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そして、リュウジとムラサキの嫌な予感は的中した。 夕暮れに差し掛かった辺りで、複数の妖が、結界内で同時に暴れまわる事態が起きた。 結界は、全ての妖をシャットダウンする事も出来るというが、今回の祭りでそれはしなかった。 いくら祭りといえど、このような大掛かりな術を張る事は初めてだったし、人の世で、人と共に平和に暮らしている妖もいる。そういった妖達には、妖のネットワークで、当日に出入り出来る結界の入口は、事前に伝えてある。 その入口を作るのがゼンの仕事、結界の仕上げだった。 入口周辺は、味方の妖が警備を強化している。そして結界自体は、内外から攻撃を受けて壊されてしまわないよう、術を幾重にも乗せた強固な物を作ってある、それはユキの得意分野だ。 しかし、それが一部で破られていた。 小さな綻びをつつかれたらしい。近くの入口で騒ぎを起こし、入口の番をしていた妖達の目を引いている間に、別の妖が結界を破ったのだという。何人もの妖を犠牲にしてまで穴を開け、妖の集団がなだれ込んできた。本来なら、それでも結界の力で妖達を抑え込み捕らえれた筈だが、ユキの力が弱まっていたせいか、それとも何か対策が取られたのか、その威力は極端に弱かった。 結界を伝って術を飛ばす事も出来るが、騒ぎが大きく人目を浴びている所では使用出来ず、それでもセンサーは働くので、動ける妖はすぐさま暴動を起こす妖の元へと行く事が出来た。 とにかく早く駆けつけて、自分達で妖を捕らえなければならない。そうでなければ、今度は警察が来てしまう。警察に連れられ自ら妖である事を明かして暴れられでもしたら、それこそ一環の終わりだ。妖の存在が世の中に知れ渡れば、妖達は皆、人の世から出て行かなくてはいけなくなる。 「ゼン!これで全部!?」 涙目でゼンを振り返ったのは、ナオだ。ここは商店街の入り口付近で、彼らの前には、目を回し倒れている妖達が二十名近くいる。ナオは、彼らの下から、下敷きになってしまったお気に入りの鹿撃ち帽を引っ張り出す。ぺちゃんこになってしまいショックなのだろう、もう泣きそうだ。 「いや、センサーが働いてる。まだどこかに逃げた者が居るだろう」 そんなナオの頭を撫でつつ、ゼンはいつも通り冷静な表情のまま、空を見上げた。 空が僅かに波打って見えるが、それがセンサーで、その空の揺らぎを見て、暴動を起こす妖の居場所を読むという。 妖は、微弱だが常に妖力を放っている。結界が暴動を起こす集団を察知出来るのも、彼らが妖の力を使っていなくても、その力が漏れ出ているからだ。そして、暴動を起こしている間は、その分、結界への伝わり方も大きくなる。更に、妖達は束になって行動していた為、その力が塊となって結界に伝わるので、居場所の特定はしやすかった。 ゼンは、空から周囲に目を向けた。そこには祭りを楽しんでいた大勢の人々がいて、ぽかんとしながらゼン達を見つめていた。 人々は、突然現れた暴動を起こす集団から怯え逃げ惑っていたが、これまた突然現れた暴れる集団を次々に捕らえ始めたゼン達に、呆気に取られてしまったのだろう。 人々が見つめる中では、下手に妖の力を使う事も出来ないので体術のみとなるが、皆が呆気に取られる程、見事だった。 「ナオは駿(しゅん)の元へ向かってくれ。リュウジ達が居るから問題ないと思うが」 ナオは泣きたい気持ちを振り払うように頷くと、砂を払った帽子をしっかり被った。 「任せて、ゼン!」 そう言い残すと、ナオは人波に呑まれていく。路地に入ったかと思えば、すぐさま猫が一匹飛び出してきた。三毛猫姿のナオだ。 ゼンは、倒れている妖の体を起こさせた。首謀者や暴動を起こす妖の数、その目的を聞き出そうとしたが、妖はすっかり伸びてしまっている。溜め息を吐きつつ立ち上がると、ゼンは周辺に目を向けた。 「大丈夫ですか、先生!今、警察に、」 そう声を掛けつつやって来た青年は、商店街の人間だろう。近所の住人は、皆ゼンの事を先生と呼ぶ。小説家の藤浪ゼンとして周知されているからだ。 「警察には俺から連絡してある、騒がせてすまないな。怪我はないか?」 「はい!助かりました…!」 彼がホッとした様子で頭を下げると、呆気にとられていた人々から拍手や歓声が上がった。無事、事態が解決したと、ようやく理解し安心出来たからだろう。皆がもう大丈夫だと伝え合い、倒れた露店等を直しにかかる。元通りの祭りに戻そうと人々が率先して動き出す、見た所、怪我人は居ないようだ。そもそも妖達は、騒ぎを起こす事を目的としていて、人には一切手を出していないように見えた。 「ゼン様!…あ、ゼ、ゼンさん!」 そこへ、警察の制服姿の青年が三人駆けてくる。彼らは妖で、妖狐の城の者達だ。今はカモフラージュの為、警察に扮している。 人の世では、ゼンの事を“様”をつけて呼ぶなと言いつけられているが、彼らは元々ゼンを慕っている事もあり、なかなか習慣が抜けないようだ。 「皆、無事か」 「はい!…さすがですね、お一人でこんなに」 「ナオも居たからな、大した事ではない。この者達を頼めるか?レイジの元へ連れて行ってほしい」 「了解です」 ビシッと敬礼してから、それもやっては駄目だと思い出したのだろう、三人は慌てて手をばたつかせてから頭を下げ、伸びている妖達に駆け寄った。 ゼンは空を仰ぐと、結界が異変を訴える場所を確認する。そのままその場所へ向かおうとしたが、先程の仲間に呼び止められた。 「伝令が向かって来ます!」 別の方へ顔を向けると、一羽のカラスがこちらに向かってきている。足が三本ある、ヤタガラスの一族、ミオの部下だ。 「ゼン様!急ぎ報告が!」 そうカラスが喋るので、ゼンは地面に降り立ったカラスを慌てて腕に抱え走り出した。 「ゼンさ、」 「喋るな!カラスは普通喋らない」 ハッとしてカラスは固まった。人が多いので、どこに人目があるかわからないが、逆に人が多かったお陰で、誰もカラスが喋ったとは思わなかったようだ。ゼンは人目から外れ路地に入ると、カラスを解放する。浴衣を着た人の姿となったカラスは、申し訳なさそうに膝をついて項垂れた。 「誰でもするミスだ、気にしなくていい。急ぎの用だったな、何があった」 「は、はい!ミオ様がヤイチ殿を見つけたと、今、自ら後を追っています」 「ヤイチは一人でいたのか?どの辺りだ?」 「一人だったそうです。結界の外から町の様子を見ていたそうで、ミオ様は、もしかしたらヤイチ殿の力のお陰で結界を破り、結界から発せられる力からも免れられたのではないかと。鈴鳴(すずなり)川の方角へ向かったとの事でした」 「ヤイチの術か」 「また、仲間が蝶の妖を駅周辺で見かけたとの報告が」 「…分かった。すまないがレイジにも伝えておいてもらえるか」 「了解しました」 「気をつけてな」 「はい!」 そう返事をすると、彼はカラスの姿に戻り、再び空へ向かった。ゼンはそのまま空をぐるりと見渡す。先程異変を知らせた波打つ空のセンサーは消えていた、誰かが妖を取り押さえたのだろう。 ゼンは再び走り出す。向かうは鈴鳴神社だ。

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