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第12話:生徒会合宿:後編
合宿も今日で、五日目を迎えました。文化祭の準備も整いつつあります。
「印刷屋さんが頑張ってくれちゃいました!じゃぁ~ん!」
合宿一日目に決めていたポスターをなんと、四日で仕上げてくれました。平良先輩は、誇らしげにポスターを広げながら、皆に見せていた。
『おぉ~!』
生徒会のメンバーからは、各々の歓喜の声が上がる。急いだわりに、出来はかなりいい。生徒から募集してもらったイラストを目立たせつつも、”駿河祭”の文字も引き立てている。文字を手で擦ると、凸凹の感触がして遠くから見ても浮き彫りになっているようだった。
「かなり経費を使ったからな?」
尭江先輩は経費の書いてある紙を、指差しながら話していた。
「あれ? 尭江先輩って書記じゃなかったんですか?」
俺の隣に座っている治弥は、尭江先輩の書類を眺めながら聞いていた。確かに、尭江先輩は最初、生徒会に入る時の自己紹介では書記だと紹介をしていたはず。
「実は……」
咲先輩は、顔の前で手を組み、深刻な顔をしながら、俯き加減で話し始める。その雰囲気に合わせて、皆が息を飲んだ。
「会計が最近やめました」
「溜めて言う事かよ!?」
……本当に。俺は治弥の突っ込みと一緒に頷いた。
「あいつは、牧にっ!?」
咲先輩が何かを言いかけた時、牧先輩が肘打ちを頭の上からすると、咲先輩を机にねじふせた。牧先輩、何気に力強いんですね?
「咲はほっといて、尭江は数学得意だから、会計兼書記でやってもらってるんだ」
元会計の人は、一体、牧先輩に何をしたんだろうか?
「治弥にやってもらえばいいのにさ」
平良先輩がそう言うと、治弥の方を見てニコッと意味ありげに笑った。
「遠慮します」
治弥は片眉をひくつかせながら、苦笑いで答えていた。
-1-
会計なんてやったら、平良先輩に更にこき使われるわ!?
「治弥! こっちこっち!」
明は掲示板の前で大きく手を振り、俺を呼んでいた。出来上がったポスターを学園中の掲示板に張り付けていた。
「治弥、右をもう少し上」
「はいよ!」
朋成は掲示板から少し離れて、斜めになってないかの確認をしてくれていた。真ん中に大きな字で『駿河祭』と書いてあるポスター。ポスターを見ると、文化祭が近付いている事を実感する。
「……治弥? 文化祭に誰か呼ぶ?」
「絶対呼ばねぇ」
特にあいつらなんて呼ばないよ? 明が取られるから。俺は聞いてくる明の頭を、撫でながら答えていた。
「朋成君は?」
「俺? ……彼女来たがってんだよね」
次の掲示板に向かいながら、俺達は明を真ん中に挟んで話していた。
「朋成くん、彼女居たの!?」
「んー、まあ、うん。……二人に今のうち謝っとく、ごめんね」
朋成が言うと明は驚き問い掛けるも、そんな明を気にせずに、朋成は俺と明の顔を、交互に見ながら謝り始めた。どんな彼女なんですか? 朋成くん。
-2-
出来上がる書類や学園中に貼付けたポスターを見ると、文化祭な気分になってワクワクしてくる。
「明ちゃん嬉しそうだね?」
「はい! どんな文化祭になるのか凄く楽しみです」
俺は楽しみで自然と笑みが浮かび、そのまま素直に言うと、平良先輩は抱き着いてきた。
「本当、明ちゃんは可愛いなぁ」
「~~!?」
なんで、皆して俺を可愛いって言うんだろうか? 治弥は無言で平良先輩の襟を掴み、俺から引きはがして和くんの膝の上に座らせていた。治弥……、最近平良先輩の扱い方が乱雑になっていってる?
「……俺、絶対先輩だと思われてないよな?」
平良先輩は和君に寄り掛かりながら、天井を見上げていた。和君はそんな平良先輩を見て笑っていた。和君って和やかっていうか、いつでも平良先輩を包み込んでくれてる感じがするなぁ。
「平良? 後何すればいいんだ?」
牧先輩の問いに平良先輩は、和君の膝の上に座ったまま牧先輩の方に向きをかえた。
「……後はなんか皆頑張ってくれたから、新学期始まらないとやる事ないんだよね?」
はい?
