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呆然と立ち尽くすヤイチに、怯え腰を抜かす蝶。その前に立つゼンは、その気迫だけで彼らを気を失わせそうだ。青々と燃える炎を身体中に纏わせ、四方八方を炎の海に変えてしまった。 繭の中に生まれた森は消え失せ、今はただの廃工場の中に彼らはいた。 「一度捕らわれて、懲りなかったか」 ひ、と蝶が悲鳴を上げる。逃げようと身を翻す蝶を見て、背後の炎が更に膨れ上がる。堪らず小さな蝶へと姿を変えたが、逃げきれる筈もなく、蝶は炎に捕らわれてしまった。 「安心しろ、命は奪いはしない」 あっという間の出来事に、駿(しゅん)は手当てを受けながら、開いた口を塞ぐのも忘れていた。 「…あの、あれ、」 「あぁ、ゼンは怒らせると怖いからな。言っただろ?皆が守り番のゼンを怖がっているのは、圧倒的な実力差だ。まぁ、だからといってバレなきゃいいわけだからな、悪さをしようとする奴はいるが、一度睨まれた奴はもう逃げられない。あれで本気じゃないからな」 「え、」 ユキの説明に、駿は内心青ざめる。今のゼンに睨まれたら心臓がきっと止まる。ふよふよと浮かんでいた青い火の玉が転がってきて、小狐(こぎつね)が前足で受け止め地面に転がす。ユキの手元にやってきた火の玉の中には、パタパタと羽を震わせ行き場を失くした蝶がいた。 「生きてるんですか…?」 「この火は熱いわけじゃない、妖を捕まえる為のものだ。熱する事も出来るけどね」 ユキの言葉が聞こえたのか、蝶はびくりと震えて動きを止めた。 「ヤイチがあの場に居なきゃ、ミオがこんな目に合うことも無かったんだろうけど」 ふと、ユキから不穏な空気を感じる。ユキの手中にある火の玉が炎を纏って膨れ上がり、駿はぎょっとした。 「ユ、ユキさん!火…!」 「やめてやれ。そもそも、皆が来るまで持たせられなかった俺の読みが甘かったんだ。駿も本当にごめん、ありがとう」 「俺は何も…守られてばかりで。でも助かって良かったですよ、ミオさん本当死んじゃうかと思いました」 ほっとした様子の皆の中、一人バツが悪そうに俯いているのはリュウジだ。駿を見失った事に、責任を感じているのだろう。 「リュウ、一人で暗い顔してんなよ」 「無茶言うな、俺がもっと注意していれば、お前ら怪我せずにあいつら捕まえられたんだ」 すまないと頭を下げるリュウジに、駿は慌てて否定する。 「それを言うなら俺が離れたせいです!そうしなきゃ、ミオさんだってこんな事には…」 「そうだキミ、何があったんだ?手を振り払ったって聞いたけど」 「俺もよく覚えていなくて…花の香りがして、気づいたらミオさんが俺をかばってくれていて」 「人を惑わす術か何かか?」 む、と考え込むユキ達の傍ら、ミオはふらつきながら立ち上がる。 「ミオ、」 「大丈夫」 ミオはリュウジの声に笑み、ゼンの元へ歩いた。 ゼンとアオを前に、ヤイチは鎌を手放し震えて蹲っている。 「やっぱりお前が関わっていたんだな」 「ゼン、」 ミオが声を掛け傍に来ると、ゼンは僅か眉を下げた。 「大丈夫だよ、大した事ないから」 ゼンが心配していると分かったのだろう、ミオは笑顔を見せた。 「ヤイチ、操られているみたいだった」 「催眠術のようなものか?」 「多分、今はさすがに切れてるかな」 ミオはそっとヤイチの前に膝をつく。気づいたヤイチは勢いよく顔を上げ、ミオの顔を見るとその瞳に涙を溜めた。 「ミオ様、ごめんなさい、ごめんなさい!僕は取り返しのつかない事を…!」 触れようとしてその傷を見て、触れられず、ヤイチは地面に頭を伏せた。 「俺の事はいい、この位どうってことないよ。早く助けてあげられなくてごめんね。少し話をしよう」 「ミオ様…」 「うん、術は解けてるみたいだね」 ゼンが毒のついた鎌を拾おうとすると、ユキの小狐がやって来て、ゼンを見上げる。危ないから触るなと言っているようだ。 「ごめんなさい、僕、僕が弱いせいで…!今度こそやめたいって止めなきゃって思って、なのに…」 「待てよ、今度こそって、やっぱりお前が駿の腕をこんなんにした薬を作ったのか!まさか、駿を攻撃してきた奴に指示したのもお前じゃないだろうな!」 今にも殴りかかりそうなユキに、リュウジが慌てて止めに入る。 「落ち着けって、ユキ!」 「離せ、リュウ!あいつは駿を殺しかけたんだぞ!」 「待ってユキ」 アオは振り返ってユキに声を掛ける。 「薬の事は分からないけど、あの時駿を襲うよう指示したのは、彼ではないわ」 はっきりといい放つアオに、ユキは怒気を幾分抑えた。それからアオはヤイチに向き合う。

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