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第10話:生徒会合宿.前編
一学期も残り僅かになり、残すイベントは学期末テストを迎えるのみとなっていた。俺は赤点を逃れるため、ただいま猛勉強中である。もちろん、治弥の部屋の治弥の机を占領して、治弥に教えてもらっている。だって、治弥の教え方うまいんだもん。
「んーー!!! わかんない!」
「だから、このXにYを代入して」
でもね、治弥に勉強教えてと頼んだら、冗談なんだろうけど、お礼は身体でねとか治弥が言うもんだから、意識しちゃって集中が出来ない。
「……休憩しよ?」
俺は治弥の机に項垂れ顔をうつ伏せる。うつ伏せたままで顔を横に向け、治弥に目線を送ると笑みを向けられた。その笑みを見ながら俺が告げると、そのまま治弥は笑って、頭を二度軽く叩いて来た。
「さっきしたばっかりだろ。そんなこと言ってると、このまま襲っちゃうよ?」
「~~っ!?」
うつ伏せて顔を横にしてる俺の耳元に、治弥は唇を近寄らせ囁くように言ってくるから、俺は思わず顔を上げ囁かれた方の耳を塞いでしまっていた。誕生日の時の事を思い出しちゃう……、ドキドキして、意識しちゃってる自分に気付く。
「だって……、わかんないんだもん」
「明は理解するのに時間掛かるだけだから、ちゃんとやれば大丈夫だ」
俺の頭を撫でつけるように優しい手付きで撫でられ、治弥は俺に言い聞かせる。
「んんんん……、ところで朋成くんは?」
「ん? 和のとこ行くって言ってたかな」
明日からテストなのに、いつ勉強してるの!? テストの前日に遊んでいる余裕が俺にも欲しい……。
「奥村先輩どうにかならないのかよー」
「言い出したら、考え曲げないからなー……」
そんな事を考えていると、朋成君が和君と話しながら、部屋へと戻ってきた。平良先輩がどうかしたの……?
-1-
「……?」
「どうした……、二人とも」
明の勉強を見ていると、朋成と和が部屋に入ってきた。何やら言い合いをしているようだった。その話の中心部には平良先輩が関わっているようだ。俺は疑問に思い、二人に問い掛ける。
「治弥が言っても、聞く耳もたなそうだしな……」
「逆に言いくるめられるだろう」
「……なにがだ」
問い掛けて返って来た返答は、まったく意味が判らない内容だった。二人は部屋の中心に置いてあるテーブルを囲み座ると、学習椅子に座る俺らを見上げてくる。
「奥村先輩、夏休み始まってすぐに生徒会で合宿するって」
「……またか」
それか。平良先輩は、突拍子もない事を予告なく言い出す。今まで和の部屋に平良先輩も居たのだろう、それを二人は説得していたが、それの甲斐はなかった結果で今に至る感じ。
「予定入れてたのに……」
「平良はお構い無しだからな」
きっと、他の執行部員の予定なんて関係なしに、全員強制参加なのだろうな。朋成は、既に予定を入れていたようで嘆きの言葉が耳に届く。
「文化祭の準備終わってないからとか、そんなんだろ?」
「よく判ったな……、まさしくそれ」
「中学の時からそんなんだしな」
何度か一学期の間に、文化祭の会議と評して集まりはしていたが、先輩方はまだ時間があると余裕をかまして、ほとんど会議は進んでる感じはしなかった。平良先輩は土壇場主義だから、焦りもしない。でも夏休みに入る今の時期に、漸く焦り出したのだろう。合宿にしてしまえば、寮の門限など気にしないで活動出来る、とかそんなところだろう……。
まったく、中学時代から何も成長していないではないか……。
-2-
テスト期間もなんとかやり遂げて、本日、終業式。終業式が終わったのち、教室で成績表が配られた。この白いカードの中に、テストの結果が書いてある。結果次第では、夏休みが補講で終わる事も無きにしも非ず。俺は配られた成績表を開ける勇気もなく、机の真ん中に置いて、睨めっこをしたままになってしまっていた。
「んーーー」
「明都、見ないのか?」
そんな俺を見兼ねてか、前の席の昭二は振り向き、唸っている俺にそう問い掛けてくる。
「見たいけど怖くて見れないの!」
「……見てやろうか?」
「だめ!」
自分で見るのは怖いけど、先に見られて、もしも赤点ばっかだったら、それはそれで恥ずかしい……。俺は昭二の問い掛けに反応して、机に置いていた成績表を急いで手に取った。両手に挟んで、一度拝むように目を瞑る。しばらく、目を瞑ってから、恐る恐るだけど、俺は成績表を開いた。成績表を開き、羅列されている数字を目線で追う。その成績表は、黒い字一色で書かれた数字が並んでいた。
「……お? 赤点ない!」
赤点があると、その科目の数字は赤い字で丸く囲まれているらしい。黒一色という事は、5教科共に全てにおいて赤点がないという事。
「良かったな」
いつの間にか、俺の席に来ていた治弥に頭を撫でられていた。見上げると治弥は、俺を見降ろし笑みを向けてきていた。
「へへへー! 治弥のお陰!」
赤点がなかった嬉しさのあまりに、俺は立っている治弥の腰元に、座ったままで抱き付いていた。