「入場門は?」
「看板は?」
尭江先輩と牧先輩は順番に去年を思い出してか、平良先輩に問い掛けていた。
「今年は美術部がやってくれる事になったんだよね?」
平良先輩がそう言うと、牧先輩と尭江先輩は胸を撫で下ろしていた。
「……去年は、適当にやったから、入場門崩れ落ちたんだよな」
咲先輩、何気にさらりと凄い事言ったよ? そんな原因もあって今年から、美術部が請け負う事になったみたい。
-3-
「文化祭準備、なんとかなりそうなのか?」
生徒会室に様子を見に来た桃ちゃんは、ドアを開けるなりそう言った。
「桃ちゃん! 予定通り、後二泊してもいい?」
そんな桃ちゃんに平良先輩は、スキンシップたっぷりで、両肩に腕を乗せ、頬を人差し指でつつきながら問い掛けている。それを見ていた、尭江先輩の片眉が引き攣ってる。
「別にやる事ないなら、終わりにしてもいいんじゃないのか? ね? も・も・せ・ん・せ?」
尭江先輩は、桃ちゃんを睨みながら言っていた。今度は桃ちゃんの顔が、引き攣ってる。面白いなぁー、この二人。
「牧、咲……、尭江を押さえろ!」
尭江先輩をビシッと、音が出るかのような勢いで指差すと、平良先輩は咲先輩達と目を合わせて言った。
『かしこまり!』
「お前らふざけんな!?」
牧先輩達は、尭江先輩を両端から囲んでは、両腕を拘束する。
「さぁ~、桃ちゃん。尭江をメイドにされたくなければ今すぐ同意しろ!」
いや……、平良先輩。脅しになってないから、それ。
「メイドになった場合は、持ち帰っていいのか?」
生徒会役員には、ばれてるからおおっぴらだね、桃ちゃん。桃ちゃんの問いに平良先輩達は笑顔で頷いていた。
「後二泊を許可する」
「もっもぉ~~~!?」
言うまでもなく、尭江先輩は隣の部屋に、二年生の先輩達に寄って連れて行かれました。メイド仕立てにされる為に。
-4-
とりあえず、後二泊をそのまま続行する事になるがすることもなく、俺達は自由時間になっていた。隣では、尭江先輩の雄叫びが聞こえてくるけど、二年の先輩方のおふざけに慣れて来ている俺達は、さほど気にしなくなっている。
「明都は夏休み、実家に帰るのか?」
「ん? 帰れたら帰るよ? 昭二は?」
治弥の逆隣に座る昭二は、肘をつきながら、聞いてきた。
「んーー、県外だしな……、帰るには遠くて面倒なんだよな……」
「中学の時の友達とかに会わないの?」
俺が昭二にそう聞くと、一瞬だけど、目を曇らせていた。
「んー……、あんまり会いたくないかな」
「あ……」
以前に聞いていた、忘れたい過去。それであんまり実家には帰りたくないのかな……。
「朋成は?」
「帰らない」
昭二は朋成くんに俺が聞いた同じ問い掛けをすると、間髪入れずに答えていた。彼女居るのに、帰らないの……?
