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第2話:無敵の生徒会
今日から授業開始。初登校の朝。全寮制だから登校時間も大体皆一緒で、学園に向かう人混みの中を俺達も例にもれず歩いていた。登校途中、視線をすごく感じる、その視線に気持ちは戸惑う。な、なんで? ちらちらとその視線を確認するように目線を目配せると、周りの視線の先は一点に集中していた。
あぁ…そういう事。
俺の隣にいる治弥を見てるんだ。治弥は昔からそうだけど結構モテる。男女問わずに。勉強も出来てスポーツ全般も難なくこなす。それでいてこのルックスだから昔からモテる、ラブレターも何度も貰ってることを俺は知っている。昨日の入学式で代表の挨拶をしちゃったからかなぁ。治弥の横顔を見ていると目線が合わさった。
「どうした?」
「相変わらずモテるね。治弥は」
「はぁ?」
そんな治弥は嫌いじゃないけど……。嫌いじゃない? ん? けど、なんだろう?
「皆、顔と頭のよさに騙されたな」
そんな会話をして歩いている俺達の間に昭二が入ってきて言ってきた。
「ああ゛!?」
この二人はなんで初対面から仲が悪いんだろう? 睨み合う二人を眺めながらそう思ってしまう。
「はい。はい。これ以上注目浴びる前に行くよ」
朋成君はナイスなタイミングで、睨み合う二人の間を通って宥めるように言葉を言い放ちながら正門を抜け校舎内に向かっていく。治弥と昭二は不服そうな顔をしながらも、後を追うように校舎に入って行った。俺は一人、校舎に向かう治弥の背中を、呆然と眺めながら小さくため息を付いていた。治弥が浴びる視線を、どうしても俺は好きになれない。
なんでだろう?
-1-
「……はぁー。」
教室に入っても、休憩時間ごとに視線が止むことはなく、俺はわざとらしくため息を吐いてみせる。イライラする。席が前後なのをいいことに、昭二はこれみよがしに、明と仲良くしてるし。
仮にもここ男子校だぜ? 共学の時より酷い気がするのは気のせいか?
「イライラしすぎ」
席で足を組み、机を右手の人差指で小刻みに何度も叩いていると、朋成が近付いてきた。
「はぁー……、うざったいのはしょうがない」
俺の席の前の席に腰を下ろしながら朋成は俺に言い聞かせる。足を組み直しては、両腕を組み朋成の方に身体を向き直す。
「明都君とセットで注目浴びてるの気付いてる?」
はぁ!? 明もか!? 朋成の言葉に俺は目を見開いて、すぐに明の方に目線を向けた。自分への視線ばかりが鬱陶しいことで、その中に混ざる明への視線に気付けなかった。
「この女がいない男子校には貴重な存在だろうね」
全寮制だから尚更と朋成は付け足した。男しかいないこの駿河学園は同性愛者の巣窟だということは、卒業生である兄貴から聞いてはいた。でもそうだとしてもこんなにも大っぴらにしているとは思ってもいなく、世間体がどうのとか思って自分の感情を押し殺していることが馬鹿らしくなる。
「なんで、朋成はそんなに理解があるんだ?」
「中学の友達にいたから……。男同士で付き合ってるの」
朋成は耳元で小声で言った。
「是非、会いたいです」
そして、どうすれば同性で上手くいくかを学びたい。
「そのうち会えるさ」
朋成は笑いながら教室の床を”この学園”と言わんばかりに指差した。
「この学校!?」
「そういうこと」
俺は横目で明を見ながら、明と付き合える日っていうのは来るのだろうか?