「明都くん、お礼はここでちゅーしてくれていいんだよ」
「……しない」
抱き付いた俺の頭を何度も撫でながら、治弥はそう言ってくるから、俺は抱き付いたのをなかった事の様に、治弥から離れて答える。嬉しくて勢いあまってクラスメイトが居る中で抱き付いちゃったけど、皆の前でキスなんて恥ずかしくて出来やしない。
「ですよね」
「バカップル? いや、治弥がバカなのか」
「うるさい」
そんな様子を治弥と一緒に俺の席に来ていた朋成君は、治弥をからかうように笑って言っていた。
-3-
「昭二も朋成くんもどうだったの?」
ホームルームも終わり、俺達は終わり、次第生徒会室に集まるように言われていたので、生徒会室に向かっていた。生徒会室に向かう廊下で、明は五十嵐と朋成に問い掛ける。
「赤点はないけど、いつも。朋成順位は?」
「ん? 21位」
「うわ、負けた。俺、28位だ」
その問い掛けに答えながら、二人は会話を始める。順位とは成績の点数順に学年毎に出されていて、それも成績表に書かれている。朋成も五十嵐も成績に、問題はない事を表している。
「…………、二人とも勉強してるとこ見たことないのに」
そんな会話を聞いた明は、目を丸くし驚いていた。まあ、明の成績の順位は、さっき成績表見せてもらったけど、3桁だったしな……。二人の順位を聞いて驚くのも無理はないだろう……。
「明はレベル上げて、駿河学園受けたから仕方ないよ」
俺と同じ高校受けるって、中学三年生の春に言い出して、レベルを最大まで上げた明だから、順位が3桁になってしまうのも無理はない。
「そういう治弥の結果は?」
「ん? ほい」
徐に朋成に問い掛けられて、俺は鞄から成績表を取り出し、そのまま渡していた。
「こんな成績表初めて見た……」
「うわ……、なにこれ、総合点数496点って五教科で2問しか間違わなかったのか……」
「花沢の頭の中見てみたい」
なんて言うか……、明の勉強見てたから、その分、俺の勉強にもなっていたというか……。それを覗き込みながら、五十嵐と朋成は各々に感想を口にしていた。
-4-
「ということで、明日から合宿を決行します!」
生徒会室に向かい、生徒会メンバーが集まると皆が椅子に座っている中、窓際に置いてあるホワイトボードの前に仁王立ちをしては、平良先輩は皆にそう告げた。最初、生徒会に入った一年生の人数より、今は先輩達の予告通り半分に満たなく、十数名となっていた。先輩の唐突な言葉を聞いたメンバーは驚いて、どよめいている。もちろん、俺達は前もって話を聞いていたため、驚くことはなかったが、合宿の日取りに俺の隣に座る治弥は思わずといった感じに声を漏らしていた。
「え?」
「何か問題でも?」
治弥の言葉を聞くと、平良先輩はわざとらしく首を傾げて、治弥の座る席の前で口許に人差し指を立てて添え、自分が言った事が正当かのように疑問で返していた。
「いくらなんでも、急過ぎるだろ」
「ちゃんと、会長の牧と顧問の桃ちゃんには許可取ったもんね!」
平良先輩は自身の腰に両手を当てて、自慢げに言い告げていた。
「牧先輩、よく許可出しましたね……」
「身の危険危ないんじゃ……」
「そこの昭二くん……、皆まで言うなよ」
朋成くんは平良先輩の言葉を聞き、牧先輩の方に目線を向け言い告げると、昭二が朋成くんの言葉に同意するよう頷きながら言おうとするが、途中で牧先輩に言葉を遮られていた。
「平良は咲と手を組んだからな、ある意味最恐コンビ」
補足かのように尭江先輩が、事の経緯を説明する。……牧先輩。一体、二人に何されたんですか。
「そのコンビ嫌過ぎる……」
「なに? 治弥」
その会話を聞いていた治弥は、平良先輩と咲先輩の顔を交互に見比べてから、小さく言葉を漏らしていた。なにかと平良先輩にからかわれている治弥だからか、身に迫る思いなのかもしれない。
「なんでもない」
何はともあれ、明日からの合宿は無理矢理決行するらしい。その決行には裏では色々あったらしいけど……。でも、俺は合宿とか、皆で何かするってのは好きだから、結構楽しみだったりするんだよね。
-5-
「明! 起きろ!」
「んん……」
夏休み開始の初日。初日から生徒会合宿は決行になったが、案の定、明は朝起きてくれなく。明の部屋で俺は朋成と五十嵐と共に明を起こすのに悪戦苦闘中。
「なに……、これまた昨日、寝れなかったのか?」
「んー、先に寝たから、わかんねーんだよなー」
「合宿楽しみだったみたいだしね」
共にというか、朋成と五十嵐は俺が明を起こしているのを、部屋の玄関先で見ているだけだから、いつもの様に起こしているのは俺だけ。二段ベットの梯子に足を掛けて、上段の明のベッドを覗き込む。明は、こちらの方に顔を向けて寝息をたて、気持ちよさそうに眠っている。
「んー……」
「あ、明? 起きた?」
何度か明の肩を揺らし起こしていると、唸り声を上げながらも明の瞼が微かに揺れた。起きたのか確認しようと問い掛けると、目を開けた明と目線が絡み合う。
「ん……、治弥。……大好きっ」
「ん……! んん」
目線が合ったままで、明は上半身を起こすと俺の頬をゆっくりと撫でたかと思えば、明はそう言いながら俺の唇に自身の唇を重ねてきた。
