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第31話

「あ…、ぁあ…、ぅん…」  いつの間にか、威軍はベッドの上で膝を着いて這わされ、後ろから激しく突き上げられていた。 「は…ぁ、あ、ん…」  男は一言も放つことなく、黙々と強引に抵抗できない威軍を犯し続けた。 「ぃ…、や、…っ。も、もう…、許し、て…」  乱暴な動きを受け止めながら、言葉とは裏腹に威軍は快感を貪り、悦びを顕わにしていた。  すでに何度かのオーガズムを感じていた威軍の身体は、普段以上に過敏で、快楽を望んでいた。激しい行為での疲労感がまた余計に、脳内麻薬とも呼ばれるエンドルフィンの分泌を促し、威軍に感じたことの無いほどの多幸感をもたらしていた。 「っひ…ぃっ!や…ぁ、あ…」  いつも以上に深い所で彼を迎え入れ、威軍はショックを感じながらも、同時に恍惚としていた。これほど、一方的でハードな行為を経験したことが無い威軍だった。  日頃、加瀬志津真は、恋人を慈しみ過ぎているらしく、その美貌を見守りながら大切に抱くのが好きだった。いつもの、そんな思いやりに満ちた優しい行為は、威軍に志津真からどれだけ愛されているか再確認させる。それは幸せで満ち足りた行為だった。  だが、珍しくバックからの体位で挑んだ志津真は、まるで別人だった。強引で、独り善がりで、激しく攻め立てた。  肉体の苦痛さえ、確かにそこにあるのに転化してしまい、威軍には、もはや精神が振り切れそうなほどの官能しかなかった。  愛しい志津真の顔を見ることも出来ない体位で、狂おしいまでに強く、激しく犯された威軍は、悦楽の中で混乱し、自分の中で暴れる男が何者なのか見失いそうになっていた。 「停(やめて)!…やめて!…」  男の動きは相変わらずだ。そして、泣いて許しを請うているはずの威軍も、荒々しく腰を揺らして男を挑発していた。 「い、いや…、そ、そんな…そんなに、され…た、ら…」  男が無言のまま乱暴に、威軍のだらだらと雄汁を垂らす物を握りしめた。 「っひ!」  先ほどから、何度達したか分からない威軍だったが、また終焉が近付いて来る。 「や…、も、もう…イキたくな、い…、いや…イキ、た…い」  混沌とした意識の中で、威軍は朦朧と戯言を繰り返している。 「ぅわ…ぁ、あ!」  暴力的な強い突きで、男が、威軍が初めて感じるほどの奥へ迫った。そのまま前を擦られ、背後から伸し掛かるように抱き締められ、威軍は震えた。 「イイって言えよ」 「っ!」  耳元で聞こえた、男の声の色気に、威軍は泣きながら達した。 「…謝(ありがとう)…」  自分を最高に満たした相手をしっかりと自覚し、狂ったよう煩悶していた威軍は、ようやくいつものように志津真の腕の中に戻った。 「しづま…、愛、して、る…」  切れ切れの息の中、ようやくそれだけ言った威軍は、そのまま意識を飛ばした。  ホテルの大きく、清潔で、心地よいベッドの乱れ切ったシーツの、その中央で俯せで眠る威軍を、志津真は、この上なく優しく穏やかな眼差しで見下ろしていた。 「俺は、知ってたんやで」  そっと髪に触れ、愛おしげに話しかける。 「ウェイが、もっと強引で、乱暴な行為に興味があるって」  志津真は、フッと口元だけで笑った。それが老成して見えて、とてもいつもの軽妙な関西弁を操るお調子者とは思えないほどだ。 「普段、職場でも俺以外の人間の前でも、お前は完全な人間であろうとして頑張りすぎる。頑張っても、頑張っても、これでは足りないと思ってる。だから、プライベートでは罰して欲しいと、心の底で望んでるやろ」  少し眉を寄せ、寂しそうな表情を浮かべると、志津真は眠る威軍のこめかみに唇を落とした。 「アホやな」  疲れ切り、蒼ざめた頬で眠っていてなお、美しい威軍の横顔をうっとりと志津真は見つめていた。 「分かってたけど…。俺はそんなこと、お前にしたいと思わへんし、そういうやり方は俺の好みやないから…」  ちょっと自嘲した笑いを浮かべた志津真だったが、すぐに先ほどの寂し気な顔に戻る。 「そのせいで、物足りひん思いをさせてたんちゃうかな」  愛する人の髪に、こめかみに、頬に、唇に指先で触れ、そこから温かい物を得ようとするかのように、じっと志津真は恋人を見ていた。 「そやから…、せめて今夜、ここでだけでも、って。ちょっとでもお前が満足してくれたらって、頑張ってみた」  深い慕情を湛えた柔和な笑顔でそう言った志津真は、もう一度威軍のこめかみに口づけた。 「だから…、ずっと俺の傍にいて、な」  それから志津真は、バスルームからお湯で絞ったタオルを持ってくると、起こさぬように気を付けながら威軍の愛欲まみれの体を拭き、ゆっくり抱きかかえると枕を添えてベッドに寝かせ、薄い羽根布団を掛けた。  自分は、バスルームに戻ってシャワーを済ませると、冷蔵庫の中のミネラルウォーターを飲んだ。  時計を見ると午前2時だった。 (いつもなら、これくらいの時間からヤるよな)  余計なことに感想を抱き、志津真は1人で苦笑した。  加瀬志津真は、郎威軍に夢中だった。  もちろん自覚済だが、まるで若い学生のように、純粋に一途に夢中になりすぎていて、どこか恥ずかしい。恥ずかしいというか、照れくさいというか、とにかく、浮足立ってしまっていた。  初めて会った時から、彼に夢中だ。  奇跡的な再会に、この恋は運命だと確信した。それでも、威軍を自分の欲望に引きずり込みたくは無かった。彼には、もっと可憐で輝かしい恋が相応しいと思っていた。そのためなら、自分のこの思いは決して表には出さないと固く決意していたのだ。  それでも、彼は振り向いてくれた。志津真が欲しいと思っていた全てを、惜しむことなく与えてくれた。  これ以上の幸せはないと思っていた。  だから、最愛の人もまた、自分と同じく幸せになって欲しいと願っている。 (俺は、ウェイが居てくれるだけで幸せやで)  ベッドの威軍の横に滑り込み、その寝顔を見詰めながら志津真は思った。 (ウェイも、そうならエエのにな)  言葉通り、幸福に満ちた笑みを浮かべ、志津真は眠りについた。

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