「???」
俺と治弥は思わず目を合わせてしまっていた。俺の頭の中では、疑問符が浮かび上がる。
「一樹(いつき)さん、夏休み来るのか?」
「知らないけど、あの人が来ないわけないから、帰らない」
「……来るだろうな」
和くんは朋成くんに話し掛けているが、二人が話している内容はまったく意味が判らない。
「なんの話?」
二人の会話が判らないのは俺だけじゃなかったみたいで、治弥は二人の会話に入って問い掛けていた。
「あー、朋成って……」
「和、余計なこと言わないでよ」
「だそうだ」
和くんが説明しようと言い掛けると、朋成くんはそれを遮り言い告げていた。その言い方は、いつも優しい口調の朋成くんからは想像出来ない、冷たくて声音もどこか低く聞こえていた。
「なにそれ、すっげー気になる」
「知らない」
朋成くんは、絶対に口にはしてくれそうになかった。
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五十嵐とは、一度真剣に話をした事がある。
「明の事は、本当にもういいのか?」
「何? 譲ってくれる気になった?」
「んなわけあっかよ!」
寝付けなく消灯時刻を過ぎてから、寮の自販機に飲み物を買いに行くと、たまたま五十嵐も買いに来ていた。俺らが付き合い始めてから、何処か俺達から一歩距離を置いている五十嵐。俺というよりも、明から。
「明都はさ……、似てたんだよな? 中学の時の後輩に」
五十嵐は自販機に寄り掛かり、ジュースの缶を開けると話し始めた。
「顔が似てるとかじゃないんだけど、何て言うのかな……、雰囲気とかやる事とかさ……。性格は違うけどな?」
愛しそうに五十嵐が話しているのを見て、何となくだけど、五十嵐はその後輩が好きだったんだろうと予想がついた。
「……付き合ってたのか?」
「俺はそのつもりだったけど、相手は俺をからかって遊んでただけだった」
その事を知った時には、気持ちはもう整理の付かない状態で、相手から逃げるように学校にも行かなくなり、県外の駿河学園を受験したと五十嵐は話した。
「そんな時に明都に逢ったから、一目惚れした。初対面の時に明都の笑った顔が、似てたんだよ……、笑い方が」
どこか懐かしむように、五十嵐は言葉を発していた。無意識なんだろうけど、その子の事を話している五十嵐の表情は、穏やかで眼差しは優しかった。まだ、その子への想いは捨てきれないのだろうと感じた。
「だから、なんか独占欲というか、そんなのが出てしまって……、明都を好きだなーって思ったけど」
そう言い告げると、五十嵐は一度、隣に居る俺の方へと目線を向けて、また前へと目線を戻す。
「見てたら花沢を好きなんだろうなってのもすぐ判って、そうしたら笑ってる明都を見てたいだけ、だったのに気付いた感じかな」
言い終わると五十嵐はジュースを一気に飲み干した。
「明都を泣かすなよ?」
そう一言だけ言って、部屋に戻って行った。この日、俺は五十嵐の意外な一面を見た気がしていた。
-6-
「治弥ぃ!! 聞いて聞いてー!」
先輩達から聞いた話を、早く治弥に教えたくて、俺は椅子に座っている治弥に駆け寄り、背中から抱き着いた。
「治弥?」
抱き付いても返事がないから、俺は後ろから治弥の顔を覗き込み問い掛ける。
「ん? あ! 何? どうした、明?」
何か考え事をしていたようで、 ぼうっとしていた治弥は俺に気付くと頭を撫でてきた。
「明日は、合宿の打ち上げでバーベキューするんだってよ!」
「明、したがってたもんな良かったな?」
「うん!」
治弥は俺の頭を撫でたまま、笑いながら言ってくれたから、俺も笑顔で答えた。
「頑張ったご褒美に、桃ちゃんからの奢りー」
平良先輩は腰に手を当てて、胸を張って偉そうに言っていた。
「……少しは遠慮しろよ」
治弥は平良先輩を流し目で見ると、溜め息を漏らして言った。
「なにそれ!? いかにも俺達が奢らせたみたいな言い草!」
「違うのかよ!?」
治弥は平良先輩に向かって言うと、平良先輩はまた誇らしげな表情を浮かべる。
「バーベキューは、俺らノータッチだぜ?」
平良先輩の、近くに座って居た咲先輩が口を挟んだ。平良先輩と咲先輩が同じ方向を向いたから、俺と治弥はその視線の先に目を向けた。
「可愛い生徒の為に、それくらいしたらいいんだよ。ボーナス入ったんだから」