「明都くんって寝惚けてると大胆になるのかな……」
「治弥相手限定みたいだけどな、俺が起こしても反応もしない」
その様子を見ていた朋成と五十嵐は、驚く様子もなくそう感慨深く言葉を述べる。まあ、これが今回初めてではないから、そういう反応になってしまうのは致し方ない。
「…………!?」
暫くそのままで居ると、明は頭を覚醒させたのか、俺は明に寄って払い除けられる。うん、ベッドの梯子に足掛けてるからね……、そんな事されたら落ちるよね、俺。ひっくり返って頭から落ちる事は避けれたが、俺は床に思い切り尻をついてしまった。
「~~つぅー」
「いつものコトだけど、今日は驚いてる暇ないから支度してねー」
朋成は事の説明よりも、時間が迫っている事を優先させたのか、明にそう言葉を投げかけていた。俺の心配は……、うん、しないよな。
「あ!? ええええええ!? 早く起こしてよ!!」
俺を心配そうにベッドから見下ろしていた明は、寝坊している事態に気付いたのか慌てて支度をし始めた。
-6-
「はい、遅い。遅刻」
なんとか急いで準備をして、俺達4人は学園の生徒会室に向かったが、生徒会室の扉を開けての、開口一番の平良先輩のセリフはそれだった。
「ギり間に合っただろ!」
「1分遅い」
治弥の言う通り、俺も間に合ったかと思ったんだけど、平良先輩は自分のしている腕時計を指差しそう告げられる。
「……和の膝の上に居るのに、言われたくないわー」
そう、それ。俺も気になっていた。平良先輩は椅子に座る和くんの膝の上に、甘えるように座っているのである。
「いいじゃん、俺の指定席だもん、それにどうせ、治弥のせいでしょ?」
「俺じゃねーし、明の寝坊だし」
「明ちゃん寝坊しちゃったの?」
「……ごめんなさい、昨日寝れなくて」
治弥が言うと、平良先輩は俺に向かい問い掛けてくる。うん、俺の寝坊。昨日、早く寝ようと思ったんだけど、全然寝れなくて、遅くに寝たから、やっぱり朝起きれなかった。俺は平良先輩に頭を下げて、素直に謝罪の言葉を述べる。
「よし、許す」
謝るとあっけなく、平良先輩は許してくれた。和の膝から降りると、平良先輩は二年生の先輩達が居る方へと席を移動していた。
「ちょっと待て、それ、俺が原因だったらどうなるんだ」
「どうせ治弥が寝かせてあげなかったんでしょ?」
「いやいや」
唐突に口角を上げ、にやついた笑みを浮かべると平良先輩は言い出している。この表情をしている時の平良先輩は、治弥をからかって遊ぶ時の表情だ。
「え? 朝起きれないくらい激しかったの?」
「足腰立たなくさせちゃったのかー」
「…………、先輩方」
二年生の先輩方の席の方に移動したのは、この為だったんだね、平良先輩。平良先輩が言い出すと、牧先輩と尭江先輩も加勢するように言い出していた。そんな先輩達を治弥は、呆れた表情を浮かべ言葉を漏らす。
「まあ、蜜月だから燃えちゃったんだねー」
「休みの前の日からなら、そのまま休みの日までもつれ込めるからそっちを勧める」
朋成くんと昭二が俺の腕を引き、椅子に座るように促してくるから、先輩達にからかわれ始めた治弥をそのままにして、椅子に座る事にした。本当……、治弥は二年生の先輩達に気に入られちゃって、こんな事になるのはよくある事だ。
「俺だって、明が足腰立たなくなるまでヤってみたいですよ!!!!」
「は、治弥!? 俺、やだからね!」
売り言葉に買い言葉、埒があかなくなった治弥の言葉が俺の耳に届く。今までは先輩達が何を言ってるのかよく判らなかったから、聞き流していたんだけど……、治弥の言葉ではっきりと判ってしまった。そういうの……、本当恥ずかしいから嫌。俺は思わず、治弥にそう叫ぶように言ってしまっていた。
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あの後、遅刻した罰にと、ジュースを買いに行かされている。俺と明。何故、俺と明だけなんだ。一緒に生徒会室に行った朋成と五十嵐は何故、罰がなしなんだ。そんな疑問もあるが、今はそれよりも、さっきの俺の失言により、明はまた口を聞いてくれなくなりました。
「…………」
「明……、ごめんって」
「…………」
ジュースを買いに学園の近くのコンビニに向かうも、明は俺の先を早足で歩き続ける。俺は明の隣に行くと、目線を向けてくるが、直ぐにさらに早足になり先を行く。
「怒ってる?」
それでも俺は負けじと、明を追い掛けて隣を歩く。明の隣に行き、問い掛けると明は俺に顔を向けてきた。
「んーん、あのね……、さっきのは治弥の本音?」
隣を歩く俺の手を、明は問い掛けながら繋いでくる。俺は、その手を強く握り返した。
「え!? あ、まあ、うん、出来れば」
「……俺、やだって言ってばっかで嫌いになる?」
明はそのまま立ち止まったかと思えば、俯き地面に目線を向けたままで小さくそう問い掛けてきた。俺はそんな明の前髪を片手で掻き分けて、顔を覗き込む。その表情は眉を下げ、何か落ち込んでいる様子だった。
