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第8話:男子たるもの恋はすべし

「ねー、治弥ー、プリン食べてもいい?」  学校も休みのある土曜日。用事もなく、俺は治弥の部屋で時間を潰していた。入学してから、俺と治弥、昭二に朋成くんはこうやって、部屋に集まっては、適当に過ごしている事が多くなっていた。俺は、慣れてきた治弥の部屋で、冷蔵庫を開けて中を覗き込みながら問いかけた。 「ん? あー、それ朋成の」  治弥はそう答えながら、学習椅子に座っている朋成くんの方に目線を向けた。 「いつ買ったっけ? 賞味期限大丈夫ならいいよ」  朋成くんの言葉を耳にして、俺は冷蔵庫の中からプリンを手にして、それに書いてある賞味期限を確認する。 「んっと……、七月十三日」 「あ、明の誕生日」 「え?」 「え?」  俺が書いてある賞味期限の日付を口にすると、治弥は思い出したように口にしていた。治弥の突然の言葉に、俺の誕生日を知らない昭二と朋成くんは疑問の言葉を漏らしていた。それはそうだよ、俺、二人に自分の誕生日教えてない。 「……、急に言ったら、意味判らないよ」 「あ、わり。賞味期限の日付が、明の誕生日だったから、思わず」 「そうなんだ、一週間後?」  治弥の言い分に、朋成くんは自分の机に置いてある、卓上カレンダーを手にしては、その日付を確認して、俺に問い掛けてくる。俺もその日の曜日を、スマホを取り出してカレンダーのアプリを起動させる。 「うん、一週間後」 「覚えておこう」 「そこ、忘れろ」  俺が朋成くんの問い掛けに頷くと、昭二もスマホを取り出して何やら操作を始めながら言うと、治弥はその操作を止めながら言い告げていた。 -1-  誕生日かーーー、どうすっかなーー。毎年、明の誕生日は実家で、俺の家族と明の家族で祝ってきたし、俺も明にプレゼントを渡すことを、忘れた事はなかった。でも、よくよく考えたら、付き合い始めての、初めての誕生日って事になるんだよな……。 「明……何欲しい?」 「ん?」 「誕生日プレゼント」 「んーーー、なんでもいいよ?」 「ねだってもいいのに……」  明にいつも聞いてから、プレゼントの準備をするのだが、毎回答えはこんな感じ。明は朋成から貰ったプリンを口に運びながら、考える素振りを見せるも答えはいつもと変わらなかった。 「だって……、治弥毎年くれるし……、悪いよ」 「毎年、ウキウキしながらプレゼント選んでる治弥が思い浮かぶ」 「確かに、鼻の下伸ばしてな」 「そう、そんな感じで」  俺らの会話を聞いていた朋成と五十嵐は、好き勝手にそう言葉を交わしていた。さすがにそんな鼻を伸ばして、プレゼントを選んでるわけはない。いや、買い物中に自分の顔を確認しながら選んでるわけではないが、そうだと信じてたい。ウキウキしながらっていうのは否定しないが……。 「お前ら……、一体俺をなんだと思ってるんだ」 「明都くんマニア」 「アキコン」 「どういう意味?」 「ブラコンならず、アキコン」  ……勝手に言ってろ。 -2-  欲しいもの……、誕生日近くなると、治弥にいつもきかれるんだけど、いざ聞かれると思い出せないんだよなー。 「十三日って、土曜日だね」 「あ、本当だ」  さっきカレンダーで確認したのに、気付かなかった。一週間後だから俺の誕生日は土曜日なんだ……。 「どっか出掛ける?」 「いいの?」 「うん、そこで欲しいの買ってやるよ」 「うん!」  治弥と出掛けるのって、結構、俺、昔から好きだった。それを思い出すと、なんだか一週間先の事でも、待ち遠しく感じた。 「朋成……、俺らも土曜日出掛けるか」 「なんでそうなる!?」  昭二が急に言い出すから、朋成くんは目を瞬かせて驚きの表情を見せた。 「……そのまま付き合っちゃえば?」 「は!?」 「朋成意外と可愛いからいいかもしれない」 「はい??!?!??」 