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第3話:キミノキモチ
「ねぇー、治弥…、ディープキスってなに?」
明は頬を微妙に赤らめながら、俺の目を真っ直ぐに見て言う。生徒会室で話していたのが相当気になったのか、生徒会が終わった後俺の部屋に急に来たかと思えば、明は部屋の中央に置いてあるコタツ式のテーブルを押し退け、二段ベッドに寄りかかる俺の目の前に正座をし問いかけてくる。
「え? …あ、明?」
正座をしていたかと思えば、四つん這いになり俺に近づいてくる。
「昭二がさっき目を瞑れって言ってたじゃん? 瞑ればいい?」
そう言って明は、その格好のままで目の前で瞼を閉じる。その姿は本当……、めちゃくちゃ可愛いんですけど。あれだよな、これは、据え膳食わねばなんとやらだよな。こんなチャンス二度と巡ってこない。気持ちを伝えなくても明とキス出来るなんて、それがましてやディープなんだろ? いい具合に朋成も部屋に居ないから、明と二人きり。
「ねー、治弥? 教えてくれないの??」
思考の中、理性と願望で戦っていたら、明の急かす声に引き戻される。瞼を閉じていた明は目を開ける、間近まで近づいてきた明の顔の頬に掌を添える。生暖かく触り心地のいい明の頬を、肌質を確かめるように優しく撫でる。
「明……、後悔しないか?」
ディープは判らなくてもキスぐらいは知ってるはずだ、俺がそう明に問い掛けると頬を紅潮させ黙って頷いた。それが答えだと判れば、ゆっくりと互いの唇を俺は近づける。
「……んっ」
明の触れた唇は柔らかく暖かくて、自身が昂ぶるのを感じた。互いの唇を重ねたまま、頬に当てた手を顎に移動させ、唇を開けるように促すと、ゆっくりとだが明は唇を僅かに開いた。
「んんっ、んぁ」
開かれた唇から口内へ舌を侵入させると、唇同士の隙間から明の声が小さく漏れる。明の歯を一本一本丁寧に舐め、舌で歯列をなぞる。ある程度口内を味わえば、明の舌を捕らえ絡ませる。互いの唾液が絡み合い、この瞬間は昇天にも登る気持ちだった。
「……はぁはぁ」
唇を離し明を見れば荒れた息を整えていた。その姿に俺は興奮を覚え理性を失い、そのまま明を押し倒したい衝動に駆られて明の肩に手を伸ばす。
「……あ、明!」
「え? なに?」
明を呼んで気が付いた次の瞬間、目の前に広がった視界は明が漫画の雑誌を手にしたまま、不思議そうな表情を浮かべながら、自分の部屋の床でうたた寝してしまっている俺の横で座り見下ろす明の姿。そう、全部夢だったわけだ。
「治弥……、寝言?」
「あー、俺なんか言った?」
誤魔化しきれないと思うけど、はっきり明の名前を呼んでしまっていたから。ここは誤魔化すしかない。明とディープキスしていた夢を見たなんて言えるわけがない。
「なんの夢見てたの?」
「なんだっけかなー、全然覚えてないなー」
テーブルに向かい身体を起こしながら、明の目線から目を逸らす。
「今、俺の事呼んだよね。俺の夢だよね!」
「……呼んでない」
「呼んだ」
「呼んでない」
「呼んだ!!」
「……っぶ」
「なんで朋成君笑うの!」
俺らの言い合いをただ聞いていた朋成が、自分の机の椅子に座り、こちらに背を向けたままで肩を揺らし笑っていた。
「ごめん……、たっだ、治弥が、不憫だなって思って……」
うっせ。
-1-
授業も開始し、新しい生活に慣れ始めた頃。放課後、いつものように生徒会室に集まるように言われて、俺達四人は生徒会室に向かった。ドアにノックをして開けたが治弥は直ぐにドアを閉めてしまった。
「……治弥?」
「えっと……、どうすっかな」
その行動が不思議で俺は治弥に問い掛けると、もっと不思議な言動が返ってきた。思わず俺は首を傾げてしまった。
「治弥……もしかして?」
「朋成は気付いてたのか?」
「まぁ、大体は、なんとなく」
さらに、判らないままの会話が治弥と朋成君の間で繰り広げられて、俺は同意を求めるように昭二に目線を送ると、昭二も判らないのか俺の真似をする様に首を傾げてきた。
「意味わかんねーよ、お前ら。いいから中に入るぞ」
「……あ」
「昭二! だめだって!」
二人の静止を聞き入れずに、昭二は生徒会室のドアを、今度は豪快に開け放った。開け放たれたドアの向こうには、異様な光景が広がっていた。
「!?」
牧先輩が長机の上に咲先輩に寄って組み敷かれている光景。その光景が目に入ると、直ぐに俺は治弥に寄って両目を塞がれた。目を塞がれたまま耳に届いたのは、再びドアが閉まる音。
「だからだめだって言ったのに」
「判るように言えよ……」
ドアが閉まると治弥は俺の両目を解放してくれた。朋成くんと昭二は待つことに決めたのか廊下で壁に寄りかかり会話をしながら座り込んでいた。
「今ので俺ら来たの判っただろうし、開けてくれるんじゃね?」
その隣に治弥も座り込むから俺もそのまま隣へと座り込んだ。
「そんな悠長な事言ってたら、あれ夜んなるぞ」
