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「その腕の事もあるが、何者かがまたお前を狙ってくるかもしれない」
ゼンの不穏な発言に、駿 は困惑した。
「え…?でも、昨日の蝶みたいな人は捕まったんじゃないですか?」
「あの妖は誰かに命じられたと言っていた。嘘か真か確信は無いが、共犯が居るのは確実だろう。人の腕を透明にさせるなんて今までに無かった事だ。人を巻き込んで俺を陥れようとしているなら、共犯者がまた人を狙ってくるだろう。お前を標的にする可能性は無いとも言えない。お前に盛った薬の成果を確かめに来るかもしれないしな…」
「俺、命を狙われてるとか、そういうのですか…?」
「事と次第によっては…、だが分からない。最悪の場合、それも考えられる。だから、出来れば我々の側に居て貰いたいのだが、可能か?」
「側っていうのは…仕事を辞めろって事ですか?」
「無理にとは言わない。理想を言えば、我々と共に暮らして欲しいところだが、そこまで束縛は出来ない。ただ、守らせて欲しいんだ。俺はもう人に傷ついて欲しくない」
ゼンの言葉や眼差しは、どこまでも真っ直ぐで揺らぐ事はなく、そのまま駿の胸に届いてくる。しかし、だからこそ駿の気持ちは揺れ動いた。仕事を辞める事、共に暮らす事、それ自体よりも、自分が生活を変えなければいけない事態にあるなんて考えてもいなかったので、かなり動揺していた。最悪、命を狙われている、なんて、それこそ映画や小説の中の出来事だ、まさか自分の身にふりかかる振りかかるとは、思いもしない。
「まぁ、すぐにはな!難しい話だよ。仕事辞めろ、家変えろって言われても、いきなりは変えられないよな。でも安心しろよ、もし妖が怪しい動きをしてるって分かったら、俺達どこからでも飛んで行くからさ!」
戸惑う駿に、リュウジが明るく声を掛ける。
「あ!だったらうちの事務所でカメラマンやって貰うのはどうですか?」
名案とばかりに今度は春翔 が身を乗り出すが、それはさすがに駿は即答した。
「無理ですよ!事務所って、あのSTARSでしょ!?そんな凄い所でカメラマンなんて!俺、そんな技術ないですから!」
「学べば良いんですよ。社長も専任カメラマンも、一部のタレントも妖ですから、もしもの時はこれ程頼もしい会社は無いんじゃないですか?」
ね、と春翔がゼンに顔を向けると、ゼンは確かにと頷いた。
「STARSの社長はレイジと言うんだが、ここら一帯の妖の元締めでもある。社員も妖に理解があるんだ」
そこでふと、駿はあることを思い出した。芸能事務所STARS、その社長のレイジと言えば、人気絶頂の中、突如引退をしたトップアイドルだ。駿も子供ながらに衝撃を受けた記憶がある。
それが、妖だという。
「レ、レイジって人間じゃないんですか…!」
「数少ない天狗の生き残りだ。能力、権力共に問題ない」
あの全日本国民が愛したといわるアイドルが、まさか天狗だったとは。
驚きで駿は、戸惑いも何もかも一瞬忘れてしまった。
「…妖って、皆イケメンなんですね…」
そんなおかしな感想しか出てこない。そんな駿の混乱を察してか、真斗 が苦笑って話を戻してくれる。
「まぁ、さっきリュウが言った通りさ、すぐにあれこれ決めろとは言わないよ。どこにいようと皆フォローするつもりだからさ。ただ、今の状況とこいつらの気持ちだけは分かってやってくれ。皆、これ以上お前に怪我させたくないだけだからさ」
ポンと真斗に肩を叩かれ、駿は、はっとして皆を見渡した。
全て偶然から始まった事だ。たまたまあの場所に居た駿が巻き込まれてしまっただけの事。目の前に居る彼らに落ち度など何も無いのに、共に背負おうとしてくれる。わけの分からない世界に一人放り出されていたら、腕がなくなったと完全にパニックになっていただろう。この先、本当に自分の身に恐ろしい事が起こるなんて想像つかないし考えたくもないが、それを共に考え気遣ってくれている人々が居るというのは、とても有難い事だ。
駿はしっかりと頷いた。まだ決心はつかないが、きっとお世話になる事だろう。職場で一人、この右腕を隠し通す自信もない。
「あ、カメラマンは荷が重いと思ったら、俺のカフェで働いてもいいな」
最後に笑う真斗に、受け入れてくれる人が居るていうのは、本当に有難い事だと、駿は無意識に腕を撫でた。
「仕事と言えば、今日は休みじゃないよな」
ふとリュウジがカレンダーを見上げ駿に尋ねる。
「はい、腕もこの状態ですから、遅れるって連絡入れて行こうかと。怪我して病院に行ったって事にします」
「なら、俺送ってってやるよ」
「え、良いですよ!悪いですから!」
「いや送ってもらえ。俺も行く」
真斗の申し出に断れば、ゼンがついて来ると言う。
「擁護者の身辺はしっかり見ておきたい。周辺の妖に見守りも頼めるしな」
「え、」
「四六時中監視されるわけじゃないから大丈夫だよ。よそ者の動きとか、気配で分かる奴らに頼むだけだから安心しな」
リュウジの笑顔は不思議と安心感がある。その笑顔一つで不安が消えた気すらするのは、スターのなせる技なのだろうか。
「よし、じゃあ飯食ったら行くか!」
そうして真斗の言葉通り食事を終えると、駿は真斗とゼンに連れられ外に出た。そしてゼンの家を出て驚く。
道路を挟んだ向かい側に、鈴鳴 神社があった。こんなに近くにあったのかと驚いていれば、真斗は車を取ってくるというので、その間、鈴鳴神社内で待っている事になった。鳥居をくぐると正面に拝殿があり、右手に手水舎、左手にカフェと社務所がある。
「神社内は安全だ。少し話をしてくるから、適当に見て待っていてくれ」
そう言うとゼンは社務所に向かう。話とは自分の事だろうかと少々落ち着かない気持ちになりつつ、それらを紛らわすように、駿は境内を散策する事にした。
拝殿の裏にある森のような木々の中に真斗の暮らす家があったのは驚きだが、どこを見てもどこにでもあるような普通の神社だ。ここがまさか妖が関わっている場所とは思いもしない。
駿は拝殿を見上げ、食事中に聞いたスズナリという妖の事を思い返した。
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