「五十嵐、そのまま押して押して押しまくれ」 「あほな事言ってんなよ! 俺、マジでその気はないからな!」  珍しく、昭二と治弥は二人で、朋成くんをからかい始めた。それにしても、朋成くんの嫌がりようが表情を見ただけで、俺にも判った。 -3-  朋成の反応がおもしれーーー。そんなに嫌がらなくてもいいのに……! 俺はどうしても笑いを堪える事が出来ずに、口を片手で抑えていると、それでも表情を隠しきれてないのであろう、朋成に思いっきり睨まれてしまった。 「からかって遊ぶなら、誕生日に明都くんと、部屋交換してあげようかと思ったけど、止める」 「えええ!!?? ごめん! ごめんって朋成ーーー」  睨みながら何を言い出すのかと思えば、俺に絶好のチャンスをくれようとしていたのに、それをわざわざ口に出して朋成は断言してしまった。 「治弥の誕生日じゃないのに、治弥を喜ばせても仕方ないしね」 「朋成! 朋成! 本当にごめんって!」  朋成、もうからかったりはしないようにしよう。朋成は拗ねると、太刀が悪い事を学んだかもしれない。 「花沢、必死になり過ぎ」 「なんでそんなに、必死になってるの?」  俺は朋成のご機嫌を直そうとしているのに、そんな様子を見ていた五十嵐は呆れたように言い告げる。できるかできないかの瀬戸際なんだ……、男として必死になるのは当たり前だろ。でも、当の本人は気付いてないから、不思議な顔をして俺に問い掛けてくる。これ……、はっきり答えたら、俺また怒られるんだよな。 「誕生日に、明都くんとセックスしたいからだよ!」 「と、朋成! そんなはっきり、明に言ったら!」  そんなふうに考えていたら、朋成はいとも簡単にはっきりと口にしてしまった。急いで明の反応を見るべく、俺は明の方に目線を移す。明は目を瞬かせて、そのまま目を見開くと、段々と頬が紅潮させていく。 「…………やだ、恥ずかしい……」  ほら……、見たものか。でもそんなはっきり、やだって言わなくても……。 -4-  もう、恥ずかしい……、皆の前で……する、とか言わないで欲しいな……。 「ま……、いいや、部屋交換はなしでも……、一緒に出掛けられれば……」  恥ずかしくて、俯いていると治弥の声が耳に届き、俺は治弥へと目線を向けた。 「い、いいの?」 「ん? うん、明が喜ぶ事したいしな」  俺が問い掛けると、治弥は笑みを見せ、俺の頭を軽く撫でながら返してきた。 「え? うん」  なんかその言い方に違和感を感じたけど、治弥は大丈夫と笑みを向けてくるだけだった。 「治弥……」 「なに?」 「なんか……、ごめん?」 「…………何故謝った」 「落ち込んでるから」 「……別に」  朋成くんは治弥にそう言った。確かにさっきまでの高いテンションとは打って変わっていて、治弥がなんか気にしているというか……、落ち込んでいるというか、そんな気分になってしまったのは、俺でも見て判る。恥ずかしくて、いつもの調子でやだって言ってからすぐ……。やだって言ったのが、原因だよな……。 「落ち込んでるの?」 「ないよ?」 「本当?」 「うん、大丈夫だよ?」  俺が問い掛けても、治弥は絶対に肯定はしてこなかった。こんなやり取りはいつもしてたから、こんなに治弥が落ち込むなんて考えもしてなかった……。二年生の先輩方によく、あの話題でからかわれる事が多かったから、そういうの恥ずかしくて、やだって言っちゃう。いつもは気にしてないような感じだったのに……、本当は治弥気にしてた……? 「落ち込んでる花沢を激写」 「だから、落ち込んでないっつうの!」  そんな治弥が珍しいのか、昭二はスマホで治弥を撮っていたけど……、なにしてるの昭二。 -5-  朋成の鋭さがたまに、嫌になるな……。落ち込んでないと言えばウソだけど、自分の不安になってたものが、現実味を感じたというか……。消灯時間が近付き、明と五十嵐は部屋に戻って行った。 「本当は落ち込んでるだろ?」 