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第7話
2人と別れると、思い付いて郎威軍は花園飯店 に向かった。日系のホテルである花園飯店の1階には同じく日系のデパートがショップを開いている。
日本へのお土産ももちろんだが、有名デパートらしい高級な衣料品や雑貨もある。特に衣料品は、日系らしい日本人趣味のデザインがあるのだ。
日本人の恋人の趣味に合うようなものが、ここなら見つかるかもしれない。そう考えた威軍は、往時はフランス倶楽部と呼ばれた文化財でもある建物に向かった。
日系ホテルの花園飯店は、一歩入るとそこは「日本」だ。ゲストはもちろん、玄関の外でタクシーを配車する担当者も、ロビーで忙しそうに荷物を仕分けるベルボーイも、フロントはもちろん、カフェやショップの店員も、中国人でありながら全員日本語で話しかけてくる。そして、フロアの案内板やカフェメニュー、ショップのアドなども全て日本語表記が中国語や英語と併記となっている。
この老舗となった日系ホテルは、今や日本文化の象徴としての役割を担っていて、季節ごとのイベントも行われており、日本の正月である1月1日の餅つきや正月飾りは、旧正月を祝う習慣の上海人にとっても日本文化を体験できると有名になっていた。
観光 ツアーの集合場所でもあるロビーを抜け、郎威軍はカフェとは反対側のショップに向かう。カフェの隣にもショップはあるが、こちらは上海土産が中心で、日本人観光客なら滞在中に一度は訪れておくべき場所だ。
けれど、今日はお土産を必要としない郎威軍は、シルクやカシミヤ、皮製品など上海近郊で生産された「特級品」の衣類が並ぶ、有名デパートの小さい支店に入る。
すぐに、こなれた日本語を話すはずの、制服姿の店員が声を掛ける。
「歓迎降臨!(いらっしゃいませ!)」
郎威軍はそれを会釈だけで応え、紳士服のコーナーに向かった。
以前は駐在や出張のサラリーマン向けに、ワイシャツやゴルフ用のポロシャツ程度しか置いてなかったが、高級な婦人服が増えるに合わせたように、紳士用のジャケットやシャツ、カーディガンなど、女性が見立てるような商品も並ぶようになった。
すぐにシルクの軽い、黒っぽいジャケットを、何気なく手にしたが、よく見知ったデパートのシンボルマークが付いた値札を確認して、内心慌てて手を放す。
相変わらず感情は顔に出さず、涼しい顔をした美青年にしか見えない郎威軍だが、実は価格はもちろん、何をどう選んだらよいのか、舞い上がってしまい焦っていた。
今日のテーラーでも不評だった威軍の私服は、水色のポロシャツに、ラフな丈長のネイビーのカーディガン、それにベージュのチノパンという姿で、無難にまとめているが、見様 によっては学生のようなスタイルである。
「ジャケットとかより、もっとカジュアルで明るい色の物がいいのでは?」
高級デパートの店員にしては、ずいぶんと気安く話しかけてくるな、と訝 しげに振り返ると、なんと、そこに居たのは先ほどまで一緒に食事をしていた部下の百瀬だった。
「?何を、してるんです?」
胸中大いに驚きながら、それでも表情一つ変えずに郎主任は百瀬に聞いた。
「オフィスへの報告は、石くんがバイクで行ってくれたので、私はここで夕食時間まで休憩してるんです」
当然のように百瀬は答えてから、ニンマリとした。
「主任のデート服ですか?」
「はあ?」
背の低い部下を、まさに見下しながら、冷ややかな眼差しで郎主任は百瀬を制した。
「あ、す、すみません…」
アンドロイドとあだ名されるような冷淡な主任に、調子に乗った態度でいたことに百瀬は慌てた。
「で、でも、ご自分の私服をお探しなのでは?」
なんで女性というものは、この百瀬ですらこれほど鋭い生き物なのか、と、ニコニコしているばかりの気のいいもう一人の部下である無邪気な男の代表のような、石一海の顔を思い浮かべながら威軍は自問した。
「今日の格好もそうですけど、無難ではありますけど、ダサいですよね」
平気で気にしていることをズバズバと言われ、さすがに威軍の表情も歪みそうになる。
「郎主任は背も高くて、顔もキレイだし、カッコいいんだから、もっと大人っぽい、セクシーな感じでもお似合いだと思うんですよね」
「そ、そうか…な」
それらの事は言われ慣れているのだが、本気にしたことがない威軍だった。しかし、こうも身近な部下から素直に言われると、いつもと調子が違ってくる。
「このピンクのザックリした綿シャツで、ボタンを上から2つ3つ開けて着るとか…」
百瀬はそう言いながら、店員も顔負けの手際で服を選んでいく。
「このシルクのサマーニットなら、肌触りもいいし、主任は肌もキレイだから、ミントグリーンも似合いますよ」
当たり前のように、はい、と手渡す百瀬を断り切れず、サマーニットの半袖Ⅴネックセーターを体に当てて、威軍は鏡の前に立った。
「好!(いいですよ!)好看!(イケてる!)」
女性店員も、少し離れた場所から勧めてくる。
「う~ん、主任にはちょっとチャラいかな~」
真剣な顔をして、百瀬は首をひねる。それからチラチラと視線を動かし、物色すると、ハッと目を輝かせた。
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