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第13話:夜空の星の下で
夏休みに入り2週間が経った。お盆期間になる数日前に、俺と治弥は、実家へと帰省する事にした。なんで生徒会の合宿が終わって直ぐに、帰省しなかったのかというと、俺の準備に時間が掛かったから、伸び伸びになってしまった。
「荷物多すぎないか?」
「……色々必要かなって思ったら」
寮の部屋の前で、お互いに荷物を持ち、朝、待ち合わせした。荷物を持って部屋を出てきた、俺の姿を目にした治弥は、その荷物に対して言葉を漏らした。旅行バッグに着替えとかを詰め込み、その他に普段使っている紺色の肩掛けバッグ。それにスマホとか財布を入れている。
「一週間も居ないのに」
「必要になるかもしれないじゃん!」
呆れた表情を浮かべながら治弥に言われて、治弥の姿を見れば、リュックサック一つに纏まっている荷物が目に入る。それを見ると、自分の荷物は多いのかなって思ってみたりするけど、それを素直に認めるのは、なんか悔しい。
「それはどうだろうか……」
「うーー」
判ってるだけに治弥の続いた言葉に言い返せずに、俺は思わず唸ってしまっていた。
「持つよ」
「え? 重いよ……?」
唸っている俺を笑って見ていた治弥は、俺の旅行バッグを持って、寮の玄関の方に歩き出してしまった。俺はそれを追い掛けながら、荷物を返してもらおうと手を伸ばす。
「なら代わりに俺の持って」
「でも、これじゃ……」
「大丈夫、大丈夫」
伸ばした手には、俺の荷物よりも軽い治弥のリュックを渡されてしまう。持ってみて判るけど、俺の荷物よりも明らかに軽い治弥の荷物。俺はそれを両手に持って、足を進める治弥の後を追い掛けていた。
「……ありがとう」
なんでそんな、格好いい事、簡単にできちゃうのかな……、もう。寮の玄関を出て、俺は治弥に聞こえるように、お礼の言葉を向けていた。俺の声が聞こえたのか、治弥は立ち止まると振り向いて、俺の方に笑みを向け手を差し伸べてくれている。
「ん、帰ろうか?」
俺は治弥のリュックを背負い、治弥の元に駆け出した。
「うん!」
治弥の手に自身の手を重ねると、治弥はしっかりと握ってくれた。手を繋いで、外に出ると、朝でも夏日は肌を突き刺してきた。俺は治弥と一緒に歩きながら、空を見上げていた。
「いってきます!」
寮の門を出たところで、俺は振り返り、寮の建物を見上げてから、言ってから頭をゆっくりと下げていた。
-1-
寮を出発する数日前。明の荷物がまとまらなく、伸び伸びになってしまった日程。
「ごめんねー、治。実家のおばあちゃんが具合悪いみたいでね、暑さで弱っちゃったのね」
実家に帰省する日時を知らせる為、電話をすると、母親からそう言われた。お盆辺りには帰るって、前もって言ってはいたものの。今年の夏は猛暑にも当たるくらい、暑い日が続いたのも原因だったのだろう。
「いや、それは仕方ないけど……、俺、帰っても平気なの?」
「あ、それは全然いいよ、明ちゃん家にお願いしとくから」
大変なら日取りを変えようと、思ったのだが、返って来た母の言葉はそれだった。明の母親は専業主婦で、俺の母親はパートをしている事もあり、昔から何度か明の母親に世話をしてもらった事もあるが……。俺、明の母親に迷惑掛けに帰るみたいなもんになるじゃないか……それ。
「それはそれでどうなんだよ……」
ん? でも待てよ、ってことは、実家には誰も居ない……。あいつらも居ないって事か……。俺、明を独り占め出来るって事じゃね!?