「…………明の前では言わないで」  明と五十嵐が部屋に戻ると、朋成は改めて確認してくる。それに対して俺は、素直に答えていた。 「本気で落ち込んでた……」  俺が素直に答えると、朋成は驚いたようで目を見開き、俺の顔を観察するようにジッと見てくる。そんな朋成の目を、俺は片手で塞いでいた。 「かま掛けたのかよ」 「なんとなく」  朋成は気にした様子もなく、俺の手を払いのけると、笑いながらそう答えた。 「俺の好きな気持ちと明の好きな気持ちって、一緒かなーとか思ってたり?」  俺がそう言葉を述べると、朋成はまた目を見開いて、不思議そうに俺の顔を観察してくる。 「…………一緒だと思うけど?」  暫く、俺の顔を見ていれば、俺が本気でそう思っているのが判ったのか、口元を緩ませて、俺に言い聞かせるように朋成は言葉を繋いだ。 「ん……」 「自信もっていいと思うよ」 「ありがとう」  なんで俺は明の事になると、こうも自信がなくなるのか……、自分でも不思議で、それも惚れた弱みだと言われてしまえばそうなんだろうけど。片想い期間が長すぎて、実感湧かないのもあるのだろうか……。 -6-  誕生日当日、俺と治弥は約束した通りに、土曜日の朝、寮を出て街中に向かった。街中にあるショッピングモールに着くと、その中にある映画館へと向う。治弥に連れて来られるままに、俺はそのままついて行った。 「映画……、見るの?」 「前に見たいって言ってなかった?」  映画館の前で治弥に尋ねると、治弥は俺の頭を軽く撫でながらそう返してきた。最近、公開が始まった、サスペンス映画で、一度治弥の前で、俺は確かにそれが見たいと言った事があった。治弥ってそういう、ちょっと言っただけの事とか、ちゃんと覚えてるよなー……。 「うん!」  俺は治弥の問い掛けに、その気持ちが嬉しくて、自然に笑顔になり、頷いた。俺が頷き答えると、治弥は映画館に入るようにと、促されて、俺はそのまま映画館に入って行った。  見たサスペンス映画は、家族とか恋人とか、色んな人達の為の復讐の物語だった。過去とかの話の所は、もう感動の一言で、こんなにも入り込んで映画を見てしまうとは、思ってもいなかった。 「もう……、なにこれ、感動する」 「明、最後泣いてただろ?」 「泣いてないよ……」  ……、泣いてた。というか、泣きそうになってた。治弥に気付かれないように、隠してたつもりだったけど、普通にバレてた。 「隠さなくてもいいのに、可愛かったよ?」 「うるさ!」  映画館を出て、歩いていると、隣を歩いている治弥は俺の顔を覗き込みながらそう言ってくる。治弥に可愛いって言われると、なんだか恥ずかしくなる。 「怒らないの、ほら、次行くよ」 「……次?」  治弥は俺を宥めるように言い聞かせると、俺の手を取り、どこかの目的の場所に向かって歩き始めた。 -7-  このショッピングモールは、買い物施設、ゲームセンター、映画館、食事となんでも揃っていた。ここに来れば大抵の用事が済んでしまう。結構便利な所。俺は映画館施設から、買い物施設の方へと、明の手を引きながら移動していた。 「どこ行くの?」  目的地を言わない俺を不信に思ったのか、明は付いて来ながらもそう問い掛けてきた。 「明のプレゼント買おうと思って、選んでもらった方がいいし」 「えっと……、いいの?」  明の問い掛けに俺は答えると、明は申し訳なさそうに言葉を返してきた。 「いいよ、何欲しい?」  握っている明の手に軽く力を込めて、俺はそう言った。明の誕生日は、いつもプレゼントを欠かした事はなかった。自分で選ぶ事もあったけど、こうやって明に選ばせる事も昔からあった。聞いてもあんまり明は答えないから、俺が勝手に選ぶか、明を連れて行って選んでもらうかってのが多かった。 「あのね……、新しい筆入れ欲しいと思ってて」 「なら、文具店か……、こっちかな」  文具店とかもこのショッピングモールにあったはず、俺は記憶を辿り、明の手を繋いだままで文具店のある方へと移動した。