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そこで思い出す。首を刺された直後の異変、あのお陰で体が動かせなくなった事。 「誰かって?どんな奴だい?」 ユキが腰を折って駿(しゅん)に尋ねる。反射的に駿は肩を跳ねさせたが、彼の表情からはもう恐ろしさは感じない。今のユキに、駿を押さえつけた冷徹な雰囲気はなく、真剣そのものだった。 「わ、分かりません。確かめようとしたら土手から落とされてしまって…」 「刺されたと言っていたが、傷は?」 リュウジに言われ、駿は手が動かせず身じろぎする。 「首筋です、右側の。針みたいなものだと思うんですが…」 「何か薬でも打たれたとか?何のために…」 ユキが考え込む中、リュウジは思い出したように辺りを見回した。 「そういや、写真撮りに来てたんだよな、カメラは?」 「あ、」 言われてカメラが無い事に気づく。駿はキョロキョロと辺りを探った。腕が動かせないのがもどかしい。その時、その腕に違和感を覚えた。腕はある、あるのに何かがおかしい。 「ゼン!来るなよ!」 突然のユキの叫び声に、駿は弾かれたように顔を上げた。 ユキが叫んだ直後、空一面に、宝石を砕いたかのような輝く粉が舞い、降りかかってくる。突如夜空に現れたイルミネーションに、駿は驚きと共に目を輝かせたが、それは束の間の事で、すぐにリュウジに頭を抱えられてしまった。 「う、」 「伏せてろ」 リュウジの腕の隙間からユキの背中が見える。彼は腰帯に差していた扇子を取り出すと、それを聞き勢いよく真横に凪払った。それで何が変わるのだと駿は困惑の中見つめていたが、その困惑はこの後、更に増す事となる。 直後、突風が吹き付けたからだ。それは駿達に当たる事なく、大きなつむじ風となり、何かに狙いを定めるように蠢く。まるで生き物みたいだ。気づけば宝石のような粉は風に絡めとられ、一ヶ所に止まった。小さく回り続けるつむじ風の柱は、まるで光のオブジェのようだ。 「な、何が、」 呆然としてリュウジを見上げたが、駿はその姿に、開いた口が塞がらなくなる。 「と、土岐谷(ときや)さん、耳…」 「あぁ、参ったな、こういう効果の粉だったのか」 リュウジは身に起きた事に動じるでもなく、淡々と状況を確認している。だが、駿にとっては冷静でいられる状況ではない、だってイケメン俳優の頭から丸みを帯びた茶色い耳が生えているのだから。更に腰元からは、同じ色のふわふわした尻尾まである。 「そ、それ、そ、そ、それ」 「驚かせて悪いな」 困ったような笑顔すら爽やかで見惚れそうになるがそれどころではない、異常事態だ。だが、リュウジはそれ以上何かを説明する気はないらしく、ユキに声を掛ける。よく見れば、ユキにも耳と尻尾がある。三角の黄金色の耳に、同じ色の尻尾。ふさふさと毛並みが良さそうだ。禰宜の格好をしているので、狐の神様のように見える。 小説の読みすぎだろうかと考えて、ここは藤浪ゼンの手掛けた小説の舞台だと思い出し、はっとした。 だが、思い至った考えに、慌てて首を振る。 だって、まさかそんな事あり得ない。 オカルト雑誌の職についているから、そんな風に思うだけだ。 まさかそんな、妖なんて。 「キミの仕業かい?」 ユキが扇子を振り上げれば、光の風は動きを止め、その中から小さな蝶が現れた。蝶はふらつきながらもどこかへ飛んで行こうとするが、皆の頭の上を、何か線のような物が走り抜けていくと、蝶は動きを止めた。 「逃げられないよ、結界を広げた。キミは俺達の縄張りの内にいる」 突如、蝶を取り巻くように煙が上がり、中から女が現れた。

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