ふと声を掛けられて顔を上げると、そこには俺らを見下ろしている生徒会執行部書記で二年の滝口 尭江(たきぐち たかえ)先輩が立って居た。
-2-
「そんな事言いますけど、あれ。俺らには入る勇気ないですよ」
「……平良、早く来ないかな」
尭江先輩が来たことでやっと生徒会室に入れると思ったのだが、尭江先輩は中の状況が想像ついているのか、ドアを開けようともしないで俺らと一緒に床に並んで座り始めた。
「え? 尭江先輩開けてくれないんですか!?」
その様子を見た朋成は廊下で待つのも草臥れてしまったのか尭江先輩に言い放っていた。
「触らぬ神に祟りなしー。俺後で咲に逆恨みされんのやだしー」
なにやら、尭江先輩は咲先輩が怖いらしく平然としてそう朋成に言い返していた。待つことに飽きてしまった明は、俺の隣で自身の両足を抱きかかえその膝に顔を俯せに埋めていた。
「泉、開けてみたらいいぞ? 一緒に可愛がってもらえると思うし」
「ちょっと待って。それどういう事ですか」
尭江先輩は口角を上げると明を流し目で見ては、茶化すような口調で言い出すから、俺が思わず聞き返してしまった。当の本人の明は眠いのか膝に埋めていた頭がいつの間にか俺の肩にもたれかかっている。
「そのままだけど?」
「……尭江先輩面白がってません?」
「うん、面白がってる」
素直に返されてしまって、俺は目を見開いてしまった。その表情を見てか尭江先輩は声を出して笑い出してしまった。
「あははーー、花沢わかりやっす!!」
どうしたらいいんだ、これー。
「泉が気付いてないってのも、泉のある意味才能だよなー」
「あ、判った感じの言い方ですね、尭江先輩」
「花沢は判りやす過ぎだからな」
何故いつの間にかこんな話題になってしまったのか判らないが寝ている明に感謝をする。朋成と尭江先輩の会話が頭上で行き交う。
「……いいな、お前らは同じ世代で産まれて」
その後にそう小さく尭江先輩は呟いていた。それはどこか、悲しげで儚かった。
-3-
「わりぃ、待たせたって俺謝んのおかしくね!」
生徒会室から大きな物音で目を覚まし、その音とは真逆で静かにドアが開いたかと思ったら、牧先輩が申し訳なさそうな表情で俺達を生徒会室に出迎えた。
「牧がさっさと大人しくしねーから、皆来ちまったんだろ」
「は!? 根本的に可笑しいだろそれ!」
出迎えられて生徒会室に足を踏み入れると、長机の脇の地べたに座り込んでお腹をさすっている咲先輩の姿が目に入り、俺は驚いた表情を浮かべた。言い合いの二人を他所に、尭江先輩はいつも座る席へと座り始めるもんだから、それに合わせているのか治弥達も各々座り始めた。その様子を見て俺は慌てて治弥の隣に座る。
「平良まだなんかなー?」
「和から平良先輩のクラスのホームルーム遅れてるってライン来ました」
「あ、大道待ってるんか」
本当にまったく気にしてない感じの話題を振る尭江先輩。それに気付いてか咲先輩は尭江先輩に視線を送ってはゆっくりと立ち上がった。
「たーかーえっくん?」
「もう、平良来なくてもいいから始めちゃおうぜ?」
「たきぐちたかえくん?」
「体育祭の事話し合うんだろ?」
なんだろう、尭江先輩は見事に咲先輩を無視しているように見える。尭江先輩の隣に座り顔を覗き込んでいるが、尭江先輩は咲先輩の座る方向とは全くの逆方向を見ながら名前を呼ばれているのにそれに答えようとはしない。
「………」
咲先輩は徐に自身のスマホを取り出すとなにやらそれを操作始めた。鼻歌交じりに軽快にスマホを操作する。急に構わなくなったのを不思議に思ったのか尭江先輩は咲先輩の方を向いた。
「!? お前!! 何やってんだよ!!!」
操作するスマホの画面が目に入ったのか尭江先輩は、咲先輩のスマホを奪おうと手を伸ばすが、難なく交わされていた。
「なにって? 言っていいのか?」
「え? あ、だめ!!」
「尭江くんがあまりにも無視するから、尭江くんの愛する…」
「だめだって言ってんだろ!」
咲先輩が口にする言葉を遮って声量を高くし尭江先輩は言葉を発す。
「尭江うるさい」
今日の議題の資料なのか紙を一枚ずつ捲りながら牧先輩は言い放つ。自分に害がなくなった事に牧先輩は安堵の表情を浮かべている。
「もとはと言えば、牧がさっさと咲に抱かれていれば、俺に飛び火来ることないんだぞ! 毎回大人しく抱かれてろよ!」
「……咲、そのメールさっさと送ってしまえ」
「らじゃ」
「らじゃ、じゃねー!!!! ってあーーーー!!!!!!!」
言われた通りに咲先輩はメールを送ってしまったようで、尭江先輩は雄叫びとも言える声を上げていた。
「咲先輩、誰になんてメールを送ったんですか?」
その反応が気になったのか治弥は咲先輩に問い掛ける。皆気になっていたのか全員の視線が咲先輩に集中していた。
「桃ちゃんに尭江からの愛のメッセージ」
桃ちゃん? 桃ちゃん? ん? 桃ちゃんって。自分の思考を巡らせ懸命に俺は考えていた。その時生徒会室のドアが開かれる。そのドアに皆視線を移動させた。
「なに騒いでたの? あ、尭江。桃ちゃんがさっき呼んでたよ」
「……!?」