そう思った。
-2-
「明、学食行くぞー?」
昼休み。治弥に誘われて、学食に向かう。もちろん、昭二と朋成君も一緒だけど。学食は教室がある校舎とは別に離れのように別の建物で存在していた。第一校舎と第二校舎の間に位置している。第一校舎が、教室や職員室、保健室。第二校舎は、第一校舎の二階から渡り廊下を通って行く。部室、生徒会室や各教師の教官室がある。そして、第三校舎には化学室や音楽室なんかの、特別教室。第二校舎と第三校舎の間に分かれ道がありそこは体育館と屋内プール、道場や合宿所等校舎とは別の建物が並んでいた。校庭は体育館の奥と合宿所の近くに数か所ある。一学年8クラスある駿河学園は覚えるまでに時間が掛かりそうだった。
「午後は部活紹介だっけ?」
「明、部活入るのか?」
学食には売店もあるけど、俺たちは学食の方を利用することにした。昼ご飯を乗せたお盆をテーブルに置きながら治弥は先に席に座っていた俺の隣に座る。
「んー? どうしようかな?」
「中学は二人共何入ってた?」
続いて、治弥の向かいに朋成君が座りながら、話しかけてくる。
「俺は何も入ってなかったけど、治弥は生徒会だった」
「あぁー、そんな感じだな」
引き続き、俺の前に昭二が座る。
「しかも、会長」
『…らしい』
昭二と朋成君は声を合わせて言っていた。
「なんだよ!? らしいって」
「結構、無理矢理だったよね」
「教師の陰謀」
先生達に無理矢理推薦されて、仕方なく治弥は立ち合い演説をして。仕方なくしたわりには、完璧な出来だった。今でも思い出す。治弥が演説をする姿。
ちょっと、ドキッとしたもんなぁー。俺。
「また、生徒会に入れば?」
「絶対にいやだね!」
朋成君の問いに完全拒否をした治弥。いつも、嫌そうに仕事してたしね。
「明は入るのか?」
「んー……、部活紹介見てから決める。ごちそうさま!!」
俺はそう言って、食器を片付けるために席を立った
-3-
この目が真ん丸で顔のパーツ一つ一つが大きい素材で、薄茶色のストレートの髪質に前髪が自然に右で分けられていて。体系も小柄で筋肉なんてないんじゃないかと思うくらい華奢で、小説とかでよく花が咲いたような笑顔とか表現される事があるけど、ホント、明の笑顔はそんな笑顔だ。
「なぁー。明……」
「ん??」
それなりに慣れたこともあり、視線は気にならなくなったけど朋成が言っていた。
『明都君とセットで注目浴びてるの気付いてる?』
この言葉が気になっている。明がそこら辺の女より可愛いのは、俺が一番分かってる。分かってるから……、尚更、ヤバイ気がするんだ。この学食はセルフサービスだから、食べ終わった食器を自動で流れる水流に軽く流し指定された場所に置く。片づけに向かった明を追いかけるように片づけに向かって何気なしに明に注意を促す。
「知らない人にはついて行かないこと」
「……え? 小学生!?」
どう説明していいか分かんね……。俺の言葉に一度驚いたように目を見開いてから言葉を返される。俺が言ったことは確かに小学生などの子供に言い聞かせる言い方だった。
「五十嵐みたいな奴には気を付けろ」
「昭二いい奴だよ?」
駄目だ。どう言ったらいいんだ? どう言ったら伝わるんだ? 明に理解できるように、且つ本心は悟られないように言葉を頭の中で選ぶがどれもしっくりとこない。そんな事で頭を悩ませていると耳に次の言葉が入ってきた。
「治弥も、もてるのはいいけど、程々にね?」
それだけ言って明は、食器を片付け食堂の入り口に先に行ってしまう。 取り残された俺は明が置いて行った食器を呆然と見ているしか出来なかった。突然耳に入ってきた言葉が俺の中で何度も木霊する。
――明都君、それはどう捉えたらいいのでしょうか? どういう意味で言ったんだい?
-4-
「一年A組花沢治弥君。今すぐステージ脇に来てください。繰り返します――」
午後の授業の時間を利用しての部活紹介。部活紹介のために俺達は体育館に集まった。昨日は親達が座っていた二階の観客席に俺達一年生は集まっていた。 今日は、運動部とかがコートを使ったりするので、一年生は皆、二階の観客席で見ることになっている。
部活紹介……の筈なんだけど、何故か治弥が呼ばれてる。治弥は治弥でその放送が聞こえていないフリをしている。この放送の声は俺も何か聞き覚えがあった。
「――来ないなら、片割れ呼んじゃうよ?」
「……チッ」
――片割れ? 席は比較的自由で、治弥の隣に座ってたんだけど。治弥は静かに舌打ちをして席を立った。 片割れ?って何?
「あいつ、また生徒会なのかよ」
治弥は一言残すとステージ脇に向かう為に、二階観客席から一階へと降りる階段に向かった。 生徒会? 俺は生徒会が集まっているステージ脇を見た。
「あーーっ!! 平良先輩!!」
ステージ脇に見えた姿を確認して俺は思わず声を出していた。聞き覚えのあるはずの声の正体は中学の時の先輩だった。
「何? 知り合い?」
反対側の隣に座った昭二が聞いてくる。
「知り合いって言うか……中学の時の先輩」
治弥を気に入って、よく教室に顔を出したり、イベント事には治弥を引っ張り出してたっけ。俺も巻き添いになってたけど。
――片割れって俺の事ね。
一つ上の先輩。奥村 平良 。 男子校に進学したって聞いてたけど、駿河学園だったんだ。
「奥村先輩と知り合い?」
治弥の空いた席の隣にいた朋成君が身を乗り出して聞いてきた。
「……朋成君知ってるの?」
「まぁー…。俺の友達の……知り合い?」
なんでハテナマーク?
