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真斗(まこと)がユキを寝かしつけて居間に戻ると、皆が心配そうに顔を上げた。ゼンと春翔(はると)も騒ぎに気づき、あの後すぐに引き返しており、居間には他に、リュウジやミオとナオ、真斗の家に泊まっていたアオとムラサキ、皆が揃っていた。 「ユキさんは!?」 うろうろと居間を落ち着きなく歩いていた駿(しゅん)は、そのまま真斗に駆け寄った。真斗は大丈夫だと、駿の肩を叩く。 「とりあえず落ち着いてる。体に異常はない、最近の調子の悪さも倒れたのも、恐らく妖力が抜かれていたのが原因だろう」 「妖力が?どういう事だよ」 「あいつの手の平に、妙な跡があった。目には見えない術の跡だ」 リュウジの問いに真斗がそう答えると、リュウジは驚いた顔をして、再び問いかける。 「ユキは、自分が術を掛けられている事に、気づいていなかったのか?」 「あぁ、そうだろうな。俺も最初は分からなかった。妖は、常に微量の妖力が出ているもんだが、それとは別に、力の流れが常に一方向に向かっていた。おかしいと思って見てみたら、手の平に術の跡が見つかった。そこから、出す必要の無い力が常に体から零れていたようだ。本人も気づかない程度の量でも、毎日積み重なっていけば、失った量は大きくなる。しかも、回復を遅らせる術が上乗せしてあった。だから、倒れたんだろう」 真斗は、首に掛けていた小さなルーペのような物を取ると、手にしていた大きな革の鞄の中にしまった。妖の医療道具だろうか、あの鞄は、病院へ仕事に向かう時に、真斗がよく持ち歩いているものだ。 「今は?ユキさん、大丈夫なんですか?元に戻るんですか?」 焦って尋ねる駿に、真斗は顔を上げると、頷き笑った。 「大丈夫だ、術は全部解いたし、回復を促す処置もした。じき体力も戻るだろう。妖力は底をつく事はないから安心しろ、すぐに良くなる」 真斗の言葉に、駿も皆もホッとして表情を緩めた。その顔を見て、真斗は申し訳なさそうに表情を歪め、皆に頭を下げた。 「医者が側に居るのに、気づかないですまなかった」 ユキへの思いも勿論だが、これから妖達が、人を巻き込む事件を起こそうとしているかもしれないという時に、戦力の中枢にいるユキが倒れた。それを知れば、ここに居ない仲間達が不安に思うのも当然で。それも含めて、真斗は責任を感じていたのだろう。 「そんな、オーナーのせいじゃありませんよ!それに俺の方が、ユキさんとしょっちゅう一緒に、」 「それを言ったら、皆同じだ。誰のせいでもない」 申し訳なく頭を下げた真斗に、駿は慌てて声を掛けたが、ゼンが途中でそれを遮った。 「だね!そもそも、ユキなら分かってても隠しそうだし!」 「一先ず大事無かったんだ、良かったよ」 ゼンに続き、ナオとミオが頷き合えば、居間の空気が明るくなる。 「きっとユキさんなら、皆に気にさせた方が辛いって言いそうだね」 「そうね!私達が落ち込んでいたらしょうがないわ!」 春翔とアオの言葉に、真斗と駿は顔を見合わせ、その表情を緩めた。 皆、気持ちは同じなのだ。 「しかし、一体いつそんな術を掛けられたんだ、あいつ…」 悩むリュウジの傍ら、ゼンは立ち上がりながら、その肩を叩いた。 「…考えても仕方ない。真斗、ユキを頼む。リュウジは駿の側に居てくれ」 「ゼンは?」 「俺は結界を仕上げてからレイジに会ってくる。今日の事を改めないといけないからな。もしどこかで不備があれば、ユキは自分を責めかねない」 その言葉に、皆が頷いた。皆が明るく努めるのは、皆、ユキが心配で、不安を少なからず抱いているからだ。でも、だからと言って、黙っているわけにはいかない。動き出さないといけない、今日は待ってくれないのだから。 「俺も戻るよ、部下達に指示を出してくる。変更があったら教えて」 同じく立ち上がりながら言うミオに、ゼンは頷いた。