「ないよ、俺がどれだけ明に惚れてると思ってるの?」
「ん」
「そりゃぁ……エッチはしたいけど、明が側に居てくれるのが、一番だよ?」
俺が明にそう言い告げると、明は地面に向けていた目線を俺に向け、頬を赤く染め、小さく呟くように言った。
「……したくなったら、してもいいからね」
「ん、明、好きだよ」
明の言葉に俺は頷き、そのまま軽くキスを交わした。……してもいいからねって、言われても、ね、明都くん、場所がないんですよ。そうです、俺達、誕生日の後より、二回目のエッチはそのままお預けになってるんです。俺達はそのまま、コンビニへと向かい、生徒会メンバーの飲み物を買って、戻ろうと学園に向かう。
「治弥……重くない? 俺、少し持つよ」
「ん? 大丈夫」
「……腕、疲れない?」
「大丈夫だって」
ジュースの入ったビニール袋を両手に持ち歩いていると、その様子を見る明は心配そうに何度も声を掛けてくる。俺の袖を掴み隣と歩いている。掴んだままで今度は、何も言わなくなってしまう。俺は心配になり、明に問い掛けた。
「明、どうした?」
「んーん、なんでもない」
問い掛けると明は俯いたままで、首を左右に振って答えていた。そのまま振り続けたかと思えば、明は急に俺に目線を向ける。ジッとただ黙って見てくるから、俺は不思議に思い声を掛けようとすると、その前に明が動いた。
「…………ありがとう」
そう言って、明は背伸びをすると、俺の頬へと唇を添える。
「あ、明!?」
明は俺の頬にキスをすると、そのまま足早に先を歩き出してしまう。え? なにそれ、可愛いんだけど。後ろから見ても、明の耳が赤くなってるのが判るという事は、顔全体は果てしなく赤くなっているのだろう。
「…………」
「あーき?」
「……ん?」
俺は後ろから追い掛けながら、明を呼びかける。呼び掛けても明は、そのまま前を歩き続けながら返事をしてくる。
「もう一回して?」
「しない!」
俺がそう言うと、明は大声で叫んでそのまま学園に向かって走り出してしまう。明都くん、可愛すぎるじゃないですか……、で、俺を置いて行くのいいけど、俺、両手にジュース持ってるから追いかけられないですね。これ。
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もう……、恥ずかしくてそのまま俺は足早に、学園の生徒会室に戻って来てしまった。治弥だから追い付けると思ったけど、治弥……、ジュースいっぱい持ってたの忘れてた……。
「何してるんですか? 先輩方」
先に戻った俺は、二年生の先輩方に早々に、ソファーのある部屋へと連れて行かれてしまった。俺をソファーに座らせると、そのソファーテーブルに色とりどりのポスターを広げている。
「会長……、これなんてどう? 花沢といい雰囲気になったりとかしないのか?」
「いい雰囲気?」
先輩達は文化祭に使用するポスターを決めているようだった。一枚のイラストの描かれている紙を取り、尭江先輩はそれを牧先輩に差し出しながら、俺に問い掛けてくる。言われている事が判らず、俺は首を傾げてしまった。
「んー、もうちょっと駿河祭って目立つようなのがいいな。これだと文字入れるとこない。明都くん、治弥くんに初は頂かれたって聞いたけど?」
「頂かれた?」
尭江先輩から受け取ったイラストを見るなり、思考を告げると、牧先輩が続いて俺に問い掛けてくるが、またしても俺は言ってる意味が判らずに、首を傾げてしまった。
「牧。これは! イラストもいいし、この辺にでっかく文字入れられる。明都くん、どんだけ鈍いんだ」
咲先輩はまた、他のイラストの描かれたポスターを牧先輩に差し出し、目線は俺に向け、驚いたように目を瞬いていた。この選んでいるイラストは、一学期に、全校生徒から文化祭のポスターとして募集をしていたものらしい。
「先輩達が、はっきり言ってくれないからです!」
「あ、それいいな。それにするか。治弥くんの苦労が判るな」
「けってー! 明ちゃんあのね」
「ん?」
なんとかポスターが決まると、広げていたそれぞれのポスターを手早く片付けて、ソファーに座る俺の隣に平良先輩は座り、俺に目線を合わせてくる。
「治弥とエッチしたって本当?」
「はぇええ!?」
ジッと見られたかと思ったら、平良先輩がそんな事を聞いてくるもんだから、俺は両手で顔を抑えてしまった。なんて事聞いてくるんですか……!? は、はずかしい……。
「その反応は」
「間違いないな」
一体何を確認したいのか、判らないですよ、先輩達は……。
「な、なんなんですか!?」
「ねー、明ちゃん、治弥とエッチするの嫌い?」
「ええぁぁえぇえ」
それでも尚、平良先輩の問い掛けが続き、俺は両手で顔を覆ったまま俯く。自分の顔の熱が手に伝わってきて、自分が赤くなってるのが理解出来た。もう……、あの時みたいだ……、治弥に好きって廊下で言われた後の放課後、先輩達が部屋に来て質問攻めにされた時。
「明ちゃん?」
平良先輩は俺の顔を覆ってる両手を外させて、俯いてる顔を覗き込んでくる。目線を向けると、平良先輩に笑みを向けられた。
