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「ちょっとゼン!何かを隠してるだろ!説明してくれ!」
ユキが腕を掴むと、ゼンは足を止めた。ゼンはユキを見てから駿 に目を向ける。少し考え込むと小さく息を吐いた。
「…冷静に聞いてくれ」
「分かってる」
すぐさま頷くユキに、いまいち信用ならないとゼンは思ったかもしれない。ゼンが僅か眉を寄せたので、駿は苦笑った。
「今、ヤイチに駿の腕を治す薬の開発を頼んでると言ったな」
頷くユキに、驚く駿。駿には、全く知らされていない話だった。
「まだ、先が見えなくてな。期待させて出来なかったじゃすまないだろうと思って、まだ駿には言ってなかったんだ」
すまない、と口にするゼンに、駿は慌てて首を振った。
「…そのヤイチなんだが、駿の腕の色を奪った薬を作った張本人ではないかと、俺は思ってる」
その言葉に二人共、言葉を失った。
「え、でも、今捕まってる妖が薬を作ったって言ってたんですよね?証拠もあったって、」
「あぁ、だから確証はないが、それは嘘の証拠だと俺は考えてる。あの妖が科学的な物を生み出すとは思えない、仮に奴が作ったとしても、誰かが手引きしている筈だ」
「…確かに暴力でしか動かない妖だけど、でもヤイチじゃないだろ?あんな怯えた奴が、狂暴な妖達を動かすなんて考えられない」
「きっと、ヤイチも誰かに使われていると思う」
「…あの、どうしてヤイチさんが薬を作ったと思うんですか?」
「ヤイチが優秀な薬術を扱うからだ。妙な術を開発する事でも有名な妖で、お前の腕を治す為に先ずヤイチを訪ねさせたんだが、姿を消していた。ミオとナオに頼んで探させ、見つけるのに一月かかった」
「どこに居たんですか?」
「さぁな、突然ふらりと現れたそうだ。それからはずっと怯えて、何を聞いても話す気配はないから、ミオの下で働いてもらってるんだ」
「もっと強く問いただしてもいいんじゃないの?」
「証拠がない」
「何も言わないのが、その証拠!」
「それで舌でも噛まれたらどうする、何も聞き出せないだろ。もしヤイチが犯人なら、駿の腕だって治せない、あのままだ」
うー、とユキはもどかしげに頭を抱えた。あの怯えきった様子では何をするか分からないと思ったのかもしれない。
「…とにかく、お前には近寄らせないようにする」
大丈夫だと、ゼンは駿の肩を叩いた。
「その方がいい、奴が何者かに囲われているのは明らかだ」
そこへ、可憐ながら、良く通る女性の声がした。
淡い光に包まれて、小柄な女性がふわりと空に浮かびながらやって来る。長い艶やかな黒髪に、キリッとした大きな瞳、まるで人形のように可憐で美しい姿。桜色の着物は裾がスカートのようにふわりと揺れ、裾が長いからか足先は見えない。
彼女は桜の妖で、人の世と妖の世、二つの世界の境界の番人をしている妖、桜千 だ。
桜千はふわりと浮かんで、駿の前に現れた。
「その後、変わりないか?周りが煩くて敵わないだろう」
小柄なので少女のようにも見えるが、彼女から伝わるのは大人の落ち着きや包容力。ふと緩められた表情には妖艶さもあり、危ない魅力に思わずドキリとしてしまうのは、男の子なら仕方のない事のように、駿は思う。
「は、はい、俺の方が皆さんにご迷惑おかけしてますから…」
「そうか?よくやってくれていると、真斗 は言っていたぞ」
ふふ、と微笑み、悪戯に顔を覗き込まれては、その魅力に惹き付けられ反応に困ってしまう。
「ちょっと桜千!駿をあまり困らせるなよ!」
「私は質問をしてるだけだ」
「距離とかさ!いつもの鉄火面っぷりはどこに行ったんだよ!」
「ふふ、子狐が吠えてくるのが楽しくてな」
「キミ、本当に変わったね!」
ムッとして駿を背に隠すように立つユキに、桜千は口元を袖で隠しながら楽しそうに笑う。
「桜千、何か見たのか?」
そんな中、ゼンが口を挟む。すると、桜千は一つ頷いてゼンに向き直った。
「遠目でよく分からなかったが、ゴロツキのような妖が二人いたよ。仲間のようには見えなかったが、ヤイチと彼らは何かを話し、ヤイチにわざと結界を作動させているようにも見えた。あの子も逃げられないのかもしれないね」
「ほら!やっぱり繋がってるんだ!ヤイチを吐かせるべきだよ!」
桜千の言葉にユキは再びゼンに詰め寄るが、ゼンは表情を崩さない。
「それは、力づくでか?」
「それは…」
「今のあいつは何をするか分からない。駿の腕を治す薬が作れなくなっては困る、それに喋らないならそれはそれで様子を見よう。向こうから何か動きがあるかもしれない、ヤイチをわざと俺達の元へ忍ばせている可能性だってあるだろ?」
それからゼンは小さく息を吐いた。
「もどかしいのは俺だって同じだ。ヤイチが俺達を信用さえしてくれればな…」
だからミオはヤイチを守るように接していたのかと、駿は納得した。
「こちらでも引き続き調査を進めておくよ」
「あぁ、悪いな」
「これも仕事だ、皆気をつけてな」
そう言うと、桜千は小さな光となり、桜の木へと吸い込まれていった。駿はまだ妖が境界を通る所を見た事がなく、一体どんな仕組みかと疑問に思っていたのだが、その疑問は今日も晴れそうにない。
「ったく、桜千のやつ」
「…そう言えばユキさんて、桜千さんには随分フランクなんですね。他の女の人には、もっと丁寧な感じなのに」
「あー、桜千とは付き合い長いからなー。ゼンのお陰で大分文句も言われてきたからなー」
「勝手につきまとうお前達が悪い」
「これだもん。王子様のお守りは大変よ」
「王子ではない」
「はいはい」
「…あれで桜千も気にしてるんだろう、お前の事を」
どういう意味だろうと駿が盗み見たユキの表情は気まずそうに揺れ、そこで会話は途切れてしまった。
「…ほら、駿も帰ろう」
先を行くゼンの背に気づき、ユキは慌てて駿の腕を引く。力を込められた指先に触れる勇気は、駿にはまだ無かった。
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