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第4話:校外学習
「グループに分かれて校外学習のスケジュール立ててねー。ちゃんと勉強して調べるとこにするんだよ。参考に市の施設一覧のプリント配るわよ」
教室内に担任の声が響き渡る。数日後に行くことになる校外学習の計画を、各々の四人グループに分かれて自分たちで練る。自主性を育てる為なんだって。
「明? どこ行きたい?」
「んー…、どこがいいかなー」
俺達は、いつものメンバー、昭二に朋成君、治弥に俺で四人グループを言わずもがな組んでいた。計画を練る為に、俺と昭二の席に治弥と朋成くんが来てくれる。二人は席に座らずに窓際に寄りかかっていた。治弥に問い掛けられ、配られたプリントに目を通す。
「ちょっと、待って…、俺たちの意見とか聞かないの?」
治弥の言葉に反応して、朋成君が治弥にそう問いかける。プリントへと落としていた目線を俺は朋成君へと変えた。朋成君を見ていると、俺の席の前に座っている昭二が口を開く。
「俺は、明都が行きたいとこで全然構わないけど」
「俺も明が行きたいとこ行きたいし」
昭二が言うと、それに同意するように治弥が言い切る。
「え? なにこの明都くん馬鹿二人組」
朋成くんは呆れた表情を浮かべながら言うから、俺は思わず目を瞬いてしまった。なに? 俺馬鹿って。
「明都? 朋成は気にしなくていいから、好きなとこ選びな?」
「だから…、いや、別に絶対行きたいとこがあるわけじゃないんだけど…、君ら二人が馬鹿すぎてツッコミしたくなっただけで」
俺が驚いた顔をしていたからか、朋成君はそう告げながら俺の頭をゆっくりと撫でてきた。
「……朋成君はどこ行きたい?」
「んー、明都君が行きたいとこでいいかな」
結局、俺が行きたいとこで決まるらしい。先生から渡されたプリントの施設一覧から俺は、科学館と植物園を選んでそこに行くことにした。なんか科学館で恐竜のイベントをやってるみたいだから、それが見たいなと思ったのと、植物園は科学館に近いという理由。校外学習は学園に集合してから、各々で交通手段も調べて向かう。だから近い施設を選んだ方が、ゆっくりと観覧が出来るとの治弥の意見からだった。
数日後の校外学習に備えて、俺らは交通手段や、昼ご飯の場所、時間配分を細かく計画していった。ほとんどは治弥がやってくれたけど、こういう事はやっぱり、治弥がテキパキと仕切ってくれるから、俺はいつも見てるだけで大体が決まっている。そんなこんなで、俺達の校外学習は始まる。
-1-
校外学習の日、俺は準備をして部屋を朋成と出る。廊下に出れば、珍しく明と五十嵐が待っていた。
「治弥おそーーい」
「……楽しみ過ぎて早く起きたんだろ? 明は」
「正解」
開口一番の明の言葉を耳にしたが、俺は一緒に待っていた五十嵐に問い掛けると、予想通りの返事が返ってきた。
「そ、そんなことないよ。小学生じゃないんだから」
「明? ちゃんと準備したか? 忘れ物ないか? 財布は? ハンカチ、ティッシュ、しおり、ちゃんと持ったか?」
「ん? んん? うん、大丈夫、持った」
俺が明に問い掛けると、明は肩掛けのカバンを探りながら、俺が問い掛けたものを確認して答えた。俺の言うことは素直に応じる明がなんだか可愛く思えた。俺らはそのまま、寮の玄関へと向かう。先頭をきって、玄関へと向かう明の足取りは軽く軽快で、校外学習を凄く楽しみにしているのが見て取れた。
校外学習に行くのは一学年だけで、他の学年は普段通りの授業が待っている。重苦しそうに学園へ向かう他生徒の中、明だけは歩みが軽快だった。
「あ、明ちゃーん! なんかご機嫌さんだね」
学園の校門近くまで行くと、遠くから平良先輩の声が聞こえて来た。平良先輩は大きく両手を振り、俺らの方へと学園から戻ってくる。目の前に来た平良先輩に明は丁寧に挨拶を返していた。
「平良先輩、おはようございます」
「何かいいことあったの?」
明の機嫌の良さに、平良先輩は疑問に思ったのか、首を傾けながら俺に聞いてくる。
「なんで俺に聞くんですか。今日、校外学習なだけですよ」
「え? なにそれ、相変わらず明ちゃん可愛い……」
「別に楽しみでも、機嫌がいいわけでもないです!」
平良先輩がそうしみじみとした感じで言い告げると、明はむきになった表情になり、言い返していた。そんな会話をしながらも、平良先輩と一緒に居た和は、平良先輩を他所に朋成と話を始めている。こんな登校風景は、まれにあったりする。
「そういえば治弥さ……」
「なんですか?」
校舎へと向かう為、校門を抜けて歩き続けていると、徐に平良先輩は何か言いたげな態度を示す。一度、明を流し見ると、俺へと視線を戻す。
「俺さ、とある噂聞いたんだけど……」
「??」
「治弥…彼女居たの?」
「!?」
まて……、その噂の出所どこだ!? いや、出所とかどうでもいい。今、その話題は……。
「……昔付き合っていたそうです」
明には禁句なんだけど。
「え? え?」
平良先輩に冷たく言い放った明は、そのまま学園の昇降口へと足を向けて行ってしまった。その時の明の表情は、先程とは打って変わって眉を吊り上げた不機嫌極まりない表情だった。
「明ちゃんが……、怒った」
お前のせいでな。明の後ろ姿を、驚いた表情で平良先輩は目線で追いかけながら、言葉を漏らしていた。
-2-
校外学習でちょっと忘れかけてたのに……、平良先輩のせいで思い出しちゃった。あれから治弥も俺も、治弥の元カノの話には触れずに来ていた。なんか話したくなかったから。俺の気持ちを察してか、治弥も話題には一切出さないでくれていた。
「準備出来てるグループから出発していいわよ。学年の先生達もどこかしらに居るから、困ったことがあれば近くの先生を見つけるか、私の携帯か学校に連絡すること。番号はしおりに書いてあるから確認してね。何かのトラブルに巻き込まれても必ず連絡すること! 帰りの時間は必ず守るのよ、遅れそうになった時も連絡忘れずにね、じゃー、いてらっしゃい」
