飛ばすように立ち上がると、マリーは手にした鎌をリンドヴルムに向けて闇雲に振り回す。 「いやだああ!死にたくない!死にたくない!いやあああっ!」  目を剥き必死の形相で反撃してくるマリーから一歩後退り、リンドヴルムは鱗に覆われた尻尾をブンと振る。その尾の先で、鎌を掴んだマリーの手をうちすえた。  バン!と、なかなか痛そうな音がして、鎌が宙を舞う。  バランスを崩したマリーの、赤い虹彩が鈍く光り、瞳孔が窄まる。その胸元へ向けて、白刃が閃く。 「っ、かみ、さまっ」  マリーの零した言葉に、リンドヴルムの動きが鈍る。迷いがその剣に現れている。切っ先がぶれた。  このままでは、心臓をわずかに掠るだけで即死させることができない。  セスはとっさにリンドヴルムの手を掴み、マリーの小さな胸、もう止まってしまっている心臓めがけてリンドヴルムの剣を突き立てた。 「あっ、あ、や、だ、ぁ、死に、た、くな」  赤い瞳からぽろりと涙がこぼれ落ち、それが地面にシミを作る前にマリーの体は砂になって消えた。  小さなメイド服だけが、その場に残る。  ミーシャが悲鳴をあげ、そのメイド服を掻き抱いて泣き始めた。本当に、可愛がっていたのだろう。殺されかけ、突き飛ばされ、それでもまだマリーを愛している。  ぐんっ、と。手を引かれる感覚を覚えリンドヴルムの方へ視線を戻すと、彼はその場に膝をついて俯いてしまっていた。  呼吸が荒く、浅い。セスが柄ごとリンドヴルムの手を握り込んでいなければ、剣も取り落としていただろう。 「……か、神よ……彼女を救いたまえ……」  ぶつぶつと祈りの言葉を呟いているリンドヴルムの頭にポンと手を置くと、リンドヴルムはようやくセスの方へと顔をあげた。 「よくやったな。もう仕事は終わりだ」  呆然としているリンドヴルムをなんとか庭のベンチに座らせ、セスは後始末を済ませることにした。  マリーの死んだあたりには、聖水を撒いて洗浄しておく。ヴァンパイアの死骸であるこの砂は不浄なので、そうしないと花が咲かなくなってしまうからだ。  最後にミーシャを屋敷に連れて行き、屋敷の主人に仕事の完了を伝えた。  一段落してリンドヴルムの元へ戻ると、リンドヴルムは最初に座らせた姿勢のままピクリともしていなかった。まるで、竜の置物だ。  近寄っても無反応のままなので軽く脛を蹴る。すると、一回瞬膜の瞬きをしてから、セスの方へ向き直った。 「帰るぞ。送ってってやる」 「……ヴィクトリノ大尉……私は……」  自分の手のひらを見つめて、リンドヴルムは震える息を吐いた。  初めてヴァンパイアを倒した新米ハンターにはありがちな反応だ。本当なら、十字の刺繍を与えられる前に、経験しておくべきなのだが。 「ヴァンパイアハンターとは……神に仇なす凶悪なヴァンパイアを退治するもののことだと思っていたのです」 「ああ。そうだな」 「しかし、私が今夜殺したのは、年端もいかない少女です。震えて死にたくないと泣く少女です」  少し、長くなりそうだ。セスは煙草を咥えて火をつけた。それをリンドヴルムに手渡そうとするが、ゆるゆると首を振り拒まれる。  煙草は吸わないようだ。 「そりゃあ、テメェの言うように、化け物みてぇに凶悪なヴァンパイアと戦うこともある。コウモリに姿を変えて飛び回る始祖のヴァンパイアを、ハンター数人がかりで追い詰めて狩ったこともあった。そういう、まるでお伽話みてぇな、いかにもヴァンパイアハンターって戦いも、ある。だがな……そいつらより、マリーみてぇな下級ヴァンパイアの方が、当たり前だが絶対数が多いんだよ」  ゆっくり紫煙を吐きながら、セスはリンドヴルムに言い聞かせる。翡翠のような鱗と金色の瞳が、月明かりを移してキラキラしていた。  