その視線の先には メイド服のまま生徒会室の端に座る尭江先輩の姿が目に入った。ムスッとした表情のままの尭江先輩は、口を尖らせて、言葉を平坦な口調で述べていた。桃ちゃんに連れて行かれた後、何かあったのかな? 尭江先輩。それにしても、尭江先輩、メイド服似合ってます。
-7-
「買い出し班は誰と誰だ?」
バーベキュー当日、次の日の朝になり、桃ちゃんは、生徒会室に来てはそう言った。
「勿論、尭江だろ!」
当たり前のごとくに、平良先輩が言い放つ。
「俺、一人かよ!」
それに反応したのは、もちろん尭江先輩。 桃ちゃんと二人で、全員分の荷物を持って来るのは大変だろうな……。
「しょうがないなぁ、1のA四人組! 付き合ってやって!」
1のAって俺たちですね……。平良先輩の言葉の通りに、結局、俺と明と朋成と五十嵐が付き合う事になった。尭江先輩も含めて、校門で待つ事になった。暫く待っていると、一つの車が近寄ってくるのが見えた。
「わぁ……、桃ちゃんの車おっきぃ!」
7人乗りのBOXタイプの自動車が、校門に横付けされて、明は驚きの声を上げている。ブラックの車体を明は珍しそうに、周りを歩きながら観察していた。
「生徒達乗せる事が多いからな」
桃ちゃんはドアのロックを解除させ、俺達に乗るように、促しながら話していた。尭江先輩は、当たり前かのように、助手席のドアを開けて乗り込んでいる。
「…………」
凄く自然に助手席に乗り込むもんだから、俺達はなんだかその様子を見て、呆気に取られてしまった。助手席の窓をスライドで開けると、尭江先輩は俺達に向かって言い放つ。
「何してんの? お前ら? 早く乗れよ」
尭江先輩……、桃ちゃんの車を我が物顔だ。俺達は慌てて、車に乗り込んだ。全員が座席についたのを確認すると、桃ちゃんは車をゆっくりと発進させた。
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「桃、暑い」
「エンジン温まってないから、まだ暑いのしか出て来ないぞ?」
尭江先輩は、車内の暑さを桃ちゃんに訴えても、簡単に返されて、仕方なく窓を開けて風を受ける事にしていた。
「桃、俺のCD何処にやった?」
「ダッシュボードの中」
尭江先輩はダッシュボードを開けて、勝手にCDをかけはじめる。
「尭江先輩、俺もその歌好きなんです!」
「あっ!? マジで! いいよなぁ……、この歌」
俺が尭江先輩に言うと、嬉しそうな顔をして鼻歌を始めた。そんな尭江先輩を見て、桃ちゃんは微笑みながら、運転している。
「……尭江先輩って、桃ちゃんと付き合ってんのか?」
1番後ろの座席に座っている昭二が、不思議そうな顔をして呟いている。
『ええぇ!?』
俺達他の五人は驚いて、昭二に視線を集中させた。ちょっと……本当、昭二。今頃!?
「え? 俺、変な事言った?」
昭二は隣に座る、朋成くんに助けを求めるように目線を向けると、朋成くんは苦笑いを浮かべていた。
「桃!? 運転に集中しろ!?」
桃ちゃんまで、呆気に取られていて、危なく反対車線に入る車を尭江先輩は、横からハンドルを使い戻していた。昭二、驚く事言わないで。寿命が縮んじゃうじゃん。
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五十嵐、あれだけ二年生の先輩方がからかって遊んでるのに気付かなかったのかよ……。間もなくして、俺達は大手スーパーに到着した。桃ちゃんが駐車場に車を停めると、俺達は車から順番に降りる。
「よし! いっぱい買うぞ!」
「程々にしてくれよ?」
尭江先輩がカートに買い物かごを乗せて、気合い充分で歩き始めると、桃ちゃんは苦笑いをして言っていた。桃ちゃん、本当ご馳走様です。買い物をしながら、店内を歩いていると、花火コーナーが目に入った。
「わぁ! 花火だぁ!」
そのコーナーを目にすると明は目を輝かせて、嬉しそうに駆け出して行った。
「治弥! 治弥! 打ち上げ花火とかもあるよ!」
「はい、はい」
明は満面な笑みを浮かべ俺を呼ぶから、俺は明の元に近寄り、花火コーナーへと移動する。
「泉は可愛いなぁ…、はしゃいじゃって」
「え? 桃ちゃん!?」
その光景を見ていた桃ちゃんは、微笑ましそうな表情を浮かべながら、そう言葉を漏らしているのが、こちらまで届いていた。
「一つぐらいなら買ってもいいぞ?」
「本当!?」
桃ちゃんに言われてると明は、嬉しそうに目を瞬いて再度、確認を桃ちゃんにすると、桃ちゃんは大きく頷き答えていた。
「泉………、その一番デカイセット二つにしろ!」
