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第2話
貴砺の『花嫁』となったことで、凌の世界は劇的に広がった。
貴砺を日常的に支えている第一側近をはじめ、警備、使用人たちと同じ屋敷で生活することが当たり前になったり、貴砺の兄夫婦や従兄弟などと深く関わることになったり、大切だと感じるひとが増えていった。すると不思議なことに、それまで他人だと割り切っていた会社の同僚や上司たちがどれほど自分を仲間として大切にしてくれていたかに気づき、彼らへの感謝や親しみを覚えたりもした。
愛情とは、すでにある量を分けるものだと思っていたのに。実際には、大切なひとが増えれば増えただけ、愛情の量も増えるのだということを知った。
そして貴砺に向かう愛も、留まるところを知らない。
もうこれ以上好きになることはないと感じているのに、毎日、毎日、また新たに好きだという気持ちが湧いてくる。昨日より今日の方が、さっきより今の方が、刻一刻と「好き」を更新している気がする。
(貴砺さん……)
心の中で呟いて、そっと手を伸ばしてみた。
精悍な頬に指先が触れた途端、胸がぎゅっと引き絞られる。今また「好き」が生まれた。胸に留めておくのが苦しくて、小さく息を吐く。
(おれ、どこかおかしいのかな……?)
結婚してもう二年半になろうというのに、こんなにも気持ちが落ち着かないなんて。
それとも、これが結婚というものなのだろうか。世の中のパートナーたちも、伴侶に想いを募らせて感情を持て余したり、恋焦がれて苦しくなったりしているのだろうか。
恋愛にとことん縁のなかった凌は、初めて愛したのも、初めて恋をしたのも、初めて体を重ねたのもすべて貴砺だ。このひとしか知らないせいで、自分の感情をうまくコントロールする術を身につけられていない気がする。
どうしたら気持ちを落ち着けることができるだろう。いっそ出逢った頃のあの憎しみを思い出してみるか……とその頃の貴砺を振り返ってみたけれど、強引で傲慢で、ひとを手駒のようにしか見ていなかった貴砺でさえも、今となってはその不器用さが愛しく感じて……胸がきゅんとしてしまった。
駄目だ。作戦失敗だ。このひとが愛しくてたまらない。
指先を貴砺の頬に滑らせる。うずうずと身が焦げるような心地がした。好きなひとに、触れたい時に触れられる幸福に眩暈がする。
(キスしたいな……)
さすがに起こしてしまうだろうか。
けれど最近の凌のマイブームは、熟睡している貴砺の腕を持ち上げてその下に潜り込み、その腕の重みでセルフハグをしてもらうことだったりする。だからきっと軽いキスも大丈夫なはず。
そろそろとシーツの上を移動して貴砺にすり寄った凌は、息を潜めて、そーっと唇を寄せていき……。
触れる、その直前。
「っ!?」
何が起こったのか、一瞬分からなかった。背中が柔らかなベッドに押しつけられる。圧しかかかってくる体。塞がれる唇。
貴砺に組み敷かれて、唇にかぶりつかれていた。一瞬後にそう把握できたのは、これまでの経験のたまものだろう。
口腔を貪られて、すぐに息が苦しくなる。
「っ、貴砺さ…」
荒々しいくちづけの合間になんとか呼びかけると、少しだけ顔を離して、真上から見下ろされた。
薄闇の中で、漆黒の双眸が妖しく光る。
「眠れる獅子を起こすとどうなるか、知らなかったとは言わせないぞ――私の花嫁?」
にやりと頬を上げた貴砺に、ぞくっとした。
もう花嫁なんて呼ばれる時期はとっくに過ぎてますよ……と、いつもの科白が思い浮かぶが、口にする余裕などなくて。
がぶりと再び喰らいついてきた熱い唇に、凌は夜明けまで翻弄された。
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