「……治弥となら……、嫌じゃないです」
「明ちゃん、かわいい!!」
平良先輩の笑った顔を見たら、なんか素直に想いを言葉にしていた。言い告げると、平良先輩に抱き付かれたけど。
「よーし! 俺も!」
「え!? 咲先輩?」
咲先輩はそんな俺と平良先輩を見て、何故か平良先輩の背中から、そのまま抱き付かれてしまう。何してるんですか、咲先輩……。俺は二人に抱き付かれている状態で、支える事が出来ずにソファーに背中を埋めてしまった。
「俺が手解きしてやろうな?」
見上げると、にやついた笑みが板についた咲先輩の顔。その間には平良先輩も居るんだけど、平良先輩はおかしそうに笑ってるだけだった。
「咲……、そんなに明都くんがいいなら協力してやろうか?」
そこに牧先輩と共に伸し掛かって来た、更なる重み。牧先輩は咲先輩の背中に片足を乗せて、重みを掛けているようだった。引き攣らせた表情の牧先輩が、見下ろしているのが視界に入る。
「なに、牧。嫉妬してんの?」
「するかよ、ボケが!」
喧嘩するのいいですけど、退けてください。重いです。
-9-
えーー。俺の明返して? 漸くと生徒会室に戻ってくると、明と二年生の先輩方の姿がなかった。どうも隣のソファーがある談話室の方に連れて行かれた模様。
「なに考えてるんだ、あの先輩方は……」
「さっき、治弥と明都くんを買い出しに行かせたのも、ある意味策略?」
買ってきたジュースを、それぞれ頼まれた本人へと渡しながら、口から嘆きの言葉を漏らしてしまった。ジュースを受け取った朋成が意味深な事を言ってくる。
「……なに聞かれたんだ、朋成」
「君らの行く末みたいなの?」
「は?」
俺は椅子に座りジュースの蓋を開けながら問いかけると、五十嵐が答えてきた。
「初体験済ませたのか否か」
「…………、え?」
そんなの聞いてどうするんだ……。しかし、俺と明だけジュースの買い出しに追い出して、その確認の為に朋成と五十嵐は残したのか……。
「まあ、何か企んではいるね」
「またかよ……、ほんと勘弁して」
「治弥にとってはいいことだけどね」
平良先輩が関わっている時点で、俺に対していい事のわけがない。絶対に、何か面白がっているに違いない。
「はーるーみーー!!」
そんな事を考えていると、談話室から明が、先輩達に解放されたのか出てきて、そのまま座っている俺に背中から抱き付いて来た。
「おわっ!? え? なに? どうした、明」
「んーん……、なんでもない」
顔を上げた明は、どこか頬をほのかに染めていた。なにされてたんだよ、一体。一度、顔を上げ俺に目線を向け言い告げると、また俺の肩へと顔を伏せた。
「さー! 仕事するよー!」
続いて談話室から出てきた平良先輩は、大声で言い告げ、文化祭の準備の作業再開となった。
-10-
合宿二日目の朝、昨日は夜遅くまで、学園祭の準備の為、平良先輩に拘束され、布団へと入ったのは十二時が過ぎた頃だった。でも俺は、昨日先輩達が言ってた事のせいで、寝れなかった。
私立なだけあって、宿泊施設が設けられている。……って言っても、それぞれ、部屋があるわけじゃない。畳が敷き詰められている大きい部屋。合宿をする部活とかは、ここを利用する。布団を敷いて皆で雑魚寝。寝返りをうつと、隣で寝ている治弥の顔があった。治弥の顔を見ると意識して、ドキドキして、全然寝れなくて、そんな事を繰り返して、一夜を過ごしてしまっていた。
平良先輩達があんな事を言うから!?
「明? 起きたのか?」
仰向けになり、布団に入ったままで合宿所の天井を見上げていると、隣から声が聞こえ、俺はそちらへと寝返りをうつ。治弥は今起きたみたいで、俺の方に身体を横向きにして、口に手を当て小さく欠伸をしていた。
「ん、うん」
俺はそんな治弥に、目線を向けたままで、頷き答える。
「明が、早起きなんて珍しいな」
「お、俺だって! 早く起きれっ!」
「しっ! まだ皆寝てるから」
いつも寝坊ばかりしてるから、治弥が驚いた表情を浮かべるのを見ると、なんかムキになって言い返そうとしてしまった。ムキになってるから、声も自然と大きくなってしまい、慌てた治弥は、俺の口を片手で押さえてきた。
「……んん」
昨日、寝たのが遅かったから、まだ皆寝ている。治弥は周りを見渡し、俺の今の声で誰も起きなかった事を、確認しているようだった。確認すると治弥は、俺の口に、人差し指を立てて添え笑ってきた。
「散歩にでも行くか?」
俺が治弥の問い掛けに頷くと、二人で合宿所から抜け出した。
-11-
「夏の朝っていいね?」
時刻は、朝の六時を回っている。日はもう登っているが、太陽の光は鋭くなく、朝の風は逆に涼しさを感じさせる。中庭へと向かい、俺の前を歩いている明は、両手を広げながら気持ちよさそうに言葉を漏らしていた。
「明? 寒くない?」
寝起きの恰好のままで来てしまったから、朝方の風は少し肌寒さを感じる。寝起きの恰好と言っても、合宿だからと寮で着ている寝巻ではなく、俺も明もTシャツに下はジャージといった格好。俺は長ズボンだけど、明は暑いと言ってハーパンで寝ていたが。合宿だから、制服ではなく、活動する日中も生徒会のメンバーは私服での活動だった。
