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第28話

 食前のカクテルを楽しみ、日本のそれとは少し違う「スキヤキ」の夕食を味わうと、満ち足りた2人は愉快そうに軽口を交わしながら、最上位スイートルームに戻った。 「せっかくの蘇州やし、明日はシルクとか売ってるトコにも行こう。前から新しいシルクのシーツ、欲しかったんや」 「じゃあ、私も、シルクのパジャマを買います」  威軍の申し出に、志津真が不思議そうに顔を見た。 「あなたの部屋に泊まるとき用に…」  悪戯っぽい表情で言った威軍に、志津真はわざとらしく驚いた表情で声を上げた。 「そんなん!」  そして、すぐに耳元に唇を寄せ甘く囁く。 「俺んトコ泊まるのに、パジャマなんていらんやろ」  誘惑的な「声優部長」の声に、頬を染め、うっとりとした眼差しで威軍は恋人の手を取った。 「行きましょう」  メゾネットの階段を上がり、ベッドルームに入ると、すでにターンダウンのサービスが入っていた。きちんと整頓されたキングサイズのベッドが2人を待っている。 「なあ、あれ見てみ」  志津真が窓の外を指さした。  先ほど歩いた盤門ガーデンが、ライトアップされていた。古典式の塔や建物に発色の美しいLEDライトのイルミネーションが輝いている。 「キレイですね」  本当に感動したのか、それだけを言って、眼下の夜景を見詰めたまま威軍は黙り込んでしまった。 「あれ見ながら、ジャグジー入ろうか」  威軍の肩を抱き寄せ、耳元で優しくそう言うと、志津真はその耳を甘噛みした。その行為に一瞬ビクンと反応しつつも、威軍は笑って恋人の腕の中から逃れた。 「ジャグジーは、お任せします」  威軍はそう言うと、バスルームに消えた。  大いに期待をして、志津真はジャグジーバスを覗くと、ターンダウン時に用意されたのか、すでにバラの花びらが散らされたお湯が満ちていた。 「ヤバ~。これって、完全に新婚さんモードやん」  ジャグジーの横ではしゃいでいた志津真が振り返ると、そこにバスローブを着て微笑む威軍がいた。 「準備、出来ました?」  そう言って、威軍は優雅にハラリとバスローブを脱ぎ捨てた。もちろん、現れたのは神々しいばかりの美しい裸体だった。  こんな姿を目にする時、志津真はいつも自分に芸術的才能が無い事を惜しんだ。目の前のこの美麗な造形を、自分自身の手で遺すことが出来ればと思う。だが、すでに威軍の存在そのものが、志津真にとって芸術であり、信仰の対象にさえ近い。  爪先まで形が整った威軍の足が、バラの花びらが浮かぶお湯の中に消えていく。  花びらだけでなく、バスオイルもローズが使われているのか、甘い香りがした。  ジャグジーの泡のせいで、香りがどんどん増して辺りに広がる。  快適な湯温と魅惑的なバラの香りに身を委ね、威軍は恍惚とした表情を浮かべた。それが、この上なく優美でありながら、妖艶で、見慣れているはずの志津真でさえ、目を奪われ、思わず生唾を呑み込んでいた。 「早く…」  うっとりと目を閉じていた威軍が、パチリと瞼を上げ、凄艶な表情で恋人を誘った。 「あ、ああ…」  言われて我に返った志津真は、慌てて一度ベッドルームに戻り、着ていた物を急いで脱ぎ捨てた。そして恋人を真似てバスローブを引っ掛けると、冷蔵庫から無料の缶ビールを2本取り出した。  そして、用意が調うと志津真は嬉々としてジャグジーへ向かった。 「お待たせ~!」  志津真が戻ると、威軍はジャグジーの縁に両肘をついて、こちらに背を向けていた。首から背中へのラインもまた、無駄が無く、すっきりとしていて美しく艶めかしい。すぐに触れたくなるのを我慢して、志津真もまたバスローブを脱いでローズバスに身を浸した。 「ほい♪」  イルミネーションを楽しんでいた威軍が、志津真の声に振り返った。そして志津真が差し出したローカルブランドの缶ビールを、嬉しそうに受け取る。  2人は並んで腰かけ、イルミネーションを見ながらビールの缶を開けた。 「幻想的ですよね」「ロマンチックやな」  2人は同時に口を開き、驚いて顔を見合わせると、次の瞬間には声を上げて笑っていた。  そして、そのまま距離を縮める。  浮力を利用して、ふわりと威軍が志津真の膝の上に座った。向かい合わせに抱き合うと、威軍は上から舞い降りるように志津真の唇を貪り始めた。 「…ん…ふ…」  何度も、何度も角度を変え、深く、浅く、威軍は愛しい相手への口づけを繰り返した。 「ウェイ…、…ウェイ…」  志津真もまた、喘ぐように恋人の名を繰り返し、その美しい体を繊細なタッチで愛撫した。それがもたらす快感に、威軍の身体もさらに燃え上がる。  過敏な肌に触れ、志津真も夢中になる。  2人は激しく求め合い、与え合った。  威軍の柳のような細腰が、志津真の腰にこすりつけるように濃艶に揺れた。 「…っはぁ…あ、…ん…」「…う…、ふ、っ…」  空気を求めて息を荒らげ、互いに耽溺して、いつしか2人はイルミネーションのことなど忘れていた。 「待て…や」  無理をして志津真は威軍を引き離した。 「い、や…」  物足りない威軍は、引き剥がされまいとして、更に志津真に縋りついた。 「待てって」  宥めるように威軍を抱きしめ、志津真が優しく囁いた。 「このままシて、ゆうべみたいにお前、気ぃ失ったらアカンから…」  恋人の体を気遣い、志津真は言うが、恋人は聞く耳を持たない。子供が駄々を捏ねるように、イヤイヤと首を振り、ますます志津真に身を寄せる。 「一度だけ…。一度だけ、イカせて…」  譫言(うわごと)のような小さい声で、威軍は繰り返した。言いながら、妖しく腰を使い、威軍は志津真を煽った。 「もう…しゃーないなぁ」  そう言う志津真の声にも余裕が無い。 「一回だけや。続きは、ベッドやで…」  優しい恋人に、嬉しくなった威軍は志津真をギュッと抱きしめた。 「ぁあ…あ…ん」  貪欲な恋人を慰めるために、志津真は指先を威軍の後ろへと伸ばした。蕾に触れると、そこは待ちきれないかの様にひくつき、志津真による凌辱を期待していた。 「オイルも、ジェルも無いし…、痛いかもよ」  わざと意地悪く言って、志津真は指先に触れる襞を爪で擦った。 「ひっ…ん!」  敏感に反応して、威軍は上体を反らした。その胸に志津真は舌を這わせ。赤味の差した遠慮がちな飾りに歯を掛けた。 「噛んで…、下さい」

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