「……治弥?」
実家に向かう為、電車に乗り込み、生憎、座席は空いていなく、明と二人で出入り口付近で立ちながら、そんな事を思い出していると、何も言わない俺が気になったのか、明に呼び掛けられて俺は我に返った。
「ん? なんでもないよ」
「???」
そんな明の頭を撫でながら、言葉を返したが、明は不思議そうに俺の顔を覗き込んでいた。
電車の窓に視線を移すと、そこは見慣れた景色が流れていた。校外学習の時も通った、線路沿いの景色。学園の最寄駅から三つ駅を通り過ぎた次の駅が、俺達の実家がある駅。駅からは商店街を通って、歩いて住宅街に入り徒歩15分程度で、そんなに遠くもない。
実家の最寄り駅に駅が到着して、俺達は電車を降り、改札口に向かった。
-2-
高校に入学してから、五ヶ月しか絶って居ないというのに、久々に降りた見慣れた風景の駅に、懐かしさを感じていた。
「明、疲れてない?」
「うん、大丈夫」
改札口を出て歩き始めると、治弥は、俺の顔を覗き込みながら聞いてきた。
駅前の商店街を抜けて、住宅街に入ると、俺達二人の家が隣同士で並んである。見慣れた町並みを歩き続けていた。商店街を歩いて居ると、その並びには見た事のないお店が目に入った。
「ペットショップだ」
そのお店の前で、俺は立ち止まり視線を向ける。その店はペットショップで、ガラス張りの外壁、子猫と子犬がゲージに入って戯れている。ガラスから店の中も見る事が出来て、中にはペットのおもちゃも置いてあるようだった。
「本当だ。いつの間に出来たんだ?」
立ち止まった俺の隣に来ては、治弥も店の中を見渡し言葉を漏らしていた。学園に入学してからの5か月の間に、この店は出来たのだろう……。ここにあった前の店ってなんだっけ……? 思い出せない。
「入りたい?」
治弥は俺の顔を覗き込みながら、笑って言ってきたんだ。きっと、俺の行動って単純だと思ってる……。でも、実家で待っているニケに、お土産を買いたい俺は黙って頷いた。
「入ってみるか」
頷いた俺を見て微笑むと、治弥はそう言って、俺の頭を軽く叩き、店に入って行った。
「まっ、待ってよ!」
先に店に入った治弥を、俺は慌てて追い掛け店に入った。
-3-
ペットショップに入って買い物をした後、俺達は自宅に向けて、住宅街を歩いていた。猫じゃらしの入った袋を抱えて、終始笑顔の明。ニコニコニコニコって、可愛いぞ? 明都くん?
家の前に着いて、俺達は互いの荷物を取り替え、それぞれの自宅へと入って行った。
「!?」
誰も居ない筈の俺の自宅は、何故か鍵が開いている。そっと玄関を開けると、見慣れた男物の靴が二足。
「まじかー……」
俺はその二足の靴を見て、落胆した。あいつらが何故か居る!?
『明ちゃんは!?』
「……、自分の家」
玄関の閉まる音を聞いて、リビングから飛び出してきた二人の男共。俺は素っ気なく返事を返した。
「お前ら仕事はどうした!?」
「明ちゃん帰ってくるって聞いたから」
「そのために休みもらった!」
今はまだお盆前。会社が休みになるにはまだ早い。俺が靴を脱いで、リビングに向かって行くのにも、ソワソワとついてくる。
「……隣に行って来たら? 明居るよ?」
今は、ニケに夢中だと思うけど。テーブルにリュックを置いて、俺はソファに腰を下ろし、つきまってくる奴らに言ってのける。
「入りづらいんだよなぁ?」
「そう、そう……、治が居ないとお隣さんは招き方が違う」
なんだそれ? まぁ確かに、明の母親には、何故か気に入られてるけど。
「……で? 俺にどうしろと?」
『明ちゃん呼んで?』
笑顔で二人は同時に言い切ってくる。その二人の様子を見ては、俺は自然とため息が漏れてしまっていた。仕方なく、俺はスマホを操作し明を呼ぶことにした。全く、この兄貴共は!