文具店の中に入ると、筆入れが並べられているコーナーへと移動する。 「んー……、いっぱいあるね」  筆入れが数十個並べられているコーナーで、明は視線を目配せ始めた。そのコーナーは棚へと並べられている筆入れと、プラスチックの紐を使い掛けられている筆入れがあった。選ぶのに楽なようになっているのだろう。 「なんでもいいよ、好きなの選びな?」  筆入れを選んでいる明の隣で、そう告げながら俺は大人しく待つ。 「ん、これがいいな、そんなに大きくないから持ち運び楽だし」 「オッケー、買ってくるからここで待ってて」  明が数十個ある筆入れの中から選んだのは、スポーツ用品のメーカーでロゴだけ入っている紺色の筆入れ。デザインはシンプルなものだった。明からそれを受け取り、俺は明に言い聞かせてから会計の為、レジへと向かた。 「はーい」 -8-  プレゼントも買い終えて、時間があると治弥が言うから、俺達はショッピングモール内をなんとなしげに練り歩いていた。 「あ! 治弥! 治弥! ゲームセンターある!」  なんの目的もなく歩いていると、ゲームセンターの施設に入り込んでいた。俺は治弥の手を引いて、その方向へと向かい歩き出す。 「ちょっと寄る?」  俺に手を引かれながらも、治弥はそう問いかけてくる。治弥の問いに俺は首を上下に頷かせて答えていた。 「ユーフォーキャッチャーやりたい!」  ゲームセンターってなんか、ワクワクして心が躍る。ゲームセンター内のユーフォ―キャッチャーコーナーへと行けば、俺はその中を歩き続けながら会話をしていた。 「明、出来るのか?」 「……出来なかったら、治弥にやってもらうからいい」 「はいはい」 「馬鹿にしたでしょ、今」 「してないって、可愛いって思っただけ」  俺がやっても取れないのは、自分でも判るから、いざとなったら治弥にとってももらおうと、そのまま口に出したら、治弥に笑われた。それに治弥はすぐに俺を可愛いと言う。んーー……、可愛くはない。 「可愛くない……、あ、これ、これやりたい」  一つの機械の前に立ち止り、俺はそれを選んだ。鞄の中から財布を取り出して、100円玉を二つそれに放り込む。 「これ……、だいぶ難しいぞ?」  治弥はその様子を覗き込み見ていたが、頭の中できっと取れる位置とか確認したんだろう……、結論を口に出してきた。 「やってみないと判んないじゃん!」  とは、言ったものの、俺には無理でした。結局、治弥にやってもらう事になり。俺はゲームセンターの中にある休憩所でテーブルに項垂れていた。 「ほら、これ欲しかったんだろ?」 「うーーーーー……、なんで一回で取れるの」  平然と簡単に治弥は、俺が欲しかった物を取ってみせた。近くにあった自販機でジュースを買うと、俺の座るテーブルに俺の分も買ってくれたのか、ジュースを一本俺の前に置いた。 「コツがいるんだよ」 「でも……、ありがとう」  いつもコツを聞くけど、聞いた通りにやっても、聞いた通りに実践するのはとても難しい。俺は治弥から、貰ったジュースを開けて喉を潤した。 「どういたしまして、さて、次行こうか?」  ジュースを飲み終えると、治弥は椅子から立ち上がり、俺を見降ろしながら問い掛けてくる。 「今度はどこ行くの?」 「秘密」 「えーーー」  俺は治弥の問い掛けに見上げながら問い返すも、返って来た返事は秘密の一言だった。 -9-  ショッピングモールから出て、街中を歩く事十数分。ある一つの建物の前に到着した。到着すると明は驚いた表情を浮かべて、その建物を見上げている。 「ここって……ホテル?」 「ああ、ごめん。そうじゃない」  ホテルってなったら、勘違いしちゃうよな……。俺は、見上げている明の頭を軽く撫でてそう言い返す。 「そうじゃない?」 「南兄(みなにい)に聞いたんだ、ここのレストランの料理が美味いって」  南兄とは、俺の一番上の兄貴で花沢 南飛(はなざわ みなと)、今は証券会社に勤めている。