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「やめ、ろ、駿 」
「ミオさんバカだよ!挑発するような事言って!」
もう泣きたい。駿は奥歯を噛み締めながら、バチバチと身体中に走る電流に耐え、その蔦をどうにか外そうと試みる。けれど、手は力が入らず滑るばかりだ。
「だーっくっそ!ヤイチ!ぼーっとしてんなよ!あんたの主人だろ!何がしたいんだよ!自分勝手にこんな、人を傷つけて何が楽しいんだよ!そんなんだから誰も側から居なくなるんだ!」
「…え」
「っ、」
手が震え、駿は尻もちをつく。見れば両腕が赤く爛れ、皮膚が捲れ上がっている。今にも心臓が止まるのではというような痛みに、必死に呼吸を繰り返し、やり過ごそうとする。
「ヤイチだろ?真っ暗の中、どうしてどうしてって声がした。行かないでって、誰に何を伝えたいんだよ、ちゃんと話したのかよ、行動したのかよ、そいつの事ちゃんと考えたのかよ!こんなやり方じゃ、何も伝わらない、誰もお前を分かろうとしてくれない!ミオさんだけじゃん!こんなになってんのにお前の事分かろうとして、逃げないでさ!お前も逃げんなよ!操られてる場合じゃないだろ!」
叫ぶ声に、ヤイチの瞳が揺れる。ヤイチ、と蝶が叫ぶように名前を呼ぶ。
「ヤタガラスが居なければ、計画通りお前の思いも通じるんだ!さっさと仕留めろ!」
びくりと震えるヤイチの手には、鎌がある。カマイタチの鎌だろうか、焼ける音のするそれは、ただの刃ではないと分かる。
「その毒さえあれば、一瞬で命を奪えるんだ、どんな妖であろうと、早く!」
「ヤイチ!」
ぎゅ、と鎌を握り構える姿に、駿は考える間もなくミオの前へ飛び出す。立ちはだかる駿に、ミオが息も絶え絶え言葉を発するが、届く筈もなく。
「ダ、メだ、」
は、と息を吐き、それを合図に羽に絡む蔦が一つ二つと途切れる。ミオは諦めていない、その様子に、蝶は焦って声を荒げた。
「早くしな!ヤイチ!」
ヤイチの鎌が振り上げられる。駿は自分の心音に耳を塞がれ、ただ固く目を閉じた。死を覚悟する。目を閉じた暗闇の中、走馬灯のように捨てきれない思い出が巡る中、ユキが振り返った。
もう一度、会いたい、ユキさん。
女々しくとも、ただ、もう一度。
ぐ、と奥歯を噛み締め全て受け入れようとした、その時だった。
突然、地面に突き上げるような衝撃が走り、駿は驚き目を開けた。
目に飛び込んできたのは、毒の鎌でも、蝶の絡む蔦でもなく、必死な表情をしたユキと、ぼろぼろになった白い羽だった。
「駿!駿、駿!」
確かめるように名を呼ばれ、頬を撫でられ、駿は何が起きたのか分からず呆然とユキを見つめる。
「無事か?酷い怪我だ、おい、分かるか?俺の事分かるか?」
必死な様子に、今死の間際に居た心地の駿は、まるで夢でも見ているような感覚だった。
「ここが、天国ですか…?」
ユキの頬に手を伸ばそうとして、自分の手がぼろぼろになっている事に気付き、安心したような困ったような笑みを浮かべた。
「酷い現実だ、」
「駿ー…」
目がしっかりと合い、ユキは安心した様子で、駿の両肩に手を置き顔を俯けた。胸に当たる重みが心地よい。ちゃんと、生きていたと改めて実感が込み上げてくる。
「…ユキさん、泣いてます?」
「泣くかバカ!帰ったら説教だ!」
「え、怒られるんですか、俺」
「いいところ邪魔して悪いんだけどさ…」
抱き合うような形の二人に、ミオが気まずそうに声を掛ける。すぐ傍らに居たミオに駿は驚いたが、それは当然の事だった。倒れ込む駿を、ミオが傷ついた羽で受け止めてくれたのだから。
「ミオさん!大丈夫ですか!蔦、蔦…!」
駿は焦ってミオの首を確かめる。彼の首や体は傷だらけだったが、蔦はもう絡まっていない。
「リュウジが切ってくれたよ」
ミオにつられて顔を上げると、少しだけ罰が悪そうなリュウジが側に立っていた。
「遅くなって悪かった」
「側に居なくてごめんね」
リュウジに次いで、アオが泣きそうになりながら駆けてくる。駿の腕、ミオの様子を見て、一層その表情を歪めた。だが、アオはきゅっと唇を結ぶと立ち上がり、皆を守るように立ち塞がるゼンの元へ駆けて行く。
「アオちゃん?」
「大丈夫、任せよう」
思わず声を掛けた駿に、ユキはそう言って駿の腕に視線を落とした。
「これは俺の前に、キミ達二人、真斗 からお説教だな…」
小狐 がミオの体を確かめるように駆け回り、ユキは駿の腕に、懐から出した布を当てた。
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