「もしかして治弥は弱味握られてる?」
「内容は知らないけど、みたいだよ」
あぁ成程ね。と朋成君は言って席に座り直した。なんだろう? 朋成君は知ったような感じだし。考えながら治弥を目線で追いかけていると、治弥は生徒会の先輩方がいるステージ脇に辿り着く。平良先輩と話してる。
あぁー…、頭くしゃくしゃにしちゃって、困ってんなぁ。 あれ? 二人でこっち見た。 治弥が手招きしてる。ん!? 呼んでる? 俺もって事?
仕方なく俺は治弥の方に向かうため席を立った。
-5-
ったく。平良先輩はまた生徒会に入ってんのかよ。 どうせまた、明がどうのこうの言われんだろうな?
「なんすか? 平良先輩」
「……お前、先輩に向かってその態度か!?」
平良先輩は背が低い。明よりはあるけど、俺から見れば、どっちもどっちだ。俺は、呼び出された事に関して不機嫌極まりないので、平良先輩を思い切り見下ろしてやった。
「明ちゃんも来てるんだよねー? この学園に」
もの凄く平良先輩の目が輝いて見える。その目に俺は凄く嫌な予感がしていた
「明にまた何かやらせるつもりか!?」
話早いじゃんとか言って、平良先輩は、明を呼べと連呼している。 勘弁してくれよ。 これ以上明を目立たせたくないのに。 平良先輩の言い分に断固拒否していると、平良先輩は口角を上げて不敵に笑った。
「まだ伝えてないんだよね?」
「…………。言う気ないし」
「ふーん。俺言っちゃおっかなぁ……。教室でうたた寝してる明ちゃんに…」
「だぁぁぁ! 何回言えばいいんだよ!! あれは未遂だっつの!」
俺は、中二の時の放課後。 余りにも気持ち良さそうに寝ている明に。キスをしそうになった事がある。 それを都合悪く平良先輩に見られた。それを毎回引き金に出されるこっちの身にもなってほしい。
「明ちゃん貸して?」
「直接、明に聞け」
明達が座っている方を見ると、明と丁度目が合う。俺は、明に分かるように手招きをした。俺に気付き明が席を立つのを見届ける。
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「明ちゃん久しぶりぃ!!」
「わぁ!! 平良先輩止めて下さい!!」
ステージ脇に着いた途端に、俺は平良先輩に抱きつかれた。 平良先輩はどこからどう見ても女顔。制服を着ているから勘違いはしないけど、これが私服だったら皆勘違いするだろう。女の子に抱き付かれてるみたいで、いつも俺はドキドキしてしまう。
「……平良先輩用件」
治弥は、平良先輩の後ろ首襟を掴んで俺から引き剥がす。
「お前、本当に……俺のこと先輩だと思ってないよな」
ステージ脇には、生徒会執行部員が集まっている。全部で十数人。 生徒会の人達の視線は一点集中、俺たちを見ている。二階観客席を見上げれば続々と一年生達が集まりだしている。
「明ちゃんにオープニングセレモニーやってもらいたいの!」
「え? 俺、今回は招待されてるほうなんですけど?」
「俺が三年時の文化祭でもやってくれたじゃん?」
まあぁ……。確かにしたよ。治弥があまりにも困ってたから可哀想になって。文化祭の時、生徒会出し物で生徒会でもない俺が主役の寸劇。もの凄く恥ずかしかったことだけは覚えている。
「平良先輩……あれは流石に勘弁してください」
断ろうとしたら、治弥が先に断った。まぁ。今回は本当に招かれている立場だし、断って当然だと思うけど。
「治弥……ちょっと」
そう言って平良先輩は、俺に背を向けて何か治弥と話してる。第一、治弥が生徒会長になったのも、最初の原因は平良先輩。平良先輩が生徒会長は治弥が適任だと言いふらして、先生達もその気になったんだ。前生徒会長の意見は正しいってね。全く、なんで治弥がそんなに平良先輩に気に入られてるか知らない。なんか面白くない。俺の知らない治弥を知ってるみたいで。背を向ける二人に俺は目線を向けたまま、なんだか虚しさを感じてしまっていた。
「明ちゃん!! 相方の許可貰いました」
「え? 治弥?」
え? 許可って。治弥を見ると仏頂面。
「俺も一緒にすることになった」
その仏頂面のまま、治弥は言った。 何の話をしたの? 二人で。
「さぁ!! 準備するよ。全校生徒集まって来たし!!」
平良先輩に文句を言ってやろうと思ったのに、俺達は平良先輩によって、控え室として用意されている体育館近くの道場へと連れていかれた。その後で知ったんだけど、平良先輩は今副会長だって………。 これからの学園生活不安になってきた。
