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鈴鳴(すずなり)川では、桜千(おうせん)に連れられ、蝶とヤイチが妖の世に戻る所だった。 「開門!」という、凛とよく通る桜千の声を合図に、鈴鳴川の周辺は、足元がぐらつく程の地響きが起きた。川からは巨大な扉が現れ、それがゆっくりと開いていく。 なんとも派手な演出に、駿(しゅん)は焦って周囲に目をやったが、土手の上を歩く人々は、こちらの変化に気づく様子もない。 「ここは結界の中だから。この中で何が起ころうと、この地響きも巨大な扉も人目には映らないし、そもそも結界の効果で、人はこっちに近寄ろうとも、気にも留めないよ」 困惑している駿に、ユキが教えてくれる。 「たまに、不備が起きるけどな」 苦笑うリュウジの言葉に思い出すのは、桜千の桜が、夏に花を咲かせた、等と噂されていた事だ。結界に不備が起きた所をたまたま人に見られ、あの桜はいつしかお化け桜と呼ばれるようになっていたのだろう。 「…でも、あんな大きな扉で行き来をしてたんですね」 「俺達が行き来するのは、桜千の光のドアだよ。桜千がよく桜の側から現れたり消えたりしてるでしょ?あれ。桜の木の横に、桜千が力を使って通り道を作ってくれてるんだ。 でも今回は特別な事だからさ、妖狐の城の憲兵に引渡すから」 ユキの説明を聞きながら、駿は扉の中へ向かうヤイチの背に目を向けた。 ヤイチは最後まで駿達に頭を下げ続けていた。そして、彼らを中へ通した扉はゆっくりと閉まり、川の中へ、再び地響きを上げて沈んでいった。 「さて、次の引渡しの準備だな」 「次の?」 「散々暴れ回った妖達が居るだろ?あいつらを今と同じように城に引渡すんだ。駿は、早く手当てだな」 駿の問いにリュウジがそう言って、駿の体を反転させる。 駿やミオは、ユキによって簡単な手当てを受けただけだ。廃工場の外で待機していたミオの部下に仲間達へ伝令を頼み、すぐに神社へ戻るようにと真斗からの連絡は受けていた。ただ、ヤイチの見送りだけはしたいと、皆でこうして見届けていたのだ。 「真斗(まこと)も、今神社に向かってるんだよな?」 リュウジの問いにユキが頷けば、駿は心配そうに表情を歪めた。 「オーナーは大丈夫だったんでしょうか、全然姿を見てないですけど…」 「うちの救護班の指揮を取ってくれてたんだ、あちこちで妖が暴れ回っただろ?仲間達のもだけど、敵の妖の手当てもしないとならないから」 ミオが困ったように笑む。その様子を見て、本人は痛がる素振りは見せないが、本当は話すのもしんどいのではと、駿は心配になった。そこへ、「ミオ!」と猫のナオが、カラスと共に駆けてくる。 「ナオ、大丈夫だった?」 ミオが気づいてそちらに歩み寄ると、ナオとカラスは人へと姿を戻し青ざめた。 「ミオが大丈夫じゃないじゃん!」 「どこの馬の骨がこのような事を…!」 「大した事ないよ、今、」 「大した事ないわけないじゃん!真斗は!?」 「もう連絡はしてあるから、」 「お運び致します!さ、どうぞ!」 「歩けるから、見た目程、重症じゃないから」 ナオと部下に挟まれ困惑しているミオに、ゼンが傷に触らないようにそっと肩を叩く。すると、ミオの体は白いカラスへと変わった。突然ゼンの腕の中に収まったミオは、目を丸くしている。 「今日位は甘えとけ、その方が俺達も落ち着く」 頼んだぞと、ゼンがミオの部下へミオを渡す。部下は大事そうにミオを腕に抱くと、ゼンに頭を下げた。 「頼んだぞ」 「任せて!」 ゼンの言葉に、ナオがピシッと敬礼する。それを見て、ユキも駿の肩を押し歩いた。 ふと振り返って足を止めたゼンに、リュウジも足を止めた。 ゼンの視線の先に、ぼんやり佇むアオがいた。静かな鈴鳴川、夏の夜の風を受けて、桜の花びらが散って残らず消えていく。 「アオ」 ゼンに声を掛けられ、川をただ見つめていたアオは振り返る。 「行こう」 「…うん!」 アオはしっかりと頷いて、皆の元へ駆けていく。 その中、土手の上から駆けてくる人影を見つけ、駿はアオを振り返った。アオはそれにすぐに気づいたようで、真っ先に土手へと駆けて行く。 すぐにムラサキの泣き声が聞こえてきて、困ったように笑うアオの声が聞こえてきて。 いつも通りの光景に、皆顔を見合せ、安心したように笑みを溢していた。 結界が消えた夏の空には、いつも通りの細やかな星が浮かんでいた。

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