26 / 48
26
商店街や神社の周辺、駅前にも露店が建ち並び、駅前周辺には女性達が多く集っていた。恐らく、夕方から始まるバッカスのステージを目当てとしたファン達だろう。駿 はユキと共に、カメラ片手に町内を歩いていた。
「凄いんですね、和喜 君達の人気。春翔 さんも嬉しいだろうな」
アイドルユニットのバッカスは、春翔が担当するタレントだが、メンバーの和喜は春翔の実の弟だ。弟がこれだけ多くのファンに支えられているなんて、きっと目にしたら感動してしまうんだろうな、と駿は春翔の姿を想像して微笑んだ。
「あいつら、ここがスタート地点だからさ。駅向こうに広場あるだろ?あそこで昔はよく路上パフォーマンスとかやってたよ。その時からのファンもついてるって言ってた。だから久々のライブが地元で、かなり気合い入ってるみたいだぞ。新生バッカスを披露する場でもあるからってさ」
「へぇ、凄いな…」
駿は町の様子をカメラに納めながら感心する。ユキは楽しげな駿を邪魔しないよう、いつも通りを心がけながらも周囲によく気を配っていた。祭りの中を駿が動き回る事に不安もあったたが、せっかくの祭りだ、閉じ込めるのは可哀想だし、その為に、安全に過ごせるよう準備も進めてきた。
それに、彼には商店街青年部から頼まれたカメラマンとしての役割もある。この選択はもしかしたら間違いかもしれないが、それでも。
ユキは、駿が楽しそうなら良かったと安堵した。思い詰めていないかと、少し心配だったからだ。
「…今日は、暑いな」
ぽつり零したユキは、眩しそうに太陽を見上げた。夏だから仕方ないが、今日はなんだか一段と日射しが強く感じる。
ぼんやりするユキに気付き、駿は心配そうにユキの顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「ん?」
「顔色があまり…」
そう言いながら駿は、ジーンズの後ろポケットにつっこんでいた丸めた書類を広げるとユキの頭の上に影を作り、同じくポケットに突っ込んでいた団扇で扇いでやる。すると、次々とポケットから物が出てくる様が可笑しかったのか、ユキは吹き出すように笑った。
「はは!キミのズボンには万能なポケットが付いているな」
「手が塞がると、つい突っ込んじゃうんですよ」
「まぁ、助かった、ありがとう」
ユキは団扇を受け取って、パタパタと扇ぐ。いけない、このままでは注意が散漫になってしまうと、駿に気付かれないよう改めて気を引き締めた。
「駿!ユキ!」
そこへ、後ろから可愛らしい声が聞こえてきて、二人は揃って振り返った。そこには、氷の結晶をあしらった浴衣を着たアオと、紺色の浴衣を色っぽく着こなすムラサキが居た。
「アオちゃん、ムラサキさん!戻ってきたんですか?」
駿は駆け寄るアオをその胸に抱きとめハグをした。今日ばかりは、アオの体温は心地好い。少しくらいなら、アオの力を受けても大丈夫だろうと思ってしまう。
「あーいいなー。アオちゃん俺にもちょっと分けてくれるかい?」
「もう、しょうがないわね」
ユキはアオとハグすると、そのまま立ち上がって、くるりと回る。アオは楽しそうに、きゃあと笑った。
「もう、アオ様!」
「今日くらいは良いよなー祭りだもん」
「ムラサキはお固いから」
「アオ様!」
「もう、分かっているわ。ユキ、ちゃんと任務を果たすのよ。私もしっかり務めを果たすわ」
「うん、よろしく頼むよ」
「じゃ、また後でね」
そう言って、あっという間に去って行く二人に、駿は首を傾げる。
「あの、任務って?」
「あー、祭りって言っても、人は一ヶ所に集まる訳じゃないだろ?バッカスのライブもあれば、神社まで行く人や、露店を楽しむ人もいる。人出が増えればその分、注意しなきゃいけない点は多くなる。敵も一人じゃないしな」
「え?」
「キミを襲った妖に便乗して、騒ごうとする妖もいるらしい。レイジが追っかけてるから大丈夫だと思うけどさ」
「…そんな事が」
「まぁ、こういう事は今回に限った事じゃない。だから人の世に、レイジやゼンのような守り番がいるわけだし。キミは何も気に病む必要はないからな」
さぁ、行こうとユキに手を引かれ、駿は歩き出す。
全然知らなかった。
レイジは、バッカスも所属する芸能事務所の社長だが、人の世の妖達の拠り所でもある。それと同時に、人の世の妖の情報は、レイジの元に集まっているという。なので、迅速な対応が出来ているのだろう。
だとしても、駿にとっては、自分がキッカケで起きてるようなものなのに、自分は何も知らず守られているだけなんて、これで良いのかと思ってしまう。
「……」
駿は、手を引くユキの背中を見つめ、グローブを嵌めた自分の右手に目を落とす。
それでも結局、自分は無力だ。何の力も無い自分では、ユキ達にとって足手纏いにしかならない。何も出来ない事が歯がゆい。
一体、敵はどこに居るのだろう。どうか、誰も巻き込まないでくれと、願わずにいられなかった。
カフェは祭りの為、テイクアウトメニューのみの提供となった。いつもの休日の比ではない人の流れと、駿や真斗 が店に長く居られないという理由もあり、簡単に作れて販売出来る物でないと対応出来ないと考えてだ。それに、店頭に立つスタッフは、ミオの部下の妖が入れ替わりで手伝ってくれるので、簡単に出来るものでなければ、苦労するだろう。
そういえば、妖の世界にカフェなんかあるのかと、駿は疑問を浮かべた。カフェ初体験の妖がいたらどうしようと不安もあったが、ムラサキとアオが頻繁に手伝いに来てくれるし、ミオやナオも自分の仕事の合間に様子を見に来てくれるので、そこの不安はすぐに解消された。
助っ人の店員が妖ばかりなのは、恐らく駿の為だろう。何かあった時、すぐに対応出来るからだ。
ともだちにシェアしよう!