教室に一度集まると、担任が注意事項を再度確認するように告げ、俺達生徒を見送った。先生の号令と共に、教室を出発するクラスメイト達。俺だけは席についたままだった。
「……明? 出発しないと時間なくなるぞ?」
俺の事を気にしているのか、治弥は俺の席に迎えに来てくれた。
「う…うん」
「途中でアイスでも買う?」
「うん」
治弥はなんとなく、気付いてる、俺が治弥の元カノの話題を避けていることを…。今朝の平良先輩の事がなかったかのように、治弥は俺に声を掛けて来た。平良先輩に言われてから教室に向かったけど、その後は治弥と話が出来なくなってしまって、それでも担任が来るまで、治弥はしつこく俺に声を掛けてきた。それをずっと無視し続けていたのに。
「寄り道いいの?」
「あっちの駅着いてからなら、ちょっとぐらい大丈夫だろう」
治弥のあとを付いてきていた朋成君が問い掛けると、俺の頭を撫でながら治弥は答える。俺は重たくなった腰をゆっくりと上げて、鞄を首から通して肩に掛けた。
「俺もちょっと腹減ったし、なんか食いたいからどっか寄ろうぜ」
肩に掛けた鞄のベルト部分を昭二が軽く持つと、俺はそのまま引きずられるように、席から教室の入り口へと連れてかれる。昭二…、危ないよ、転んだらどうすんだよ。
「ほーら、さっさと行くぞー」
「判ったよ…もう、早く行こう?」
教室の入り口に着くと、昭二は俺の鞄のベルトから手を離し、未だ、俺の席の近くに居る治弥達に声を掛けた。なんだか昭二も、俺の気分を盛り上げてくれようとしているように思えて嬉しかった。昭二に向かって俺は小さく頷いて、治弥達の方に身体の向きを変え、目元を緩めながら一緒に治弥達に声を掛けた。
「よーし、明、はぐれんなよ」
「明都くん、はぐれたら直ぐに携帯に連絡してね」
教室の入り口に移動してきた治弥と朋成君はそう言いながら、俺の頭を二人で軽く小突いては、そのまま通り過ぎて行った。通り過ぎた二人に俺は振り向き、両手で頭を押さえた。
「な、なんで、俺がはぐれる前提なんだよ!!」
子供じゃないんだから、迷子になんてならない!!!
-3-
俺達は、なんとか予定してた時刻の電車に乗り込んだ。この電車に乗り遅れたら、乗り継ぎの電車に変更しなくてはならなくて面倒になるとこだった。登校時間も出社時間もとっくに過ぎている時間帯だから、電車の中はそんなに乗客も居なく、座席に余裕で座る事が出来た。四人掛けのボックス席に座り、到着駅に着くまで俺達は電車に揺られていた。
「あ……」
窓際に座り景色を見ていた明は突如声を上げるから、俺ら三人は、窓の外の風景に視線を集中させた。
「あぁー」
「え?」
「なにかあったのか?」
俺は一人、明が言わんとしていることが判ったが、五十嵐と朋成は意味が判らないといった表情で俺に目線を変える。俺が窓の景色を見た時にはもう通り過ぎた後だったから、明が見た標的のものは見れなかったが、通り過ぎたあとの景色には見覚えがあった。
「実家?」
「…うん。なんか思わず声、出ちゃった」
そう俺達の実家がある付近を電車が通ったのだ。そんな関心して見るものでもないが、入学してからずっと帰っていないから、なんとなしに懐かしさを感じたのだろう。
「あ、そっか。この辺、治弥達の中学の近くか…」
「結構近いんだな、お前ら」
座席に座り直すと五十嵐と朋成は口を開いた。まぁ、電車で駅三つ分くらいだからそんなに遠くもない、通えないこともない距離で、駿河学園は全寮制だから寮に入っているが、そうじゃないなら間違いなく寮には入っていないだろう。
「朋成も結構近いよな」
「うん、治弥たちの隣だからね、線路沿いじゃないから、電車からじゃ見えないけど」
「あれ? そういえば、昭二の中学って聞いたことなかった。どこ?」
「あぁー、俺、実家県外だから言っても判らない、と思って言ってなかっただけ」
ふと思い出したように明は、五十嵐に問い掛けていた、そういえばそんな話題を、五十嵐が口にしたことはなかった。それの理由は県外だからといった、単純な理由だった。駿河学園は私立だから、県外の出身者もそう少なくないらしい。全寮制だから、県外でも選びやすいのだろう。さほど、突起して何かが有名というわけではないけど。
でも、同性愛者の巣窟としては、そっち関係の人たちには有名なのかもしれない。
-4-
しばらく、電車に揺られていると、車内アナウンスが次の到着駅を知らせる。流れたアナウンスは俺たちの目的の駅を告げていた。
「あ、次?」
「うん、次だね、降りる準備しようか」
俺が口を開くと朋成君が同意してくれた。それを聞いていた治弥と昭二も降りる準備を始めようとそれぞれ鞄を手にした。
「降り遅れないようにドアのとこ行っとくか」
座席を立ち、電車のドアに移動する。ドア付近で到着を待ちながら手すりに捕まっていると、電車の揺れに耐えられず俺は身体のバランスを崩す。
「…ごめっ、治弥」
「ん、大丈夫か?」
揺れる電車の中俺は手すりから手を離してしまい、治弥に支えられる形になってしまった。治弥はそのまま俺をドアの壁へと寄りかからせてくれた。寄りかかっていれば、身体のバランスを崩すこともない。
「俺、掴んでていいから」
「ありがとう…」
治弥は俺の手を取り、自身のブレザーの裾を持たせてくれた。当の治弥は俺の寄り掛かっている壁へと、片手を置き身体のバランスを取っている。
「なんなら、俺に抱き付いててもいいぞ、明都」
「え? え? 昭二?」
そう言いながら昭二は俺の髪の毛を、くしゃくしゃと乱らせてきた。行動と言動が一致してないよ、昭二。
「……んなことするわけないだろう」
「それは明都が決める事だぞ?」
