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廃工場の入口で三人のやり取りを見守っているゼンに、ユキは仏頂面で歩み寄る。 「なんか許されてるけど、いーの?あれで」 「主犯はここに居る」 ゼンの手の中には、蝶を捕らえた青い火の玉がある。蝶は何か言いたげに火の中を飛び回っているが、声は届かない。 「けど、駿(しゅん)の手の色を奪った薬とか、それに駿の事も一度襲ってるし、ミオがあんな目に遭ってるのに見てるだけとか!しまいには止めを刺そうと武器を持っていたし!」 ヤイチの持っていた毒のついた鎌だが、小狐(こぎつね)が何やら懸命に力を施し、鎌からは、シュウ、と煙が立っている。 「駿もミオも、ヤイチを責めていないし、本人も反省はしている。アオがヤイチの今後に働きかけもすると言っている。国のトップがああやって声を掛けているんだ。それに、ヤイチに関して言えば俺にも責任はある。証拠を掴めない事を理由に、結果泳がす羽目になった。もしかしたら、ヤイチも被害者の一人という可能性だってある」 ゼンが視線を送ると、蝶はびくりと震え力なく羽をたたんだ。 「…使いっぱのコマだとしても、それはそれだよ」 「そうだ、だから罰は受けるだろう…しかし、駿は不思議な人間だな。何の縁もない妖から受けた、唯一の被害者といってもいいのに、あんな顔出来るものなのか」 ゼンの言葉に、ユキは駿を見る。ヤイチ達三人の様子をリュウジと共に見守っているのだが、駿には怒りや恐れといったものはなく、安心しきった様子で笑っているからだ。 「…ちょっと春ちゃんに似てるね」 「先生にもな」 「……」 「あの人にも、そういう点があった。自分よりも他者を大事にする妖だった」 ゼンはユキの肩を軽く叩く。 「先に戻って、少し桜千(おうせん)と話している。祭りの様子も気がかりだしな」 ゼンが小狐に視線を向けると、小狐は心なしか、誇らしげな顔でゼンを見上げている。その様子を見て、ゼンは労うように小狐の頭を撫でてやると、小狐は嬉しそうにゼンの指に頭を擦り寄せてから、その腕を伝って、ゼンの肩に乗り移った。ヤイチの鎌からはすっかり毒が抜け落ちて綺麗になっており、ゼンはそれを持つと工場を後にする。ユキはそれを見送って、再び駿を振り返った。下手したら命を持っていかれたかもしれないのに、呑気に笑う姿に溜め息が零れる。 それは愛しい者を見る温もりに溢れていた。 少しして、土手には花火大会の終了を知らせるアナウンスが響き、それによって人々も動いていく。 どうやら花火会場の人々には、何の被害も出なかったようだ。 暴動を起こす妖も全て捕らえ、妙な粉を降らす装置も全て回収した。この騒動の中、結界の内外から人々を襲うような攻撃はなかったようだ。 安全が確認され、結界が解除されていく。何も知らない人々が、花火の感想を言い合ったり、露店で足を止めて小腹を満たしたりしながら、それぞれの帰る場所に向かっていく。 浴衣姿の女性が、足を止めて空を仰ぐ。その視線の先には、結界が徐々に消えていく空がある。「どうした?」と、恋人だろうか、男性が声を掛けると、彼女はホッとした様子で「何でもない」と微笑んで駆けて行った。きっと、今回の騒動が無事に治まり心底安心しているのは、人の世で暮らす妖達かもしれない。彼女が自分の正体を彼に明かしているかは分からないが、幸せな生活が壊されずに済んだのだから。 ここは、駅前から外れた小さな公園。レイジ達、暴動を起こした妖達も含めて、一時ここに身を潜めていた。 通りすがる妖と人のカップルを眺めていたレイジは、おおらかに笑いながら隼人(はやと)を振り返った。 「無事に済んで何よりだな!」 「何よりじゃないよ!本当にバレる所だったんだからな!」 減らない暴動を起こす妖に痺れを切らし、レイジは人目があるにも関わらず黒い翼を生やし、その力で妖達を一刀両断してしまった。天狗の翼が起こした風には妖の力が宿っており、それに当てられた妖達は、皆一斉に気を失ってしまった。 人目があるから、妖の力を使わず、地道に暴れる者達を抑え込んでいたのだ。なのにレイジがルールを破り、それを側で見ていたナオも隼人も、ミオの部下達まで、あんぐりと口を開けて固まってしまった。 中には分身して増える妖もいたが、人数が増えて見えるような仕掛けがあると、隼人がパフォーマンス中のアナウンスとして言葉を掛け続け、どうにか誤魔化していた。ここが暗がりじゃなかったら、その誤魔化しも難しかったかもしれない。 だが、そういう努力も、レイジはその翼で、全て吹き飛ばしてしまった。 「これで終わりだな!」と、清々しい顔をしたのはレイジだけで、仲間達は青ざめ、路上パフォーマンスだと信じて見ていた人々も騒ぎ始めた。一斉に倒れたのは本当にパフォーマンスなのか、しかも、一番注目を浴びていた人の背中から、突然翼が生えたのだ、それも大きく立派な。あれは何だと、どういう仕掛けかと、まるで本物みたいだと声が大きくなった所で、隼人とナオが前に飛び出し、「本物みたいな翼でしょ!マジックなので種明かしは出来ません!」「以上でマジックを取り入れたアクションパフォーマンスを終了します!」と、強引に終わらせ逃げるように撤収した。 なので隼人は、明日にでも今日の動画が出回っているんじゃないかと、今も落ち着かない。もし、翼を生やしたのがレイジだとバレたら、年月が経ち、年を取っている筈のレイジの顔が、恐ろしい位アイドル時代から老けていないと気づかれでもしたら。 「お前は気にしすぎだって!」 「アンタは少しは気にしてくれ!現役時代からいつもいつも…!」 憤慨する隼人に、けろっとしているレイジ、そこに、ナオが駆けてきた。 「レイジ!僕、鈴鳴(すずなり)川に行ってくるね!ミオが怪我したみたいなんだ!」 「あぁ、こっちはいいから、行っておいで」 ナオは頷くと、人目を盗んで猫となり、大急ぎでミオの部下であるカラスと共に、鈴鳴川へと駆けて行った。 「…怪我なんて、大丈夫かな」 「大丈夫だと思おう。さて、こっちも取りかかるか、あいつらが安心出来るようにな」 頷き、ミオの部下達に混じって、隼人も捕らえた妖達の元に向かっていく。これから彼らを妖の世に送らないといけない。 その様子を眺め、レイジも心配そうに鈴鳴川の方を振り返った。

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