「ん、……大丈夫だよ?」
俺が問い掛けると、明は首を左右に振り笑みを浮かべて答える。
「誰もいない校舎ってなんか不思議だね?」
「まぁ……、な?」
中庭に着くと、そこに設置してあるベンチへと腰を降ろした。立ったままで居る明に手招きをすると、明は何故か、俺から少し距離を空けてベンチへと座った。なんで、空けた……。
「は!? 治弥?」
俺は試しに空けられた距離を詰めては、明の肩に腕を回す。明は目を瞬かせて、驚きの表情を浮かべる。
「嫌?」
「……んーん」
「何かあったのか?」
何処か、よそよそしい明。
「…うっ、……んーん」
俺がそう問い掛けると、顔を赤くして、首を横に振りながら明は答えた。……絶対、なんかある。
「わっ! 治弥!?」
俺は明の身体を抱き寄せて、そのまま自身の膝の上に対面するように座らせた。
「だ、誰かに見られたら……どうするの?」
「まだ誰も起きてないよ?」
頬を赤らめたままで、目線を泳がせる明。
「キスしていい?」
「え? う……、うん」
頬を撫でながら問い掛けると、明は目を瞬かせ見開いたが、小さく頷いてくれた。
-12-
治弥に問い掛けられて、俺の胸のドキドキは更に高鳴り、治弥に聞こえてしまうんじゃないかと思った。頷くと、治弥の唇が静かに重なる。最初は触れるだけ、触れてる部分が、熱くなるのを感じていた。いつも以上にドキドキしてる。先輩達に言われてから、治弥と目が合うと、ドキドキしっぱなしで……。めちゃくちゃ、意識してるんだ。
「治弥? ……んっ」
一度唇が離れたかと思い、目を開けると、治弥の笑顔を見て、また角度を変えて唇が重なった。今度は深く重なる唇。頬を撫でていた治弥の手は、いつの間にか俺の後頭部をしっかりと支えていた。口内に治弥の舌が入ってくるのが解ると、体がビクッとなる。俺の口内を丁寧に舐める治弥。舌を絡ませられれば、鼓動が更に激しくなった。
「……はぁっ、ん」
唇が離れ、また再び唇が重なる。歯を一つ一つ丁寧に治弥は舐めとり、口の中が治弥でいっぱいになる。自分の意識が、治弥と重なっている唇へと集中される。こんなにも、ドキドキしてキスをするのは初めてだった。
「はぁ……っ」
漸く唇が離されると、治弥と目があった。目が合うと恥ずかしくて、治弥の肩に顔を埋めて抱き付いた。そんな俺を、治弥はきつく抱きとめてくれた。
「大好きだよ、明」
俺の後頭部の髪の毛を優しく梳いて、治弥は耳元で甘く囁く。その治弥の甘い声は、俺の胸を刺激させ、身体が溶けてしまうかと思った。
「……ん、……俺も」
自分がいっぱいいっぱいで、そう返事をするのがやっとだった。治弥に抱き付きながらも、胸の鼓動は止まることはなかった。
もっ……、ドキドキ止んで……。止まって……。
-13-
「さぁー! 今日は、文化祭のスケジュールを計画しまーす!」
起床時間になると、皆起き出して、それぞれ朝食を取る。身支度を済ませれば、生徒会室へと集まった。睡眠もばっちり取ったであろう、平良先輩の元気いっぱいな声が生徒会室に響き渡った。
「はい! 頭の良い治弥くん」
そう言って渡されたのは、表の枠だけが書いてある一枚のプリント。中身のない表に目を通し、俺は平良先輩に疑問を投げかける。
「………平良先輩? 何これ?」
「体育館のステージスケジュールを立てて?」
……立てて? じゃない。お前は結局、人任せかよ。そして、説明が大雑把過ぎて、何をどうしたらいいのか判らないぞ、おい。
「オープニングセレモニーと体育館を使うであろう部活は、吹奏楽、演劇、軽音部を含め全部で七つ。それを二日間の文化祭に時間を割り振り、残る時間にクラス発表入れて?」
「後夜祭は校庭でするから入れなくていいよ?」
平良先輩の大雑把な説明の代わりにと、牧先輩が説明を加えてくれると、それに続いて咲先輩が更に付け足した。うん、それなら、まだ理解出来る。
「尭江も数学得意だろ? 治弥くんの手伝ってやって、クラス発表より、部活動の方を時間多めにな?」
「はぁーい」
牧先輩に声を掛けられると、尭江先輩は自身の筆入れと、資料とも言えるファイルを手にすると、生徒会室の端へと移動して行った。
「花沢ー、さっさと済ませるよ?」
「へいへい」
尭江先輩はその場所から俺を呼び掛けるから、俺は仕方なく筆箱とさっき平良先輩に渡されたプリントを手にして、尭江先輩の元へと移動した。
-14-
うー……、夜寝れなかったから、今頃、眠気が出てきた。先輩達が何か話合ってるけど、耳に入って来ない。俺は椅子に座ったままで、寝ないようにと必死になって、瞼を何度も擦っていた。ね、眠い……。
「ね? 明ちゃん、やってもらってもいい?」
「……ん、うん」
眠くて頭を支えられずに、俯きそうになった時に平良先輩に声を掛けられて、俺は何を言われたのか判らずに返事をしてしまった。
「……今、明ちゃん、うんって言ったよね」
俺が頷き返事をすると、平良先輩は驚いて再度確認してくる。なんで驚いているのか判らずに、俺は首を傾げながら問い返していた。うん、何を……?
