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 *** 「これでいいか?」  声に弾かれて振り向けば、斧を右手に、左の手には薪を持ったナギが立っている。  大丈夫だと伝えるためにイオがコクリと頷けば、唇の端を僅かに上げ、「了解した」と告げてきた。 「この道具を造ったのも、お前の父親か?」  斧を示して尋ねてきたから、イオがもう一度頷けば、「なるほど、よく考えてある。この形状なら非力なものでも簡単に薪が割れる」などと、感心したように言うから、なんだかイオも誉められたみたいでくすぐったい気持ちになった。  彼がここへとやってきてから、十日以上が過ぎている。  最初の日には熱をだしたから心配したが、翌日には元気になった。脚の怪我も、三日ほど前に「もう治った」と言っていたナギは、今では足を引きずることもなく歩いている。  まだ歩けない期間にも、ナギは様々なことを手伝ってくれていた。古い竿を直してくれたり、野菜の皮を剥くのを手伝ってくれたり……それに、見たことのない世界の話をイオに沢山教えてくれた。  それは、大抵寝台の中で一緒に眠る前のひと時だから、いつも途中で眠ってしまい、結局イオは彼の話を最後まで聞けたことがない。 「それは私がやろう」  今日こそは、最後まで聞こうと決意を新たにしたイオが、割って貰った薪をくべ、井戸の水を手押イオポンプで風呂釜の中へ溜めようとすると、ナギがイオの体を持ちあげ、背後に置かれた木のベンチへと座らせた。 「このほうが早い」  肩越しに、こちらを振り返り微笑む彼の端正な顔に、胸がいっぱいになってしまうのは、いったいどういう訳だろう?  彼と出会ってからというものの、ずっとこんな状態で、イオは自分の心と体の変化に戸惑いを覚えていた。しかし、深く考えようとしてみても、イオには知識がまるでない。  気付いた時にはここにいて、ずっとここで暮らしている。  幼い頃には両親がいた。  母は、優しかった。父も、優しかった。  だけど、最初に母が、次いで父が、この家からいなくなった。  残されたイオはここから出ていくことができない。  父の言葉に逆らうという選択肢が、まるで頭に浮かばなかった。 「……オ、イオ」 「……」 「泣いているのか? 怖い夢でも?」  耳に馴染んだ低い声。それと同時に体を満たす優しい香り。ずっとくっついていたいと思い、イオが頬をすり寄せれば、「甘えているのか?」と笑う声がして、ようやくはっきり覚醒した。 「一緒に入るか?」  逞しいナギの腕の中へと気付けば抱き上げられている。いつのまに眠ってしまっていたのだろうか? 開かれている浴室の窓から湯気がふわふわと立ちのぼっており、それを見たイオが頷けば、一瞬動きを止めたナギだが、「そうか、男同士だったな」と、思い出したように呟いた。  男と女、αとβとΩ  それが、この世界の人間の種類であるとナギは言っていた。その分類ではナギは男で、イオも男という種類になるらしい。 『イオ、お前、男だったのか?』  ナギがここにきて二日目の朝、高熱をだして汗をかいていた彼の体を布で拭い、ついでに自分の体も拭こうとその場で衣類を脱ぎ去ったイオに、そんな言葉がかけられた。  分からないから首を傾げれば、驚いたように目を見開いたが、『そうか、ずっとここにいたなら、知らなくても困らないな』と、納得したよう呟き、それから一緒に眠る前にはいろいろなことを教えてくれる。  しかし、教えて貰った男と女の特徴に、イオの頭は混乱を極めた。彼の話が本当ならば、イオは今まで女という生き物を見たことがない。胸は膨らみを帯びており、股間にある性器がない……身近でいえば、母親が女にあたる人種だとナギは言っていたのだが、父も母も、大きさこそ違っていたが、体つきはイオと同じ特徴をもっていた。  それをナギへと伝えることができなかったのは、その後されたα、β、Ωの話がさらに難しかったから。  彼の話を聞きながら、イオの頭は完全な飽和状態になっていた。

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