二人が居間を出て行くと、残ったメンバーもそれぞれ動き出す。 駿はその様子を見つめながら、もどかしい思いに、小さく拳を握っていた。すると、リュウジがその様子を見て、くしゃ、と駿の髪をかき混ぜた。 「わっ、リュウジさん…!」 「大丈夫だ、何も心配いらねぇよ。ユキがそんな柔な奴じゃないって、お前だって知ってるだろ?」 ぽんぽん、と頭を撫でられ、駿はリュウジの思いやりに、「はい」と頷きながら笑みを向けたが、それはどこか力のないものになってしまった。 「駿、今日は店を閉めておこう。ユキは今眠ってるけど、もし起きても、俺が帰ってくるまで家から出さないよう見張っててくれ。リュウ、ちょっと頼むな、あっちに顔出したらすぐ帰ってくるから」 真斗も商店街の人達と顔合わせ等があるのだろう、忙しなく出て行く姿を見送ると、リュウジは皆を振り返った。 「とりあえず、茶でもいれるか。アオ達も飲むだろ?」 「あ、リュウジさん俺やりますから!」 駿がはっとして台所に向かおうとすると、いいのいいのと制されてしまった。 「お前はユキの側に居てやれ、見張ってないとだろ?」 「私も側に居てもいい?」 駿の側で控えめに尋ねたアオに、リュウジは頷いた。 「勿論、こいつのお守り頼むよ姫」 「任せて!行きましょ、駿」 「え、あ、うん」 駆け出すアオに、駿はリュウジに頭を下げ、慌てて後を追いかけた。残ったムラサキは、台所に向かうリュウジを追いかけた。 「お手伝いします」 「サンキュ」 そして、並んでお茶の用意を始める中、ムラサキがぽつりとこぼす。 「…何か嫌な予感がしますね」 「…言うなよ、俺も同じ事思ってるんだから」 二人がついた溜め息は思案気に揺れ、夏の風に浚われていった。 そっと襖を開け、駿とアオは、ユキの眠る部屋に入る。 ユキは、部屋の中央に敷かれた布団の上で眠っていた。真斗が処置を施してくれたお陰か、先程よりも幾分顔色が良い気がする。 「ユキ…」 アオが心配そうに呟く傍ら、駿は布団から出ていたユキの手を取った。そのまま布団の中に戻そうとして、手が止まる。 この手に、幾度となく助けられてきた。何度も温めて貰った。そのユキの手が冷たく感じて、駿はユキの手を両手で祈るように握った。 どうして、こんなにも自分は無力なのだろう。 ずっと側に居たのに、どうしてもっと早く気づいてあげられなかったのか、ユキが大丈夫だって言っても、真斗やゼンに自分が相談を持ちかけていたら、こんなに辛い思いはさせないで済んだのかもしれないのに。 ここ数週間、皆は忙しく走り回っていた。その中で余裕があったのは、守られていた自分だけ、ユキの異変に気付けたのは自分だけだったのかもしれないのに。 気にするなと言われても、駿は、自分を責めずにいられなかった。 「…駿」 アオは、そんな駿の姿を見つめ、きゅっと唇を結んだ。 「大丈夫よ、駿!ユキは、大丈夫!すぐに目を覚ますわ!だって、私が認めた妖ですもの!」 そう声を掛けてくれるアオは、頑張って笑っている。アオだって心配なのに、泣きたい気持ちを堪えて、心配を笑顔に変えて、駿の為に我慢してくれている。 アオの優しさに駿は力なく微笑み、頷きながら、アオの頭をそっと撫でた。 「うん、そうだね、その通りだ」 可愛い小さな女の子に心配させて、慰められて、情けない。 駿は、アオの為にも表情を明るくさせ、ユキの手をそっと布団の中に戻すと、また怒られるかもしれないが、涙を頑張って堪えているアオに寄り添った。 「ごめんね、ありがとうアオちゃん」 アオは駿を見上げると、再びきゅっと唇を結んで俯いた。震える心が少しでも温まる事を願って、駿は冷たい背中をあやすように撫で擦る。 駿には、こんな事しか出来ない。不安を取り除いてやる事も出来ない。 何も出来ない自分が、ただただ悔しかった。

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