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俺は平良先輩に呼ばれて、明を背に話していた。 明には聞こえないようになのか平良先輩は小声で話してくる。
「これ、チャンスだと思うんだけど?」
「なっ!? ……んの?」
小声が聞こえずらく、平良先輩の背に合わせて俺は少し屈む。 突拍子もない言葉がでてくると俺は思わず声をあげそうになった。
「専らの噂だよ? 新入生の挨拶した奴の隣にいつもいる子が可愛いって」
平良先輩に耳打ちをされ、朋成が言ってた事を思い出す。明関係の話だから俺も自然と小声になる。
「だったら、明が目立ったら逆効果だろ?」
「いや、治弥のお陰で随分目立ってるから。だから、全校生徒の前で明ちゃんは俺の物だって見せ付けてやればいいんだよ」
「俺の物でもなんでもないし」
明に悪い虫がつくのは、断固拒否するけど……。 明は……別に俺の物でもなんでもない。それは変えられない事実だ。
「じゃぁー…いいんだー? 横からかっさらわれても?」
横から? 明が側に居なくなる?
「他の奴が明ちゃんにあーんな事やこーんな事をしてもいいんだ?」
それは困る。非常に困る。
「だったら、見せ付けないと!!」
なんだか、平良先輩が張り切ってるよ……。
「俺……別に明に言うつもりないって言ってんじゃん」
「そんなこと言ってる間に治弥のいないとこで明ちゃんは……」
なんだよ!? その‘……’は!?
「お似合いだと思うのになぁー明ちゃんと治弥」
平良先輩は、どうしてもやってほしいらしく、無言になってしまった俺に構わず一人で言い続けている。
「……明ちゃんに言っちゃお」
「ちょっと待て!!」
言っちゃおじゃねぇーよ!! 反応を示さない俺に対して平良先輩は横目で俺を見据えたと思えば、一言漏らすと明の方に身体の向きを変えようとするのを、俺は咄嗟に腕を掴み阻止をする。
「分かったやればいいんだろ!?」
毎回このパターンだったりする。学習しろよ。俺。平良先輩は勝ち誇った表情で笑みを浮かべ笑っていた。
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「また、この格好するとは思わなかった」
一昨年の文化祭で平良先輩に着せられた服。白いレースが縁に付いて二段重ねになっている紺色のジャンパースカートは腰元から胸元まで白いリボン紐で編み上げに飾られていて、同じく白いレースがついてる大き目な襟。頭にはカールのかかったウィックに唾の大きい帽子。ちまたで言うロリータという格好。
「俺も…、また見れると思わなかった…」
スーツに着替えた治弥は何故か呆然と立ち尽くして言い放つ。
「うぅー。治弥はこんなにカッコイイ格好のに……俺は、こんな格好」
そう言いながら俺は自身で見えるようにスカートを両手で捲った。
「……明!? 捲んなって!!」
治弥が慌てて俺の手を払いスカートから放させる。
「只今より新入生歓迎会&部活紹介のセレモニーを開始します」
平良先輩の声がスピーカー越しに耳に届く。俺達は声の聞こえるスピーカーを見上げた。
「腹くくるか?」
「文化祭の時と一緒でいいんだよ…ね?」
「あぁ。適当に俺に合わせて」
治弥が目を細めて笑いながら言う。文化祭の時も俺は、治弥に任せてたなぁ。
「オープニングセレモニーを務めますのは、生徒会の一員でもあります。一年A組の花沢治弥君と泉明都君です。」
―――……ええぇぇええぇ!? いつ生徒会に入るって言ったーー!? 俺は自分の耳を疑いつつ治弥に目線を送れば、眉間に皺を寄せてスピーカーを睨んでいた。
「やられた。これが狙いだったのか、平良先輩」
確かに、全校生徒の前で言われたら入らないってわけにはいかない。そんな治弥を眺めていると、必然と目線が合う。
「行くか?」
「……うん」
治弥に声をかけられると、俺は一つ頷いて答え、二人で控室の教室を後にした。
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「何……明、緊張してんのか?」
「だって中学と違って人数多い」
舞台袖に着くと明は舞台幕を掴み隠れながら観客席を覗き込む。幕を掴む手が若干震えていて俺はそう声を掛けると、明はそっと俺の袖を掴んで言い返してきた。本人は無意識なんだろうけど…、頼られているようで俺は、明のこの行動が好きで堪らない。
「俺がいるから大丈夫だ」
