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「足を気遣ってくれているのか? ありがとう」
渡したローブを羽織ったナギが、立ったままでいることに気づき、座るように促すと……再び頭をサラリと撫でられ頬へと熱が集中する。
この小屋にある全ての家具は、イオの父親が造ったものだ。中でもナギの座る椅子は、背もたれ部分に細かな彫刻が施されており、大きめで座り心地もいいからイオも特段気に入っていた。
(綺麗な、金色)
生まれてこのかた人間といえば父と母しか見たことがないから、こんなに綺麗な色をした髪があるなんて知りもしなかった。
自分の体が小さい自覚もイオにはあまりなかったが、父より大きなナギの姿に、自分は大人にしては小さな部類なのかもしれないと思う。
(どうしよう)
実は、イオは喋れないわけではない。
ただ、父から固く言われているのだ。
万が一、家族以外の人間と会っても、話をしてはならないと――。
それに、誘われても、ついて行ってはいけないとも言われていた。
しかし、イオはその意味をきちんと理解していない。だから、声に出して喋らなければ、問いに答えても問題がないと思っていた。
「なるほど。父親と二人で暮らしていたが、その父親が一年ほど帰ってこない……でいいか?」
座るナギの目の前へと立ち、必死に口を動かしていると、どうやら理解してくれたようで、安堵したイオは微笑んだ。
すると今度は、どのようにして暮らしているのか問われたから、庭で作物を育てたり、川で魚を捕ったりしていることを伝える。
「驚いたな。こんな森の奥で……だから男の格好をしているのか。作物を動物に荒られはしないのか?」
純粋な疑問を滲ませる碧い瞳に見惚れてしまい、イオが返事をできずにいると、それを違う意味に取ったのか、ナギは「すまない」と苦笑いをした。
「つい色々と質問しすぎた。疲れさせてしまったかな?」
立ったままでいるイオに気遣いの言葉をかけ、座るようにと促す彼は、既にこの小屋の客人ではなく主のような佇まいだ。
そんなことは全くないから慌てて首を横へと振り、それからイオは、室内にあるランタンへと火を灯した。
さきほどまで室内へと差し込んでいた夕日の光が、だいぶ細くなってきたから、あと少し経てば夜の闇が辺りを包み込むだろう。今は夏から秋へと向かう季節だから、昼間こそ半袖でいられるほどに暖かいが、夜になると上着を一枚羽織らなければ肌寒い。
「ん? なんだ?」
この時、ナギの額へとイオが触れたのは、無意識のうちの行動だった。嗅覚とでも言えばいいのか? なにか違和感があったのだ。
(熱、ひどい……あつい)
触れた場所から広がる熱に、ナギはオロオロと動揺する。実は、あれほど酷い怪我を見たのも初めてならば、こんなに高い熱を出している人を見るのも初めてだった。
「ついて行けばいいのか?」
あわててナギの手首を掴み、二度ほど軽く引いてから、寝室へ続くドアを指させば、どうやら分かってくれたようだ。
怪我をしている脚を気遣い、片足を引き摺る彼に歩幅を合わせて寝台へとえば、「心配してくれているのか?」と、微笑んだ彼は素直に横たわってくれた。
(冷たい布、それから……)
イオ自身、昔は頻繁に風邪をひき、看病される立場にあったから、こんな時に必要なものはある程度覚えている。
台所にある水瓶から桶へと水をすくい取り、急いでナギの元へと戻って、寝台の脇にあるへと火種を使って明かりを灯す。それから、絞った布をナギの額の上へ乗せ、柔らかそうな金色の髪をイオはそっと掌で撫でた。
「大丈夫だ。そんなにヤワじゃない」
頬へと触れる長い指先に、また心臓が大きく脈打つ。
触れ合っている場所からなにか、チリチリとした未知の感覚がわいてきた。
(いい匂いが……する)
「不思議だな。イオからはいい匂いがする。香水とは違う、蜜のような甘い香りだ。触れると心がざわつくのに、もっと触れたくなってしまう」
まるで、イオの心を読んだかのような発言に、驚いて瞳を見開くと、喉で笑ったナギは唇へと触れてくる。
「っ!」
驚きに声が出そうになるが、すんでのところで飲み込んだ。
「柔らかいな」
言いながら、瞼を閉じた彼の指先が、今度は首へと降りてくる。こんな触れ合いは初めてだけれど、イオは嬉しいと感じたから、彼が完全に眠りへと落ち、自然と指が離れていくまで、離れることなく傍にいた。
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