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  (どうしよう)  寝台へ横たわったイオは、昼間ナギから告げられた言葉を頭のなかで反芻するが、混乱している思考回路ではまともな答えが見つからない。  ナギがここへとやってきてから十日ほど。  たったそれだけの短い時間で、イオは心を奪われていた。  本人にはその知識も自覚もないけれど、それは子供が初めて恋をする感情によく似ている。 (でも、ダメ。ここにいないと……)  ナギのことはすごく好きだ。色々なことを教えてくれるし、とても優しくしてくれる。薪を割るのを手伝ってくれたし、イオの料理を誉めてもくれた。  それに、彼からはすごくいい匂いがする。  どんな香りかと尋ねられても、うまく答えることは出来ないが、イオが大好きな茉莉花にも似たその香りに、そばにいるだけで幸せになった。けれど、ここを出てはいけないと、父から強く言われている。 (明日って、言ってた)  隣ではナギが静かな寝息を立てている。  二人で一緒に眠るのは、彼が高熱を出した夜、そうして欲しいと言われたからだ。  確かに……病気の時、一人で寝るのは心細い。それは身を持って知っていたから、イオは彼の隣で眠った。  イオ自身、一人で暮らすようになってから、四季が一巡りしたこともあり、久々に感じる人の温もりに、ずっとこのままでいたいと思った。 (そうだ)  ふいに、イオの頭に閃いたのは、声を出してはいけないならば、手紙を書いて彼に渡そうという考え。文字を書くのは得意ではないが、全く書けないわけではない。 (今、書いて、朝渡そう)  イオは元来器用ではなく、生活のために必要なことは、父親からひとつひとつ丁寧に教わった。そのおかげで、小さな畑で採れる作物とたまに釣れる魚を食べ、生きることができている。  文字についても子供の頃から父が教えてくれていたのだが、一生懸命練習しても、あまり覚えられなかった。けれど今、ナギに気持ちを伝えるためには、それしか方法が思い浮かばない。 (書けるかな?)  そっと寝台から抜け出したイオは、台所へと移動して、インクとペンと紙を取り出し、テーブルの上へそれを並べた。しかし、インクの蓋へと指をかけた時、突然の目眩がイオを襲う。 「……ッ!」  それは、今まで経験したことのない奇妙な類の感覚だった。身体が一気に熱っぽくなり、臍のあたりがジワジワと疼き、一人では立っていられなくなってイオはその場にしゃがみ込む。と、次の瞬間、寝室のドアが勢いよく開かれた。 「イオッ!」  ナギらしくもない威圧感のある怒号のような大声に、身体がビクリと震え上がるが、それと同時に部屋を満たしたいつもよりも濃い彼の香りに、目眩はさらに酷くなる。 (こわい)  近付いてくる彼の足音から逃れようとして這うけれど、いくらも前へ進めないうちに、背後から襟を掴まれた。 「この匂いは……お前が出してるのか?」  唸るような低い声音は、いつものナギとは別人のようだ。  恐怖に駆られたイオは必死に身体を捩ってみるけれど、それは余りに弱弱しく、抵抗らしい抵抗にはまるでなっていなかった。 「……っ!」 「やはり……Ωなのか?」  苦しげな声が聞こえてすぐに、イオの身体は床へと落ちる。打ち付けられた身体は痛むが、すぐにここから逃げなければならない……と、イオは思った。  しかし、それとは真逆のある感情が胸の奥から湧きだしてきて、短い時間でイオの思考は更なる混乱へ陥ってしまう。 (にげなきゃ)  それでも、未知へ対する恐怖のほうがほんの少しだけ勝っていた。だから、イオは再びドアを目指して四つん這いになり進みはじめる。すると、空気をつんざく破裂音が部屋中へと鳴り響いた。 「あ……あ」  思わず声を出してしまうが、手当たり次第に辺りの物を破壊しているナギには聞こえていないようだ。 「そうか、なら……仕方ない」  独白のような彼の呟きは、誰に向けてのものなのだろう? 分からないけれど、そんな疑問さえ充満している匂いによってかき消された。動きを忘れて呆けていると、瞬くうちに華奢な身体は抱き上げられ、ナギの肩へと担がれてしまう。

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