「うーん……」
明は、ステージ袖から観客席を再び覗く。俺の袖は離さずに。
「人がいっぱい…」
そりゃぁ、全校生徒が集まってんだから。一学年各8クラス。掛ける三学年で24クラス分の人数が体育館に集まっている。
「あんま見てると緊張が増すぞ?」
「んっ…うん」
俺は、ステージの幕を掴んでいる明の手を幕から放してやる。その時、オープニングセレモニーの音楽が流れ出した。ステージに向かおうとした時、緊張のあまり明は俺を掴んでいた手を放して立ち尽くしていた。そんな明に俺は笑顔を向けて右手を差し出した。
「明都……側においで?」
俺がそう言うと明は、安心しきった表情で、俺の右手に左手を沿えた。そして俺達は、照明が当てられたステージへと向かう。
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台詞を使わずに身振り手振りだけでやる、寸劇。台本なんてないから平良先輩が、ステージ袖でスケッチブックを持って、即席で指示を出している。
『明ちゃんを抱き締めて』
はぁ!? 文化祭では、そんな事してねぇーだろ!? 明は不思議そうな顔をして俺を見てる。平良先輩は、明の死角から指示を出してるから、明には分からない。
『は・や・く・し・ろ!!』
早くしろじゃぁねぇーよ!!
『明ちゃん好きなら出来るだろ?』
あの馬鹿なんて事書いてんだよ!! 俺の引き吊った顔を見てか不思議がって明は、平良先輩の方へ振り向こうとする。それを阻止するため俺は、明を抱き締めた。
「はっ治弥!?」
「しっ!!」
明の耳元に明だけが、聞こえるように囁く。
「平良先輩の指示?」
「そっ。だから黙ってて」
明はおとなしく俺の腕の中に収まる。その雰囲気に合わせて明は、俺の背中に腕を回していた。
『そのままぶちゅーっとお願いします』
お願いしますじゃねぇー!! 公衆の面前で出来るかそんな事!!
『頑張れ治弥!!』
あいつぜってぇ楽しんでる。今に見てろよ。俺は、平良先輩の挑発に乗って明の頬に手を沿えた。
「は……治弥?」
明の唇に俺の唇を近付ける。平良先輩の方向からしているように見せかける。勿論、寸止め。
「……治弥の顔近い」
「明……目、潰れ」
唇が触れるか触れないかのこの距離が、俺の理性をぶち壊す。明が口を開けば息が伝わる。 至近距離だから明の瞼が動く度に揺れる睫毛に惑わされる。明が、こんな可愛い格好してるから悪いんだ。その時、平良先輩が俺たちの側を通りすぎた。
「フリなんて俺は、騙されないよ」
俺だけに聞こえるように平良先輩はそう言った。
「はぁーい! いつまでも、ラブいちゃこいてないでねぇ」
そう言うと平良先輩は俺の背中を押した。
「!!」
この状態で背中を押されたら俺は自身の身体のバランスを崩らせる。 互いの唇が触れる。
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目を瞑っていたから傍まで平良先輩が来ていた事には気づいてなかったけど、平良先輩の声が傍で聞こえて目を開けようとしたら、自身の唇に暖かい感触が触れた。その感触に驚いて俺は瞼を開けると治弥と目線が絡み合う。
「んん゛」
俺……どうなってんの!? 治弥とキスしてる。慌てて俺達は、お互いで体を放した。治弥も同じ反応だったから、自身の意思での事ではないことは俺でも判った。
心臓がバクバクいってて締め付けられる。 抱き締められた時もそうだけど。自分の頬に手を添えれば凄く熱を持っていた。治弥に目線を送ると、目線が絡み合いソッと俺の手を繋いだ。
「オープニングセレモニーを務めましたのは、生徒会執行部でーす! この二人を間近に見たい人は、是非放課後に生徒会室にお越しあれ!」
平良先輩が言ってるのを正す余裕もないほど、胸が高鳴っている。平良先輩に合わせて俺達はお辞儀をして、幕を閉じた。幕が閉じても、俺の心臓が止むことはなかった。そのまま舞台袖に向かい、繋がれた手を離す事もせずに俺は黙ったままで、控室に移動していた。そんな中、治弥も何も言ってこなかった。
「お…俺着替えてくるね」
控室に着くとドアの前で二人立ち尽くしてしまう。静まりかえったこの雰囲気に耐えられなく、俺はそう言って先に教室に入った。
「コンコン。明?」
「……入ってます」
外に取り残してしまった治弥から、急に声を掛けられて思わずそう返していた。
「俺も着替えたいんだけど?」
「あぁとぉでぇ!!」
