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空には満開の花が咲き、その傍ら、煌めく光が降り注ぐ。まるで雪のように降り注ぐそれに、花火会場の観客は演出だと思っているのだろう、「キレイ」と、手を伸ばす人々の上で緩やかに風が舞う。それらの煌めきはどこへ飛ばされる訳でもなく、その場でプツリと光が消えるので、それが電飾で彩られたイルミネーションのようにも見え、どんな仕掛けなんだと人々は驚きつつも、花火と謎の煌めきのコントラストを、素直に受け入れている様子だ。 「これでバレたら、何もかも終いだな」 はは、と笑いながら話すのは、久世(くぜ)レイジ。彼は天狗の妖でありながら、芸能界のトップシーンを駆け抜け、人気絶頂の最中、突然表舞台から姿を消した伝説のアイドルでもある。今ではリュウジを看板役者として構える事務所STARSの社長を勤めているが、今もなおレイジの現役復帰を求める声は根強い。しかし、もし彼が表舞台に現れたら、人々は大変驚くだろう。年齢を重ねているにも関わらず、彼の容姿は若い時のまま一つも変わらない。妖だからだ。スラリとした長身に、男らしさと危うい甘さを兼ね備えた男前で、深みのある声と人当たりの良さからは、大人の包容力を感じ取れる。 花火会場の真上で、風を操り光の粉を消しているのは彼だ。ユキの舞ほど広範囲とはいかないが、それでもその実力は本物だ。 「笑えない冗談はよしてくれ」 彼の傍らで様子を見守るのは里中隼人(さとなかはやと)、彼は人間だ。爽やかな容姿で、眼鏡をかけている。 彼はレイジのマネージャーを経て、今は事務所の副社長をしている。とはいえ、レイジは人の世での妖達の管理者という役目もあるので、隼人が社長のような役目を果たしている事も多かった。それでも、レイジの名があれば仕事がしやすいという面もあり、また隼人は妖に理解がある。なので、レイジと隼人は持ちつ持たれつでやってきた。今回も、レイジをサポートする為、こうして隼人はレイジの側に居る。 先程、カラス姿で伝令にやって来ていたミオは人の姿に戻り、その手に球体を抱えて戻ってきた。 「レイジ、見つけたよ」 光を失った球体だ。 「花火会場の周辺はこれで最後か」 「ようやく終わるのか…」 ほっとした声を漏らしたのは隼人だ。大スターであったレイジが妙な姿で、妙なポーズで、ましてや人ではないなんて知れ渡ったらどうしようと、内心ヒヤヒヤしていた。 妖は、その姿も力も、基本的に人の目に見えてしまう。 鈴鳴(すずなり)川にある桜千(おうせん)の桜や、鈴鳴神社の真斗(まこと)の家にある結界のように、人を寄せ付けないようにしたり、人の目から隠す事も出来るが、それは誰でも、常に、とはいかない。難しいからだ。 因みに、駿(しゅん)春翔(はると)は妖の力が体に入った事があるので、人目を隠す結界が張られても効果はない。 「じゃ、最後の仕上げだな」 レイジが空を見上げると、神社の方から空を渡る光が見えた。ゼンが風舞(かぜまい)に乗せた術だ、それが空を渡り、結界の内側に巡らせている。きっと、ユキの結界を更に強化する為の術だ。この光も人目に触れている筈だが、光の筋が見えただけですぐに消えてしまった。きっと、ヤタガラスの力だろう。 ミオ達ヤタガラスが得意とする術に、暗闇を作る術がある。それを使えば、大振りな技を使っても暗闇に紛れるので、人目につく事はない。 今、花火大会に集まっている人々を守る為に、内からも外からも妖の力が及ばないようにするのが妖達の任務だ。 レイジは、駅の方に目を向けた。そちらからはまだ光の粉が舞っており、それを風が浚っていく。まだ球体が見つからないのだろう。いくら結界を張ろうと、結界は物体にはセンサーが作動しない。輪を重ねるように結界に術を張り巡らせ強化しつつ、まだ見つからない球体を探しださなければいけない。 花火の上演は約二時間。今も人の流れは絶えず、人がこの町から消えるまで更に数時間はかかるだろう。 そこへ、ミオの部下がカラスの姿で飛んできた。 「ミオ様!再び妖の暴動が起こりました!」 「また?どこから入って来たんだ…場所は?」 「まだ手薄となっている駅周辺です。今、ゼン様…あ、ゼンさんとユキさんが移動しているとの事ですが」 「あいつら二人も行けば問題ないだろ」 結界を強化し終えたレイジが戻る。背中には、黒い立派な翼が生えていた。天狗の翼だ。 「そうだね。伝令ご苦労様、引き続き頼むよ」 ミオの言葉にカラスは頭を下げ、再び空へ飛び立った。 「さすが仕事が早いですね」 「俺を誰だと思ってんのよ。さ、次行くぞ」 さすが、というミオの言葉に、レイジは上機嫌に胸を張り歩き出す。それを見て、隼人は血相を変えた。 「レイジ、羽根をしまえ!目立つ行動は控えてくれ!」 「はいはい」 笑うレイジに、隼人の深い溜め息が零れ落ちた。

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