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ーどうして。 声が聞こえ駿(しゅん)は目を開ける。暗闇の中、宙に浮いたような体の感覚に、以前も同じような体験をした事を思い出す。 「また、誰だ」 ーどうして、こんな事するの 「え?」 ー黙っててじっとしてて ー君が悪いんだ ー違う、君は、君が、 行かないで。 駿が目を覚ますと、目の前に白く大きな翼が見えて、驚きに思わず飛び起きた。 「て、天使…!」 その声に振り返った顔を見て、駿は更に驚き、固まってしまった。 「はは、残念。まだあの世には遠いようだよ」 振り返ったのはミオだった。笑顔ではいるが、その顔は痛々しく、よく見れば体は傷を負い、真っ白だと思った翼には所々血が滲み傷んでいる。 「ミ、ミオさん、なんで、」 信じられない光景に、理解が追い付かない。心臓が恐怖に強く打ち付ける。這うようにミオに近づこうとしたが、すぐさま「ダメだよ」と制されてしまった。 「そこに居て、駿」 一体何が起きてるのか。駿はミオの背に守られながら辺りを見回した。周囲は森の木々に囲まれ、ミオの前にはヤイチがいた。まさか、彼がミオを酷い目に遭わせているのかとも思ったが、ヤイチは怯えているように見える。 「目が覚めたみたいね」 「え…あ!」 女性の声に顔を上げると、駿はその人物に顔を引きつらせた。木の枝に座っていた彼女は、大きな羽を広げて降りてくる。嫌な思い出しかない蝶の羽に、頭から生えた触覚、駿の右手から色を奪ったあの蝶の妖だ。 「ヤタの坊っちゃんも、そろそろその子渡してくれない?私、別に誰かをいたぶる趣味はないのよね」 蝶は人差し指をくるくる回す。すると、小さな渦に巻かれた粉のようなものが現れ、それがミオの体へ降りかかる。途端に粉は火花を発し、ミオの体にバチバチと噛みついてくる。 駿は思わず目を背けたが、本人はぐっと唇を噛み締めるだけだ。 「な、なんでミオさん抵抗してよ!逃げて!逃げよう!」 「無理よね、大事な部下が目の前に居るんだもの。後ろには人の子、あなたって損な性格ね。一方を捨ててしまえば簡単な事なのに」 「そうだね、けど君だってついてないよね。ゼンを陥れる絶好の機械を台無しにしてる」 「どういう意味よ」 「いつまでも平行線だ。君の力では僕には勝てないよ」 「傷だらけでよく言うわ」 「でも立ってるよ、我慢比べは得意でね」 ミオが笑うと、蝶は再び先程の粉のような物を投げつける。図星なのだろうか怒り任せの行動だが、ミオが言う程その攻撃は軽くはない。全身に電気ショックを受け続けているような、拷問だ。見てる方が苦しくなる。 「ミオさん!もうやめましょう!俺どうなってもいいですから!逃げて下さい!」 縋りつくように手を伸ばしたが、その手が触れる前に跳ね返されてしまう。妖の力なのだろうか、空気に押し返されるような感覚だった。 「いいから、駿はそこに居るんだ」 バチッと音がして、電気が止む。さすがに息が切れている。 「ヤイチさん!助けてよ!ミオさんの部下なんでしょ!」 思わず叫べば、蝶の女は高笑い、ヤイチは青い顔で俯いた。 「彼が手を貸すわけないじゃない!あんたの腕も結界を破らせたのも、妖の正体を晒す薬も、全て彼が作ったものよ!彼の意志でね!」 ヤイチはびくりと肩を震わせる。 「君が指図したんだろ。今みたいにヤイチを操って」 ミオの言葉に、駿は、え、とヤイチに目を向ける。マインドコントロール的な事なのだろうか。 「操るだなんて心外ね。私は、彼の望みを叶えてあげるチャンスを与えただけよ?彼だって、今更寝返るわけないじゃない、だってチャンスはもう目の前だもの。人の世で、妖が人を襲えば重罪よ。同時にそれを阻止出来なかった守り番にも責任はついてくる。すでに嫌われ恐れられてるゼン様に居場所はないわ、そうなれば境界の門は閉じずに居られなくなる。だって、怖いゼンが居なくなれば、二つの世は崩壊したも同然、妖に溢れ人の世は大混乱よ。そうなったら、本当に、二つの世界は分断ね」 「そんなにまでして、リュウジに戻ってきてほしい?」 「なにか?」 「そんな事しても、リュウジが君の元に行くわけないじゃないか」 ヤイチがおずおずと顔を上げる。 「はぁ?あなたにそんな事関係ないでしょ!そもそもゼンが居なければ、人の世なんかと交流がなければ、ずっとあの人は側に居たのよ!」 「君に魅力があれば、どこに居たってリュウジは君に会いに来るだろうね。リュウジと向き合おうともせずに振り向いて貰えない理由を他人のせいにするなよ」 怖いくらいの眼差しに、蝶はぐっと唇を噛み締めると、羽をはためかせ腕を振りかざす。バチバチと電気が舞う粉の中、背後の森から伸びる蔦がミオの体を縛り上げ、それは首にも絡みつく。 「や、やめてくれ!ダメだよ!」 駿は苦しむミオに駆け寄る。このままではミオの息が止まってしまう。蔦に触れると電流が走り、反射的に手を放す。焦げた右手のグローブからは、色を失った指先から血が滲んだ。

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