また…、この二人は直ぐ喧嘩する。言い争いを始めてしまった、二人の顔を交互に俺は見てしまっていた。
「こんなとこで止めてよ、恥ずかしい。ほら、もう着くよ」
そんな二人を冷静に止めてくれたのは、呆れた表情を浮かべながらそう告げた朋成君。朋成君が言うように電車は目的の駅へと到着した。電車が到着すると、扉はブザー音と共に開いた。この駅で降りる乗客に流されるように、俺達は電車を降りた。
「着いたーー!」
俺は電車から降りると、ホームで両手を空に広げて背伸びをし、大きく息を吸いながら叫ぶように言った。
「明都くん、目立ってる」
「ほら、改札口行くぞ」
いつの間にか、ホームから改札口に行く為の階段の方へと進んでいた治弥達が、俺を振り返り呼び掛けてきた。
「い、いつの間に、待って、置いてかないで!」
俺は慌てて、皆の元に駆け寄った。
-5-
「えっと、どっちに向かえばいいんだっけ?」
「こっちだろ」
駅から外へ出ると、皆立ち止まり辺りを見渡しながら、行くべく道を確認する。確認をしてから俺は方向を指差しそう告げた。
「この辺来た事ないな、俺」
県外出身の五十嵐は歩きながら、物珍しそうに辺りを見渡している。駅を出ると森林公園のど真ん中に出る。その中を道筋に北の方向に歩いて行くと10分程で科学館に到着する。俺達が出た入り口の反対方向の入り口は、街中に出るようになっている作りだ。科学館や公園に用がない人はこちら側の入り口を利用する人は少ない。科学館の次の目的地である植物園は、科学館よりさらに北に10分歩くと着く。
「科学館に飲み物売ってるかな……、のど乾いた」
俺達の一番後ろを歩いている明が、もうすでに疲れてしまったのか、小さくぼやいていた。
「さっき、駅に自販機あったのに」
「さっきは、のど乾いてなかったの」
俺は歩く速さを明に合わせて、明の隣に移動する。俺が言うと、明は俺に軽く睨みつける表情を向け告げる。
「睨むな、睨むな。科学館にレストランあるから、そこで昼飯食うし、自販機もあるはずだから、そこで買おう?」
「……アイスは?」
「売ってるよ」
「じゃあ、早く行く」
そう一言、明は言葉を漏らすと、急に足早になり、前を歩いている朋成と五十嵐を追い越し始めた。
「明都君どうしたの? 急に」
「朋成君も昭二も早く! 急ごう! アイス食べるよ!」
不思議に思った朋成は明に問い掛けるが、明は歩く速度を変えずにそう答えていた。アイス食べるよって、目的変わってるし。朋成達を追い越してもなお、速足に進み続ける明。俺は朋成達の方へと足早に進む。朋成達に合流すれば、五十嵐と朋成からの目線が集まる。
「あれ、一人で行かせて迷ったりしない?」
「一本道だから迷ったりはしない……と思う」
「すっげー、不安。大丈夫かな、明都」
進み続ける明の姿が見えなくなり始めても、俺達は誰一人追いかけないで話しながら進み続ける。
「追いかける役、五十嵐に譲ってやるよ」
「そういうとこだけ譲るんだな、花沢は」
「他を譲ってはやらねーよ」
「どんな気の迷いが起きたんだ」
怪訝そうな表情を浮かべては五十嵐は眉間に皺を寄せ、明を追い掛ける為に走り出した。
「……本当になんの気の迷い?」
「んー、なんでだろう」
普段なら絶対俺が追いかけて居たんだが、俺はこの間の消灯間際にした、五十嵐との会話をふと思い出していた。五十嵐に背中を押された事に感謝もした、でもまだ動けずにいる自分。いつも俺と明がふざけ合ったりしてるのを、見ているのはつらくないのだろうかとか、考えてしまったんだな。好きな気持ちは一緒だから、俺なら嫉妬心で狂う。
「アイス奢ってあげたくなってしまうし」
「それが理由か」
そう、明には甘いのを自分でも自覚してるから、それが一番の理由だったりもする。
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「あれ?」
足早に歩き続けていたら、いつの間にか科学館に到着していた。一本道だったから、迷うことなく到着した。科学館の入り口で俺は振り向き、誰一人着いてきてくれてないことに気が付く。先に入ることを戸惑い、俺は科学館の入り口に向かう階段に座り込み、治弥達を待つことに決めた。
「……、泉君?」
その階段を登ろうと、座り込む俺の脇を通り過ぎる女子高生の集団の一人から名前を呼ばれ、驚いてそちらへと目線を向ける。声の主に目線を向けると、その主は笑みを浮かべて俺を見ていた。
「やっぱり泉君だ!」
俺はその子に見覚えがあった。同じ中学だった子だ、クラスは一回しか同じにはなってないけど、よく話掛けられてたから覚えている。
「泉君の学校も校外学習だったの?」
「え? うん」
「花沢君が一緒じゃないの珍しいね」
「……もうちょっとしたら来ると思うけど、なんか先に来ちゃった」
この子は、いつも治弥の話を持ち掛けてくる。たぶん、治弥が好きなんだろうな、とは思っていた。
「え? 花沢君って、花沢 治弥?」
俺とその子の会話を聞いていた、その子と一緒にいた女の子一人が会話に混ざってくる。治弥の名前を聞いて反応したみたいだった。
「あ、そっか。同じ中学だったよね。だから知ってるんだ?」
「え? なに? 朱美も知ってるの?」
「うん、治弥でしょ? 知ってるよ」
朱美と呼ばれたその子は、治弥の事を知っているようで、話を始めていた。俺よりも背の低い、真っ黒な髪の毛はツインテールに結ばれて、太陽の光に反射し艶めかせている。治弥の知り合いみたいだけど、俺はこの子に身に覚えがない。
「明都? 誰と話してるんだ?」
その時、昭二が先に科学館に着いて、俺が女の子に囲まれているのに、不思議に思ったのか話し掛けてくれた。
「えっと、中学の…」
「あれ? この子…、この間の治弥と一緒にい…」
朱美と呼ばれたその子を見て昭二は言いかけるも、俺の顔に目線を向けると、言うのを途中で止めてしまう。一緒にい……た?