-4-
「明ちゃん? お昼まだでしょ? 治くんのも用意したから、持って行ってあげて?」
俺は治弥に電話で呼び出された事を母親に伝えると、お盆に用意された昼食を渡された。それを持って、玄関で靴を履いてると傍らに、愛猫のニケが擦り寄ってくる。
「ニケも行く?」
俺がそう問い掛けると、ニケはゴロゴロと喉を鳴らしながら、俺の肩に乗りそこに収まってきた。お盆を持って隣の治弥の家へと向かう。玄関の前に着き、なんとかチャイムを鳴らす。
「!?」
な、なに? 家の中では物凄い勢いの足音が、こちらへと近寄ってくるのが耳に届いた。足音が静かになると、玄関の扉は、さっきまでの音とは逆に、ゆっくりと静かに開けられる。
『明ちゃんおかえり!』
「南兄! との兄!?」
玄関の扉が開けられた瞬間、俺は治弥の二人のお兄さんに抱きしめられました。誕生日の時にも会ったから久しぶりって程でもないけど長男の南飛、もう一人のお兄さんが次男のとのは、二人共、就職と共に別に住んでるんだけど……。
びっくりした!? 帰って来てたんだ!? 玄関の直ぐ脇に治弥の家はリビングがある、その扉に目線を移すと、苦笑いを浮かべている治弥が、その扉に寄り掛かっているのが見えた。
「兄貴共、明の持ってるお盆が落ちるぞ……」
呆れた表情のままの治弥がそう言うと、南兄に手に持っているお盆を取り上げられてしまう。
「さっさっ! 明ちゃん! 早く中に入ろう?」
「は、はい!」
との兄は俺の肩に乗ってるニケの頭を撫でて、俺を家の中に入るように促した。靴を脱いで玄関を上がり、治弥の横を通ると、苦笑いのまま俺の頭を撫でてきた。
-5-
「これ、お母さんからお昼ご飯」
明は、テーブルに持ってきたお盆の中身を広げて言ってきた。
「おおー、サンキュー」
テーブルを挟み、俺の向かいに座る明。というより座らせられた明。両隣は、バカ兄貴二人が占領している。明の愛猫ニケは、俺の膝の上。
「ニケ……、明、盗られちゃったな?」
膝の上にいるニケの頭を撫でながら小声で言うと、ニケは「んなぁ~」と返事をするように鳴いていた。明が小学生の時に、飼い始めたペルシャのニケ。毛並みがふさふさしてて、撫でるとニケは触り心地がいい。明と一緒に居る事が多かった俺だから、ニケも自然と俺に懐いてくれている。俺の膝の上で、尻尾を丸めて、安心しているように眠っている。
「二人は仕事休みなんですか?」
「久しぶりに明ちゃん帰って来るのに、仕事なんてしてる場合じゃないさ!」
「そうそう」
南兄が力を込めて説明すれば、との兄は頷いて同意している。この二人の明溺愛ぶりには、関心するものがある。
「治ばっか独り占めしてさ」
「ずるいよなー」
はい。勝手に言ってなさい。二人の言い分を聞き流しながら、俺は昼飯を口に運んでいた。
「だって、俺が治弥と一緒に居たいんですもん!」
「ぶっ!?」
明都くん!? 何笑顔でさらりと言ってくれちゃってんの、なに、それ嬉しすぎるんだけど……。
「治!? 汚い」
「全く、この弟は!?」
急いで口元を俺は押さえたので、噴き出しはしなかったが、そんな俺に、南兄は布巾を差し出してくる。それを受け取り手を丁寧に拭いた。明は突然、照れもせずに嬉しい事を言ってくれる事があるが、突然過ぎて、俺はそれに驚く事が多い。
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「治弥大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
布巾を受け取って、手を拭いている治弥に聞くと、治弥は笑顔で返してきた。
四人で話をしながらお昼ご飯を食べていると、突如、南兄の携帯が着信を告げた。南兄はスマホの画面を確認しては、慌ててソファから立ち上がり、スマホを操作し着信に出ながらリビングから出て行った。
「どうしたんだ? 兄貴」
との兄は不思議そうに、リビングの扉を見ながら、俺達に問い掛けてくる。
「叶羽さんだろ?」
そんなとの兄に、治弥は驚く様子もなく平然として答えていた。
「今、一緒に住んでんだっけ?」
「そうみたい」
治弥ととの兄は、どこか他人事の様に話している。
「との兄、何日有給取ったんだ?」
「俺? ……今日だけしか取れなかった。所詮は、新入社員だしな」
との兄は、大学を卒業し、今年から一人暮しを始めて、新入社員として働いている。花沢家は自立を進める治弥の父親が居るので、南兄もとの兄も就職と同時に、一人暮らしをするのが当たり前になっていた。治弥も今年から寮に入ったから、治弥の実家には、治弥の母親と父親しか今は住んでいない。その両親も今は、治弥の母親の実家の方に行っているらしいと、さっき、俺の母親から聞いた。
「じゃぁ…、今日帰るんだ?」
俺がそう言いながら、との兄の袖を掴んで見上げると、との兄は俺を抱きしめてきた。
「明ちゃんの為なら、もう一日休んでもいいよ?」
「仕事しろ!」
との兄がそう言うと、治弥は言い返しながら、今まで履いていたスリッパをとの兄に投げ付けていた。
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俺は明のおばさんからもらった昼飯を食べ終え、片付ける為にお盆に乗せて、キッチンに向かう。廊下に出れば、そこで電話をしていたのか南兄の姿があった。俺に気付いた南兄は目線を向けつつも、電話での話を続けていた。
「叶羽!? 違うって、信じてよ?」
なんか解んないけど、喧嘩してるみたいだ。南兄の前を通り過ぎようと横を通ると、俺は南兄に腕を捕まえられた。
「!?」
突如の事で驚いた俺は、掴まれた腕と南兄の顔を交互に見比べてしまう。
「治! お願い! 叶羽を説得して?」
はい!? 事情が解んないのに何を説得しろというんだ!? この兄貴は!?
