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神社に戻ってくると、ヤイチがミオとナオに引きずられるように商店街へ向かって行くのが見えた。
「駿 、お前は今日店に居るんだったな」
ゼンに問われ「はい」と頷く駿。
「ミオ達が戻るまで店に居させてもらう」
「分かりました」
ゼンはそれだけ言うと自宅に戻ってしまった。仕事道具を持ってくるのだろう。
「…なんか納得いかないな…」
ユキはムッとした顔をする。ヤイチへの対応に納得がいかないようだ。敵との繋がりを目の当たりにして、何も出来ないのがもどかしいのかもしれない。
ヤイチはカマイタチの一族のようで、薬や術の研究、開発を行っており、その界隈では有名な妖らしい。
ゼン達が言うなら、ヤイチが駿の腕の色を失わせた薬を作り、駿を襲った妖と繋がっているのかもしれない。
しかしそうだとしても、駿にはなかなか危機感が生まれなかった。想像が出来ないのだ、あの怯えた妖が何のためにこんな薬を作ったのか、この先一体何が起きるのか。
分からない事ばかりだが、駿がやる事は決まっている。
「俺は仕事に戻りますね。もう勝手に動いたりしませんから」
駿は頭を下げユキの手を外させようとしたが、ユキはそれを拒み更に不機嫌に顔を歪めた。
「俺も店番手伝うよ。神社の方は道影 さんに頼んでくる」
道影さんとは、神社の神主だ。と言っても、この神社は神社を装っているだけなので、本物の神主ではない。何人か人を雇っているが、その中でも道影の家は、真斗 の生まれた十禅 の家同様、妖の秘密を守り受け継いできた家系だ。ユキは駿の手を引いてカフェへと連れて行く。駿は嬉しく思いながらも、些か複雑な気分だった。
ユキの迷惑にならないよう、まずは自分の気持ちを一旦抑えようと思った。ユキが好きで気を引きたくて、ワガママを言っている子供から大人になろうとしたけれど、ユキはそれを拒むように駿の手を握り直す。そこに下心はない、ヤイチの事があったからより警戒しているだけ。ただ、そうは分かっていても、駿の心は浮き足立ち、決心を鈍らせる。
「なぁ、コーヒー煎れてよ。さっきは飲めなかったからさ」
照れくさそうにユキが言う。怒らせたのは自分なのに、ユキが気にしてくれていたと思うと、頬が自然と緩んでしまう。
ユキの事が好きだと、広がる思いが苦しくて、嬉しくて。ユキが振り返る前にと、駿は緩む頬を隠すのに必死だった。
それから数日後、鈴鳴神社のカフェはいつも通りの時を過ごしていた。
先日、ミオとナオに引きずられながら町を歩いたヤイチは何か問題を起こす事なく妖の世へと帰っていった。
あれから進展は特にない。駿はそう感じているが、もしかしたらゼン達の間では何かあったのかもしれない。あの日から、ゼンが家で仕事をする時は、カフェの隅で行うようになり、ユキは店を手伝う素振りを見せながら、ご近所さんや女性客と相席を楽しんでいる。ただ遊んでいるように見えるが、それも見守りの一環で、以前よりも駿の側に居ようとしてくれているのだろうと、駿は感じていた。
何でも無い様子で仕事をするのも、遊んでいるように見えるのも、駿が不安に思わないよう気遣ってくれているのかもしれない。
自分が誰かに狙われているかもしれない、平和な日常の中では、そんな思いにはなかなかなれないが、それでも、二人の優しさは感じる。
そんな日常の中、駿のカフェでの仕事振りもだんだんと板についてきた。まだ真斗の特製メニューは作れないが、それ以外のフードやドリンクメニューは身についたし、お客さんの流れも見えてきた。
駿が表のメニューボードにランチメニューを貼り出していると、アオとムラサキの姿が見えた。
「お帰りなさい、お昼は…」
続けようとした言葉は、元気の無いアオの表情に行き場を失ってしまった。
「アオちゃんどうしたの?」
「え?どうもしてないわ、お腹がすいちゃったなーって思っていただけ!今日のランチは何かしら!」
「今日は、オーナー特製オムライスだよ。めっちゃふわとろなやつ」
「食べたいわ!」
「かしこまりました。今日ゼンさんも居るし、店で食べて行く?」
するとアオは輝かせた瞳を迷わせ、うーんと俯いた。
「出来れば、お部屋で頂きたいわ」
「そう?じゃあ持って行くね。ムラサキさんは何にしますか?」
「私もアオ様と同じもので構いません」
「じゃあ、待ってるわね!」
そう言って神社の中へ駆けて行くアオに、駿は心配そうにムラサキを見た。
「アオちゃん、何かあったんですか?」
「…どこに居ても雪女の性質は変えられない。それは当然の事ですが、少し悩まれてしまっているようです。皆が駿様のように心が広いわけではありませんから」
ムラサキは控えめに笑み、頭を下げてアオを追った。
駿は自分の手に視線を落とした。触れれば凍らせてしまうような、アオの冷たい手を思い出す。
「駿ー?」
店内からユキが顔を出す。駿はユキに返事をしながら店内に戻った。
「すみません、今アオちゃんが帰ってきて」
「飯は?」
「部屋でとるそうです。なんか元気無いみたいで」
「また何かあったかな」
「また?」
え、と驚く駿にユキは肩を竦め、自らもカウンター内へ戻ってくる。
「そりゃ色々あるさ。キミだって悩みの一つや二つあるだろ?」
「ありますけど…」
「妖だって同じだよ。人より何十、何百倍と生きていたって、同じ事でぐるぐる回ってもがいている。そう考えたら、人の方が賢いっつーか逞しいっつーか。だから、どいつもこいつも人が好きなんだろうな」
「妖からしたら、人なんてか弱いだけなんじゃないですか」
どこか拗ねているようにも聞こえる駿の言葉に、ユキはふっと笑い、軽く肩を当ててくる。
「だからだよ。妖からしたら、人は弱くて短い命だとしても懸命じゃないか。どいつもこいつも自分の一生を全うして。憧れるよ」
「…ユキさんにも悩みってあるんですか」
するとユキは少し困ったように笑み、さて、と腕を捲った。
「もう真斗も戻って来るだろ。お姫様の為に準備すすめとくか」
「…はい」
ユキはそれ以上聞くなとばかりに動き出したので、駿は引き下がりながら心の内で落胆する。分かりきっていた事なのだが、自分では役不足だと痛感させられた。
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