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えーーー。ちょっと待てよ。なんで朱美が居るんだよ。しかも、なんで明と話してんだよ。
漸く、科学館に辿り付いた俺と朋成は、入り口に向かう為の階段で、明と昭二を見つけるも、その周りには女子高生の集団。その集団に囲まれ話をしている明と昭二。どうしてそうなった? 朱美たちも校外学習だったのか。
「あ、治弥」
俺に気付いた明が声を上げると、周りに居た皆もこちらへと目線を集中させた。
「治弥ーーー!! 治弥も校外学習だったんだね!」
言わずと知れた朱美が嬉しそうに、俺の方へと駆け寄ってきた。
「なんでお前がここに居んだよ……」
「だって朱美も校外学習だもん、この時期にするとこ多いよ」
「だからって、同じとこにしなくてもいいだろ」
「そこは偶然! 運命!」
朱美を相手にしていたら、頭痛くなりそう…。
「待って…、朱美ってそんなに花沢君と仲良かったの…」
俺らの会話を聞いてた、朱美と一緒に居た女の子が会話に入ってくる。この子は見覚えがあって、たぶん中学が一緒だった子だと思う。
「ん? だって治弥は朱美の彼氏だよ」
「え?」
「だから……、元だろ」
「え? 元彼?」
諦めない朱美はそう言うと、同じ中学だった子が俺と朱美の顔を交互に見ては、驚いた顔をしている。中学では一切そんな話をしたことはなかったから当然と言えば当然かもしれない。明にばれないようにそうしていたんだけどな。
「もー…、認めてないって言ってるのに、泉君とつきあ」
「朱美!!!!!」
この間言ってた事を言いそうになってる朱美を、俺は全力で止める。明の目の前で言われちゃたまったもんじゃない。
「………、あ、泉君ってさっき言ってたね。この子が泉君?」
俺が遮ったので気が付いたのか、明を見ると朱美は確認するように俺に問い掛ける。俺は明の事を朱美には会わせたくなかったから、会せたら会せたらで何を明に言い出すか判ったもんじゃない、だから俺は肯定も否定もせずに、目線を空へと向ける。
「あのさ」
その時、明の声が耳に届いた。耳に届いて俺は明に目線を移動させた。目線を向けると、明の目線と絡み合う。明の表情は無表情で俺を見たままで、言葉を続けた。
「積もる話もあるだろうから、先に科学館見学してるね」
そう冷たい口調で言い告げると、明は俺を軽く睨んでから科学館の入り口に繋がっている階段を登り始めた。その後を昭二と朋成が付いて行くのを、俺は呆然として見送ることしかできなかった。
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あの子がそうだったんだ…。昭二が言い掛けたことでなんとなくだけど気が付いたのに、治弥とあの子の会話を聞いていたら予感は確実なものになった。朱美と言っていたあの子は本当可愛らしくて、治弥の隣に立っているのを見て、お似合いだと思った。
「明都? ……ほら、自販機あったぞ? ジュースいいのか?」
俺の後を付いてきてくれていた昭二が、科学館に入ると受付脇にジュースの自販機があるのを教えてくれる。
「うん…、飲む」
俺は受付へと向けていた足の方向を、自販機に変えて向かう。自販機の前で、鞄を漁り財布を探す。やっと見つけた財布を鞄から取り出し、小銭を手に自販機にお金を入れようと伸ばす。でも、俺が小銭を入れる前に自販機のボタンが光を放つ。驚いて顔を上げると、自販機に寄りかかり俺を見下ろす治弥が居た。
「奢ってあげるから好きなの買いな?」
「いらない」
「明…、なんで怒ってるんだ?」
「怒ってない」
「怒ってるよ、俺が悪い?」
「……治弥は……何も悪くない」
「なら、怒らないでジュース飲もう?」
「ん……、うん」
治弥は何も悪くない…、それだけは判ってる、でもなんでこんなにも胸が騒ぐのか、もやもやしてて、苛立って。治弥とあの子が一緒に居て話してるのを見てたら、苛立ってしょうがなかったんだ。俺は治弥に促らせられるままに、自販機のボタンを押した。ボタンを押すと音を発てて、ジュース缶が落ちてきた。
「ジュース飲みながらじゃ、中入れないから、とりあえずここでちょっと休憩しようか」
「朋成君も飲む? 治弥が奢ってくれるって」
「あ、本当? 治弥、俺お茶でお願い」
科学館のエントランスに休憩所みたいにベンチが並べられてるのが目に入り、俺は朋成君に言われるとそこで座ろうと目線を送り答える。
「へいへい、奢りますよ」
「花沢、俺は炭酸水で」
「お前には奢らねー」
「な、なんでだよ!?」
「さっき、助けてくれなかったから奢らねー」
「いや、それ、朋成もだろ!?」
「朋成は別だ」
「なんでだよ!?」
二人が言い合いを始めたから、俺と朋成君は目線を合わせた。なんだか可笑しくて笑ってしまった。二人を他所に俺と朋成君はベンチへと移動した。
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「すっごかったー! 凄いね! 凄く大きかったね!」
「等身大と言われる復元らしいしな」
休憩した後、科学館の恐竜館を見回り終えた明は、大興奮で感動していた。展示していたものに付いていた説明の看板を、逐一書き留めながら回っていたのでかなり手首が痛い。校外学習が終わった後でレポートを提出しなくてはいけないから、俺はそうしてた。明はまったくその素振りはしていなかったが。どうせ、あとで困って助け求めてくるんだろうと想像したら、愛しげく思ってしまった。
「お腹空いたな…」
「確かに…、ちょっと夢中になって見過ぎたね」
「俺もお腹空いた」