判ってる。判ってるんだけど。一緒にここでさっき着替えたから治弥もここで制服に着替えるのは判ってることなんだけど。俺は扉に寄りかかり頬を両掌で抑えていた。掌から伝わってくる熱は顔が赤くなっていることを物語っている。
「ごめん…明」
治弥の声が小さく聞こえてくる。それはいつもの治弥とは声音が違っていた。
「ん、治弥?」
「気持ち悪かった……よな。明、ごめん」
キモチワルイ? 治弥の放つ単語に俺は違和感を覚えた。気持ち悪い? 俺は治弥が言った単語に見えもしないのに首を左右に振っていた。
「なんで、謝んの。気持ち悪くなんかないし、治弥だから別に気持ち悪いって感じなかった」
弱々しい治弥の声に俺が申し訳なくなって、ゆっくりとドアを開き顔を覗かせる。覗かせると治弥はドアに添えた俺の手に自身の手を重ねてきた。
「明……」
「それにあれは、平良先輩のせいでしょ?」
「あぁ」
治弥が俺の目を真っ直ぐに見て答えるから、なんだか恥ずかしくなり俺はその目線を逸らしてしまう。それでも治弥は重ねた手を離そうとしなかった。
「平良先輩に背中押されて」
「治弥は悪くないし、俺気持ち悪いって思ってないから謝んなくていい」
目線を廊下の床に向けたままで俺がそう伝えれば、治弥は重ねていた手を離して、そのまま俺の頭へと移動させた。髪を溶かすように治弥は俺の頭を撫でてきた、その優しい手付きにとても心地良さを感じ気持ちが落ち着いた。
「着替えよっか」
「うん」
その心地よさの温もりに俺は、高鳴った胸の鼓動の理由を自然と忘れ去っていた。
-12-
「明。帰るぞ」
各々の部活紹介も終わり、教室でのHRが終わると、俺は明の元へと急いだ。
「え?」
明はキョトンとした顔をして、目を何回も瞬きしている。俺は、明の肩に片手を、そっと添える様に置き耳元で小さく囁く。
「平良先輩に捕まる前に帰るぞ」
平良先輩の勢いに任せてたら、きっと平良先輩が卒業するまで、あの人にこき使われる。
「あーー……っ」
明が何か言いたそうにしてるが、気にしてる余裕はない。明の腕を掴んで、教室を出るために入り口に向かう。音がガタガタと出るほど勢いよく教室のドアを開けると、同じ一年であろう男子が入り口を塞いでいた。
「どけてくんないかな? 出れないから」
「駄目だ。お前ら二人を、教室から出すなって言われてるから」
はぁぁぁ!? なんで身知らなぬ男に立ち往生されなきゃ行けないんだよ!?
「あれ? 和?」
後ろから朋成の声を聞いて俺は振り向く。朋成はその立ち往生している人物が知り合いなのか、気軽に話し掛けている。
「何してんの? 和」
「平良に頼まれたから。この二人を教室から出すなって。二年生の教室からじゃ間に合わないからって」
「奥村先輩に!?」
平良……? 奥村? ……先輩!? 平良先輩!? 先手打たれてた。
-13-
いつ言おうかと思ってたんだけど。
「あのさぁ……治弥?」
「……何?」
「逃げられないよって平良先輩さっき言ってた……んだけど」
あぁーー……。俺は漸く言えるタイミングを見つけて、平良先輩に言われた事を治弥に伝える。伝えると治弥はしゃがみ込み頭を抱えてしまった。
「……そういうの早く言えよ」
「…ご、めん」
そんな治弥の様子を見ると、なんだか申し訳ない気持ちになって謝ってしまった。
「ピンポンパンポーン。お呼び出しします。一年A組の花沢治弥君。泉明都君。武藤朋成君。一年D組の大道和君。今すぐ生徒会室に来るように……和ーー!! 必ず連れてきてね」
あっ。平良先輩だ。校内にスピーカーを通して平良先輩の声が響き渡る。 朋成君と入り口に立っている彼、和君まで呼ばれてる。
「治弥? 観念して行くよ?」
しゃがんでる治弥の腕を、朋成君が掴んで立たせた。
「朋成もか?」
立ち上がると治弥は自身の膝の埃を両方順番に払いながら朋成君にそう問いていた。
「俺は、入学する前から奥村先輩に入るように言われてたから。和のお陰でね」
和君を見て朋成君は苦笑を浮かべながら答える。
「そう言って、平良には弱いくせに」
「あははーー」
朋成君は乾いたような、わざとらしい笑い声を出していた。
「朋成は平良先輩とこの人とどういう関係なわけ?」
治弥が腕を組んで二人の様子を、教室の壁に寄り掛かり朋成君に問いかける。
「あぁ。午前中に話してた、中学の友達の…」
「……え? …てことは? この学校にいる? …平良先輩…と?」
「そっ。奥村先輩の恋人。大道 和 」
え? 平良先輩とこの和君って人が? え? 恋人?
