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第18話

 キッチンでの背徳的な行為に夢中になった志津真と威軍は、それだけでは物足りず、リビングの居心地のいいソファに重なり合うように倒れ込んだ。  貪るように唇を重ね、互いの身体に触れあった。  つい昨日も、あれほど激しく、深く求め合ったとういうのに、まるでまだ知らないことばかりだとでも言うような熱心さだった。  しっかりと抱き合い、脚を絡ませ、その肌の温度を分かち合った。  キッチンでも、油断しているうちに挿入を許してしまったが、ソファーの上でも、また志津真がそれを望んでいると気づき、威軍は焦った。 「ダメです…!もう、イヤです」  一応、抵抗してはみるのだが、悲しいことに威軍の身体は正直だった。  触れられると心と体が熱を帯び、堪え切れない。それに拍車をかけるのが、恋人の甘く切ない声だ。抑え気味の、低く、柔らかく、悩ましい声で名前を、愛を囁かれると、もう威軍は淫らになる自分を止められなくなる。 「ウェイ…。脚、開いて…」  悪魔のようにセクシーな声で求められ、拒めずに志津真の手を借りて威軍は、大胆にも片足をソファーの背にかけ、片足をソファーの下の床に着いた。 「丸見えやな」  下品なことを言っても、声だけは威軍の胸を甘く擽る。 「お嫌いですか?」 「まさか!」  威軍に煽られて、慌てたように志津真はウェイの白い大腿を両手で抱え込み、艶麗な恋人の身体を二つ折りにするように伸し掛かった。 「うわ…ヌルヌルですぐに入る…」  そんな説明は不要だというのに、余計なことを言いながら志津真は、先ほどの行為で中に放ったものに助けられて、ずぶずぶと恋人の中に侵入した。 「あぁ…ん!」  言葉では拒みながらも、威軍は全身で志津真を求めた。 「…志津真…」  恋人の気持ちを高めるような甘い嬌声を上げながら、威軍は両腕を彼の首に巻き付けるようにし、引き寄せ、口づけを繰り返した。  志津真の方も、愛しい恋人の体内を堪能していた。  熱く、物欲しげにうねり、締め付け、逃がすまいと貪欲に求めてくる。志津真が威軍を愛するのは、この美しく淫らな肉体だけではないが、この体に夢中なのも確かだった。 「…ウェイ」  恋人の最奥に達し、震えるほど官能的な声で、志津真はこの世で最も大切な者の名前を呼んだ。 「ふ…っ…んぅ!」  もはや恍惚として、与えられる快感に身を任せるだけだった威軍だったが、最愛の人にその名を呼ばれて、身悶えし、さらに中の愛する人の証を強く締め付けた。  それを合図にしたかのように、緩やかだった志津真の動きが、急激に荒々しくなった。雄の本能が激しい動きを要求するのだ。 「!…っはぁ、あ…あん」  密着した前が擦れて、威軍の欲望をますます高める。後ろから侵入した恋人は、中でその存在感を示し、抜き挿しを夢中で繰り返すのだが、それがまた威軍の快楽をとことん引きずり出すような激しさだった。  少し余裕のある時の志津真は、威軍の身体を思いやるような動きをする。  「大丈夫?」などと耳元で囁きながら、焦らすようにゆっくりと動かれると背筋がゾクゾクとして、神経が過敏になりすぎた威軍は、自分がどうにかなってしまうのではないかと不安になるほどだ。  けれどそれは、どこかもどかしくて、今のように恋人の心配をする余裕もないほど、激しく求められると、感じすぎる自分への不安や畏怖を乗り越えてしまい、何も考えられなくなる。そんな過度な要求も、相手が志津真だと分かっている威軍は受け入れられるのだった。 「ウェイ…」  志津真もまた、忘我の中で終焉を迎えようとしていた。 「You are …(お前は…)」  滑らかな声で、威軍の耳をくすぐるように志津真が囁いた。 「Only… for me …(俺だけのものだ…)」  日本語で聞いてしまうと、ベタで恥ずかしいセリフだが、ネイティブ並みの発音の英語で、さらりと言われると、素直に胸に届くから不思議だ。日本語では、愛の言葉はことごとく重く感じられる。 「我…也…(私も…)」  思わず母国語で呟き、次の瞬間、2人は同時に快感の極致に達し、奥深くに志津真の吐精を感じたまま、感極まった威軍は意識を失った。  次に威軍が目を開くと、先ほどまでのソファーで、1人俯せで眠っていたようだ。ぼんやりした視野に入って来たのは、ソファーの、ローテーブルを挟んだ向こう側に床に直座りしている恋人の姿だった。  ノートパソコンの前で、淡々と作業をしている加瀬志津真がいる。思わず、その横顔に見入ってしまった。  やはり、こうして真剣に仕事をしている加瀬の姿が郎威軍は好きだった。  過去に関係はあったとはいえ、就職したばかりの頃は、ただの上司と部下だった。  当時から関西弁を操る陽気で気のいい上司を演じていた加瀬だったが、その実、加瀬は仕事の上で優秀だった。  まるで過去に何事も無かったかのように、加瀬は上司として威軍に接した。新人とは言え、威軍は仕事の呑み込みは早いし、単純な事務処理であれば、指示がなくとも完璧だった。そんな郎威軍を温かく見守り、信じて仕事を任せてくれた。  クライアントの依頼内容を独自に分析し、それに沿うようなチームを選ぶ。仕事自体はチームの各人の裁量に任せるが、それぞれが能力を活かせるように、よく目を配り、声を掛ける。ミスがあっても、全体を良く把握しているから、すぐにフォローに入って致命的なことにはならない。  そんなことを経験したり、仲間の様子を見ていたりすれば、部下たちは後ろに加瀬部長がいるからと安心して伸び伸びと仕事をすることが出来るし、信頼が深まればミスも確実に減っていく。  明るく楽しくて、優しく親切で、よく見ていてくれて、いざという時は守ってくれる。そんな上司が居て、職場が円滑に回らないはずがない。  確かにスタッフ一人一人の能力は高い。もちろん、郎威軍はその中でも群を抜いていると言ってよい。それでも、その能力を存分に活かすのが、加瀬部長の存在だ。  加瀬志津真は、いつでも大局を見ている。そして、部下というコマを効率的に使うのがうまいのだ。それは能力が高い郎威軍でさえ簡単に出来ることではない。  この人の部下で良かった。  そう思わされることが度重なると、その尊敬の念が、別の気持ちにすり替わるのに、特別な理由は必要では無かった。 郎威軍は、初めて加瀬志津真への気持ちに気付いた頃のことを、ぼんやりと思い出していた。

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