45 / 48

45

それから妖の世では、今回の騒動において、蝶やヤイチへの聞き取りや審議が行われたという。 駿はその事を、帰って来たゼンから聞いた。 二人の証言によれば、駿(しゅん)がユキ達と初めて会ったあの日が、計画の始まりだったという。 蝶は、リュウジを妖の世に戻すには、ゼンが邪魔だと考えた。けれど、ゼンを取り込むのは不可能、ならばゼンが妖の世に戻るよう仕向けるしかない。それには、人を巻き込むのが一番的確で手っ取り早い。大勢の人を巻き込み、それが妖の仕業だと思わせるには、妖の正体を晒させるしかない。 そこで、蝶はヤイチの元を訪ねた。彼は妙薬作りで有名で、臆病者だ。蝶は、ヤイチからアオへの思いを聞き出し唆した。 アオが人の世で生きようとしている事。ゼンがいなければ、人の世の守り番はいなくなる。そうなれば人と妖の境界は閉じるだろう、アオも妖の世に留まらざるを得ない筈だと。 そうして作らせた薬は幾つかある。 まずは、人に影響をもたらす物、妖の正体を晒させる物。その薬の効果を試す為、蝶は鈴鳴(すずなり)川に現れた。人の世との境の抜け道は知っていた。手始めに、たまたまその場に居た駿を襲ったのだという。ゼン達に捕らわれたのも計画の内で、その件で主犯とされたシイナも、蝶の計画に乗った一人だった。 蝶というのは、アンダーグラウンドでは有名な妖だったらしい。 蝶に声を掛けられたシイナは、元々、人を嫌い、ゼンを嫌い、隙あらば暴動を起こして回るような集団のトップだ。 シイナは人々を巻き込んでゼンを陥れる作戦を気に入り、自らが主犯と思わせる事で、蝶は利用されただけの妖と印象付かせた。蝶ではなく、シイナの集団に意識を向けさせる事で、計画を進めさせたのだという。 とはいえ、罪が軽く済み牢屋を出ても、蝶には監視がつく。蝶はその監視を幻惑の術で惑わし、牢を出てからは、ほぼ自由の身だったという。誰もが蝶を甘くみていた。 それからシイナに代わり、蝶は彼の部下を率いて準備を始めた。駿とアオを襲ったのは、危機感を煽る威嚇のようなものだったという。 ユキが力を失っていったのも、彼女の策の一つだ。ヤイチに妖の力を放出し続ける術を作らせ、蝶はアオに化け駿と手を繋いだ。繋いだ手から手へ、その術はターゲットであるユキに移る。 駿は人間なので、妖の力を放出させる術は効かない。この術には仕掛けがあり、術が作動させるには、触っただけでは駄目だ。その術に、何らかの力が加わった時、作動するという。ユキが駿の手を温め、アオの力から解放しているのを知って作られたものだった。 なので、ユキはいつものように駿が受けたアオの力を解きつつ、そうとは知らずに、ヤイチの術を自らに取り込んでしまったという。 それに気づかなかったのは、駿が直前に、本物のアオと手を繋いでいたからだ。 ヤイチの術は、アオの力に紛れた。力の差では、ヤイチの術よりアオの力の方が強い。なので蝶は、アオと手を繋ぐ駿を確認してから、アオに化けて近づき、駿の手に触れたのだろう。そして、ユキもアオの力に覆われた異質な術に気づかないまま、アオの力を駿から解放してしまったようだ。 その他、全て蝶の指示の元、ヤイチは薬や術を生み出し続けた。蝶に唆された段階で、ヤイチはマインドコントロールのような幻惑の術を受けてしまっていたと、後に分かった。心の隙をつき、少しでもそちらへ心が傾いてしまえば、感情を支配され従わなくてはならなくなる。抵抗しても、今度はその支配が身体中に張り巡らされていて、心と体が切り離されるような感覚になるという。 厄介な力だ。蝶はその手の術が得意らしく、駿を花の香りで惑わせ誘きだしたのも、彼女だ。 結界を破り、人や妖に影響をもたらすとされる薬をばらまいて人々を妖を混乱させ、その間に、駿を連れ出し危害を加えるつもりだったらしい。 その為、妖に暴動を起こさせたのも、全て蝶の指示によるもので、それは、ゼン達の気を引く為だ。その間に、装置によってばらまかれた薬が、人や人の世で暮らす妖に降りかかればそれでよし、それがもし阻止されても、ゼン達の目を盗んで駿さえ捕らえてしまえば、後は蝶の思惑通り。人の世で妖が人を傷つけたとなれば、ゼンは責任を取らされ妖の世に帰ってくる。二つの世は、行き来を止める事になっただろう。 最初は小さな動機だとしても、叶わず膨れ上がった力は数を増やし、人の世に対する憎悪も取り込んでいた。妖の中には、スズナリが治めたというあの争いにおいて、人間を許さない、という思いを持つ者も少なくない。今回の件が大きな騒動に膨れ上がってしまったのも、ゼンが憎い、リュウジが欲しいと、それだけの理由ではない。 人に対して、妖の相容れない思いがあった。蝶は、その思いも利用していた。

ともだちにシェアしよう!