その真ん中にもう一人の兄貴が居るが、二人の兄貴よりも俺は、離れて産まれた事もあり、一番上の兄貴の南兄とは九つ離れている。 「でも、ここ、高いんじゃない?」  俺は疑問符いっぱいの表情でいる明に、言い聞かせるように説明すると、明はさらに疑問をぶつけてきた。値段だって南兄からリサーチ済みだ。 「明の誕生日って言ったら、母さん小遣い奮発してくれた」  俺の毎月の小遣いでは、ちょっと対応出来ないから、俺は母親に頼み込んだ。理由を言わないとダメだと言われて、明の誕生日だと言ったら、俺が要求した小遣い額よりも、遥か高い額が、俺の通帳に振り込まれて唖然とした。 「ほら」  俺は振り込まれたのを確認してから、母親に連絡すると、母親から返ってきた返信がこれだった。 「今年は明ちゃんの誕生日祝ってあげれないから、治がいっぱい祝ってあげるのよ! 絶対だからね!」  俺は自分のスマホを操作させて、そのメッセージを開いた画面を、明に向けて見えるようにスマホを差し出す。 「……今度、おばさんにお礼言わなきゃ」  明は、そのメッセージを目線を走らせながら読み込むと、そのまま小さく言葉を漏らしていた。 「入ろう?」 「うん」  手を差し出し言うと、明は笑みを浮かべ俺の手に自身の手を添えてくれた。そのまま明の手を握り、俺はホテルのレストランへと、足を向け歩き出した。 -10- 「ご馳走様でした、美味しかったーー」  本当、美味しかった。ホテルにあるレストランなんて、食べに来た事ないし、凄い美味しかった。出された料理は、俺達の方から注文するわけじゃなくて、次々と順番に料理が運ばれてきた。先に来たものが食べ終わるタイミングに、次の料理が運ばれてくる。これが噂のコース料理というものなのだろうか。  俺は、両手を合わせて言った。俺が言うのを見ると、先に食べ終わっていた治弥は、席を立ちあがった。 「よし、帰ろうか?」 「……え?」  会計をするためにレジへと向かう治弥に着いて行きながら、俺は思わず治弥の言葉を聞き返してしまった。まさか、食事しただけで帰るなんて思ってなかったから……。 「え?」 「いや、なんでもない」  俺が聞き返したのを不思議に思ったのか、先に歩いていた治弥は、後ろに居る俺に振り向いた。治弥はまったくそんな事を考えてなかったんだと判ると、俺はなんだか恥ずかしくなって首を左右に振り答えた。 「明?」 「なんでも……、ないよ?」  会計を済ませた治弥は、俺に近寄り再度問い掛けてくる。自分の考えが治弥に判られるのが恥ずかしくて、俺はレストランを足早に出て、ホテルのエントランスへと向かった。 「もしかして……、期待したの?」 「し、してない!」 「……だよな」  俺の隣に来て治弥は、俺が思ってた事をそのまま口にしたから、判られてしまった事が恥ずかしく否定の言葉を言うと、治弥の表情は暗くなってしまった。 「……、嘘。ごめん、ちょっと期待した」 「え!?」 「このまま、ここ泊まるのかなって期待した」  治弥にそんな表情をさせてしまった事が嫌で、ホテルのエントランスで立ち止まり、治弥の袖を掴んで、恥ずかしいから俯いてでしか言えなかったけど、ちゃんと治弥に伝えたくて小さく言った。 -11- 「えっと……、え?」  明の声は小さかったけど、確かに耳に届いて。明は俯いて言ってるけど、顔を覗くと明のその顔は赤く染まっていた。その表情を見れば、自分が言ってる意味がなんなのか、理解しての発言なんだろうと思う。ちゃんと判って言ってるんだ、明は。 「…………もう、いい。帰る」  明がそんな事を言うなんて信じられなくて、俺は戸惑い反応に遅れていると、明はそう言い告げて、ホテルの玄関の方へと足を進め始めてしまう。 「いや! ちょっと、待って」  俺は慌てて明の腕を掴んで、歩いているのを阻止した。素直に立ち止まってくれたけど、覗き込んだ明の表情は眉を吊り上げて不機嫌といった表情に変わっていた。