遅れて来た平良先輩と和君がドアを開け生徒会室に入ってきた。平良先輩は席に着くなり言うと尭江先輩は慌てた様子で生徒会室を出て行った。
「桃ちゃん?」
俺は平良先輩に問い掛けると、平良先輩は不思議そうな表情で俺を見返す。
「明ちゃん知らないかなー、まだ生徒会室に来てないしね。二年の数学担当だから一年は関わらないからかな。生徒会執行部の顧問の滝口 桃(たきぐち もも)先生。尭江の彼氏だよ」
あ、一回挨拶したかも生徒会執行部に入るの決まった時に。……ん? え? 先生で彼氏!?? 尭江先輩がなんのネタで咲先輩と牧先輩にからかわれていたのか今やっと俺は理解した。
-4-
生徒会の話し合いも終わり。話し合いなのか馴れ合いなのか良く判らなかったが、実際話し合いなんてろくに進んでなかった。部屋でゆっくりしてると俺のスマホがメールの受信音を知らせた。スマホを確認すれば見知った奴からの呼び出しメール。面倒だから放置してしまいたいが、放置してしまうと後々もっと面倒になることはこの身を持って知っている。仕方がなしに俺は部屋を出る為に薄手の上着を羽織る。
「治弥? 出かけるの?」
自室を出るとちょうど俺の部屋に来ようとしていたのか明と出くわしてしまった。一番見られたくなかったかもしれない。あいつに会いに行くところを一番明には見られたくなかった。
「ん、まぁー、コンビニに?」
「コンビニ? あ、俺も行きたい」
「え? ……えっと、ちょっと遠くのコンビニだから明は部屋で待ってて」
「なんで近くのコンビニ行かないの?」
そうだよな。そうだよな。うん、普通はそうだよな。怪訝そうな表情を隠す気もない明は、俺をジッと見つめ問い詰めてくる。いつも笑っている可愛い明からは想像も出来ない表情だった。あれ? 怒ってる? 明の問い掛けにどう返事を返していいのか戸惑っていると、俺のスマホが着信を告げる。画面を確認するとメールで呼び出された相手だった。
「……」
「電話出たら?」
怪訝そうな表情を更に深める明は俺に冷たく言い放つ。その明と鳴り続けるスマホを何度も交互に目線を泳がせてしまった。
「出たら? 鳴ってるよ?」
「いや、うん。そうなんだけど」
「コンビニも行くんでしょ?」
「あ、うん」
「早く行ったらいいじゃん」
いつもなら無理にでもついて来ようとするけど、今回は簡単に諦めた明を不思議に思ったが、ずっと鳴り続いてるスマホも気になって。俺は明の頭を軽く撫でようと手を伸ばす。
「お土産よろしくね」
そう言うと明は気兼ねもなく俺の部屋に入って行った。俺の手を伸ばしたタイミングが悪かったのか、明が避けたのかそれは判らないが、明の頭を撫でようとした俺の手は宙を浮いた。廊下でスマホが鳴り響く中、俺はその空振りしてしまった手をただ黙って見ているしか出来なかった。
-5-
「あれ? 知り合いが来てたんじゃなかったの? 帰ってくるの早いね」
何か治弥が隠し事しているように感じた、俺には知られたくないそんな感じで。昔からずっと一緒で治弥は俺の事で知らない事はないんじゃないかと思うくらいなんでも話した。治弥も俺にそうしてくれていると思っていた、なのに……。
治弥の部屋にノックもせずに入ってしまったから、朋成君は治弥が戻って来たのかと思ったんだ。机に向かい背を向けたまま朋成君は声を掛けて来た。
「知り合いが来てるってどういう事?」
「……? え? 明都君!?」
俺がそう返すと驚いた表情を向けて朋成君は俺の方へ振り向いた。”知り合いが来た”そう治弥は朋成君に伝えて部屋を出たんだ。俺にはコンビニに行くって答えたのに。
「コンビニ…」
「え?」
「治弥…コンビニに行くって言った。俺も行きたいって言ったら、だめって…」
「明都君?」
俺は足に力が入らなくなり、治弥の部屋の玄関で膝を付いて座り込んでしまった。
「え? ちょっと待って、明都君? どういう事? よく判らないんだけど」
座り込んでしまった俺を心配そうに近寄って来て、その前に座り俺の顔を覗き込む朋成君。
「……俺なんか悪い事言った?」
「んーん」
俺の頭を優しく撫でてくる朋成君。いつも治弥に撫でられるけど、朋成君の手は治弥とはまた違う安心感があった。そのまま撫でられながら俺は首を左右にゆっくり振り答えた。
「治弥と喧嘩したの?」
「んーん」
治弥の手はいつも暖かくて心地よくて、そんな手を俺はさっき避けた。治弥の様子がおかしかったから、何か俺に隠そうとしてたのが凄く嫌だったから。
「じゃ、どうして、そんな泣きそうな顔しているの?」
泣きそうな顔? そう朋成君に問い掛けられて気が付いた。治弥が何か隠そうとしてて、何でも話してくれてると思っていたからそれが凄く嫌で。嘘付かれてた事が判って。俺……。
――――――悲しかったんだ。
-6-
明の様子も気になったが俺は鳴り続けるスマホに視線を落とし溜息を漏らす。スマホを操作しながら寮の玄関先に足を速めた。
「もしもし? うっさいな、しつこい。今、行くって。え? 返信? んな面倒なことしてられっか」
