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「あの時、攻撃の軌道を変えてくれたのはあなたよね、ヤイチ」 ヤイチは肩をびくりと震わせ、顔を更に俯かせた。 「とっさの事だから盾としては強度が甘かった、もしあれが真正面に飛んできていたら、私は無事では済まなかったでしょうね」 「…でも、あの力を生み出してしまったのは、僕です」 駿(しゅん)を襲ったのは下級の妖で、いくら作りが甘かったとはいえアオの盾を吹き飛ばすのは先ず出来ない。それが出来てしまったのは、何者かの力を借り利用していたと、ゼン達が言っていたのを駿は思い出す。これもヤイチが生み出した術の力という事なのか。怯え震えているヤイチが、駿は少し怖くなる。気づかぬ内に右腕に触れていた。 「でも、あなたは守ってくれた。駄目だと抵抗してくれたんでしょ?」 アオの優しい声にヤイチは首を振る。 「あなたには、前にも助けて貰ったもの」 その言葉にヤイチは驚いて顔を上げた。 「すぐに思い出せなくて、ごめんなさい…忘れてしまってごめんなさい。あの時、力の軌道が変わった時、昔感じた事のある妖の気配がして…あなただったと思い出したわ」 アオはヤイチに近づき、ミオに代わって彼の前に膝をつく。ヤイチは更に驚き腰を抜かしたように後退った。その姿を見て、アオは懐かしそうに笑った。 「ふふ、初めて会った時もあなたは同じ反応をしたわね。それで、持っていた薬をかけられたのよ」 「…す、すみませ、」 「いいのよ、突然、恐れる雪の王女が現れたら誰だって驚くわ」 「そんな!あなたは美しくて、」 言いかけてヤイチは慌てて口をつぐむ。ミオはその様子に笑って「興味深いね。視察か何かで?」と話を続けた。 「えぇ、カマイタチの里へね。私はこの通り生まれた時から誰も寄りつかなかったから、ふて腐れて一人で勝手に歩き回ってたんだけど。その時、小さな研究室でヤイチを見かけて声をかけたの。そしたら薬かぶっちゃって」 「どうしたの?大丈夫だったの?」 「大丈夫どころじゃないわ!ヤイチの作った薬は、私に初めての感動をくれた。誰も傷つけず、私は妖に触れる事が出来たの」 「妖の力を抑える薬か」 ゼンの言葉にアオは頷いた。 「でも、持続はしなかった。調子に乗って手を握りすぎて、ヤイチに怪我を負わせてしまったわ」 あの時はごめんなさい、と謝るアオに、ヤイチは下を向いたまま首を横に振った。 「…初めてだった。誰も傷つけず、誰かと手を繋げる日がくるなんて。この日の事、二度と忘れないと思ったのに…」 アオは自分の両手の平を見つめ、きゅと握り、再びヤイチに視線を向けた。 「またあの薬を作ってと頼んだのは私なのに、気づけばその事すら忘れて…逃げようとしていたわ。誰か私の事を知らない場所に行けば、普通に暮らせると勘違いして。あなたは、ずっと作り続けてくれていたのに」 「…知ってらしたんですか」 「この間、里を訪ねて、あなたの事を聞いたの。あの薬を作るのはとても難しいんでしょ?その過程で、妖の正体を晒す薬が出来て、蝶に目をつけられたんじゃない?」 ヤイチはアオを見上げ、ぽろぽろと涙を零し頷いた。 「全て僕が弱かったせいです。あの薬は偶然出来たもので再現が難しくて、ずっと作る事が出来なくて、このままではアオ様にいつまでも渡せない、あなたが遠くへ行ってしまうと…僕にそんな権利など、あなたを思うことすら許されないのに…蝶に、アオ様が人の世で暮らす事を考えていると言われ、自分なら僕の願いを叶えられると言われ…人体に影響の出る薬を作ってしまった、その他にもたくさん…!」 ごめんなさい、ごめんなさいとヤイチは頭を下げ続ける。 「アオ様と口を利くだけでもとんでもない事なのに、僕は望んでしまったんです…!僕も蝶と同じです、自分勝手な思いでこんな事を…」 一国の王女と国も違う里の民、身分が違いすぎて、きっと会う事も口を利く事もそう無いだろう。そんな人と繋がりを持ち、その先を望んでしまった。 「…好きなんだな、アオちゃんの事」 駿が何気なく呟いた言葉に、皆が一斉に駿を振り返る。駿は戸惑う、何かまずい事を言ったのかと。それにいち早く反応したのは、ひれ伏していたヤイチだ。 「そ、そそそそんな恐れ多いこと!僕はそこまでは望んでいません!こんな僕なんかが持っていい感情ではありません!」 「はは、なんでだよ。何をどう思おうが個人の自由だ」 慌てふためくヤイチを、ミオはぽんと頭を撫でる。 「ミ、ミオ様…!」 「…初めてだわ」 ぽつり、アオの口から零れた言葉にヤイチははっとする。 「あなたは私を慕ってくれていたのね」 アオは笑って、それから涙を零した。アオにとって、誰かに好意を寄せられるのは初めての事だった。主に対してでも家族のようでも友情でもなく、少し間違ってしまったが、アオにとっては初めて向けられた感情だ。恐れられるだけの自分が、誰かに思われていたなんて。 ぽろぽろ涙を零すアオに、慌てふためくヤイチ。ここには、誰かを傷つけようだなんて思いはない。 きっとヤイチには元々そんな感情一つも無かったのではと、駿も思ってしまうほど。自分の腕を失わせたり、襲ってきたりと、彼の生み出したものに翻弄され続けてきたけれど、唆され逃げられずしてきただけだとしたら、あの置き手紙通り、戦おうとしていたのだとしたら。 怖くはない、許せてしまう。そんな自分は甘いのだろうか。 「…ゼン、彼の罪はどうなるの」 涙が少し治まってきたアオが尋ねる。 「蝶に手を貸し動いたのは事実だ、唆され操られていたとしても、無罪放免とはならないだろう、追求もされるだろうし」 ひとまず桜千(おうせん)に引き渡す、と、ゼンはヤイチを促す。 「もっと早く気づいてやれたら守れたのに、ごめんな」 「何故ミオ様が謝るのですか」 「そりゃ、うちに入ったからには家族も同然だからね。だからちゃんと守ってやりたかったんだけど…上手くいかないな」 苦笑うミオに、ヤイチは信じられないといった表情で首を横に振った。 「許される事じゃないよ、ヤイチのした事は。共犯なのは事実だから、罪は償わないといけない。でもそれならさ、見抜けなかった俺にも責任はある、俺にも背負わせてほしい」 一緒に。そう告げたミオに、ヤイチは戸惑い瞳を揺らす。その様子にアオも駆け寄った。 「それなら、駿の腕を完全に治す事に尽くす事ね!それが無事すんだら…これは雪の国次期女王としての依頼よ。私の為に薬を作って。誰にも害なく、あなたと手を握れた魔法の薬を」 頼めるかしら、と優しく穏やかなその表情に、ヤイチはアオとミオを見て、再び顔を伏せると涙を零した。 それからヤイチは駿に目を止め、深く深く頭を下げる。 「なんの関係もないあなたをこんな目に遇わせてしまい、申し訳ありません!必ず完治薬を作ります…作らせて下さい…!」 「…うん、よろしくお願いします」 駿は笑って頷き、ヤイチの思いを受け止めた。

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