確かに夢中になって展示物を見ていたら、時刻は昼時を示していた。明たち三人がそんな会話をしているのを耳にしながら、俺は腕にしている時計を確認していた。
「科学館で昼飯食う予定にしてたし…、飯にするか」
「時間的には大丈夫なの?」
腕時計を確認している俺の脇で、それを覗き見しながら朋成は問いかけてくる。
「ちょっと、遅いくらいなだけだから大丈夫だろう」
「やったー! なら、早く行こう!」
すっかりご機嫌になった明が、俺の袖を引き、笑みを浮かべながらレストランの方向へと急かしてくる。
「急がなくても食いもんは逃げないから大丈夫だって」
「早く食べたいの!」
「はいはい」
俺達は昼飯を食べるべくレストランへと足を向け移動した。移動すると、レストランが視界に入った距離で突如、明は足を止めた。
「明……?」
明の行動を不思議に思い、俺は明の見る目線を追って、その先に目線を向ける。その先には、今から昼飯を食うであろう朱美たちの姿が目に映った。せっかく、明の機嫌が直ったのに……。俺は愕然と肩を落としていた。
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レストランに向かうと、そこの入り口にはさっきの彼女たちが居て、俺は思わず立ち止まってしまった。治弥が不思議に思い俺に問い掛けるけど、なんて答えていいか判らなかった。
「……、別のとこで食べる?」
俺が何も答えないからか、朋成君はそう提案してきたけど、そんなの俺の我儘だけで、これ以上皆に迷惑かけたくなくて、俺は黙って首を左右に振っていた。
「大丈夫なのか?」
「ん? うん、全然平気」
治弥も心配そうに、再度問い掛けてくる。俺は精一杯の笑顔を作り答えた。そんな俺を、昭二は無言で頭を撫でてくる。
「もー! 早く食べよう!」
俺は頭を撫で続けてくる昭二の腕を引き、レストランの入り口へと急いだ。その後を朋成君と治弥は笑って付いてきていた。レストランに入ると、席を案内され、彼女達とは離れたところに案内された事に、安堵を感じてしまった。また、治弥に話し掛けてくるところを見たくなかったから。
「ほら、何食うんだ?」
窓際の席に案内されると、俺はそのまま窓際に座った。その隣に治弥、向かいに昭二、昭二の隣に朋成君が順に座る。座ると治弥はメニュー表を開いて、俺に手渡してきた。
「んー…、どれにしようかな」
「俺、パスタでいいや、あとレモンティー」
「俺はグラタンとパンとオニオンサラダ」
「俺もパスタでいいかなー、でもミートソースのやつで」
俺がメニュー表と睨めっこをしていると、次々とメニューを決めていく三人。食堂でも俺はいつも決めるのが最後になってしまう。なんでこんなに三人は決めるのが早いんだ。
「よし! 俺ドリアとパン!」
ずっと悩んでてもどうせ決まらないし、とりあえず今目に入ったメニューに決めてしまう。結局いつも最後はそうなる。
「じゃ、それでいいな。店員呼ぶぞ」
俺が決まったことで、治弥は皆に問い掛けながらも、各々の返事を確認せずにして呼び鈴を押していた。
「あ、俺の分頼んどいて…、ちょっとトイレ行きたくなった」
「おう…、レストランの中にはないみたいだから、一旦出て科学館のトイレ行くんだぞ」
「うん、ありがとう」
治弥は席を立って避けてくれながら、そう説明してくれた。俺はそのまま席を立ちレストランを出て、科学館のトイレへと向かった。
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明がトイレにレストランを出るのを見送れば、俺はそのまま、また席に腰を下ろした。
「明都君……、大丈夫?」
「ん? 大丈夫? 何が?」
席に座り直せば、徐に朋成が問い掛けてくるから、俺はお冷が入っているグラスに手を伸ばし、質問の意味が判らず問い返す。
「いや…、科学館入るとき結構女の子たちに、囲まれてたみたいだし、あれ、治弥関係なんでしょ?」
「あー、でもあれ、話し掛けられてすぐに俺も追いついたし、その後すぐ朋成達も来たから、そんなに話込んでたわけでもないみたいだぞ」
朋成が説明すると、隣にいた昭二が口を開き、状況を説明してくれていた。確かに俺関係ではあるみたい、あるみたいというか、朱美は間違いなく俺関係だけど。
「ならいいんだけど……、なんかあれ以上考えさせると、明都君混乱しちゃうんじゃないかなって思って…」
朋成は昭二の話の内容に納得するも、何か意味ありげに言葉を濁しながら言い続ける。
「混乱?」
「……、治弥は明都君に右往左往し過ぎというか…、明都君の事になるとなんも見えなくなるね」
「それは自覚してる」
明の事になると冷静になれない自分が居るのは自覚してる。判ってる。
「惚れた弱味だからしょうがないよな」
五十嵐はにやついた笑みを浮かべると、そう言い放った。
「五十嵐だって、人の事言えないだろ…」
「明都って不思議だよな……、甘やかしたくなる」
「そうそう…、何でも許しちゃうって言うか」
「甘え上手というか…、あんな笑った顔で、お願いされたら課題だって見せたくなるよな」
「……え? お前見せてんのか!?」
「んー…、断り切れなくてたまに…」
「だから最近俺んとこ頼みにこないのか」
「おい…、そこの馬鹿二人組。それ甘やかしてるのにも度が過ぎてるからやめなよ」
思わず、明の話で五十嵐と盛り上がってしまったら、朋成の冷たい視線を浴びてしまった。という、朋成も実は明には甘いのを俺は知っている。それも明の長所なんだろうなと思う。誰からも構いたくなるような存在、雰囲気を持っている。