電話に出ては話しながら歩き続ける。電話先でぎゃーぎゃーと喚く甲高い声がとても耳障りで、俺は昔の行動を何度目になるか判らない後悔をした。寮を出て門を抜ける。門を抜けるとそこにはあいつの姿が見えた。
「治弥ーーー! やっと来た」
「うるさい朱美(あけみ)、学校の奴らに聞こえるだろ」
「えーー。聞こえちゃまずいのーー??」
学校の奴らというか明に聞かれる。明にだけは知られたくないからこの事実。門先で声を上げる朱美の腕を取り俺はなるべく寮から離れたく場所を移動する。
「何、この扱ーーい。彼女に酷くなーーい?」
俺が腕を掴んだというより袖を摘まんだと言った方が正しいこの掴み方に、朱美は抗議の言葉を述べる。それでも俺は朱美を連れて足早に歩き続ける。俺が来なければコイツは寮の前でお構いなしに俺の名前を叫んだだろう。
「彼女じゃないだろ…、元だろ元」
「だって朱美は認めてないよ? 別れるなんて」
理由にしていたコンビニに向かいながら、腕を離せば朱美は素直についてきていた。
「説明したら納得しただろ」
「納得したけど認めてはない、泉君を好きでもいいって言ったじゃん。いつか私を見てくれるならって」
そう、朱美に告白されて断ったら、朱美は最初から俺が明を好きな事に気付いていた。大抵の子は断るとそこで引き下がるが朱美は違った。好きでもいいって付き合ってるうちに自分を好きになってくれるならって。その言葉に俺は甘えた。明をただの幼馴染として見れるようになれるんじゃないかって。それでOKした。
「半年付き合っても無理だったって言っただろ」
「あんなに優しく抱いてくれたのに!」
「おまっ!? 誤解招くだろ!」
そろそろって朱美に誘われてヤろうとした。でもその時浮かんだのが明の顔だった。それが決定的だった。俺の気持ちはもう戻れないとこまで来ている事に気付いた。これ以上は朱美に甘えるのは悪いと思って別れを告げた。けどコイツは諦めない。
「…朱美には感謝してるよ、悪いと思ってる。でもこればっかは俺にもどうしようもないんだよ。判ってくれよ」
「判るよ…、でもね。朱美も同じなの。朱美にはどうしようもできないよ」
「……判るけど」
申し訳ないと思っている。だから、朱美には呼び出されれば答えるし。自己満足な償いだけど。
「泉君と付き合えるようになったら諦められるかも!」
「……お前。無理なの判ってて言ってんだろ」
「てへ」
真面目な話をすればこいつはいつもこうだ。で結局は最初の話題に戻る。
「ところで、これどこに向かってるの?」
ひたすら歩き続けている俺に朱美は、今まで話ながらついてきていたが気になったのか問いかけて来た。
「コンビニ。出掛けに明に会ってお土産って言われたから買わないと」
「まーたー!! 泉くんなのーーーーー!!」
-7-
その後は、もう俺は何も言えなくなってしまった。それをずっと朋成君は黙って頭を撫で続けてくれていた。
「きっと、治弥も何か事情があったんだよ」
「…ん」
俺を宥めるように朋成君がそう告げると、玄関先に座り込んでいた俺の腕を引き上げ立たせてくれる。膝についた埃を綺麗に払ってくれて、部屋の中に入るように促してくれた。俺はそんな気遣いに感謝しながら小さく頷き靴を脱いだ。
「治弥に限って明都君を悲しませることなんてしないと思うよ、俺は」
「…そ、うなの?」
テーブルの前に座らせられると朋成君はまた俺の頭を撫でて部屋に備え付けられている冷蔵庫に向かった。冷蔵庫の中からストロー付の小さな紙パックのジュースを二本取り出してくる。戻ってくるとその一方のジュースを俺に差し出した。
「あ、あり、がとう」
「いいえ。治弥も明都君も羨ましいくらい仲良しだし、治弥は明都君のこと大事に想ってるよ」
「…でも、俺嘘付かれた」
「んー、なんか慌てて行ったし、事情があるんじゃないかなーって思うけど。……あ、ちなみにそれ治弥のね」
「え? あ。え?」
話の途中で急に朋成君は言うもんだから驚いてしまった。もう口付けちゃったよ、勝手に飲んでいいの、これ。怒らないとは思うけど。
「明都こっちに居たのか」
その時声が聞こえて視線を向けると、部屋のドアを開けて昭二が入って来た。
「ノックくらいしてよ」
「鍵掛かってないのが悪い」
そのまま昭二は俺の方に向かって歩いて来た。テーブルを囲み座ると昭二は俺の顔をジッと見てくる。
「な、なに?」
「いつも笑ってるのに、今は笑ってないなと思って。なんかあったのか?」
俺って顔に出るのかな。なんだか昭二を睨みたい衝動に駆られてそのまま睨んでしまった。
「え? なんで俺睨まれたんだ?? え? なに? 朋成どういう事?」
「ぷっ、気にしなくていいと思う。治弥の事で当たられただけだと思うから」
朋成君図星ついてきた。俺はもらったジュースのストローに口を付けたまま尖らせていた。
「…明都、それ。可愛い。……って、花沢と言えば、さっき外で女と会ってたぞ。なにあれ、彼女?」
「!!!」
「ちょ、明都君汚いよ!」
俺は思わず口に含んでいたジュースを吐き出してしまっていた。
知り合いって女の子!?
