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まだ安心は出来ないが、一先ず今晩は、皆揃って眠れそうだ。ムラサキもアオと抱き合ったせいで、肌が火傷の跡のように酷くなっていたが、今はキレイさっぱり消えている。同族であり、アオと共に過ごしてきた時間も長いので、対処法は備わっていたようだ。 ゼンも帰って来たし、とりあえずの心配は消えて、食卓は和やかだ。いや、和やかにしようと努力をしている。慌ただしかったので、昨日の残り物の煮物や漬物、ご飯にお味噌汁とレンジで温めただけの晩御飯だが、それでも皆揃って食卓を囲めるのは幸せな事だ。それに、せっかくなら楽しく食べた方がご飯は美味しい。だから少しでも明るくしようと努めるのが真斗(まこと)やリュウジで、ゼンとムラサキは通常通りだが、ユキとアオの口数が少ない。二人共、何か考え込んでいるようだ。 「:(しゅん)、大丈夫かい?」 ユキに声を掛けられ、はっと顔を上げる。駿も口数の少ないメンバーの一人だった。 「は、はい。少し…衝撃が残ってまして」 「…キミ、今日初めて事の重大さが分かったんじゃない?」 ユキが辛そうに僅か口元を緩めた。確かにその通りだった。 「…はい。妖って、誰でもあんな力を持ってるんですか?」 「まさか。人より非力な妖も居るし、何に使うんだって能力の持ち主も居る。まぁ、誰かを傷つけられる力を持つ妖は確かに多いけど…アオの盾を壊せる妖は、そこまで多くないね。今日捕まった下級の妖じゃ、まぁ無理だね」 「だから、道具を渡されたんだろうけど」と、肩を竦めるユキの言葉に、アオも頷いた。 「そうね。ゼンや、あなた達なら出来るでしょうけど。それに…」 言い掛けて俯くアオに、ゼンが「どうした」と尋ねると、アオは言いにくそうに口を開いた。 「途中で、力の軌道が変わったの。だから盾の隅が弾かれただけで済んだんだけど…あの時、どこかで感じた事のある気配がしたわ。…もし、私の知ってる妖が駿を傷つけたのだとしたら」 「それは違うよ!」 「それは違います!」 駿とムラサキの声が重なり、二人は顔を見合せ、気まずそうに同時に浮かせた腰を下ろした。 「その、たまたまだよ!俺を狙った時、たまたまアオちゃんが居て、きっとそれだけだよ。アオちゃんは関係ないよ、気にする事ない」 そう言って、駿は皆に顔を向けた。 「すみません、皆さん。俺、軽く考えていました。皆さんが俺の事考えてくれていたのに、俺は全然分かってませんでした」 命の危機を、初めて感じた。皆が何から守ってくれているのか、今日初めて分かったのだ。 駿が頭を下げると「それも違うだろ」と、ゼンの声が聞こえる。 「駿は巻き込まれただけだ、お前が謝る必要はない。頭を下げるのは俺達の方だ」 「そうだぞ、早く解決させてやれなくて悪いな。もう少しだけ辛抱しててくれ」 ゼンに次いでリュウジが申し訳なさそうに笑む。駿は言葉にならず首を振るだけで精一杯だった。 「しかしアレだな!ゼンは王子なのに謝ってばっかだな!」 「謝罪に立場は関係ない。それに王子ではない」 「ははは、ぶれねぇなー、ゼンは」 真斗が笑うので、空気が軽やかになる。きっと、駿を気遣って和ませてくれたのだろう。 「あー、あと祭りの事も考えないといけないな」 「え、」 真斗の言葉にいち早く反応したのは、駿だった。 「なんだ楽しみにしてたか?」 駿は苦笑い、今度こそ俯いた。祭りと聞いて真っ先に思い浮かんだのは、ユキの舞う姿だった。この機会を逃したら、いつ写真を撮らせて貰えるのか分からない。しかしそれは、皆の命に関わりかねないこの状況下では、あまりに身勝手で不謹慎だ。つい最近それを後悔したばかりで、今しがた命の危機を感じたばかりなのに。自分が情けない。 「でも、中止は無理だよな。準備は結構進んでるし、それらしい理由をつけるのもな…」 リュウジの言葉に真斗は同意して、悩み顎を擦った。 この町の夏祭りは、年々集客を伸ばし、賑わいを増してきている。商店街にとっては大事なイベントだし、本成川の花火も見所の一つで、イベントに関わるものへの手配もほとんど済んでいると聞く。 集まる人々の最終目的が花火だとしても、そこに行きつくまでには色々な楽しみ方がある。 ここぞとばかりにおめかしした女性達が、鈴鳴神社に集うのも、最早恒例の姿だ。イケメン神主のお陰で、何故か有りもしない恋愛のご利益を求めて、というよりも、ユキを目当てに訪れる方が正しく、更にリュウジの目撃情報も毎年のように出ているので、リュウジのファンも集まってくる。 駅前からは屋台が建ち並び、演奏家達や大道芸人、地元の芸能事務所STARSからはステージを提供し、商店街の皆も普段より少し浮かれて積極的に商品を販売する。お金を稼ぐ目的もあるが、そこには遊び心も含まれている。 皆、楽しい一日を提供する為、今も頑張って準備を進めているだろう。その日を楽しみにしている人々の為に。 駿は、自分が襲われたあの恐ろしい力を思い出す。もしアオが守ってくれなかったら、祭りの最中に人々の中を通り抜けたら。 考えただけでも、ゾッとする。 ここに居ちゃいけない。 ゼン達が、もし祭りまでに解決出来なかったらと、祭りへの対策やそれまでに出来る事を話し合う中、駿は俯いたまま、ぎゅっと黒い右手を握りしめた。 もし祭りまで間に合わなかったら、ここを出て行く。 そう密かに決心する駿の様子を、ユキは心配そうに見つめていた。

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