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「そうだ、夏祭りのこと聞いた?」 「カメラマンの話ですよね、オーナーから聞きました」 オーナーとは真斗(まこと)の事だ。カフェに着くと、ユキはカウンターに座り、駿(しゅん)はユキの為にコーヒーを作る。最近の日課だ。 「集客をより増やそうって商店街の皆が盛り上がっちゃってさー。宣伝として、俺の舞う姿を色々載せたいんだと」 「ホームページやチラシですよね、良いんじゃないですか?あなたはすっかり神社の顔ですから。その時は、しっかり撮らせていただきます」 「カメラマンとして、なかなか筋が良いんじゃないかって、レイジも言ってたよ」 「あれは…試し撮りっていうか、遊びの延長のようなものですから」 「でも、自然な表情が新鮮だって。ユウが撮るのはアートっぽいからな」 「俺としては、あのアヤノユウが妖なんて未だ信じられませんけど…」 「はは、長く生きてりゃ、そりゃセンスも技術も磨かれてくよな。時代の流れも汲み取って、あいつは良くやってるよ」 「今や日本を代表する名カメラマンですからね。まさか、そんな人の下で学べる時が来るなんて感激ですよ」 ゼンやリュウジ、春翔(はると)の計らいで、以前話した通り、駿はSTARSで写真の仕事をやらせてもらっている。 芸能事務所STARSには妖のタレントが居るので、万が一の為に妖のカメラマン、アヤノユウに依頼しているのだが、そのユウが来る時だけ、駿はSTARSにて写真を学ばせて貰っている。初めはアシスタントとしてだが、たまに試し撮りのような、本番以外の時間を使って写真を撮らせて貰っている。 祭り関係のカメラマンの話は単純に、駿がカメラをやっていると商店街で噂が広がったからだ。気づけば駿もすっかり町内の一員である。 とは言え、祭りでカメラマンの話を貰った時は胸が高鳴った。技術はまだまだだが、少ないながらも学んだ事を表現出来る、またとないチャンス。更に、念願叶ってユキを撮る事が出来るのだ、こんなに嬉しい事はない。 「これも怪我の巧妙ってやつですかね。普通に暮らしていたら、あんな一流の人の下で働く事は出来なかったでしょうし」 駿はユキの前にコーヒーを差し出す。そのまま引っ込めようとした手を不意に掴まれ、ドキリとした。それは惚れた相手に触れられて、というより、かじかむ手を隠そうとした事を怒られると思ったからだ。 「俺は、キミがカメラの道に進んでいれば、そういう人に出会ってたと思うよ。怪我の巧妙というには、これは不可が大きすぎる。なのに、更に怪我を上塗りしようとするんだから、キミは本当にバカだよ」 ユキは溜め息混じりに言う。呆れながらも手袋を脱がせ、透明の右手にしっかりと手を合わせ包んでくれる。アオに触れられた時、ユキはこうして手を温めてくれる。それは、ただ冷えた手を温めようというのではなく、妖の術を使ってだ。 ユキにとっては治療をしているだけでも、駿にとっては、ユキと過ごす大事な時間だ。 これだって、怪我の巧妙ではないだろうか。 内心でそう呟きつつ、駿は「すみません」と口にした。 「キミの手の事は正直まだ分かってないんだから、アオの側に居る時は注意してくれよ」 「でもさすがに拒めませんよ、あんな小さな子に」 「まあ見た目はな。アオは下手したら、俺より年上だよ」 「え、」 思わず固まる駿だが、ユキは気にせず話を進めていく。 「言ったろ?アオは自分の力の加減が上手く出来ないんだ。能力が高すぎて制御が難しいらしい。だから、次期女王としては誰も文句は無いけど、友人や恋人は作れないんだ。アオの一番近い妖はムラサキだよ。同族でも恐れて受け止めきれない力を、アオは持ってる」 「それなら尚更、俺が必要じゃないですか」 「え?」 「確かに手の感覚がなくなってる事はありますけど、俺、今の生活結構気に入ってるんです。皆さんに守られてばかりで役立たずの俺が、妖の誰かの役に立てるのは嬉しいですし、ライバルが減るのなら、それはそれで」 ニコッと笑顔を見せれば、ユキは舌打ちして駿の手をはたいた。 「イテッ」 「悪いけど、俺はそれに関しても責任感じてるんだからな!」 駿と出会う前、アオはユキにべったりだった。ユキはアオを拒まない。代わりに、アオの好意は全て流されていたわけだが、そんな中、駿が現れた。駿は好意も何も全て受けとめてしまうから、アオが駿に気持ちを向けるのは無理もなかった。嬉しいのだ、親しい友人の距離で、嫌な顔一つ見せず話をして笑い合える、その全てが、アオにとっては初めての事だったから。ムラサキも同じだが、それとは少し違う。ムラサキはアオのお世話係であり部下という立場もある。真面目なムラサキは、主に対して、ゼンにちょっかいを出すユキやリュウジのような接し方はしない。 「ユキさんのせいじゃないでしょう、俺が撒いた種です」 「けどさ!結局、それで俺の気苦労が増えるってことも分かってる?」 「だからユキさんは気にしすぎです。今だって何も変化は無いじゃないですか」 「キミの行動によっては変わるかもしれないだろ!」 「その時はユキさんが助けてくれるじゃないですか」 「それはそうだけど…いや、そうなる前に普通は気をつけるべきだろう!」 「気をつけます」 「ニヤニヤするな!」 「怒ったユキさんも可愛いと思いまして」 「キミは本当に、話の腰を折るのが上手いね!」 もういい、とユキは席を立ってしまう。 「あ、コーヒーは?」 「キミが飲め!勝手にうろつくなよ!」 それだけ言って神社内へと出て行ってしまったユキに、駿はやり過ぎたかなと反省した。 「………」 しかし、カップに手を伸ばして気づく。手が温かい。 先程まで凍るのではと、かじかんでいたのが嘘みたいに。 駿は思わず頬を緩め、見えない手に触れた。 なんだかんだ優しいのだ。それが責任からくるものだとしても、ユキは駿を少々過保護にするくらい、優しい。 駿が傷つけば、ユキは駿に関わらずを得なくなる。それを駿は嬉しく思っていたけれど、確かに相手の心をすり減らしてまでするのは良くない。これでは単なるワガママだ。 「…でも、これしか繋がりが無いんだよな」 呟き、手袋を嵌める。この手以外にユキと自分を繋ぐものは無いのだ。手が治ってからはもうきっと、会うことは無いのだから。

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