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一方通行な思いの行く末に軽く落ち込んでいると、リン、リンと風鈴のような音が聞こえてきた。駿(しゅん)は顔を上げ出入り口を確認する。確かめるまでもないが、店の入口に付けられた鈴の音とは全く違う音だ。それは、耳に届くというよりは直接頭の中に響くような不思議な感覚で、すぐに妖に関するものだと分かった。 神社か鈴鳴(すずなり)川で何かが起こった、これは結界が危機を察して鳴る鈴の音だ。 「……」 どうすべきか駿は迷った。真斗(まこと)は病院だし、ユキは怒らせたばかりだ。ここはゼンの元へ行くべきか。 駿は店の外へ出て辺りを窺う。クローズの札を出して、店に鍵を閉めた。 本来なら一番近くに居るユキを頼る所だが、怒らせたばかりで頼りに行くのは申し訳ない、というか気が引けてしまう。なのでゼンの元へ行こうとしたのだが、それは出来なかった。 「こら!何うろついてんの!勝手に動くなってさっき言ったばかりだろ!?」 駆けて来たのはユキだった。まだ怒り顔だが、それは先程の事を引きずっているのではなく、今の駿の行動に対してだろう。 何はともあれ、来てくれた事にほっとした。怒っていても来てくれる、それが義務だとしても嬉しかった。 「すみません、ユキさんを怒らせてしまったので…」 「それはそれ!これはこれ!もし神社に敵が現れてたら、どうするつもりだったんだ!?」 キッと睨まれ、駿は思わずたじろいだ。先程は怒った顔が可愛いなんて言ったが、あの場面では、ユキが本気で怒ってはいないと思ったから言えた事。だが、今のユキは違う。駿を心配して、本気で怒っているのが分かる。 「す、すみません…」 「まぁ、何もないから良いけど」 力が抜けた様子で表情を緩めたユキに、駿もほっとした。 「あの、何かあったんですか?鈴鳴川ですか?」 「あぁ、そっちからだな。妙な感じはしないし、大した事じゃないと思うけど…」 そんな話をしていると、向かいの家からゼンが出てきた。ゼンとユキはアイコンタクトを交わし、ゼンはそのまま川の方へ駆けて行く。ユキはその背中をじっと見つめていた。 その横顔に、ユキはゼンについて行きたいのだと、駿は感じた。 ユキにとって、ゼンは主であり家族のような存在で、自分の命を犠牲にしても守らなくてはならない存在だと、いつか話してくれた事を思い出す。それはリュウジにとっても、主のゼンにとっても同じ事なのだろう。 妖の主従の在り方は良く分からないが、三ヶ月共に過ごしていれば、それくらいは感じとれる。ゼンは責任感が強く仲間意識が高い。部下に守られるのではなく、部下を守ってこその主だと思っているように感じられる。そんな彼らだからこそ、もしもの場合に誰か一人見送るのは、もどかしい思いなのだろう。 それが、どんなに強い力を持った妖だったとしても。 「ユキさん、ゼンさんの所へ行って下さい」 「は?」 「川の方で何かあったんでしょ?それならここは安全じゃないですか」 「そんなの分からないだろ、だから四六時中誰かが一緒に居るんじゃないか」 「だったら俺もついて行きます」 「はぁ!?それこそ駄目に決まってる!川に行けば、またキミが襲われるかもしれないだろ!」 「皆さんが守ってくれるじゃないですか」 「なんでキミはそう楽観的なんだ、もし失っていたのが腕の色じゃなかったら?命だって取られていたかもしれないんだぞ!?」 「でも、何が起きるかなんて分からないじゃないですか。怖がっていたって仕方ない事もありますよ、俺はこの腕にそれを学びました。ゼンさんにもしもの事があったらどうするんですか」 「それは…」 「あ!」 「え、」 ユキが目を伏せた瞬間、駿はユキの後ろを指差した。ユキが驚いて後ろを振り返った隙をつき、駿は走り出す。 「って、コラ!駿!!」 なんて間の抜けた手に引っ掛かってるんだと、両者は同じ事を思ったに違いない。駿はユキに追いつかれる前にと、がむしゃらに鈴鳴川へ向かって走った。 鈴鳴川と神社は直線上にあるとはいえ、勿論道の上では真っ直ぐにとはいかない。駿は全速力で、公園を抜け、道路を渡り、住宅地を縫うように走り抜ける。いくら足に覚えがあるとはいえ、あらゆる面で能力値の高い妖のユキを振り切るのは、至難の業だ。ユキに追いつかれなかったのは、ユキがご近所さんに声を掛けられては、律儀に応じていたせいだろう。土手の上に出て、お化け桜が見える所まで走り切ると、駿は膝に手をつき、ゼーハーと息を切らした。 「キツイ…」 は、と切れる息を整えつつ顔を上げる。季節は夏、お化け桜は今日も満開の花を咲かせている。それは、妖や、駿のように特別な力を持ってしまった人間にしか見えない花だ。 桜を軸に鈴鳴川の川沿いから、河川敷の一定の距離に結界が張られており、それが力を放っている事は、周囲に人が寄りつかない事からも見てとれた。 「駿!」 振り返ると、すぐ側にユキが駆けてきていた。さすがというべきか、それこそ人では無いからか、これだけ走っておいてユキはほとんど息を切らしていない。駿は更に逃げようとしたが、ついに手を掴まれ立ち止まった。 「キミは本当!俺を振り回してくれるな!」 まったく、とブツブツ文句を言いながら、ユキは駿の手を引き土手の斜面を下って行く。 「え、引き返さないんですか?」 「ここまで来たら皆と合流した方が安心だよ。それにもう、粗方片付いているみたいだしね」 そう言われ結界の中をよく見ると、ゼンの姿と男が二人、彼らの前に丸くなっている獣の姿が見えた。結界に近づくと、獣の姿もはっきり見えてくる。ユキは、あれ、と首を傾げた。 「そいつ、ヤイチかい?この間、ミオんとこで預かったっていう」 皆が取り囲んでいたのは、赤茶色のイタチだった。

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