本人無意識なのが、凄く俺からしたら苦労している原因。無意識に甘えたりするから、俺はそれを見てて毎回嫉妬する。だから、甘える前に俺に甘えさせていたのも事実。同室の五十嵐相手では無理があるみたいだが。
そんな、性格なのも明を好きな理由の一つなんだよな。そこがまた可愛いって思ってしまう自分がいるわけだから。
-12-
俺は、トイレを済ませて洗面台で手を洗う。迷うことなくトイレに来ることが出来た。レストランの直ぐ近くにトイレが位置していたから、簡単に来れた。あんまり遅くなると、きっと治弥達に迷ったって思われてしまうから、俺は急いで手を洗い終わらせた。男子トイレから出ようとすると、すぐ近くの廊下で話をしているのか声が耳に届いた。
「花沢君といつ知り合ったの?」
治弥の名前を聞いて、俺は思わずトイレから出れずに、入り口で立ち止まってしまった。その声の主には聞き覚えがあったから。
「んー…、中一の時の文化祭かなー、遊びに行ったんだよね、そっちの中学校」
その声の主は、科学館の入り口で声を掛けて来た、中学の時のクラスメイト。答えたのは、朱美と呼ばれている彼女。二人の会話だった。会話を聞きたくないけど、今出たら二人に出くわしてしまう。それが嫌で、そこから俺は動けずに居た。
「でも知り合ったというよりも、朱美がその時に気になり始めただけ! 告白するまで治弥は、朱美の事なにも知らなかったんだよ」
「花沢君って誰の告白もOKしたことないんだよ? 知らなかったのになんで朱美はOKだったの?」
「んー……、内緒ー。朱美の作戦勝ちって事かな?」
「どういう事よー。あーあー、私もラブレター渡したのに読んでも貰えなかったのに」
「え? 読まなかったの?」
「読まないで、気持ちには答えられないからって返された」
治弥が不特定多数に告白されているのは知っていた、全部断っているのも知っていた。よく話し掛けてきていたクラスメイトも、そうなの知っていた。治弥はとにかくモテる。話を聞いてて俺もなんで治弥は、あの朱美って娘だけOKしたのか不思議になった。
「治弥ってそうだよねー、朱美も最初は素っ気なく断られたもん。三回目の告白でやっとOK貰ったかな」
「何か月付き合ったの?」
「半年かなー」
「結構長かったんだね…、えー! やっぱりそれらしきことってしたんだよね」
クラスメイトの女の子はもう治弥には気持ちがないのか、興味深々に質問も繰り返す。聞きたくないけど……、ここから動けない…。
「んー…、うん。治弥は凄い優しかった。幸せだったなー」
朱美と呼ばれている彼女は、濁した言い方だけど、それでも確信が持てる言い方で、言い告げていた。そのまま二人は女子トイレに入ったのか、そこからは微かにしか声が聞こえなくなり、聞き取れないようになった。そっと男子トイレのドアを開き、居ないことを確認すると俺は急いで、その場を後にした。
気になっていたけど、聞きたくなかった真実。またも俺の胸の中は、もやもやとした気持ちが支配してしまっていた。治弥達の待っているレストランに向かわなきゃいけないのに、足が進まない。早く戻らないと、きっとあの子たちもトイレから出てきてしまう。
でも、足が進まない。気持ちを切り替えなきゃ。なんで、俺こんなに……落ち込んだ気持ちになるの?
-13-
トイレから戻って来た明は、どことなく様子がおかしかった。普段通りにしているつもりなんだろうけど、皆からの会話から外れていると、どこか一点を見詰めて呆然としている事がある。食事をする手が時折止まり、思い出したようにまた急いで食べ始める。食事を終えて、植物園に向かってる途中も、植物園で見ている最中も、少し目を離せばぼーっとしている明。
「明……、何かあったのか?」
「……え? な、なにもないよ?」
何度かそう問いているが、明の返事は決まってそう返される。
帰りの電車は、他校の生徒の下校時間と被ってしまい、電車は混雑していた。もちろん座席は空いていなく、俺達四人は混雑している電車に、無理矢理と自身の身体を押し込み乗り込んだ。身長の低い明は乗客に押し流され、俺は明を見失う。電車内に目線を見配らせると、少し離れた場所で朋成と目線があった。朋成は俺が気にしている内容を理解しているのか、目線で自身の傍を見下ろしている。そこに、明が居るのだということを、知らせてくれていた。知らない人のみに囲まれているわけではないと判れば、俺は安心して、電車が学園の最寄り駅に到着するのを待つことにした。
とは言え、明の様子がおかしくなった事には変わりがない。何があったのか、問い詰めたいが明は必死にそれを隠そうとしている。一時だって離れずに明の傍に今まで居たんだ、明の様子がおかしくなった事に、俺が気付かないわけがない。きっと明も俺が気付いているのに、気付いている。だから、あえて笑って馬鹿話を続けているのだろう。また”何かあったのか?”と問われない為に。明の事を考えていれば、いつの間にか最寄り駅へと、電車が到着していた。離れ離れで電車に乗っていた俺達は、各々で電車から降りる。約束をしていたわけではないが、自然と改札口の傍に集合していた。
「ずっと、立ってたから疲れた」
「明都くん、ずっと、まだ着かないのか、俺に聞いてきてたよね」
「だって……、隣に居るおじさん臭かった」
隣に居るおじさんってなんだ……。そんな会話をしながら、明と朋成はいつものように笑っていた。五十嵐も疲れてしまったのか、明の頭に顎を乗せ寄りかかっている。
「何してるの…昭二」
「疲れたから、明都に癒されようかと…、明都の頭いい匂いする」
「……昭二の頭がおかしくなった」
嫌な顔せずに五十嵐の行動を受け入れている明に、若干腹を立てながらも俺は五十嵐の鼻を詰まんでいた。
