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ゼンの家で皆で朝食を摂るのは、駿(しゅん)が来てからの決め事となった。今までは、真斗(まこと)はカフェの開店の準備や医師の仕事もある為、ゼンの家で料理を用意しても共に食卓を囲む事はなかったし、揃って食事をしていたのはゼンとユキぐらいだった。それも、毎回ではない。しかし、駿の身を守るという任務があると話は別のようで、健康状態や心理状態を見るにも、なるべく行動を共にして、規則正しい生活をしようと、その方が人である駿には良いだろうと考えての事だった。 駿が来た事によって店の準備も捗り、真斗の負担が減ったという点も大きいのだろう。人の世を学びに来たアオにとっても都合が良い。因みに、リュウジと春翔(はると)は会社のタレント寮で暮らしている為、この時間にゼンの家へ来る事は少ない。 食卓に並ぶのは、真斗の手作りばかりで、和食が中心だ。アオは甘い玉子焼きを好むので、必ず朝食に登場するが、納豆は苦手らしく、美味しそうに食べるユキの事をいつも不機嫌に見つめている。 食卓はいつも賑やかだ。ゼンは無口だが、お喋りなユキと、それに乗っかる真斗におませなアオ、アオのお世話に忙しいムラサキ。この場に居る者のほとんどが妖だという事を、駿は忘れるくらい、もうこの場所に馴染んでいた。彼らといるのは楽しい、だから笑顔のこの場を壊したくなくて、何て事ない顔で箸を動かす。本当は、右手がかじかんで動かすのが辛いが、我慢だ。アオが悲しむのは可哀想だから。 懐いてくれるのは、嬉しいしな。 そう思い、玉子焼きに箸を伸ばすが、一回では上手く掴めない。マズイ、あまりモタモタしていると周りに気づかれてしまう、そんな風に内心焦っていた所、口元に玉子焼きが迫ってきた。 「ほれ、あーん」 「ん、」 思わず口に含めば、目の前でユキがキレイに笑った。 「ははは、餌付けみたいだな」 「ちょ、」 「ずるいわよ、ユキ!私がそれやるんだから!」 「アオ様!お食事中に身を乗り出してはいけません」 「アオにもあーんしてやろうか?」 「けっ、結構よ!…どーしてもって言うんなら、させてあげない事もないけど」 「アオ様!」 そんなやり取りに笑いが生まれる中、駿はユキの顔を見て、手がかじかんでいた事がバレていたと悟る。いや、しかしそれよりも、不意打ちのあーんは可愛すぎて、心臓が忙しない。 こんな風に、よく笑って、人を自然と笑顔の渦に巻き込んでしまうような妖なのに、駿は、彼が寂しげに笑う瞬間を知っている。それは誰かの為の特別のもののように思えて、不意にそれを見つける度、駿の胸はちくりと痛む。 自分にはこうして、余裕のある、皆のユキの笑顔しか見せてくれない事が、少し辛い。 まぁ、ユキにとって自分はその程度の存在という事なんだろうが、と思わず溜め息が零れる。 いや、そもそも男は守備範囲外ではないか、という疑念は、駿の頭の中からすっかり消えていた。それは、ゼンと春翔というカップルの仲睦まじい様を側で見ている内に、同性同士の恋愛も、自然の事と受け止められるようになっていたからかもしれない。 食事が終わり、それぞれの予定を確認し合うと、一日が始まる。 真斗は近所の病院の仕事に、アオとムラサキは人の世の勉強のため町へ、ゼンは自宅で仕事、駿とユキは共に神社へ戻った。 ユキは妖孤の国では役職を得ているらしく忙しそうだが、駿を妖の世界に巻き込んだと人一倍責任を感じてか、よく駿と共に行動をしている。駿の仕事が今のところ真斗のカフェがメインなので、神社の禰宜を仮の姿とし、神社を中心に動き回るユキとは自然と行動が一緒になる、という理由もあるようだ。 因みに、ユキが側に居ない時は、ゼンやリュウジ、カフェを手伝いに来ているミオとナオという妖の誰かが必ず付き添う事になる。万が一誰も側に居られないという場合は、今も世話になっている真斗の家に戻るのが約束事だった。 神社裏のあの家は、結界の中で一番安心とされている。

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