-8-
「あれ? なんで五十嵐まで居るんだ?」
俺は朱美とコンビニまで行き買い物をしてそこで別れた。毎回話すけど内容はいつも堂々巡りで結果が出ないまま。あまり長く部屋を開けてると明がまた怪しむと思い、コンビニで買ったアイスを手に急いで寮に戻った。寮の部屋に帰ると明だけじゃなく五十嵐も邪魔していた。
「あ、治弥お帰り」
俺に気付いた朋成が言うと、明はテーブルに向かって座ったままで俺に目線を送る。その表情は笑ってもいなく怒ってもいない無表情だった。
「明……、ほら、言ってたお土産。バニラでよかった?」
「……ん。ありがと」
明は小さく言葉を吐き出すと俺からアイスを受け取りテーブルに目線を下ろした。明は会話を続けようともせず俺から受け取ったアイスをただ見ているだけだった。部屋の前で会った時に明の様子がおかしくなったのには気づいているけど、明が怒ってるというか落ち込ませている理由が判らない。無言のまま学習椅子に座る朋成に目線を送ると朋成は苦笑の表情を浮かべていた。
「明ー? 明都ー? 明都くーん?」
はい。全無視。アイスに目線を落としたままで明は俺の呼び掛けに反応をしてくれない。とりあえず明の隣に腰を下ろすも俺の方を見ようともしてくれなかった。
「花沢…あのさ」
「……なに?」
その時、向かいに座っている五十嵐が口を開く。五十嵐を構っている余裕は俺にはないのに、話し掛けられて少々疎ましく思う。
「花沢って彼女居たんだな」
「…………ん?」
「さっき、寮の外で彼女と会ってただろ?」
「え? え? ええええ??」
俺、五十嵐に見られてたのか、朱美と会ってる所を。五十嵐の言葉を聞いてか、アイスをただ見ていただけの明は反応を示す。俺を黙って見てきた。
「いや、彼女ではない」
朱美の存在をどうしても明にだけには知られたくなかった。五十嵐が見ていただけなら別に構わないのだが、明の前では言って欲しくなかった。
「治弥は……」
その時漸く明は口を開いた。
「モテるからね」
凄く満面な笑顔で言い放った明。その笑顔を見て俺は目を見開くと明はそのままアイスを開けて添付されていた木べらでアイスを何度も突き刺し始めた。待って、その笑顔も怖いけど、その行動ももの凄く怖いんですけど……。
-9-
俺にはコンビニに行くって言ったじゃん。女の子に会いに行くなんて一言も言ってないじゃん。なんなんだよ。俺は治弥に買ってもらったアイスを木べらで何度も突き刺していた。なんか腹立だしくて何かに当たってないと気が済まなかったから。
「治弥…、説明しないと明都くんこのままだよ、たぶん」
「説明って言うか…本当、何もないから」
朋成君が気を効かせて治弥に言ってくれる。でも治弥は自身の頭を掻きながらそう言い返した。頭を掻くのは治弥の困った時の癖。きっと、聞かれて困るような関係なんだ、その彼女とは。
「俺には言いたくないんだろうし、別にいいよ」
俺はそう治弥に向かって言ってから、アイスを食べ続けた。食べ終えたアイスの空を見て目頭が熱くなったのが判った。
「ご馳走様、俺部屋戻る」
皆の前では泣きたくないから、俺は急いで部屋を出ることにした。部屋の簡易的な玄関で座り靴を履いていると、肩に手が触れる感覚がして見上げた。
「俺も一緒に戻る」
見上げると昭二が俺を見下ろしながら言ってきた。俺は泣きそうになってるのを堪えて黙って頷くと、昭二は口許を緩めて笑いながら頭を撫でてくれた。
「待って、明。朱美は本当何もないから!」
「ふーん。朱美ちゃんって言うんだ。俺その子知らない。聞いたこと一度もない。ずっと……隠してたんでしょ、隠したい存在なんだよね、ご馳走様でした!!!」
部屋を出る寸前に治弥は慌てて声を掛けて来たけど、俺は靴を履き終えて立ち上がり、治弥に背を向けたままで言い切った。言い切ると堪えていた涙が溢れてきて見られないようにそのまま部屋を出た。
廊下に出て自分の部屋に向かう。部屋のドアノブに手を掛けると、力が入らなく添えたままで涙が頬を伝った。ドアノブに添えた手にもう一つ手が重なるのに気付き、顔を上げると昭二が心配そうな表情を向けていた。重なった手の反対の腕で俺は昭二に後ろから抱きしめられていた。
「泣きたいなら泣いたらいい。でもここじゃ目立つから部屋入ろうか?」
「……ん」
ちゃんと返事が出来なかったけど、頷いた事で昭二は判ってくれたのか、そのまま部屋のドアを開いてくれて、中に連れて行ってくれた。
-10-
「……なんで、こうなった」
明が部屋を出ていくと、ドアが閉まる音が鳴り響いた。こんなに怒った明は初めてで、追いかける事を躊躇ってしまった。
「んー、なんでそんなに明都くんに隠すの? その彼女?」
頭を抱えて二段ベットの枠を背もたれに座り込むと、朋成は学習椅子を回転させ俺の方に身体を向き直させ、苦笑いを浮かべれば問いかけてくる。
「明への好きな感情を忘れる為だけに付き合ったなんて、明に説明出来ると思うか?」
「あー……」
俺が説明すると朋成は察知してくれたようで、次の言葉を詰まらせていた。そうだよ、本当の事を説明なんか出来やしない、明が好きだからその子と付き合って忘れようとしていたなんて。
