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それから日々は過ぎ、祭りまであと二週間となった。宣伝に使われたユキの舞い姿の写真は好評で、祭りへの期待も高まっている。
駿 はまだ手袋を外す事は出来ないが、祭りの準備はあれど変わらない日々を過ごしている。
危機を回避出来たわけではないが、少しだけ気分が良いのは、ユキが寂しそうに笑う事が少なくなったからだろうか。ただ、今までのように食事の場でも皆で揃う事が少なくなり、それだけ犯人を捕まえようと奔走してくれているという事なのだろうが、結局待つ事しか出来ない駿にとっては、少しもどかしい思いだった。
そんな中、アオとムラサキも一時的に妖の世に戻る事となった。駿には詳しい事を話してくれなかったが、アオが襲われた事が理由だろうと駿は思う。
今は二人を見送ってきたところだ。と言っても、神社の外までだとアオに叱られてしまったが。
「やっぱりキミは変わらないね」
家に戻り、縁側に出て、駿はユキに手を温めて貰っていた。危険と分かってはいても、アオと手を繋いで歩いたり触れ合ったり、というのは習慣になってしまったので今更変えられず、というより、駿は元々アオに対して危険意識が無いので、つい忘れてしまうといった方が正しいかもしれない。いつも手を繋いでから気づくのだ、氷の手は体に障るという事を。
先程も、つい手を繋いでしまったので、こうしてユキの出番がきたというわけだ。
「すみません、つい…アオちゃん妹みたいで可愛くて」
「大分年上だけどね」
「はは、そうなんですけど」
「いいなーアオちゃんはー。少しは俺の事も労ってもらいたいくらいだよ」
「労いますよ、ユキさんには世話になってますから!肩でも揉みましょうか?」
「まだそんなじいさんじゃないので結構ですー。キミには下心しか感じないしね」
「バレましたか。俺にとってはこの時間が幸せですよ」
温められている指先でユキの手をそっと握れば、スパン!と、勢いよく頭を叩かれた。
「いって!」
「本当、図々しくなったなキミは!」
怒った顔だが、突き放しはしない。許されていると、つい感じてしまう。錯覚かもしれない、けれど決めたのだ。この思いがどこへ行こうとも、全て片付くまでユキの側に居る事を。
ユキを苦しめず傷つけず、その背中を押す為、駿はユキに守ってもらう。それはきっと、ユキを守る事にも繋がるのだから。
「よし、これでいいだろ」
駿から手を放すと、ユキは縁側に足を投げ出し、ふぅ、と息を吐いた。疲れているのだろうか。
「…行かなくていいんですか?今日も女性の参拝客、結構来てますよ」
「俺の人気っぷり凄いだろー、リュウにもひけを取らないね」
そう言って、縁側の外に足を投げ出したまま、ごろりと寝転んでしまった。
ユキの舞い姿が出回ってから、この美人は誰だと改めて話題になり、ネットやテレビでも取り上げられているそうだ。祭り前に彼に会いに行こうと人が増え、周辺の商店街も大盛況で、嬉しい悲鳴が上がっているとか。
「ま、いーんだよ。ほら、こういうのって、たまにしか会えないからテンション上がるんだろ?俺はアイドルじゃないから、行かなきゃならない義務はないしな」
カシャと音がして、ユキは驚いて駿を見上げた。
最近駿はカメラを持ち歩いており、隙さえあれば写真を撮っている。
「すみません、つい」
「…いいよ、撮りがいあるだろ?」
「はは、それはもう。あ、祭りの様子も撮ってくれって青年部のメンバーに頼まれたんですけど…」
「大丈夫だよ、祭りはきっと何事もなく開始出来る筈だ」
駿の不安を笑顔で包み、よし、と声を上げてユキは体を起こした。
「そろそろ行ってくるか、キミはこの後も店だろ?」
「はい、ゼンさんとナオ君が来てくれます」
側に居ると言っても、四六時中一緒に居るわけにはいかない。ユキの神社での姿は仮の姿、ゼンの補佐として人の世に来ているが、元は妖孤の城で役職を持っており、今でも、ゼンと妖孤の城との繋ぎ役も兼ねて、妖と人の世の間を飛び回っている事が多い。今までは、それでもユキは駿の側に居られるよう、なるべく人の世に居る時間を稼いでいたが、何者かが駿とアオを襲った事、祭りがある事から、立場のあるユキが動かねばならない事が増えてきているという。それほど、今回の事は一大事だと、多くの妖達も思っているのだろう。
