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「もう居ない!?本当に全部!?」 半泣きで叫ぶのはナオだ。もう嫌だと喚き、辺りを見回す。その姿はかなり疲弊している。 「もう居ない、もう終わりだ。まるでトカゲの尻尾切りだったな」 「蟻の巣に放り込まれたっていう方が合ってるんじゃない?」 「気味悪い表現、やめてくれない?」 ゼン、レイジ、ユキと続く言葉の先には、捕らえられた妖達が居る。 ゼンとユキが駅に着き、先に応戦していたナオとミオの部下達の加勢に入ったのだが、相手の数はそれ程多く無いのに、妙な術を使う妖ばかりだった。それぞれが分身する術を使い、本体を抑えるのに苦労した。その後、応援に来たレイジと隼人のお陰で、結界を強化し、暴動を起こす妖も大分抑えられた所だ。 ここが人前でなければどうという事はなかったが、自分の正体を隠しつつ、妖として正体を明かしても構わないという相手と渡り合うのは、なかなか難しい。隼人(はやと)の機転により、大掛かりな路上パフォーマンスとして人の目を騙せた事で動きやすくなり、どうにか正体を明かさずに済んだ。 「遅れをとった、後は任せていいか」 ゼンの問いに、レイジは頷きながら、飛んできた火の玉を手で掴み放り投げた。 これも、パフォーマンスの一環だと隼人が大声で触れ回っている。今のレイジは人々から注目を浴びているので、隼人が用意したサングラスを掛けている。 「あとはこっちでどうにかしとくから、行ってくれ」 「まだ居るー!どっから沸いて出てるの!?」 「もう強化は済んだんだ、これ以上は増えないだろ、多分」 「もう嫌だー!」 うんざりと言ったナオの声が空に響き、二人の間を駆け抜けて行ったが、レイジは笑ってひらりと手を振り行ってしまった。 「これ、結界が攻撃に使えないのが厄介だよな」 せっかく強化出来ても、目の前の敵に対しては使えない。 強化したのは、敵を誘き寄せる為のものであり、内外からの大きな攻撃を防ぐ為のものだ。それも、人にばれないように使わないといけないので、目立つような事には使えない。 それでも、備えとしては無いよりあった方が良い。敵が、花火大会に集った人々を巻き込むとしたら、広範囲に渡り守る方法がなければ困る。 使うとしたら、降り注ぐ光の粉のように、誤魔化す理由も考えなければ。 「ユキ、行くぞ」 ゼンに声を掛けられ、ユキは頷いた。 「上手く川に移動できるかな」 「あぁ、何事もないといいが」 駅周辺のどこに潜んでいたのか、それとも結界を強化する前に手引きがあったのか、集った妖は、町中に散って行った。しかし、その中に主犯と思える妖も、ヤイチの姿をもない。 「囮作戦が逆効果だったかも…大丈夫だよね」 「あぁ、鈴鳴(すずなり)川には桜千(おうせん)も居る。急ぐぞ」 頷きつつユキはゼンの後を追う。もう嫌な予感しかしない。肝心な時に自分は力を削られ、ゼンと共に足止めをさせられた。仲間がついているが、まだ何かあるのではと疑わずにはいられない。だって、妖達は人々を狙わない。狙っている素振りを見せるが、刃は必ず自分達に向けてきた。 駿(しゅん)を狙う理由なら、思い当たる。自分達が大事に守っているからだ。人の世で妖が人を傷つけたと騒ぎになりさえすれば、それが百人であろうと一人であろうと、罪の重さは変わらない。それならたった一人を狙えばいい、自分達が守り続けた人との絆を絶たせるに、駿はちょうどいい人間だ。 走って走って鈴鳴川に辿り着くと、ユキは自分の予感が的中したと知る。リュウジ、アオ、桜千が揃う川原に、駿の姿だけが無かった。 「どうした、」 「ごめん!見失った…」 「どういう事だよ!リュウ!」 掴みかかるユキを、アオが慌てて間に入る。 「ごめんなさい!私も油断したの!」 泣き顔のアオが必死にユキの手を掴む。震えるその指先に、ユキは言葉を失った。ゼンはユキの肩を優しく叩き、リュウジに顔を向けた。 「説明してくれ、何があったんだ」 「結界を抜けた先、突然煙の幕に覆われたんだ。咄嗟に駿の手を掴んだんだが…振り払われて」 「駿が、振り払ったのか?」 頷くリュウジにユキは信じられないといった表情で、掴みかかった手を力無く放した。 「妙だな、何か仕掛けられていたか」 「そんな素振りなかった…と思うわ」 ゼンの言葉にアオは自信なく返答する。駿を目の前で浚われた以上、自分の認識が正しかったのか自信が持てないでいるのだろう。 「煙の幕といったが、その後は何もなかったのか?煙の行方は?」 「渦巻いてその場で消えちまった…」 くそ、と吐き捨てリュウジは髪をくしゃくしゃと掻き上げる。 「何かないか、辿る方法は…」 僅か焦りを滲ませた表情で思案するゼンの横顔を見て、ユキは、あ、と声を張り上げた。 「そうだ!駿に持たせた小狐(こぎつね)がいる!」 「呼べるか」 ゼンに頷きユキが手を合わせようとした時、「待て」と桜千が声を掛ける。 「小狐じゃないか?」 桜千の指し示す先、空から小さな光が飛んで来て、ふわふわとユキの手のひらに収まると、光は小さな狐へと姿を変えた。 間違いなく、駿に付き添わせた小狐だ。 「お前一人か?駿は?どこに居る!?」 小狐は慌てた様子で、身振り手振りでユキに何かを伝えているようだ。声もない動きだったが、ユキはうんうん、と頷き顔を上げた。 「ミオが駿と居るみたいだ!ヤイチの姿を見つけて追いかけたら、駿の姿も見えて追っていたらしい。小狐が駿の元に案内してくれる!」 「行こう」 ゼンの声に皆頷き、小狐を持つユキの後を追いかける。ゼンは残る桜千に目配せし、皆の後を追った。 「無事なら良いが…」 夏の花火の下、花びら零れる桜の下で、桜千は祈るように空を見上げた。 そうしてゼン達がたどり着いたのは、土手を少し走って下りた先、鈴鳴川から差程離れていない場所にある、廃工場だった。 「ここかい?」 小狐は頷き、ユキの肩から飛び降りると、ふわふわ浮かびながら工場内へ入って行く。 「この中か」 大きな工場の中には、巨大な繭があった。

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