「まだ…、続いてるの?」
「いや、明へのこの想いはもうどうにも出来ないのに気付いたから、……正直、忘れる事をしたくなかったんだよな。伝えるつもりはないけど、大事に抱えていたいって思ったんだ。だから朱美とは別れた」
説明しないと明はもう納得しない。判ってるけど本当の事なんて言えるわけがない。言うには俺の気持ちも言わなければいけないから。言えるわけがない。明は俺が黙っていた事に怒っているのは明確で、どう説明したらいいんだよ。
「治弥って……凄いね。忘れたくはないけど伝えるつもりもないって。欲がないって言うか」
「ないわけがないだろ。抱きしめたいし、キスだってしたいし、それ以上だって。明の全てが欲しいよ、本当は。でもそれ以上に失う方が怖いんだ。ただ臆病なだけ」
手に入れるよりも失う方が嫌だから、今のままを保つので必死。ただそれだけの事。
「んー……。明都くんってもしかしてもしかするかもしれない」
「……え?」
朋成が急に不思議な事を言い出すもんだから俺は朋成に目線を送っていた。
「とりあえずは、仲直りするのに隣行って来た方がいいよ? まあ、付き合った理由なんて説明しないで元カノなんだってだけ説明すればいいじゃない。黙ってた理由は……言い訳言わずにごめんなさい。かな」
アドバイス、ありがとうございます、朋成くん。このまま、明怒らせてるってのも俺には結構ダメージ大きいし、黙っていた事を謝りに行こう。そう思い俺は立ち上がる。
「伝えるつもりないなら、ぽろっと間違って言っちゃわないようにねー」
「ういっす」
軽い調子で朋成は俺に言うと手を振る。俺は苦笑いになりながら隣の部屋に向かう為、自身の部屋を出た。
-11-
【改ページ】
涙が止まるようにと俺は自身の両頬を力強くつねり引っ張る。痛くて逆に涙出て来た。
「……何やってるんだ、明都」
「こうしたら痛みで誤魔化せるかなって」
「赤くなってるぞ?」
その行動が不思議だったのか昭二は問いかけてきたから、素直にそう返すと笑いながら返される。部屋に戻れば昭二は何も言わずにこうやって俺を構ってくれていた。そんな優しさが嬉しかった。朋成くんは的確に話を聞いて答えてくれるけど、昭二はこうやって何も言わずに相手してくれる。俺はいい友達に出会えたんだなって凄く思った。
「だって、痛いもん」
つねった頬を今度は両手でゆっくりと摩りながら答えた。その時、ノック音が聞こえて俺と昭二は目を合わせる。誰なのかなんとなく想像は出来て俺は重い腰を上げようと立ち上がると、昭二に肩を押されてまた座らせられた。
「……出づらいだろ? 俺が出るからいい」
そう言うと昭二はドアに向かってくれた。昭二もノックをした相手が誰なのか想像がついたみたいだった。
「えっと…、あの」
ドアを開けると治弥は部屋の中に顔を覗かせる。俺の様子を気にしているようだった。
「明都と話あるんだろうし、俺部屋出るか?」
「え? だめ」
昭二が治弥に問い掛けてるけど、俺が慌てて答えてしまった。その様子を見て治弥は小さくため息を吐いた。
「五十嵐もいて。じゃないと明話し聞いてくれなそうだし」
苦笑いを浮かべると、また頭を軽く掻きながら治弥は昭二にそう言った。治弥が部屋に入るのを確認すると昭二はゆっくり部屋のドアを閉めていた。
「明……あのさ。さっき会ってたのはね」
「彼女?」
「え?」
「付き合ってるの?」
治弥は俺の隣に正座して話し掛けてきた。治弥の方に目線を送りながら問いかける。
「……付き合っていた。のが正しい。中2の時」
「俺知らなかったけど」
「んっ。明とはそういう話…しなかったから、言う機会がなかったというか」
「それだけ? 俺に隠してたとかじゃないの?」
「いや…、あ。うん」
「ほんとー??」
俺の質問に淡々と答えてくれる治弥の態度がなんだか嬉しかった。俺は治弥の袖を無意識で握りしめながら問いかけていた。
「うん……、うん、ごめん」
治弥は俺の頭をゆっくりと撫でつけながら言い告げた。謝ってくれたことが嬉しかったけど、俺の胸には治弥の”彼女”という単語が支配して離れなかった。その理由が俺には判らなかった。
治弥が誤ってくれた事で腹を立てていたのはなくなったけど、もやもやとした感情は消えてはくれなかった。この感情ってなんなんだろう。
-12-
なんとか、明も納得してくれたようで、機嫌も直してくれて普通に夕食も食堂で一緒に食べ、お互いの部屋に戻った。消灯時間までまだ少し時間があるから、俺は自販機までジュースを買いに行く。自販機の前に五十嵐もジュースを買いに来たのかそこに居た。
「……明都の事ずっと好きだった訳じゃないのか?」
傍まで行くと徐に五十嵐は問い掛けてくる。
「ずっとだよ。物心ついた時から好きだった。恋愛感情だって気付いたのは小学生だけど」
自販機に小銭を入れながら俺は、五十嵐からの問いに答えた。ボタンを押せば音を発ててジュースが落ちてくる。それを屈み取り出し自販機の脇の壁へと寄りかかり、音が発たないようにとゆっくりとプレタブを開ける。手に持っていたジュースを一口流し込むと五十嵐も隣に寄りかかった。