「は゛な゛さ゛わ゛……なんのつもりだ」
そのままの状態で、俺を睨んでくる五十嵐。それでも、明から離れない五十嵐の腕を引いて俺は、明から五十嵐を離してやる。
「えぇぇーーー。俺の癒しが離れていくーー」
何が”俺の”癒しだ。お前のじゃない。……俺のでもないけど。
「ほら、馬鹿やってないで、学校に戻るよ、時間に遅れちゃう」
改札口を通りながら朋成は、いつもの事だと苦笑いを浮かべ、俺達に呆れた声音で声を掛けて来た。俺らの様子を見て明は笑いながら、朋成の後を追いかけて居た。
いつもの様に笑う明の表情が、時折曇るのを俺は見逃さなかった。それでも理由を聞くことなく、俺達は学園に到着した。
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校外学習も終え、今日は一学年は疲れて居るだろうと、生徒会の集まりを二年の先輩達は免除にしてくれたので、俺らは早々に寮に戻ってきていた。治弥達と話をしていても、ずっと彼女らがしていた会話が頭から離れなかった。図書室で尭江先輩たちがしていた”幸せそうなキス”を、治弥はあの彼女にしてあげていたのだろうか…、自室の二段ベットの枠を背もたれに俺は、両足を伸ばしては足の指を動かし、ただそれを見ていた。治弥と朋成君も自室に戻り、昭二は帰宅してすぐにシャワーを浴びに行ったから、俺は部屋で一人、考えたくないのに考えてしまう。
なんで、こんなに気になるんだろう。頭から離れないんだろう…。俺の知らない治弥が居る事実が、嫌なのか。彼女と治弥が一緒に居るところを見ている時はイライラして、腹立って。彼女が居たんだって知った時も、イライラしてる自分に気付いていた。でも、今は治弥が誰かに触れていたという事実が判ったら、モヤモヤという気持ちと同時に、胸が苦しく悲しくなってる。
「はぁーあ…」
治弥にとって俺は一番近い存在なんだって、勝手に思っていただけに、その彼女と付き合ってる時は、治弥の一番は彼女だったのかな…。そう思うと悲しくなった。
「ふぅー…、んん、はぁー」
「……え? 明都百面相……」
「え!?」
二度目の溜息を吐くと、シャワーから出て来た昭二が俺を見て、驚いた表情を浮かべていた。
「なに? どうした? って花沢の事か…」
「……なんでもない」
ベットの枠に寄りかかる俺の近くまで来ると、髪の毛をタオルで拭きながら俺を見下ろし聞いてくる。俺は俯いて答えたが、なんで治弥の事ってばれてるの…。
「校外学習の途中から、なんでもないって様子ではなかったけどな」
なんで気付いてるの……。昭二は馬鹿な事をしてる時が多いから、気付かれてないと思ってたのに。朋成君も治弥にも気付かれてるとは思ってたけど、昭二だけには気づかれてないって思ってたのに。
「どうした? 俺でよければ話聞くけど?」
「……誰にも言わない?」
昭二はベットの柵に寄りかかる俺の隣に座り、同じように寄りかかってそう問いて来た。
「んー…、俺じゃ、本当話聞くだけになっちまうけど、それでよければ」
「……治弥の彼女」
「あぁー、科学館で会った?」
「うん……。あの彼女がね……、昼トイレに行ってた時に、たまたま話してるの聞いちゃって…」
「花沢の事でも話してたのか?」
「うん…」
話していた内容を、俺は昭二にゆっくりと説明した。昭二はそれをただ聞いてくれた。
「ねー…、よくわかんない、俺……。なんでイライラしちゃうのかも、悲しくなったり、苦しくなったりするのも」
「明都さ……」
「ん?」
一通り話終えて、最後に俺は今の自分の状態を話すと、昭二は徐に俺の名前を口にしたから、俺は昭二の方へと顔を向ける。
「んん!?」
顔を向けると昭二は俺の両頬を、両手で包み込んできて、昭二の顔は至近距離にあった。互いの鼻同士が触れるほどの距離だった。
「え? え? なに? 昭二?」
「今の明都の気持ちになるのはなんでなのか、俺は判るけど……」
「……わかる?」
「でも教えない…」
「なんで……」
「俺は……、明都が好きだから」
「……好、き…?」
至近距離にある昭二の顔は、いつもふざけている時の表情ではなくて…、真剣そのもので、その”好き”の意味がただの友達としての”好き”ではないことを教えてくれる。
友達としてじゃない”好き”
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校外学習を終えて自室に戻り、俺は汗を流す為シャワーを浴びた。先に浴び終えていた朋成は、和の部屋へと遊びに行って、俺は部屋で一人。なんか平良先輩に呼ばれたとか言ってたから、付いてく気にもなれなかった。まーた、平良先輩がわけわかんねー事でも言ってんだろうな。
俺は私服に着替えると、やっぱり様子がおかしかった明が気になった。学園から寮に戻る時も、何度か明はぼーっと一点を見つめていた。危なく電信柱にぶつかりそうになるのを、俺は間一髪のところで止めたけど。
朱美達と会ってからではない…、でもそれ関係なのか…。科学館では普通だったんだ、普通に機嫌も直ってくれて、普通に科学館を回った。
「聞いても教えてくれないだろうな…、あの様子だと」
俺は、提出用の校外学習のレポートをしようと学習机に座り、今日書き留めていたノートを開く。
「…………」
明が気になりすぎて、レポートが進まない。こんなに気になるなら、やっぱり明の様子見に行った方がいいのか…。でもそれだと、しつこいと言われてしまうかもしれない。今日既に何度か明に、様子を聞いているし……。決まって返事は”なんでもない”だったけど。
「……レポートやってないだろうし…、書き留めてもなかったし……」