もし、妖の存在が人の世に知れ渡ってしまったら、人の世で暮らす妖は、居場所を失ってしまう。人にだって危害が及ぶかもしれない。
今日もその為の集まりがあるらしく、真斗 も同席するようだ。
「何かあったらすぐ連絡貰えるようにしてあるから」
「はい、俺も、もう勝手に走り出したりしませんから」
「頼むぞー」
疑り深い眼差しで言うユキに、駿は苦笑う。この点に関して、駿の信用度はかなり低い。
そして、ユキと真斗を見送り、駿は店に戻る。二人と入れ替わるようにやって来たゼンは、既に定位置と化しているカウンターの一番奥へ、ナオはエプロンを締め、店用に調達したという新品の鹿撃ち帽を店の奥から持ってきて被り直した。いつもと同じ柄、同じ形の帽子。衛星面も勿論あるが、被り直す事で心構えが変わるという。
「さ、お仕事お仕事」
小柄で愛嬌たっぷりのナオは可愛らしい。その姿は、まるで小動物が動いているようで、お客さんからの評判も上々だ。元々、猫だが。
テキパキ働くナオを横目に、駿もエプロンを巻いていると、早速店のドアが開いた。「いらっしゃいませ」と顔を向けると、スーツ姿の春翔 が来ていた。
「こんにちは」
「いらっしゃい、春翔さん」
「春ちゃんだ」
「春翔?」
三人の出迎えに、春翔は笑顔で頭を下げた。
「さっきまで祭りの打ち合わせをしていて、こっちに来てたんです」
春翔はゼンの隣に腰掛けた。
「今日はどうするー?」
「じゃあ、コーヒーを」
「任せて!」
胸を張ってナオはコーヒー作りに入る。何故かナオにはドリンク以外は触らせるなと御触れが出ているので、今日のドリンク当番はナオだ。駿は春翔に水とおしぼりを出しながら、そう言えば、と続けた。
「STARSが商店街の加盟とは知りませんでした」
「商店街から離れてるもんね。僕も入社して初めて知ったよ」
「STARSの社長はレイジだからな。あいつが居れば、人の世の妖の動きが分かるし、鈴鳴 川や神社で何が起きた時も、商店街や町の人々と関わりがあった方が対処しやすいからな」
春翔、ゼンと続く言葉に、駿は納得した。
いつどこで妖同士がトラブルを起こすか、人を巻き込むような事件になるか分からない。どこに駆けつけても違和感なく過ごすには、常に人の日常に居る事だろうと判断したからだ。あまり人前に出ないレイジだが、人との関係を築く為、意外とこの辺りをうろうろしているらしい。
「でも、会社としても助かってます。毎年タレント達にステージを使わせてくれますから。今日もその打ち合わせで」
「出費だけじゃね~」
ナオがコーヒーとクッキーを差し出す。クッキーは、コーヒーに付くおまけだ。
「今年は誰が出るんです?」
「バッカスだよ」
「和喜 君達ですよね。俺、春翔さんの弟ってのも驚きでしたけど、本職がアイドルだったのが驚きでした。役者さん一本かと思ってましたよ」
「色々あってね、バッカスの為に、それぞれもっと力をつけてからデビューしようって決めたんだ」
「へぇ、それなら尚更二人のステージが楽しみですね」
「うん!期待してて!」
駿と春翔のやり取りに、ナオは、ふふ、と嬉しそうに笑った。
「どうしたんですか?」
「今こうして皆と居れて良かったなーって思っただけ。僕はあまり役に立てなかったけど」
駿は何の事だろうと首を傾げたが、ゼンと春翔にはその意味が伝わっている様子だ。
それは、ゼンと春翔が再会した夏の日の事、春翔に取りついた妖と戦った夜の事。あの時も、この神社を巻き込んで大騒動となった。
「何言ってる、ずっと味方でいてくれたじゃないか。それに今だって、助けて貰ってる」
そう口を緩めたゼンに、ナオはぽかんとした後涙ぐんだ。ゼンのその表情には、駿まで見惚れてしまった。ゼンは滅多に表情を崩さないから。
「そういうとこー!王子がそういう事するからー!!」
わんわん泣き出しゼンに抱きついたナオに、「王子ではない」と鉄火面に戻りつつも、優しく背を撫でてやるゼン。
普段が普段なだけに、温かい言葉と笑顔のセットは威力を持って胸に刺さるのだろう。
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