27 / 48

27

お昼過ぎ、駿(しゅん)は神社内にある結界の内側から、境内を眺めながら休憩を取っていた。この中なら、先ず誰かに襲われる心配は無い。 先程まで真斗(まこと)の家の縁側でお昼を食べていたが、縁側からでは境内の様子が見えないので、ユキがよくそうしているように、桜の木に凭れてみる。 駿はぼんやりと人の流れに目を留めながら、この中にどれだけ妖がいるんだろうと、ふと思う。 ヤイチは見つかったんだろうか、無事なんだろうか。 あれから進展はあったのか、ゼン達は何も分からないから言わないのか、それとも言えない何かがあるのだろうか。 今日と明日、この祭りのどこかでヤイチに会えるのだろうか。 「…あの蝶とは会いたくないな…」 すっかりトラウマである。でも、もし会ってしまったら、自分の身に何か起こるかもしれない、祭りを楽しむ人々まで巻き込んでしまうかもしれない。そう思えば身が竦み、そんな自分に慌てて頭を振る。 いや、皆いるんだ、大丈夫と思い直し、駿は顔を上げる。自分でも気付かぬ内に、今回の事は 相当堪えていたようだ。 襲われた事、誰かが傷つく事、誰かを傷つけようとしている者が居る事。 今思えば、どこか夢物語を生きてきた気がする。けれど、これは全て現実なんだと、改めて思い知らされるみたいだ。 「…ん?」 ふぅ、と息を吐いた時、境内が妙に騒がしくなっているのを感じて様子を窺うと、その騒ぎの原因はすぐに分かった。 人混みの中に居ても、一際目立つオーラを放っている人物がいる。帽子にサングラスで本人は変装しているつもりかもしれないが、長身でスタイルが良く、帽子もサングラスもお洒落アイテムとしかなってないならば、変装の意味がない。 どう見てもリュウジだった。 「お、居た居た!」 そんな目立つリュウジが、駿を見つけ嬉しそうに手を振って駆けてきたので、駿は青い顔をして慌てて飛び出し、結界の手前まで引っぱり込んだ。結界は、人が自然と意識を遠ざける効果がある為、中に入らなくても目眩ましになる。 「どうした?駿」 「どうしたじゃないですよ!これだけの人がいるんですから気をつけて下さいよ」 「大丈夫だって。皆、自分の楽しみに夢中なんだからさ。それより、ユキの準備は出来てるか?」 「はい、もう始まると思いますよ」 祭りの宣伝用のユキの写真が好評で、風舞(かぜまい)を祭りでも披露してほしいと依頼があったのだ。それは、ユキにとっては好都合の依頼だった。 「皆さん、大丈夫なんですか?」 駿が心配しているのは、一部の妖が暴動を起こそうとしていると聞いたからだ。元々そういう妖が現れるだろうと予測を立てていたので、皆対策は万全だった。 ユキが風舞を行う理由もそこにあった。 風舞は、広範囲に術を飛ばせる。使える妖が限られる難しい技だそうだ。今回は、風に乗せて大きな結界を張るという。 恐らく妖は、バッカスのライブ中を狙ってくる、その直前に結界を張ってしまえば、大抵の妖は中へ入るのを躊躇う。誰が目を光らせているのか改めて知るからだ、それでも中へ入り悪さを働けば、その者の位置を特定し知らせ、術者や高い能力を持つ者は、ドーム状になっている結界の天井を伝って術を飛ばす事が出来るという。 こういう大型の技は、かなり体力気力が奪われるという。体調が万全ではないユキには酷だが、ユキは泣き言を言っていられない状況だった。 暴れ回る妖に気を取られ、本来の敵から祭りを、人々を守れなかったらどうしようもない。ヤイチが立ち向かった妖達は何をしてくるのか分からない。それならやれる予防策はやって損はないはずだと。これも作戦の一つだった。 ユキを思ってだろう、心配そうに人波の向こうを見つめる駿に、リュウジは笑顔で応じた。 「大丈夫だよ、そんな柔な奴じゃないから。ゼンとレイジが見張ってるしな。しっかり守ってくれる…まぁ、下手したら、あいつら二人で片づけちゃいそうだけどさ」 それでも念には念をって事だと、リュウジは肩を竦める。 「あ、始まりそうだ」 リュウジに手招かれ、駿も拝殿脇から顔を出す。 人々の頭の向こう、拵えた神楽殿の上にユキの姿が見える。神主の道影の挨拶の後、音楽が流れてきた。 雅楽のようだが、聞き慣れない音も間に聞こえてくる、もしかしたら、妖の世の音楽なのかもしれない。その音に合わせ、ユキの舞が始まった。リュウジに背を押され、駿も少し前へ出る。多くの人でユキの姿は小さくしか見えないが、その存在感に圧倒された。 構えたカメラのシャッターを切り忘れる程に。 ユキは柔らかな笑みを浮かべながらも、時折射抜くように表情を変える。開いた扇子を勢いよく真横へ凪払った瞬間、駆け抜けた風の中、無数の煌めきが四方へ飛んで行くのが見えた。きっと、人の目には見えないものだ。軽やかに力強くステップを踏む。金色になびく髪が優雅に跳ね、いっそ神々しくさえ思えた。 ただ、写真を撮ったあの日と違う事が一つ。 舞いを納めると、ユキは深々とお辞儀をして、神楽殿を下りていく。人前からはけたユキは汗だくで、苦しそうな表情を浮かべている。拍手喝采の中、裏の動線を通り、ユキが拝殿の裏手までやってきた。 「上手くいってるかい?」 リュウジが頷くと、ユキは安堵したように表情を緩めた。 「よし、それじゃバッカスのライブに行こう。安全確認とあいつらの勇姿を見てやらないとね」 早速、笑顔で歩き出すユキだが、駿は違和感を拭えない。リュウジに顔を向ければ、どうやらリュウジも同じ思いのようだったが、小さく肩を竦めて首を振るだけだった。

ともだちにシェアしよう!