南兄は俺に自身のスマホを無理矢理に預けて、お盆を取り上げキッチンに向かって行ってしまった。仕方なく、俺は電話に出る。
「もしもし?」
「え? あれ? 南、飛?」
兄弟だから、声似てるのであろう、電話越しだから尚更かもしれない、携帯に出ると、叶羽さんの戸惑った声が耳に届いた。
「俺、弟の治弥です」
「あっ、治くんか、……あれ? 南飛は?」
問い掛けられてる当の南兄は、お盆を片付けて直ぐに戻ってくると、俺の目の前で懇願するように両手を合わせていた。
「逃げました」
「は、治!?」
正直に答えてやった。
-8-
「明! 今夜、花火大会行こうか?」
食器を片付けて、戻ってくるなり、治弥は開口一番にそう言った。俺は意味が判らなく、首を傾げてしまった。
「え? ……うん」
花火大会は行きたいけど、急にどうしてそんな話しになったんだろうか?
「南兄が好きな物買っていいって?」
南兄? どうしたの? 俺は治弥の後ろに居る南兄に視線を向けると、南兄は苦笑いを浮かべていた。
「治……、本当に頼むよ?」
「分かってるって! 叶羽さんの機嫌直せばいいんだろ?」
話についていけない、俺ととの兄は、二人で顔を見合わせてしまった。二人の話を聞くに、叶羽さんが何やら機嫌が思わしくないので、その機嫌を直す為、今夜ある花火大会へと行く約束をした。だが、南兄だけでは喧嘩になってしまうので、俺と治弥も連れて行ってくれる事になったらしい。
「との兄も行く?」
「……行きたいけど、今日休んだ分明日は、仕事早いから無理かな?」
との兄は、俺の頭を撫でながらそう答えた。との兄の会社は、ブティックを経営している会社で、お店の方の配属ではなく本社の事務的仕事をしているが、お盆期間は忙しくなるから、お店の方の援助に出るらしい。お盆期間の前の今日は休みをもらえたが、その後は仕事で時間は取れないとか。仕事するのって、大変だ……。
俺は、膝の上で寝ているニケの頭を撫でながら、そう思っていた。
-9-
「戻ってくんの早いな、俺まだ準備してないんだけど」
との兄がアパートに帰るのに合わせて、南兄は叶羽さんを迎えに、一旦アパートへと帰って行ったが、思ったよりも戻ってくるのが早く、準備をまだ終えてない俺は、思わず南兄にそう告げてしまっていた。
「叶羽が早く、治と明ちゃんに会いたいって言うから」
「いいだろ……、南飛は会ったみたいだけど、俺全然会ってないんだから」
リビングで準備をしながら、南兄と叶羽さんと話をしていた。俺の準備が終わるのを、待っていてくれている。南兄たちが高校の時ぶりの、久しぶりに会った叶羽さんの姿は、高校時代とは変わっていなく、懐かしさを感じていた。
「叶羽さん……、機嫌普通に直ってますね」
話している様子を見ていると、叶羽さんの機嫌は直っているように見えて、俺は思わずそう口にしていた。
「……そんなことない」
「治……、思い出させんなよ」
俺が口にすると、叶羽さんは思い出したように、表情は不機嫌へと変えてしまった。その不機嫌な表情のまま、南兄を睨んでいる。睨まれた南兄は、苦笑いを浮かべていた。
「え? あ、わりぃ」
ちょっと、南兄が不憫に思えてしまって、俺は謝罪の言葉を咄嗟に言っていた。
「治くん!」
「は、はい」
突如、叶羽さんは俺の元に来たかと思えば、両肩を手で押さえられて、真剣な眼差しを向けられる。