レポートを口実にして行けば、しつこいって思われないかもしれない。レポートやりながら、さり気なく話を振ってみたら、話してくれるかもしれない。よし、明の部屋に行こう。
俺は決意して、机の上に広げた勉強道具を片付け、持ちやすいように一つに纏めた。ノートと筆記用具、レポート用紙を手に俺は部屋を出た。隣の明の部屋へは、もちろん時間をかける事なく直ぐに到着する。
明の部屋の前で、一応と扉を拳で叩く。叩いても反応が返ってこなかった。いつもなら、五十嵐か明が出迎えてくれるのに。俺はドアノブに手を掛けると鍵が掛かっていない事に気付く。戸惑いながらも、もしかしたら二人とも、ちょっと部屋を出てるだけなのかもしれないと、居ないことを確認しようとドアを開けた。
「……、明……」
ドアを開け視界に入って来た状況は、俺はまったく想像していたものではなくて…。手に持っていたノートや筆記用具を、思わず玄関先に落としてしまっていた。その音に気付いた二人は、俺に驚いた表情をして目線を向けていた。
「は……治弥……」
角度的に見えなかったが、五十嵐と明の頭は重なり合っていた。二段ベットの隣で床に二人とも座り、五十嵐の手は明の頬に添えられ、お互いの顔の距離は振り向いた事で明確になる。そう……、キスをしていた距離感だった。その状況に、俺は頭に血が登るのを感じる。冷静さを失っていくのを、感じていた。俺の表情が強張っているのは、自分でも自覚しているが、五十嵐のまずったという表情と、明の目を丸くして見開き驚いている表情を目にすれば、自分がどんな表情をしているのか判る。
「………」
俺は無言で明の部屋に入り、明の近くに居る五十嵐の腕を、無意識で掴んでいた。
-16-
「俺は……、明都が好きだから」
昭二はそう確かに言った。友達としての”好き”ではない。そんなのは判り切ってて、治弥じゃないし、告白なんてされるのは初めてで、ましてや昭二は男で、初めての告白が男……で。
「明都、聞いてた?」
「え? あ、うん」
至近距離のままで、俺は瞬きを何度もしてしまったから、昭二は改めてそう聞いて来た。聞かれて俺は慌てて頷く。
「このまま、キスしたいとか思ってる好きだけど、判ってる?」
「俺……、そんなに馬鹿じゃないよ…、判る」
判っているのに、直接的な表現で言われてしまうと、顔に熱がこもるのを感じていた。きっと、俺顔が赤いんだ……。その頬を昭二は優しく撫でてくる。直接触っているから、熱がこもっているのなんて昭二は気付いているんだろうな…。
「でも……」
友達としてじゃない”好き”の意味。昭二に言われた事で、判った意味。
「知ってる……、答え出せたのか」
「うん……、判った。もやもやしてた気持ちの理由」
それを教えてくれるために、昭二は言ったの? 俺に気付かせるために、言ったの? 俺が言い掛けたことを遮るのは、きっと昭二は聞きたくなかったんだ。返事なんて判りきってたんだ、なのに俺に告白したんだ。
「ありがとう……と、ごめん」
「ごめんは……、余計だなー」
俺が謝罪の言葉を口にすれば、頬を撫でたままで、苦笑いで昭二は言ってきた。本当にごめんとありがとうしか、言えないや。集中して話をしてしまっていた俺達は、治弥がノックしたドアの音に気付くことが出来ないでいた。至近距離のままのこの状況で、玄関先から物音を耳にし、俺達は驚いてその方向へと目線を向ける。そこには、治弥が立っていた。最初はこの状況が理解出来ないのか、目を見開いていたが、段々と治弥の目が吊り上がっていくのを俺は驚いて見ていた。
「……、明……」
「は……治弥……」
治弥の表情は怒っている、の一言で表現出来て、ずっと治弥を見ていたら、治弥は無言のままで部屋に入って来た。俺達を見下ろすと治弥は無言のまま、昭二の腕を引き上げる。頬にあった昭二の手は、治弥によって離された。立ち上がらされた昭二は、治弥をただ見据えていた。腕を離して昭二の襟元を掴む、今にも殴りかかりそうな治弥に気付いて、俺は急いで立ち上がり、治弥の腕を掴んだ。
「明……」
俺を見た治弥は、とても怖かった。今までに、一度も見たことがない治弥だった。俺は必死で首を左右に振る、殴っちゃダメと言おうとも治弥が怖くて言葉に出なかったから。すると、治弥は俺を一度、力強く抱きしめた。意味が判らなく困惑していると、そのまま腕を引かれて、俺は部屋から連れ出される形になっていた。
「は、……治弥? どうした…の?」
部屋から連れ出されると、俺はそのまま靴も履けずに、治弥の部屋に連れてこられた。乱暴に治弥のベットに押し込まれた俺。見上げると俺の身体に跨る治弥の姿。
「……ずっと、傍で我慢してたのに…」
「……?」
「先を越されるなら……、我慢なんてしなきゃ良かった」
「治……弥…? んん!」
治弥がぼそぼそと小さい声で呟くのを聞き取れず、ベットで横にされ見上げたままで治弥に聞き返すと、治弥は俺に覆い被さり、唇同士を重ねてきた。あの新入生歓迎会セレモニーの、触れただけのキスとは違う。俺の唇を割って、入れ込まれる治弥の舌。俺は治弥の上着の裾を、両手で握りしめていた。容赦なく俺の舌は治弥の舌に絡められ、息をする暇もないくらい口内を侵されていく。
「……はぁ、はぁ…」
漸く離された唇から、俺は息が出来なかった為、荒れた吐息を漏らしていた。治弥の表情は今も無表情で…、治弥の手が、俺のズボンのベルトへと移動するのに気付き、その手を俺は止めようと手を伸ばした。
「ま……待って! 待って、治弥!」
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