それは、この青年の純真さの現れのようだった。 「俺たちが殺すヴァンパイアの大半は、元々ヴァンパイアの被害者だ。ただ噛まれちまった。たまたま処女童貞だった。そんなことで、クソみてぇな下級ヴァンパイアになっちまった、可哀想な食い残しの死に損ないどもだ」 「彼女たちを……救うことはできないのですか?」 「できねぇな。もう、噛まれた時に死んでるんだ。どうしようもねぇ」 「貴方は、良心は痛まないのですか?」  その問いは、今まで幾度もされてきた。倒したヴァンパイアの遺族などや、何も知らない野次馬たちに。  しかし、リンドヴルムの声色には責めるような響きはなかった。まっすぐで、セスの言葉に救いが見出せると信じている。  そんな、澄み切った竜人の瞳に、セスの方が気圧されそうだった。 「はじめはな。だがな……奴らは本当は、もう死んじまってる。なのに死に切れねぇで飢えと渇きに苦しんで、したくもねぇ殺しをするはめになっている。奴らは殺しが怖いから、自分に優しくしてくれる、噛んでも許してくれそうな身内から殺すんだ。そうして無理矢理生きながらえても、自分を噛んだヴァンパイアが死ねば自分も死ぬ。天気のいい日に外に出れば死ぬ。死ぬまで死と太陽に怯えて泥の中を這い回る化け物にさせられちまった。……せめて俺たちにできるのは、心臓を一突きで、完全に殺してやることだけだ」  セスも、はじめてヴァンパイアを殺した時は罪悪感に打ちのめされた。  しかし長年ヴァンパイアハンターをしていて、苦しませずに殺してやることだけが、彼らへの最後の救いだと知ったのだ。  だからこそ、トドメは心臓を一突き。そうすれば、一瞬で砂になる。二度めの死の恐怖を感じる隙もないまま。  それをこの未熟な若いヴァンパイアハンターに引き継いでやるべきだと、セスはそう思った。  彼がこれでハンターを諦めるにせよ、続けるにせよ、彼がしたことは何一つ間違いではない。先輩として、そう教えてやるべきなのだ。 「私は彼女を救えたのでしょうか」 「少なくとも、俺はそう思ってこの仕事をしてる」  リンドヴルムは小さく頷いた。  そして、先程リンドヴルムの手を取った、セスの右手にそっと触れてくる。 「貴方が手を貸して下さらなければ、私は彼女を救えませんでした。ありがとうございます、ヴィクトリノ大尉」    冷たい指先は固く、人のそれとは全く違った。少し不気味に感じるが、振り払うのは躊躇われた。彼が素直に感謝を込めて、そうしていることが伝わってきたからだ。 「もう、いいから手ぇ離せ」  気恥ずかしさからそう言うが、リンドヴルムはなかなか手を離そうとしなかった。  流石に訝しく思って、少し眉を顰める。  牙の並んだ口が静かに開いて、スーッと深く息を吸い込んだ。金色の瞳は月明かりを受けキラキラと輝いている。何かに、感銘を受けているように見えた。 「……確信しました。私がこの街に来たのは、貴方に出会う為だったと」  大げさな。  他のハンターの下についたとしても、教えられることに大差はないだろう。尊敬されて悪い気はしないが、過大評価されるのは面倒でもある。なんだか、嫌な予感が寒気のように背筋を這い上ってきた。 「いいから、さっさと離せ」  今度こそリンドヴルムはおとなしく言う通りにした。そして、なぜかツノをカリカリと指先で掻く。  こちらを見るリンドヴルムの目は、今まで通りまっすぐだが、これまでにない色が映り込んでいる気がした。  そして、その目を見て。セスは、リンドヴルムが最初の試験を合格した事を確信した。

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