「今度南飛が治くん達に会いに行く時は、俺にも連絡して! 俺も明ちゃんに会いたいんだから!」
「……叶羽さん、南兄の明溺愛移ってますよ」
真面目な表情で、何を言うのかと思えば……。叶羽さんが拗ねた理由は、南兄が明ばかり構うからだったのか……。
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「明ちゃん! 治くん迎えに来たわよ!?」
花火大会に行く時間まで、俺は暇を潰していたら、約束の時間までお昼寝をしてしまった。
「!?」
ヤバイ! 俺準備してない! 部屋の窓から玄関を見下ろすと、門の前で治弥は待っていた。
「治弥! ちょっと待ってて」
治弥に叫んで言うと、治弥は俺を見上げて、笑いながら右手をヒラヒラさせていた。急いで着替え、寝癖を直して、右肩から下げる鞄を持って、俺は慌てて階段を駆け降りた。玄関を勢いよく開いて、治弥の元に駆け寄る。
「はぁはぁ、ごめっ……治弥」
荒れた息を整えながら、俺は治弥に謝ると、治弥は笑って頭を撫でてきた。
「明ちゃん!」
声をかけられ治弥の家の前を見ると、一台の見覚えのある車が目に入った。それは、南兄の車で、花火会場に行くのにアパートに取りに行ってくれたようだった。
「……叶羽さん?」
「明ちゃん! 久しぶり!」
見覚えのある顔を見て、俺は思わず笑ってしまった。だって叶羽さん、高校の時と変わってない。車から降りてきた叶羽さんは、俺を抱きしめていた。
「あぁー明ちゃん、随分可愛く育って、治くんにいいようにされてない?」
「え!?」
叶羽さんの言った言葉が、意味がわからず俺は思わず声が出てしまったが、叶羽さんを見上げていると、治弥に腕を引かれた。
「俺は南兄とは違いますから? 大事にしてますよ」
腕を引かれ、治弥に抱き寄せられると、治弥は叶羽さんにそう言った。
「治弥!?」
ここ道端!? 玄関の前!?
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「治弥! あれ、やりたい!」
「明! 待って」
なんとか、花火会場に到着した俺達は、南兄が車を駐車場に停めてくれて、祭りの屋台が並び立っている会場を歩いていた。一つの屋台を見ると明は俺を呼ぶ。明に呼ばれた俺は南兄の鞄を弄った。
「治!? それ俺の財布!」
「奢ってくれるって言ってたじゃん!」
南兄から財布を奪い、明が呼んでるくじ引きの店の前に移動した。そんな俺らを見て、叶羽さんは苦笑いしている南兄を慰めていた。
『一回お願いします』
店の人にお金を差し出しながら、俺が言うと他の客と声が被った。隣にいる人物を見ると、目が合った。
「桃ちゃん!?」
「は、花沢?」
生徒会顧問、滝口 桃先生。その人だった。
「治弥? どうしたの?」
そんな俺の様子に不思議に思った明が、俺の陰からヒョコッと顔を出す。
「あれ? 桃ちゃんだ」
そこに居た桃ちゃんに気付いたらしく、明は桃ちゃんに近付いていた。
「……、桃ちゃん浮気?」
明は首を傾げながら言うので、明の視線を辿りながら移していくと、桃ちゃんの傍らに浴衣を身にまとった綺麗な女の人がいた。決して、俺とは目線を合わせない。……どっかで、見た顔? 桃ちゃんって辺りで、連想させようよ? 俺!?