「一人は平良先輩だったのかよ!?」
和君と平良先輩が恋人!?
-14-
「失礼しまぁす」
「皆遅いよ!!」
生徒会室のドアをノックして、中へと入る。中には、平良先輩が机に腰をかけて一人でいた。
「平良先輩一人?」
「他の皆は一年をナンパしに行ったから」
ナンパ? 勧誘の事かな?
「さっさっ!! 皆座って」
平良先輩は、俺たちを席に座るように促す。生徒会室は、半分に壁で分けられていて、片方の真ん中に長机が長方形になるように並べられていて、周りに何個かパイプ椅子が置いてある。もう片方の部屋には、ソファセットが置いてあるらしい。談話室みたいなものなのだろうか。
「ほら明ちゃんも早く座る!!」
平良先輩に背中を押され、立ったままだった明は、俺の隣に座らせられていた。平良先輩は手際良く、全員に一枚のプリントを配り始める。
「名前とクラス書いてね」
「っておい!!」
「何? 治弥?」
平良先輩はわざとらしく、俺の迎えに座って両手で頬杖をつく。
「生徒会に入るなんて一言も言ってないけど?」
平良先輩が身を乗り出してきて、周りには聞こえないように小声で言い放つ。
「明ちゃんとキスしたこと全校生徒に言いふらしてもいい?」
「……!! 書けばいいんだろ!?」
平良先輩に目線を睨むように送れば、気にした様子もなく勝ち誇ったように笑っていた。
「くそっ!! 自分は恋人いたクセに!!」
「なんか言った? 治弥!」
「なんでもない」
平良先輩ならやりかねない。つうか奴なら絶対するだろう。俺は、何を言い返しても、奴には逆らえない気がして、黙って渡された紙に名前とクラスを書くことにした。昔からそうだけどな。奴には逆らえない。
「……平良」
一番ドア側に座った和が、突如平良先輩を呼んだ。
「何? 和? 分かんないとこある?」
ほへぇ。愛してる人の前では、随分と態度が違うこと。平良先輩はさっきまでの勝ち誇った笑みとは違い、優しく微笑むと和の前に移動した。和は無言のまま、平良先輩に手招きをした。
「何?」
不思議そうな表情を浮かべて平良先輩は、和に向かって机を挟んだままで身を乗り出す。和は両手で平良先輩の両方の頬を触る。
「和?」
「あいつばっか構いすぎ」
和は俺の方を横目で見たと思えば、平良先輩に口付けた。俺は、思わず明の目を両手で塞いでしまった。
「な、何!? 治弥?」
明は慌ててる、朋成はいつものことだと苦笑い。あの平良先輩の弱点を見た気がした。
-15-
「ちょっ…和!! ……まっんっ!?」
生徒会室に俺たちが到着すると、中には平良先輩だけが待っていた。平良先輩は治弥と何か言い合いしていたが、突如和君に呼ばれて和君の元まで行った。今は平良先輩の声が聞こえるけど、俺にはその後何が起こっているのか把握が出来ません。治弥に両目を隠されてるから。
「…はぁるぅみぃ? 何が起こってんの?」
「意外と長いからちょっと待ってて」
和君が平良先輩を呼んだとこまでは見てたけど。 その時、背後で生徒会室のドアが開く音がした。
「あれ? 昭二」
え? 昭二? なんで昭二? 朋成君の声で昭二が入ってきたのは判ったけど、生徒会室に来た理由は判らない。
「平良が襲われてる」
「あっ。本当だ」
その後に聞こえた知らない人の二つの声。聞き分けるのが大変なくらいの似てる二つの声。会話になってたから別の二人が言ったのだろうということは理解出来た。
「和……そろそろ止めてあげな」
朋成君の制止の声が聞こえたかと思ったら治弥の手が俺から放れた。 生徒会室の入り口には、昭二を囲む同じ顔をした二人の二年生。そして、顔を真っ赤にしている平良先輩がいた。
「平良!! 一年ナンパしてきたぞ」
「え? あ……、う、うん」
昭二……ナンパされちゃったんだ。
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「と……とりあえず、紹介しときます。こっちの黒い髪の方が、生徒会長の戸河 牧 、ちょっと茶髪入ってるのが、副会長の戸河 咲 。見て解るように二人は双子です」