俺は明の手を引いて、エントランスで人があまり来ない場所を探す。自販機コーナーが部屋みたいになってたから、そこへと明を連れて行った。  「なに?」  素直に明はそれに従ってくれていたけど、不機嫌な表情は変わらないままで、冷たく言い放たれてしまう。 「あのさ……明」 「だから、もういいって、帰ろう?」 「お願い、話、聞いて」  俺は明を向かい合わせにさせ、両手を握り目を見て、話を聞いてもらう体制にする。 「……ん」  その体制に入ると明は眉を下げて、小さく頷いた。 「泊まるって事はそういう事だけどいいの?」 「ん」 「…………、俺としてもいいの?」 「うん」  明がそんなふうに思ってくれているなんて思いもしなかった、というかそんなの考えてもいないんだろうなって、不安に思ってただけに、これは……。非常に嬉しい。 「…………」 「治弥!?」  俺は嬉しさのあまり、その場で明を抱きしめてしまった。 -12- 「だめだ……、俺、泣きそう」 「ええ!? な、なんで!?」  治弥に急に抱きしめられたかと思ったら、そう耳に届いて驚いてしまった。 「俺、自分に自信無さすぎだったんだなーー」 「……?」  治弥に抱きしめられたままで、俺はその背中に腕を回していた。 「明のいう好きと、俺の好きって違うんじゃないかなって、思ってたから」 「どういう事?」  言っている意味が判らず、俺は顔を上げると治弥も顔を上げ、額同士を触れさせてきた。そのままで俺は治弥の目をずっと見ていた。 「明の好きな気持ちって、友達の延長線上なのかなって?」 「え!? 違う……違うよ?」  治弥も俺の目を見ながら、そう自信無さげに言ってくる。俺は首を左右に振りながら答えていた。友達って感情ではないって気付いたから、治弥が好きだって言った。だから、友達なんて事は、もう超えてる感情なんだ。延長線上なんかでは絶対にない。 「だって、明。あんま言ってくれないし、エッチしたいとかキスしたいとか。それどころか矢駄って言うし」 「……恥ずかしいだけだよ」 「うん、自信なくて、そう思っちゃってた」  俺の言葉と態度が、治弥の自信をなくしてしまっていたんだ……、治弥に不安にさせていたんだ。それが判ったら、凄く申し訳なくなった。そんな想いはさせたいわけじゃなかったのに……。 「もう……」  でも、不謹慎だけど、そこまで俺を想ってくれているんだと思ったら嬉しくて、俺は治弥の頬にそっと口付けた。 「あ、明!?」 -13- 「馬鹿じゃないの、俺、治弥の事好きだって言ってるじゃん、そういうふうな好きだよ、もう、そういうふうに考えないで……、ちゃんと好きだよ?」  明はそっと俺の頬に口付けると、俺の目を真っ直ぐに見て、そう言ってくれた。 「……愛してる?」 「え!? ……んっと、えっと」  言ってくれた事が嬉しくて、俺はさらに明に問い掛ける。問い掛けると明の顔は見る見るうちに、赤みを帯びてきた。やっぱり、極度の恥しがり屋の明にそこまで求めるのは無理があるか。 「ごめん……、無理は言わない」 「ばかぁーー……、ちゃんと……愛してる」  求めるのを諦めて言葉を言い切ると、明は俺の胸に顔を埋め、小さく俺が望んだ言葉を言ってくれた。 「明……」 「恥ずかしくて……、あんまり言えないけど……、治弥の事、愛してるよ」 「ありがとう……、俺も愛してる」  明は俺の胸に顔を埋めたままで、俺にきつく抱き付いてそう言ってくれた。それが嬉しくて、俺は明を抱き返し、そっと頭を撫でていた。この腕の中にある愛しい存在。 「……したら」 「ん?」  ずっと抱き合っていると、俺の胸に顔を埋めていた明は身体を少し離し、顔を上げた。俺の目を見て、小さく、聞き取るのにやっとな声量で明は問い掛けてくる。俺は明の頬を撫でながら、意図を聞きたく、問い返した。 「したら、治弥自信つく? 俺の気持ち判ってくれる?」 