「……何してんすか? たっ!?」
「名前呼んだら、殺す」
突如、浴衣美人に抱き着かれて、首に腕を回されたかと思ったら、耳元で囁かれた。その聞き覚えのある声。浴衣美人……、似合ってますよ? 尭江先輩。
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なんで? なんで、この人治弥に抱き着いてんの!? なんか、俺泣きそう。治弥も嫌がってないし……。俺は治弥の袖を掴むと、背後から声が聞こえて来た。
「あれ? 桃先輩?」
「治くんと知り合いなんだ?」
南兄と叶羽さんがなかなか戻らないから、俺達の元にやってきたみたい。桃ちゃんと話しているのに気付いた二人は、各々に話し掛けていた。
「花沢って珍しい苗字かと思ったら、お前ら兄弟か?」
桃ちゃんは、治弥と南兄の顔を交互に見ては言っていた。
「このくんならまだしも、治くんは南飛と似てるんだから気付こうよ? 桃先輩?」
溜め息交じりに、叶羽さんは桃ちゃんに向かって言っている。二人共、桃ちゃんの知り合いだったんだ……。そんな二人を凝視している、浴衣の人。今だ、治弥から抱き付いたままで離れず……。
「うぅ~~~」
「明?」
俺は、治弥の袖を掴んで、見上げて言った。
「治弥は、俺のなのに」
触んないでよ……、俺の治弥に、もう、やだ。どうしようもない気持ちが、胸の中で渦巻いてて。瞳に涙が溜まってきた。叶羽さんや、南兄や、桃ちゃんが驚いて、俺を見ているのにも気付いてたけど……。どうしようもない気持ちは、止められない。
「あ、明? 違うよ? これ尭江先輩だって!」
「…………」
治弥にそう言われ、俺は浴衣の人の顔を覗き込んだ。
「尭江先輩!?」
花火会場に到着したのは、もう夕暮れで薄暗く、屋台の電灯で少しは明るいが、しっかりと顔を確認することが出来なかったが、治弥に言われて、浴衣の人の顔をちゃんと確認すると、それは確かに、生徒会の書記で、駿河学園の先輩である、滝口尭江先輩の顔だった。
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尭江先輩に口止めされたけど、俺的には明の方が優先。これ、当たり前。明が見せた表情から察するに、明が若干拗ねていたので、俺は浴衣美人の正体を教えてあげる。
「はぁ~なぁ~ざぁ~わぁ!?」
明にバレてしまった事で、漸く俺から身体を離した尭江先輩は、俺の襟を掴んで睨んできたけど、尭江先輩? そんな可愛い恰好じゃ、怖くもなんともないですよ?
「桃先輩溺愛の、従兄弟の尭江くん?」
「うっわぁー!? めちゃくちゃ美人さん?」
南兄と叶羽さんは、尭江先輩を囲みながら、尭江先輩を観察し始める。浴衣姿であるから、尭江先輩の色白の肌は際立っていて、美人という表現はしっくりきていた。南兄と叶羽さんが桃ちゃんを桃先輩と呼んでいる事から、同じ学校の出身だったのだろうと、会話の中から想像がついた。桃ちゃんも駿河学園の卒業生だったのか……。
「え? ……だ、誰? 桃?」
「高校の時の後輩」
桃ちゃんに目線を送りながら尭江先輩が言うと、桃ちゃんは苦笑いをしながら答えていた。戸惑っている尭江先輩の様子をお構いなしに、南兄と叶羽さんは観察を続けている。この様子だと、尭江先輩の話は聞いたことがあるが、会うのは初めてなのだろう。
しかし、明は相変わらず、俺に引っ付いて、肩に顔を埋めたままだった。そんな明の頭を撫でてやると、目を潤ませながら明は、俺を見上げてきた。
「明?」
「治弥触られるのやだ」
あぁー、めちゃくちゃ可愛い。明は俺の頬に唇を添えては、また肩に顔を埋めた。南兄も叶羽さんも尭江先輩に夢中でこっちには気付いてないから。俺は明にソッと触れるだけのキスをした。
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「これどうなってるんすか?」
結局、桃ちゃん達と行動を共にすることになり、昔話に花を咲かせている南兄達の後ろを歩きながら、俺達三人は話をしていた。屋台が両端に並ぶ通路とも言える道を、屋台で順番待ちをして並んでいる他の人達を避けながら、目的もなく花火が上がる時間まで歩き続けていた。