場が落ち着くと平良先輩は何も無かったように二人を紹介してきた。……つうか、初めて生で見ちゃったよ。ディープキス。
「……で、その一年は?」
平良先輩は五十嵐を指差して問いてくる。俺の方に目線を向け聞いてきたから俺に聞いたのだろうけど、俺が答える前に明が答えていた。
「あっ!! 俺の同室の」
「え? 明ちゃんの? 治弥と同室だと思ってた」
そう簡単に同室になんないから。五十嵐は俺たちの方に座っている椅子の後ろを歩いてきて、明の後ろで立ち止まる。
「明都? 生徒会入るの?」
明の名前が書いてあるプリントを眺めて、五十嵐は明に問いかけていた。
「んー? まぁ。治弥も一緒だし」
「先輩、俺にもプリント下さい」
昭二は平良先輩の前に手を差し出しプリントを受け取る。
「昭二も入るの?」
「んっ、明都が入るなら。ペン貸して」
明からペンを受け取り、ペンをプリントの上で走らせる。 つうか、くっつき過ぎじゃないか? 明の背中から、覆い被さるようにして、ペンを走らせてる五十嵐。それを何も反応せずに対応している明にも苛立つ。
「あはははは。治弥おかしい」
平良先輩は、俺を指差し笑った。何がおかしいんだっつうの! 人を簡単に指差すんじゃねーよ。
「治弥?」
「なんでもない」
明が不思議そうな顔をするから、俺は頭を撫でてやりつつ、五十嵐を明から払い退けた。
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次々と現れる生徒会役員の紹介を受け、挨拶を交した。 生徒会希望の一年生は俺たちを入れて四十人になっていた。 物好きもいるもんだと思っていたら。
「治弥と明ちゃんの効果だね」
と平良先輩が言っていた。
「一ヶ月もしないうちに四分の一になるんだろうな」
もう一人の副会長、双子の弟の方の咲先輩は言った。
「牧のせいでね」
平良先輩は、会長である双子の兄の方の牧先輩を見ながら言った。 なんだか、生徒会が二年生で編成されているのは、牧先輩のせいがあるらしい。 椅子には一年生を座らせて、平良先輩達は、俺たちの後ろに立って話していた。 上座で生徒会の説明をしている牧先輩には、声が届いていないみたい。
「その四分の三に俺入っていい?」
「そんな事したら、明ちゃんにばらす」
立っている平良先輩を見上げて治弥が言うと、平良先輩は俺を後ろから抱きついてそう言った。
「くそっ。ディープキスしたくせに」
ディープキス? って何? 普通のキスと何か違うの?
「ディープキスって何?」
俺は、考えても分からないので治弥に聞いた。
『ええ!?』
そんな皆で驚かなくても……。会話を何気に聞いていたのか朋成君と昭二まで一緒に言ってる。
「治弥、身を持って教えてあげなさい」
平良先輩は、治弥の肩を軽く叩きながら言う。平良先輩、笑いを堪えてるのバレバレです。
「いや……明、そのうちな?」
治弥は目線を俺と合わさないようにし窓の外へと泳がせながら返される。
「明都……俺が教えてやろうか?」
治弥とは逆の隣に座っている昭二が、俺の肩を抱きながら言ってきた。
「うん。治弥教えてくれないから、教えて? 昭二」
「よし。目を潰れ、明都」
俺は、昭二の方に体の向きを変えて、言われるまま目を瞑った。 と思ったら、急に体が昭二とは逆に後ろから力強く引っ張られた。
「五十嵐? 明になにするつもりだ?」
俺は、治弥によって引っ張られたみたいで、治弥にそのまま寄りかかる形になっていた。
「そりゃぁ。勿論、ディープキスを…」
「余計なお世話だ」
「花沢は意気地無しだから教えられないんだろ?」
また、なんか口論が始まってる。
「そこ静かにしろ!!」
牧先輩に怒られちゃった。
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