「え? う……ん」 「……ホテル泊まろ?」  明はそうはっきりと、俺に問い掛けた。俺は、明の頬を撫でながら頷き、待ってるように言い聞かせる。 「うん、待ってて、今、部屋頼んでくる」 「う、うん」 -14-  治弥がホテルのフロントに行っている間、俺は自販機に寄り掛かりながら、その時間をずっと待っていた。たぶん十数分くらいしか経ってないのに、凄く長く感じていた。自分から言い出したことなのに、凄く緊張している自分がいる。いつもやだって言ってるのは、本心からではない。それを治弥に判ってもらいたい。もう自信をなくして、ほしくない。  しばらくすると、治弥が戻って来た。 「部屋、空いてなかったの?」 「え? んーん、大丈夫だった」  俺が問い掛けると、治弥はルームキーであろう、カードを俺に向け見せてくれた。本当に部屋、借りてきたんだ。それを見たら、更に緊張感は増していった。 「なんだ、時間掛かってたから……」  治弥が手招きするから、俺は治弥の方へと足を進めた。自販機コーナーから出て、エレベーターの方に向かって歩き出す。 「あー……、朋成とかに、点呼誤魔化してもらおうと思って、連絡してたから、ごめん」 「……あ、そっか、そうだよね、俺も昭二にお願いしないと…」 「五十嵐にも頼んでおいたから大丈夫」 「明日、お礼言わなきゃ……」  エレベーターの前で立ち止まると、上階へ行くボタンを押し、到着を待つ。目線は互いにエレベーターの扉にあるものの、そのままの状態で会話は続いていた。 「……言わない方がいいと思うけど……」 「え? なんで?」  エレベーターが到着し、扉が開くと、治弥は俺へと目線を向け、先に乗るように促された。それに俺は従って乗り込むも、治弥が放った言葉が気になって問い掛けた。 「……だって、ほら。一緒に泊まるわけだし」 「ん?」  問い掛けても治弥は、濁した言い方で答えてくるから、俺はどうしても判らずに、更に問い返してしまった。 「泊まるって事は、するのバレるわけだし」 「…………っ!?」  やっと、意味を理解出来た。朋成くんと昭二には想像がついてしまっているという事。それは今から俺達がしようとしている行為が、判られてしまってる事。判られてしまっているというのは、恥ずかしい以上に何もない。  動き出したエレベーターの中で、俺はその壁へと思わず頭をぶつけながら、よろめいてしまっていた。そんな俺の様子を見ては、治弥ははにかんだように笑っていたけど……。 -15- 「ホテルなんて、修学旅行以来だ」  部屋に辿り着き中に入ると、明は部屋の中を見渡しながら、観察するように歩き続ける。用意してもらった部屋はツイン、セミダブルほどの大きさのベットが一つ部屋に用意されていて、他にトイレが備え付けられているシャワー室があるだけの、一般的なホテルの部屋。はっきり言って、高校生の俺がホテルの部屋を当日で頼むのなんて容易な事ではなかった。 「ラブホテルとかに泊まるよりはいいよな」  観察して歩き回る明を目線で追いながら俺は、ベットの枕元の方に腰を下ろす。ホテルのベットなだけあって、高さはあるしとても柔らかい。 「そんなとこ、恥ずかしくて入れない」 「だよな」  俺が言うと明は、歩き続けていたのを止めて、俺の方を見るとそう言葉を発した。 「……ん」 「明……、おいで」  立ったままで俯き動かないでいる明に、俺は手を差し出し呼びかける。 「ん」 「本当にいい? 後悔しない?」  明は俺の前に寄って来てくれたから、明の手を握り立っている明を見上げて問い掛ける。すると明は、俺を見降ろし目線を向けたかと思ったら、俺の首に両手を回して抱き付いてきた。 「しない……、俺も、治弥としたい」 「本当……、大好き」  俺はそのまま抱きかかえ、ベットに明の身体を埋めて押し倒し、頬をゆっくりと撫でながら言い告げた。本当に、可愛くて大好きで、凄く愛しい存在。 「ま!? 待って!! シャワー!」 