「じゃ、なんで?」
「朱美?」
「そう」
「明への気持ちを忘れる為。他の人好きになれれば、愛情が友情に変わってくれるかなって思った」
「でも…、無理だった。わけか」
「そういう事」
五十嵐と普通に会話しているこの状況も、なんだか不思議な感じだった。問い掛けられた事に、偽りなく自然と答えていた。五十嵐も明の事を好きなんだろうと、思っていたのに。
「入学してからさ、ずっと傍でお前ら二人を見てたけどさ。……付け入る隙なんて本当、ないんだよな」
「…は?」
突然そんな事を言うもんだから、俺は思わず五十嵐を二度見してしまう。
「少しでも隙があるなら、さっさと行動に移してんだけど、って言ってんだよ」
「移されても困ります」
俺が真面目な顔で言ってしまうと、五十嵐は声を出さずに笑った。
「まぁ、他の人好きになれば忘れられるんじゃないか、って思う気持ちは俺も同意する。でもな、少しでも付け入る隙が出来たら、俺はそこに踏み込むから覚悟しとけよって話」
「宣戦布告か」
「まあな」
口角を上げて五十嵐はそう言うと、残っていたジュースを飲み干し空き缶をゴミ箱へと放り投げ、その場を後にした。付け入る隙がないとか言いながら、宣戦布告するとか、俺に後押ししてんのかお前は。俺も残りのジュースを一気飲みをし、ゴミ箱に投げ捨てた。
-13-
「俺のお土産は? 昭二」
昭二がジュース買いに行くって言うから頼んだのに、戻って来た昭二は手ぶらだったから俺はそう問い掛ける。問い掛けると昭二は目を見開き両手を開いて上げ見せる。二段ベッドの二段目が俺のベッド。ベッドに入ったまま身体を起こして、ベッドから身を乗り出し昭二に抗議する。
「んーーーーー!!!!!!」
「ごめん、ごめん。そこで花沢に会って話してたら忘れちまって」
「…治弥?」
昭二から治弥の名前が出てくるなんて意外で、思わず聞き返してしまった。ましてや話をしていたなんて、会話の内容がまったく想像つかない。昭二は部屋に入るなり、身を乗り出している俺の頭を撫でる。撫でるというよりもしゃくしゃにされた。
「ぐじゃぐじゃになった!」
「もう寝るだけだしいいだろ」
「そういう問題ではない!」
そのまま昭二は一段目のベッドに入り込んでいった。二段目から昭二を覗き込むと横になった昭二と目が合う。
「治弥と何話してたの?」
「……気になる?」
からかうような表情を浮かべると昭二はそう返してくる。俺はその表情を見ては昭二を睨んでしまった。
「もういいー!!」
俺はそう昭二に言い放つと下のベッドに届くように音を発ててベッドに横になった。横になると丁度消灯の時間になり部屋の電気が消えた。真っ暗な部屋の中俺は布団に潜り込んだ。
寝る時になれば、やっぱり頭の中は”治弥の彼女”の単語がぐるぐると回って、俺の眠気の邪魔をする。彼女だったって事は、やっぱり、それらしき事ってするんだよね。治弥が誰かを抱きしめたりとか、誰かに触れたりとか、そういうのなんか想像したくない。
好きだって……言ったのかな。
治弥に好きだって……言われたのかな。
好きだって言って、キス……したのかな。
-14-
「え? 明まだ寝てるのか?」
「まったく起きない。さっきから起こしてんだけど」
登校の朝、明を迎えに隣の部屋をノックすれば、五十嵐が困った表情で出迎える。食堂の朝食の時間も後僅かだというのに明はベッドから出てこないらしい。明は朝弱いからなー。
「無理やりにでも起こさないと、明ずっと寝てるぞ」
五十嵐にそう伝えると俺は明の部屋へと足を踏み入れる、その後を朋成も五十嵐と何か話しながら入って来た。二人が話しているのを他所に、俺はベッドの階段を登る。明のベッドを覗き込むと明は寝息を立てて気持ち良さそうにぐっすりと寝ていた。
「おい、明ーー? 起きろー」
階段に足を掛けたままで身を乗り出し明の肩を揺らしながら声を掛ける。
「ん、んー」
明は反応を示して頭を僅かに動かした。起きるかなと思い、明の顔を覗き込む。すると明の両腕が俺の首を捕らえた。
「え? ちょっ、え?」
不意に明は俺の首を捕らえたまま、引き寄せるから俺は身体のバランスを崩し、明の上に倒れ込む所をなんとか、明の頭の脇に腕を置き支える事に成功した。この…この…状況は……、なんだ。
「治弥? 何やってるの?」
「いや…、なんか。明が寝惚けてて」
俺の状況に異変を感じ、朋成が問い掛けてくる。俺がそう答えると五十嵐と目を合わせてはそのまま、また話を始めてしまう。ライバルとして少しは気にしろよ五十嵐も……。起こしきれなくて諦めたなあいつ。
「んん……、治、弥…」
「あ、明……、起きたか?」
「んー……。キス…した?」
倒れかかっている俺は明の間近に顔がある。目を開けて俺の視線と絡み合い、明は突然問いかけてくる。キスした? え? したい。じゃなくて。
「し、してないけど……」
俺がそう答えると明は口許を緩め笑い、目を再び閉じて寝息をかき始める。え? 寝惚けてたのか?