「俺も解んないし?」
治弥の問い掛けに、尭江先輩は首を傾げて答えている。どうやって脱ぐ気なんだろう? そして、どうやって着たのだろうか。俺を挟んで両側にいる、治弥と尭江先輩の会話が行き交う。
「桃が脱がしてくれるって」
はい!? 平然と答える尭江先輩。俺は思わず、右側を歩いている尭江先輩の顔を凝視してしまった。
『なになになになにぃー!?』
その時、それを丁度よく聞いていた、南兄と叶羽さんが食いついていた。それはもう、物凄い勢いで、前を歩いていた二人は、振り向いてこちらへと近寄ってくる。
「あれほど、男同士だしとか……」
「年の差がぁとか、言ってた先輩が!?」
『従兄弟の尭江くんに、手出しちゃったんだ!!』
最後には声を合わせて、二人は言っていた。尭江先輩、耳塞いじゃった。
「お前ら、煩い」
桃ちゃんも険しい顔で、二人を軽く叩いていた。
「だって桃先輩!? あれ程、尭江くんだけは無理なんだって、言ってたじゃないですか!?」
「そうそう、でも結局最後には、‘でも可愛いんだ’で終わってたけど」
桃ちゃん、暴露されてる。俺は隣に居る尭江先輩の顔を横目で見ると、顔を真っ赤にさせつつも、何処か嬉しそうだった。
-15-
ピコピコピコピコ………。
「何してるんですか!? 尭江先輩!?」
「花沢の兄貴達に、桃を取られた仕返し」
まぁ……、確かに久々だからか、桃ちゃんは南兄と叶羽さんと話してばっかだな? だからって……。
「ほらっ、泉もやれ? ピコピコ鳴って面白いぞ?」
「え?」
くじ引きで当たった景品のピコピコハンマーで、俺の頭を叩くのやめて下さい。
「……って明もやらない!?」
尭江先輩からピコピコハンマーを受け取った明は、俺の頭をピコピコ叩いてるし。
「桃ぉー! お腹空いたぁ!」
「え? 何食べたい?」
ピコピコハンマーに飽きた尭江先輩は、桃ちゃん達の元に走って行った。尭江先輩って、桃ちゃんには我が儘なんだ? その時、歓声が上がり、真っ暗な星空を見上げると、一筋の光りが天へと登り始めていた。
「明? 花火始まったよ」
「ん?」
尭江先輩から受け取った、ピコピコハンマーを弄っている明に教える。明が空を見上げるのと同時に、胸に響く音と共に空には大きな花が咲いた。
「きっれいぃ~!」
花火を見上げる明の横顔を、俺はただ見とれていた。明の瞳の中には、花火の光が映って、きらきらと輝いていた。
-16-
楽しかった時間はやっぱり、あっという間に過ぎ去っていく。俺達は、なかなか進む事の出来ない車の中に居た。
「治、俺このまま叶羽とアパート帰るからな?」
南兄は、残りの盆休みを叶羽さんと過ごす事にしたみたい。
「どうぞ、ご勝手に」
治弥は後部座席の俺の隣で、頭の後ろで腕を交差させながら答えていた。横目で治弥を見ていると、目線が絡み合う。目が合うと、治弥は笑顔を見せて、俺の手を握りしめてきた。南兄達に見られたらと思うと、恥ずかしくもなったけど、手から伝わる治弥の温もりが、とても心地よくて、俺は放す事が出来ないで居た。指と指を絡ませながら、治弥は更に強く握りしめてきている。
そうこうしているうちに、漸く車は治弥の家の前に辿り着いた。
「戸締まりとか、しっかりしろよ?」
「大丈夫だって」
車を降りると南兄は心配そうに声をかけてきた。それに治弥は苦笑いで答えている。やっぱり心配だからと、家に居ると言い出した南兄は、叶羽さんからきついお叱りを受けて、漸く車を発進させた。車を見送り、治弥と顔を見合わせると、なんだか恥ずかしくなっちゃったんだ。
「お、俺……か、帰るね?」
俺は治弥にそう告げて、自分の家に向きを変えると、治弥に腕を引かれた。
「は、はる、み?」
腕を引かれて、治弥の胸の中。
「……今日、俺の家、泊まって行って?」
耳元で囁かれて、俺は胸の鼓動が激しくなるのを感じていた。
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