「えー……待ってられない」  そのまま明の頬にキスをしていると、明は俺の胸を、両手で突っぱねるように押しながら言ってくるけど、俺は聞く耳を持たずに明の頬に舌を這わせていた。 「やだ! シャワー!!」 「はい」  完全に拒否られました。 -16- 「…………」  俺は念入りに身体を洗い、シャワーを浴び終えたけど。身体をバスタオルで拭きながら、凄く悩んでいた。 「んー」  今から……、するって事は、服を脱ぐわけで……。それはもちろん、パンツだって脱ぐわけで……。一度脱いだパンツを今履いて……、また脱ぐの? 泊まる話になったのは、ついさっきだから、着替えなんて持ってきてない。同じ下着を身にまとうのは、気が引けるけど、履かないって選択肢はない。  でも、それとこれとは別の話で……、どうしたらいいんだろう? 履くべき? 履かないべき? 「明? 大丈夫?」 「えう……」 「えうって」  しばらく悩んでしまっていたのだろう、時間が掛かってしまっている俺を心配したのか、治弥はドア越しに声を掛けてくるから、俺は変な返事を返してしまっていた。もう、これ以上、治弥を待たせるわけにはいかない。シャワー室に備えてある、タオル生地のバスローブに、俺は下着を履くことはせずに、腕を通すことにした。 「…………」 「なんか変?」  シャワー室のドアを開けると、治弥はそこで待っていたみたいだけど、出て行くと俺は治弥に足から頭まで目線を走らせられて凝視されてしまった。う……、やっぱり、変だったのかな。 「刺激が強すぎる」 「え!?」  暫く見られていたかと思ったら、治弥は目線を伏せ、漏らすように言葉を発してきた。 「俺もシャワー浴びるから、待ってて?」 「……うん」  治弥は俺の頭を撫でて来て、そう言うと、軽く触れるだけのキスをしてきた。治弥の言葉に頷き答え、シャワー室に入るのを確認すると、俺はそのままベットへと向かい座り込んだ。  もう……、どうしよう。ドキドキが止まらない。 -17-  今の状況が信じられない……。中学時代の自分に教えてやりたい。明への気持ちは諦めないで居ていいんだぞって、教えてやりたい。 本当……、雲を掴んでいるような感覚だ。絶対に有り得ないって思ってたのに。  俺は頭にシャワーを浴びせながら、そんな事を考えていた。ちょっと、落ち着こう自分。勢いついて、明を怖がらせない為に、前みたいに痛がらせないように。自身の両頬を音を発てて二度、気合を入れる為叩く。  シャワーの蛇口を止めて、俺は身体をバスタオルで拭う。そのバスタオルを腰に巻いただけで、シャワー室を出た。シャワー室を出ると、明はベットに静かに座っていた。 「明?」 「ん?」  明に声を掛けながら、その隣に腰を下ろす。そっと手を握ると、明は俺の方に目線を向けた。 「緊張してる?」 「うん」  問い掛けると、明は俺の肩に、頭を乗せ寄りかからせながら頷いていた。 「……俺も」 「治弥も?」  俺が同意の言葉を述べると、明は驚いたように顔を上げて、目線を向けてくる。その目線に答えるように、俺は明の目線に自身の目線を絡ませながら言い告げた。 「なんか、シャワー浴びたら、余計にな」  俺が言葉を言い切ると、明は繋いでいた手を、指を絡ませるように繋ぎ直すと、腕を絡めてきながら笑っていた。 「ふふ」 「なんで笑うんだよ」 「なんか、いつも完璧な治弥がって思ったら……」 「明が相手だと……余裕なんてないよ、俺」  嬉しそうに言う明がなんだか、本当、可愛いと思った。俺は言いながら、明を押し倒してベットに沈めた。 「ん、……なんか、それ嬉しい」  覆い被さりながら見下ろし、頬を撫でていると明は笑みを浮かべそう言葉をもらした。 「大好きだよ」 「俺も……、大好き」  どちらからとも言わずに、俺達は深く唇を重ねていた。

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