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「これまで、ゴダールが麻薬工場を持ってるなんて話、聞いたことあったか? しかも、そんなでかい密造、俺たちの情報網に引っ掛からないわけがねぇ。それになぁ、いくら監視が厳しかったとしても、村人のひとりやふたり、逃げ出してきたとしてもおかしくはねぇだろ? そんな輩から、おのずと噂は広まるもんだ。エルネスト、これが何を意味してるかわかるか? え?」
バッガスがリヒャルトを睨み付けた。
「この情報は俺たちを嵌めるための罠で、こいつは二重スパイなんだよ!」
するとリヒャルトは、バッガスの蔑むような視線を正面から受け止め、小さな溜息を吐いた。
「村人の全員が、麻薬漬けにされているのです」
「……っ?」
「労働の報酬として麻薬が支給されている。村人たちは、工場を離れたくても、麻薬欲しさに離れることができない」
「……くそっ、卑劣なっ」
沈着な声で告げられた事実に、エルネストが拳を握り締める。
「それに、私の両親は、あの二十年前の政変で殺されました。ゴダール政権の極秘情報と、私的な怨恨。あなた方の仲間に入れてもらうには、これでもまだ不十分ですか?」
「……っ」
バッガスが悔しそうに歯噛みする。するとリヒャルトのアイスブルーの瞳がスッと横に流れ、エルネストを捉えた。
「随分とお若いが、あなたが、反政府組織『太陽の国』の長、エルネストなのですね?」
「……反政府、だって?」
エルネストは鼻で笑って、癖のある黒髪を掻き上げた。
「俺たちは今も昔もこの国の民だ。主権者だ。軍部大臣だったゴダールが奪ったこの国の平和を取り戻そうとしている、ただそれだけだ」
突然、リヒャルトが跪いた。
「私も、あなたと願いは同じなのです」
そしてエルネストが組んでいた脚の先に顔を近づけていく。リヒャルトはエルネストの編み上げブーツの甲に口づけた。
「これでどうです? 信じていただけましたか?」
そう言ってエルネストを見上げたリヒャルトに、その場に居た全員が瞠目し、息を呑んだ。
エルネストにとって、靴は特別だった。
父親は町でも評判の靴職人であり、小学校を出たエルネストも見習いとして父親の靴屋で働き始めた。将来は父のような立派な職人になるのだと、信じて疑わなかった。
政変が起こったのは、そんな十三歳の頃だった。
父も、靴屋も、将来の夢も、跡形もなく消え去った。
特産品も何もなく、貧しいけれど、平和で穏やかな国だった。
――そう、あの日までは。
「やめろっ、そんな忠誠、俺は望んでいない」
振り切るように椅子から立ち上がると、エルネストはサイドテーブルにあった蒸留酒をグラスに注いだ。
「確かに、この組織は俺が作った。だが、ひとりひとりが対等な仲間だと俺は思っている。飲め、これは契りの酒だ」
立ち上がったリヒャルトにグラスを差し出す。
「……いえ、結構です」
「てめぇ、俺たちの酒が飲めねぇって言うのかっ」
バッガスが激昂し、リヒャルトの胸倉を掴む。
「ははっ、この期に及んで、毒でも入っていると?」
エルネストは自身で酒を飲み干してみせた。そして薄青の瞳を見据えて告げる。
「リヒャルト、俺はおまえを信じる」
するとリヒャルトは、バッガスを振り払い、エルネストの手から奪うようにグラスを取って自ら酒を注ぐと、一気に呷った。
「ゲホッ……ゲホッ」
しかし、すぐさまむせて、口元を覆う。
「くくっ、なんだ、リヒャルト。おまえ、ただ酒が飲めないだけだったのか」
エルネストはリヒャルトのその様子に、声を上げて笑い、シルバーブロンドの髪をぐしゃりと撫で回した。
「ちょっ……」
「悪かったな」
そう告げて、取り上げたグラスをサイドテーブルに置くと、「次の目標が決まった」エルネストは表情を引き締めた。
「麻薬工場の壊滅。ゴダール政権の資金源を断つ」
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