桃ちゃんの隣に居た、尭江先輩の声が耳に届く。その声に反応して振り向くと、それはもうムスッとした不機嫌な顔付きだった……。
申し訳ない……、尭江先輩。
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「高級国産牛とかにしたら、桃、破産するかな……」
花火も選び終わり、食材を選んでいると、肉コーナーで、国産牛のパックを手にして尭江先輩は、桃ちゃんに流し目で目線を送りながら呟く。
「不吉なこと言わないでくれるかな」
「だって、旨いもん食いたいし?」
そんな尭江先輩に、桃ちゃんは苦笑いを浮かべながら答えると、尭江先輩はわざとらしく首を傾げながら言い切っていた。
「今年の夏休みは、マンションのみになってもいいなら」
「…………」
桃ちゃんの言葉を聞けば、尭江先輩は桃ちゃんの顔を一度見ると、暫く肉のパックに目線を落とす。暫く見ていたかと思えば、無言のまま肉のパックを、元の位置に戻していた。
「行きたいんかい!?」
その様子を見ていた治弥は、思わずといった調子でツッコミの言葉を述べていた。
「遠出だと気兼ねなく出掛けられるし……、さ」
「あぁー、そういうね」
「???」
照れくさそうに自身の髪の毛を弄りながら尭江先輩が言うと、治弥はどこか納得したように言葉を返していたが、どういう事なのか俺にはちょっと判らなかった。
「まったく隠してるようには、見えないですけどね」
「あいつらのせいで生徒会ではあんなんだけど、授業中とかは一応……、滝口だし」
「苗字?」
二年生の先輩方は、桃ちゃんのネタで毎回、尭江先輩をからかっているもんだから、生徒会では暗黙の了解が成り立っている。尭江先輩と桃ちゃんは従兄弟同士っていうのもあるから、多少の噂では怪しまれないのもあるのだろう。
「尭江は、それに拘るな……」
「嫌なもんは嫌なんだよ」
それを思い出してか、尭江先輩は嫌そうに述べていた。
「あー……、桃ちゃん、生徒は苗字で呼んでますもんね」
「あ、そういうことか」
朋成くんが納得したように言い告げると、その言葉を聞いた昭二も納得していた。
「二人の時は、名前で呼んでもらえるならいいじゃないですか」
少し拗ねている様子の尭江先輩に、治弥は宥めるように言っていた。
「生徒会じゃなくても、図書室で会ったりしてますよね。幸せそうでしたよ」
「?????」
一学期に、二人が会ってる所を見たことあるのを告げると、治弥に昭二、朋成くんにまで不思議な表情で見られてしまった。それを思い出したのか、桃ちゃんは自身の額に手を当てて、素知らぬ顔をしていた。
「泉!? それは見てないことにして!」
「え? だって、キスしてましんんんん」
「泉ー!!!!」
俺はさらに言おうとしたら、尭江先輩に口を抑えられました。だって……、凄い幸せそうにキスしてたから。羨ましいって思ったのに。
「まったく隠してないじゃん」
「ははは」
その様子を見ていた治弥が言葉を漏らすと、桃ちゃんの乾いた笑い声が耳に届いた。
-11-
買い物も無事に終わり、昼食も終えて、俺達は夕方まで、時間を潰す事にした。明日の朝には解散になるから、荷物を片付ける者や、そのまま帰省する者もいるみたいで、寮に一度帰って準備する者もいた。
「明は片付けしなくていいのか?」
俺達は時間潰しに、屋上へと来ていた。この学園の屋上は出入りは自由だが、柵があり入っていい区間と、ダメな区間がある。まあ、事故防止の為だろうな。
「ん? あまり、鞄から出してないから大丈夫」
「そ?」
屋上は程よく風が吹いていて、髪の毛をなびかせている。俺達は屋上の影になっている部分、入り口の扉の直ぐ横に腰を降ろしていた。
「お昼食べたら眠くなってきた」
そう言いながら、明は頭を俺の肩にもたれかけてくる。そんな明の肩に手を置いて、俺は、今この時を幸せに感じていた。すぐ側に、君が居る。
それが、凄く幸せだと思う。
「寝る?」
「んー……、なんかそれも勿体ないな」
「なんだそれ」
明の顔を覗き込めば、肩に凭れ掛かったままで、気持ちよさそうに目を瞑っている。俺は明の肩をゆっくりと撫でながら、雲一つない青い空を見上げた。
「……明?」
静かになった明に問い掛けると、返事はなく、代わりに寝息が耳に届いていた。寝入った明の体重が、右肩に重く伸し掛かり、明の存在が主張される。相変わらず、寝るの早いな……。明の寝顔を見て、額に唇を触れさせる。
俺にとって、明は、本当、一生の宝物だよ。
-12-
「美味しそう!!!」