「え? はい?」
「明都くん、話聞いてなかったでしょ?」
俺の様子を隣で見ていた朋成君は、ねむ掛けしていた事にも気付いていたようで、俺の顔を覗き込みながらそう問い掛けてくる。俺は、正直に黙って頷いた。
「!? でも、今、うんって言ったよ! 言ったから決定だからね!」
頷くと平良先輩は、目を見開いたが、直ぐにそう言い切っていた。だから……、なにを?
「イベントの優勝者の景品が、明都くんのキスだって」
「……え?」
はい? 何の何? 俺が何? どういう事?
「因みにこれは、生徒会主催だから、役員は参加出来ないからな」
意味が判らずに、俺は目線を泳がせていると、咲先輩の解説が入る。ちょっと……、待って。それって……。
「平良先輩!? また! 何、勝手に決めてんだよ!!」
生徒会室の端に行き、体育館のステージスケジュールを、練り合わせていた治弥の声が、こちらまで届いて来た。治弥が平良先輩に対して抗議の言葉を投げかけているのを見ると、俺の思った事は間違ってはいない事に気付く。
それって、治弥以外とキスしなきゃいけないって事……だよね。
-15-
明のキスなんて、単語が耳に届いてきて、俺は向こうでの会議の内容に耳を傾けた。あの野郎……、俺をこっちでやらせたのは、この為だな……。
「じゃー……、治弥はなんかいい案でもあるわけ?」
「お前がっ! いってぇ!?」
お前がやれよって言おうとしたら、なんか硬いものが飛んできて言葉を遮られた。紙の中に消しゴムらしきものが入っている、これ、当たったら地味に痛いように消しゴム入れただろ……。もちろん、投げてきたのは和。
「………」
生徒会のメンバーは、俺に視線を集めていた。そのメンバーの顔を目線で流して確認する。どうせ! 牧先輩をとか、尭江先輩をとか言ったって同じ結果だろうし……。朋成とか……、いや、本人が絶対同意なんてするわけない。……ん?
尭江先輩?
俺は生徒会室を見渡し確認する。うし……、桃ちゃんいねーな……。
「尭江先輩? やったら?」
「やだ」
本人からの即答をくらってしまいました。普通に考えて、自分がやるとか言う奴、いないよな。景品とか、誰が相手か判らないのに、同意するような奴なんて居ない。
「……俺、賞品にしたって盛り上がんないし?」
いや、充分、盛り上がると思うけど……。尭江先輩あんた、桃ちゃんしか目に入ってないから、周りの事とか気にしてないけど。明とか平良先輩みたいに女の子寄りな顔ではないが、普通の男子よりは睫毛も若干長く、肌は色白、髪の毛も猫毛でくせがあり、染めているのかは知らないが色は薄い茶色。全体的に色素が薄い、美人系。生徒会では桃ちゃんっていう恋人がいるのは、暗黙の了解みたいに知られているけど、他生徒にはフリーって事になっているから、尭江先輩の事、聞かれる事もあるんだけどな……俺。
「じゃぁ……、治弥がやる?」
そんな事を考えていると、俺の様子を伺うように平良先輩は問い掛けてくる。これが、……本当の狙いか。明をだしに使えば、俺が止めに入るのを予測済みだったんだな……。
「……分かった。俺がやる」
明が他の奴とキスするより、全然マシだ。突拍子もない平良先輩の発言の犠牲には、俺がなればいい。
「え!? だめ!!」
俺が同意の言葉を告げると、明の声が生徒会室に響いていた。明がそんな大声で言うなんて珍しい光景なのか、生徒会のメンバーは一斉に明に視線を集めた。俺も驚いて、明に目線を向ける。
「……俺、やだ。治弥が他の人とキスするの」
注目を浴びてしまった明は、視界を右往左往させるが、ぼそぼそと小さく言葉を漏らしていた。でもね……、俺も嫌なんですよ。
「イベントの前にミスコンもするんだろ?」
そんな状況を見兼ねた尭江先輩が、口を開いていた。
「ミスに選ばれた奴を、賞品にした方がいいんじゃない?」
体育館のステージスケジュールを目の前のプリントへと書き込みながら、尭江先輩は言葉を続けた。確かに、それが一番いい方法だ。ミスに選ばれるくらいだから、それだけ人気があるって事でイベント参加者も増える。
「……ところで、イベントって何するんですか?」
「今から決めんの!!」
昭二の質問に対して、自身満々の笑みで平良先輩は答えていた。おい……、景品の前にそっち先に考えろ。
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本格的に、眠くなってきた。さっきの景品の話は、尭江先輩の案で解決したけど、今度は何のイベントにするのか、決めている。なんか、宝探しがどうのって言ってるけど、もう全然頭に入って来ない。
「明? 大丈夫か?」
体育館のステージスケジュールを組み終えて、会議に参加し始めた治弥は、俺の隣に座っている。そんな治弥の肩に、どうしても眠気に勝てない俺は、頭を寄り掛からせていた。
「ん……、んー」
朦朧としている頭の中に、治弥の声が耳に届く。瞼が重く閉じてしまっていたが、治弥の声で再び瞼を開く。
