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その後、真斗 の家で真斗と合流した駿 とミオは、ユキが言った通り無茶をした事を真斗に怒られてしまったが、「怪我で済んで良かった」と、心底安心した真斗の気持ちが伝わり、心配をさせてしまった事の申し訳なさと、有難さに胸が温かくなる。
真斗は負傷者の手当てをしていたと聞いたが、きっとあちこち駆け回っていたのだろう、安心した顔には、疲れが滲んで見える。
「妖の力の影響は、無さそうだな…痛かったろ」
「…はは、ちょっと」
「ちょっとかー?まぁ、暫くは安静だな」
「…はい」
真斗は笑い、駿の腕を包帯で巻いていく。包帯が巻かれていく自分の腕を見ていると、駿の脳裏に彼らと出会った日の事がよぎった。
ぼんやりその様子を眺める駿に、真斗は視線を落とした。
「…さすがに、嫌になったろ。何度も怖い目に遭ってさ」
真斗が包帯を留めながら、躊躇いがちに言う。それには、側に居たミオも顔を上げた。
「まさか!…ただ、なんか俺、足引っ張ってばかりだなって」
「え?」
「良かれと思ってやった事が、結局裏目に出てるっていうか、ミオさんだって、俺がいなきゃこんな目には遭わなかった訳だし」
駿の言葉に、ミオは困ったように笑って、俯くその肩を叩いた。
「そんな事ないよ。俺達は、駿だったから守ろうと思えたし、ヤイチだって前を向けたと思ってる。あの時、ヤイチは駿に鎌を振れなかったと思うよ。駿は、皆の為になってるよ。ごめんな、ちゃんと守れなくて。ありがとう、盾になってくれて」
ミオの言葉に、駿は何だか泣きそうで、俯けば、くしゃくしゃとミオに頭を撫でられた。
今更ながら、体が震えてくる。ここに居られて良かったと、心の底から思った。
居間から襖越しに駿達の様子を窺っていたユキは、ホッとした様子で肩を落とした。帽子の汚れを落としていたナオは、その姿を不思議そうに見ている。
「そんなに気になるなら、一緒に部屋に入れば良いのに」
「い、良いんだよ、ここで!」
「ユキは駿の事となると心配性だよねー」
「ナオだって心配だろ?」
「真斗が治療してくれるなら僕は安心だよ」
ニコッと笑うナオに、ユキは落ち着きなくうろうろしている自分が恥ずかしくなり、途端に顔を赤らめしかめっ面になる。
そこへ、「こんばんはー」と春翔 が顔を覗かせた。この家は常に鍵が開いているので、勝手知ったる者達は出入り自由だ。
「春ちゃん、大丈夫だった?聞いたよ、真尋 達も協力してくれてたんだろ?」
真尋とは、春翔の弟の和喜 とアイドルユニットを組んでいる天狗の妖だ。
「僕なんかは大して役に立ててませんけど」
「何言ってんの、助かったよ。ゼン達はまだ出てるんだ、俺ちょっと見てくるね」
ユキはそう言って、逃げるように真斗の家を飛び出した。玄関を出ると熱くなった頬に夜風が当たり、体温を少しだけ下げていく。
本当に良かった。
ふと頭に浮かぶ大好きだった人。ユキは桜の木の前で足を止め、その葉を見上げた。
駿の傷だらけになった腕、その姿を見て血の気が引いた。先生みたくなったらどうしようと、駿まで失うのかと怖かった。
「ユキさん?」
呼ばれて振り返ると、駿が居た。縁側から出て来たのだろう、サンダルを突っ掛けてこちらに駆けてくる。
「治療は?」
「終わりました。今はミオさんの番です。川に行くんですか?今、春翔さんに聞いて、」
駿が言い終わる前に、ユキは駿に歩み寄り、その肩に頭を凭れた。駿は思いがけないユキの行動に、どきりと胸を跳ねさせた。
「…はは、凄いな、心臓の音」
「し、仕方ないでしょ、これは」
「…そうだな、キミは俺が大好きだもんな」
「…ユキさん?」
笑いながら少し震える肩に気づき、駿はそっとその背に腕を回して抱き締めた。こんな時ばかり忘れかけた痛みが腕に走る。力は込められないが、優しく触れる手に、ユキは安心した様子で駿の腰に腕を回した。
良かった、ちゃんと、生きている。
ここに、いてくれる。
駿のシャツを握る手に力がこもる。駿は何か言葉にしようとしたが、言いかけて口を閉じ、温かな体温に寄り添うように、ただユキをその腕に閉じ込めた。
風に揺れる桜の葉が、優しく見守っているようだった。
人気が引いた鈴鳴 川では、暴動を起こした妖達を、ミオの部下達が妖の世へ引き連れて行く作業が行われ、更に翌日も、駿の周りは慌ただしかった。
レイジを中心に、真斗や人の世に残った数人のミオの部下達が、昨日の騒動での影響が無かったか改めて調べる為、あちこち駆け回っていた。真斗の店は暫しお休みだ。
幸いな事に、露店を壊した妖の騒動も、突如始まった路上でのアクションパフォーマンスも、何故こんな夜に突然、と疑問に思う声はあっても、まさか妖が居るとは誰も疑う事はなく、隼人はほっと胸を撫で下ろした事だろう。
そんな中、アオとムラサキは妖の世へ戻る事となり、それに合わせ、ゼンとミオも妖の世へ向かう事となった。妖狐の城へ今回の事を報告する為だ。
皆を見送りに、駿は、ナオとユキと共に鈴鳴川へやって来ていた。
桜千 が桜の木の側で、ドアの形をした光の入口を開いている。昨夜のような巨大な扉ではなく、これが通常の通り道だ。
それぞれが言葉を交わし、光の入口をくぐっていく。その手前で、アオは駿を振り返った。
「駿、元気でね!」
「アオちゃんもね」
アオはちら、とユキを見つめたが、ユキが軽く肩を竦めたのを良しの合図として、アオは駿へ駆け寄り、その体に抱きついた。
「またね、いつでもおいで」
駿はしゃがんでその体を受け止め、優しくその背を叩いた。いつも通りの冷たい体、毒になるその冷たい力の奥に、痛みを知る優しさが隠れている事を駿は知っている。妖の世でも、それが少しでも伝われば良いのにと、思わずにいられない。
アオは頷くと、駿の体を気遣ってかすぐに体を離した。
「駿、ありがとう!私、頑張ってくるわ!」
言葉にしない駿の思いが伝わったのか、アオはそう笑顔で手を振り、光の中へと駆けて行った。最後に桜千が光の中へ消えると、ドアは消え、桜の花が僅かに散り落ちた。
「…さて、じゃあ、俺は見回りして帰るから」
「見回り?」
「ゼンが今居ないだろ?その隙をつこうとする輩が出ないとも限らないからさ。ナオ、頼んだ」
「了解!」
「気をつけて下さいね」
「キミ達もね!」
ユキと別れ、駿とナオは神社へ向かう。
夏祭りは終わったが、いつもの通りの日々が戻るのはもう少し先だろうか。
いつも通り。それは駿にとって、いつの事だろうか。
「駿?どうしたの?」
ぼんやり歩く駿に気づき、ナオは駿を見上げた。
「なんでもないよ」
駿は笑って、右腕を擦った。
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