目の前で焼かれているお肉から、香ばしい匂いが鼻に届く。俺は両手に紙皿と割り箸を持って、それが焼けるのを見ながら待っていた。
「ほら、明ちゃん、これ焼けたよ」
トングを使い肉を焼いてくれている平良先輩は、焼けたのであろう肉の一つを俺の皿に乗せてくれた。
「ありがとうございます」
俺はお礼を告げて、それを食べようと、治弥達が居る方に移動しようとその場を離れた。
「泉は、野菜も食べないと大きくならないぞ」
「え?」
「精力つけないとなー」
「ちょ……」
「明都くん、いっぱい食べて大きくなるんだよー」
治弥達の場所に移動してると、その間に次々と俺の皿に食べ物が乗せられていく。それを乗せていったのはもちろん、順番に尭江先輩、咲先輩、牧先輩。
「…………こんなに食べれません!!!!」
治弥達の場所に着いた頃には、俺の皿には食べきれない量の食材が乗せられていた。
「はははは」
「んんんん」
「明都くんの皿、盛り沢山だね」
その皿を覗き込んで確認した治弥は、声を出して笑っていた。朋成くんは朋成くんで、感心したように言葉を漏らしてくる。もー、他人事だと思って……。
「ついでに焼きそばも食うか? 明都」
「もっ! 昭二までやめてよ!」
焼きそばを食べていた昭二まで、冗談のように、焼きそばが乗せられている自身の皿を差出し聞いてくる。
「ほら、明。こっち食べな? それ俺食べるから」
「ん、ありがとう」
どうしても食べきれない俺の皿と、治弥は自分の持っていた皿を交換してくれた。
-13-
「明ちゃん、花火しよう!」
バーベキューもいっぱい食べた頃。日も沈み、桃ちゃんに買って貰った花火をするのに丁度いい具合になっていた。
校庭を桃ちゃんに開放してもらい、バーベキュー機器を並べている横で、平良先輩は花火セットを抱えて明を呼んでいた。
「やります!」
「平良、危ないから少し離れてやれよ」
牧先輩に言われて、明と平良先輩は顔を見合わせてから、バケツを持って皆から少し離れた。
「俺もやる!」
そう言って明達に近寄って行ったのは、尭江先輩。
「治弥もやろうよ?」
明の声が耳に届き、そちらに目線を向けると、明は両手を大きく振りながら呼んでいた。隣に居た朋成に目線を向けると、頷いたから朋成と共に明の方へと近寄る。
「平良先輩、打ち上げ花火やろう?」
数々の花火に目線を向けていると、明は平良先輩にそう問い掛けている。買ってもらった花火のセットは、尭江先輩がヤキモチ妬いた事もあり、打ち上げ花火も入っている大き目のセットのものだった。俺は打ち上げ花火を手に、導火線を確認する。
「治弥、火付けて?」
確認していると、平良先輩は俺に大きい花火用のライターを手渡してくる。それを受け取り、また打ち上げ花火の導火線を再度確認していると、花火をすると言った面々は打ち上げ花火だけを残して、遠ざかっていった。
「……なんか、危険人物扱い?」
まあ、その方が危なくなくていいんだけど……、俺だけ残して遠くに行くのって、打ち上げ花火は全部点けろって事ですね。
-14-
「咲先輩? 何してるんですか?」
治弥が遠くで、打ち上げ花火に火を次々と点けてくれている中、こちら側に居る咲先輩はなにやらロケット花火の設置を始めていた。
「ん? ロケット花火?」
「ロケット花火って、空に向けてやるんじゃないんですか?」
そう咲先輩が、設置しているロケット花火の向きは、何故か先端が、治弥の居る方向に向けられている。
「うん、知ってる」
「いや、知ってるじゃなくて……」
顔はとても楽しそうな表情で、鼻歌交じりに準備をしている。俺が問い掛けても、何も気にした様子もなく返してくる。
「なんか、治弥くん、遠くて寂しいんじゃないかなって思ってさ」
「あれは、打ち上げ花火を点けてくれてるからで……」
「構ってあげたくなるじゃん?」
設置が済んだのか、俺に向き合い答えてきた咲先輩。ライターの火の点き具合確認しながら、機嫌良さそうに言い放つ。
「それはいいんですけど……、それ! 絶対、危ないですって!?」
俺の静止も気に留めずに、ロケット花火への点火を止める事はなかった。
「治弥くん覚悟ー!!!」
「治弥危ない! 避けて!!」
ロケット花火の導火線に火が灯ったのに気付けば、俺は思わず治弥へと知らせる為に声を上げていた。俺の声が治弥に届くのが先か、ロケット花火が治弥の元に到着するのが先か……。向けられたロケット花火は、治弥へと一直線に向かって行った。
危ないって、咲先輩!!??!!??