「明ちゃん? ……大丈夫?」
焦点の合わない視界の中、平良先輩の姿が映った。心配そうな表情を浮かべると、平良先輩は問い掛けてくる。治弥の肩に寄り掛からせている頭を、俺は起き上がらせて、なるべく俺は笑みを作って答えた。
「ん、大丈夫」
それでも頭は朦朧として、何度も目を擦っていると、俺の頭は治弥に抱き寄せられた。別々のパイプ椅子に座りながらも、治弥の肩に寄り掛かると、凄く心地良かった。
「明? 俺に寄り掛かってな?」
「ん、ありがとう……」
治弥の鼓動が肩越しに伝わって来て、その鼓動が更に俺に眠気を誘う。瞼は段々と重くなり、会議中だから寝ちゃダメだと、心で自分に言い聞かせ、必死に瞼を開けるも、直ぐに重くなり閉じてしまう。治弥の体温の心地よさも手伝って、異様な程の眠気が俺を襲った。それでも進む話し合いの声が、遠くに聞こえてきて、それはもう、まったく聞こえなくなっていた。
耳には治弥の鼓動しか聞こえなくなって、その鼓動の心地よさに俺は、いつの間にか眠ってしまっていた。
-17-
「……寝た?」
俺の肩を枕替わりに寄り掛かる明の体重の重みを感じ、本格的に眠りについたのに気付く。平良先輩は明の顔の前で、掌を開いては左右に揺らして、明を確認しながら問い掛けてきた。
「何か……昨日寝れなかったみたいなんで……、このままでいいですか?」
朝、早く起きたんじゃなくて、明、寝れなかったんだな。寝れなかった理由は知らないけど、何度か夜中に目が覚めた時に、明が起きていたのは確認している。その時はたまたま起きたのかと思って、俺も眠かったし、明の手を握ってまた寝た気がするな、俺。
「治弥くん……俺たち寝てる間に何したんだよ?」
「全然気付かなかった」
そんな明の様子を見た、牧先輩と尭江先輩は順番に言い出す。こういうネタ好きだね、先輩方。
「……二回目したんだ? 治弥」
「……先輩方、明に昨日それ言いました?」
続いた平良先輩の言葉で確信する。明の様子がおかしかった原因は、これだな。
『言ったよ』
問い掛けると、二年の先輩方は悪びれもなく、声を合わせて言い切った。
「あんまり、明をからかわないで下さい」
気にし出すと、止まらなくなるんだから……。だから、明は俺に対してよそよそしかったり、ちょっとの事で直ぐに顔赤くさせたり、昨日寝れなかった訳だったのな……。俺の肩に凭れ掛かりながら、寝息を立てている明の頭を、俺はゆっくりと撫で付けていた。
「治弥はしたくないの?」
「……無理強いはしたくない。明が嫌ならしない」
平良先輩が机に身を乗り出して、俺に向かい聞いてくるから、俺は言葉を言い切った。うん、本当、明が少しでも嫌な素振りを見せるなら、手を出すつもりはない。したいって気持ちはないわけじゃないけど、俺は明が傍に居てくれることが一番だから。
「……エゴだな」
「エゴだね」
尭江先輩が足を組み直し言うと、牧先輩は頬杖をついて、尭江先輩と目を合わせて同意した。
「先輩方は、二人が仲良くいて欲しいんですよね?」
明を挟んで、隣に座っている朋成が口を開く。仲良くって……、俺が明を怒らせる事はあるけど、実際そんな喧嘩ってほどでもないし、仲良くはしてると思うよ、俺達。
「明ちゃんを愛してるなら、してあげなさい!」
何故……、平良先輩にそんな事を言われなくてはいけないのだ。するかしないかは、明の意思だっつうの……。
-18-
「んん、……んっ?」
目を開けると、そこには生徒会室の天井が視界に広がった。
「明? ……起きた?」
「う、……ん?」
目を覚ましたのに気付いた治弥が俺の顔を覗き込み、視界に映った天井が見えなくなる。俺が寝てしまったからか、ここは会議をしていた部屋ではなく、生徒会室の中にあるソファーのある方の部屋。談話室。そこで、俺は治弥の膝を枕にして、寝ていたようだ。……運んでくれたんだ。
「……皆は?」
隣の部屋からの声が聞こえてこないから、俺は疑問に思って問い掛ける。その問い掛けを聞いた治弥は、苦笑いを浮かべて、俺の頬をゆっくりと撫でてきた。
「明……、生徒会室って、中から鍵開けれないの知ってた?」
俺の問い掛けの返事をするわけでもなく、治弥に違う質問をぶつけられた。
「知らない」
治弥の質問の意図が判らずに、俺は頭に疑問符を浮かべてしまっていた。治弥の膝を枕にしたままで、見上げながら答えた。
「もう夜の九時過ぎてんだ……」
俺……、そんなに寝てたんだ……。治弥……、俺が起きるまで、待っててくれたのかな。
「今日の生徒会活動は、なんとか終わったから、皆は合宿所に行ったんだよ?」
治弥が、何を俺に伝えようとしているのか判らずに、俺は治弥の目をただ見ていた。苦笑いの表情のままの治弥。
「………平良先輩に外鍵かけられた」
「ん?」
「今日は二人で此処に寝ろと」
「えええええええ」
そ、それって……、閉じ込められたって事!?
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