「ちょっ!? 明寝るな! 起きろーー!!」
「んぁ! んんん! 俺、今なんか言った!?」
明は俺の声に反応したのか今度ははっきりと目を開けた。目を開けるとさっきの事だろうか、俺に慌てて問いかけてくる。
「…………」
「…………」
俺と明は今の状態に目線を合わせた。俺は明の上に組み敷く形で、明は俺の首に両腕を回している状態。そのまま無言で目線を合わせてしまっていた。
「!? え? なんでこんな。ええ?……いたっ!」
「~っ!? 急に動くなよ…」
「ごめっ!?」
頭は完璧に覚醒したのか慌てて急に起き上がるもんだから、俺と明は見事に額同士をぶつけ合う、勢いが勢いなだけに俺の額にはかなりの痛みの衝撃が走った。
「明都くーん、治弥が寝込み襲ってるように見えるけど、明都くんが寝惚けてやってたんだからねーー」
部屋の入り口付近から、明が起きたのに気付いた朋成が、今の状態の説明をしてくれた。
「起きたなら早く準備しないと、食堂閉まって朝飯食いっぱぐれるぞ」
五十嵐の急かす言葉に俺と明は目を合わせ、思い出したように急いで明は準備を始めた。
-15-
俺は一人、昼休みを利用して図書室に来ていた。その目的はある本を探す事。恋愛とかそんな感じの本って図書室にあるのかな。
「んー……」
どのジャンルの棚を見ればいいのか検討もつかずに、端の棚から順番に見て回る。ここは……、図鑑ばっかだから違うかな。図書室の一番端の壁際に並べられている棚まで移動すると、俺は思わず目を見開いた。
「た……尭江先輩……?」
「…!? い、泉!?」
並べられた棚と棚との間に、図書室の角に当たる場所に視角とも言える、わずかなスペースがあった。そこから微かに見えた尭江先輩ともう一人の人物。
「だ、だからここじゃまずいって、言ったんだぞ! 親父が!」
「お…親父は…、酷いな、尭江」
もう一人の人物。それは我らが生徒会執行部顧問の滝口 桃(たきぐち もも)先生。数日前に平良先輩が言っていた事を思い出す。”尭江の彼氏”この二人は恋人同士で、付き合っている。
「泉だったから良かったものの……、他の生徒だったらどうすんだよ」
「え? 泉はいいのか?」
「馬鹿双子のせいで、生徒会には知られてる」
「ああ……、あの時のか」
思い当たる節があるのか桃先生は、尭江先輩の言葉に何処か納得している表情を浮かべていた。その脇で乱れたネクタイを結び直している尭江先輩。ブレザーも裾を引っ張り直していた。
「……キス…してた」
「ちょ、直球で言うな!」
さっき、見掛けた二人は隠れるように、でもお互い幸せな表情で唇を重ねていた。恋人同士とはそういうもんなんだと改めて実感してしまった。俺が思わず零した言葉に尭江先輩は反応し、頬を紅潮させていた。
幸せそうな、キス。
-16-
「あれ? 明は?」
食堂で一緒に昼飯を食ったはずなのに、トイレに寄って教室に戻ると明の姿がなかった。教室で明の机を挟んで座り話をしていた朋成と五十嵐に問い掛ける。
「ん? あれ? さっきまでここにいたんだけどな」
居なくなった事に朋成達も気付いていなかったのか、教室内を見渡しながら朋成は答える。
「トイレにでも行ったんじゃないか?」
「俺、さっきまでトイレに行ってたんだけど」
「……行き違い?」
五十嵐にそう言われると、まあ、同じ場所にあるトイレに行ったとも限らないし、そうなんだろうなと、俺は気にする事を止めた。
「で、お前ら何話してたんだ?」
窓際の明の席は、いつも午後は眠くなってしょうがないと授業を上の空で聞いている明は言い訳を言っていた。俺は窓際に寄りかかり確かにこの日差しは昼飯を食べ満腹になった後では眠気を誘うと妙に納得してしまった。窓際に寄りかかり、明の机の脚に自身の足を掛けては二人に問い掛けた。
「ほら、生徒会でも話してたじゃん? 体育祭の種目、どれに出ようかって」
まったくもって話し合いにならなかった、あの話し合いのやつな。体育祭まで後僅か、この学園に入学して初めてのイベント。一年生の中では浮足立ってる雰囲気が出ていた。
「治弥は何に出る?」
「俺面倒だから、補欠でいいや」
「……治弥、頑張ってるのカッコイイから全部出たらいいよ」
朋成と昭二に目線を向けながら話をしていると、突然、明の声が聞こえて俺はその方向に顔を向ける。明は笑いながら窓際に寄りかかる俺の隣に移動してきた。
「あ、明。どこ行ってたんだ?」
「んー? 調べものをしに図書室に」
問い掛けると明は俺を見上げ、明の口からは到底想像が出来ない単語を言い放った。
「え? どこにって?」
「だから図書室」
「いやいや、明が図書室とか無理あるって」
「そんなこと言っても本当に図書室行ってたんだもん!」
「本なんて表紙開いた瞬間に眠りだす、明がか??」
「たまには調べたいことだってあるのーー!!! だから朋成君も笑わないで!」
「ごめって、昭二も笑ってるよ、明都くん」
「昭二のばか!」
俺らの会話を聞いていた朋成と五十嵐は笑いを堪えていたようで、明に咎められていた。それでも朋成達二人は笑いを抑える事が出来ないようだった。そりゃあ、明と図書室なんて頑張っても繋がらないよな。
そんなこんなで俺達の変化があったようで変わらない日常は続く。
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