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「治弥くん覚悟ー!!!」
「治弥危ない! 避けて!!」
打ち上げ花火に点火し続けていると、遠くに行ったはずの明と咲先輩の声が耳に届く。慌てた声の明に何事かと思い、立ち上がりそちらへと顔を向ける。
「え?」
向けて直ぐに視界に入ったのは、響く爆発音と共に、何かの花火であろう閃光が目の前に広がった。
「えええええ!?」
「治弥くーん! もう一回いくよー!」
何が起こったのか理解する時間を与えられずに、咲先輩の声が再び耳に届く。
「いや!? ちょっと待って! 今のなに!!??」
ちょっと、何が起こったのか理解する時間下さいよ。一体、今のなんだ!?
「咲先輩! 危ないですから止めて下さい!」
「ロケット花火がダメなら、ネズミ花火を投げるならOK?」
「そういう問題じゃないです!」
あっちの方で、明は必死に止めてくれようとしているのか、咲先輩との声が聞こえてくる。おい……、今のロケット花火だったのか……。
「ほーら! しゅっぱーつ!」
咲先輩の声を合図に、再びこちらに向かってくる一つの光。
「咲先輩!? こっちまだ打ち上げ残ってるから、引火するって!!!!???」
誰か……、あの人に花火の取り扱い説明書読ませて……。人に向けちゃいけませんって、書いてあるから……。
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「いっせーっの、で付けるの難しいかなー……」
一通りの花火をし終えた頃、平良先輩は何やら、線香花火を手にして試行錯誤を始めていた。
「ローソク使えばどうにか」
「あ、それでいこう。皆! 線香花火1本ずつ持った?」
尭江先輩が案を出すと、ロウソクを何本か並べながら平良先輩は、生徒会のメンバーに声を掛ける。
「なにするんですか?」
ロウソクに火を灯す手伝いをしていた朋成くんは、不思議そうに平良先輩に問い掛けていた。
「競争! 最初に落ちた人がバーベキューの後片付けね!」
「一人で!?」
突拍子もない平良先輩の発言に、生徒会のメンバーは声を合わせて驚いていた。だって、この人数分の片づけって、一人でやったら何時間かかるの……。
「うん、一人で」
満面な笑みを浮かべて、平良先輩は当然でしょ? と言わんばかりに言い切っていた。
「この人鬼だ」
「そんなこと言ってると、やってるとき押すよ?」
「止めて下さい、マジで」
治弥が呆れたように言い告げると、平良先輩は笑顔のままで返していた。平良先輩なら、やりそう……。
「せーっの!」
平良先輩に言われた通りに、全員で一斉に線香花火へと火を点ければ、皆真剣な表情で自分の手元に目線を向ける。さっきまでの賑やかな雰囲気とは打って変わって、静かな時が過ぎていく。
「たっかえくーーん」
「このっ! あほ双子!!! こんな時ばっか息合ってんじゃねーよ!!!」
その静かな時間をぶち壊したのは、双子の先輩の咲牧先輩の声の後の尭江先輩の声。二人の先輩は息を合わせて、尭江先輩の手元を押したようだった。あっけなく、尭江先輩の線香花火の灯は、地面へと落ちていた。
「あーあ……、もうちょっとしたら、治弥を押そうと思ってたのに」
「おい、こら」
そんな様子を見ていた、平良先輩からの本音の言葉が聞こえてくると、治弥は即座に反応していた。
尭江先輩が可哀想で、結局、俺と治弥と朋成くん、昭二に桃ちゃんは片付けを手伝ってあげる事にしたけど、当の二年生の先輩達は、ただ傍で見てからかっているだけだった。こうして、短いようで長かった、5泊6日の生徒会合宿、最後の夜は終わりを告げました。
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