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第2話
『太陽の国』に迎え入れられてから、ひと月が経過していた。リヒャルトは政権の動向を探り、その情報を流すため、政府高官としての仕事も続けている。
そんなある日曜だった。車で三時間もかけてエルネストに連れて来られたのは、平野の広がる牧歌的な村だった。
「サファルト村だ。のどかでいいとこだろ?」
両腕を大きく突き上げて深呼吸をしたあと、エルネストがこちらを振り返った。
「……そうですね」
リヒャルトは淡々と答えて、思わずその視線から顔を逸らす。
確かに、『太陽の国』がアジトを置いている街より、ずっと南に位置しているせいもあって、雪もなく、吹いてくる風も穏やかだった。
『麻薬工場の壊滅』
そう目標を定めたあと、武器の調達などに奔走しているのかと思っていたのに、どうしてこんな場所に連れて来られたのか、リヒャルトは皆目見当もつかなかった。
「わあ、エルネストさんだ!」
「ほんとだ! 久しぶり!」
その歓声に顔を上げると、男女の子供たちが五、六人駆け寄ってきていた。
「おう、おまえら、元気にしてたか?」
「うん! 去年は小麦がいっぱい獲れたから、冬もお腹いっぱいで過ごせてるんだよ!」
「そうか、そうか。あ、そういやアンネの子はいつ産まれるんだ?」
「もうすぐ!」
「もし男の子だったら、エルネストって名前にしたいんだって」
「こらこら、おまえたち、エルネストをこんなところに引き留めて」
そこに、杖を突いた白髪の老爺がやってくる。
「おう、マーヤ爺さん、達者か?」
「おうよ、おまえさんのせいでお迎えが来るのが遅くなっちまって、困っとるよ」
不謹慎なことを言い合いながらも、ふたりからは終始笑みが絶えない。長い付き合いであるだろうことが窺えた。
そのまま、この村の長老だというマーヤの家に案内される。
「マーヤ爺さん、今日は頼みがあって来たんだ」
出されたバター茶を飲みながら、エルネストが切り出した。
「時期はまだわからないんだが、百人ほどをこの村で受け入れてもらいたい」
リヒャルトは驚きの顔で隣のエルネストを見た。
百人。
それは、麻薬工場で働いている村人六十三人とその家族を含めた数だと、すぐにわかった。
マーヤは茶を啜ったあと、静かに頷いた。
「もちろんだ」
「そんな! できるわけない!」
リヒャルトは思わず叫んでいた。
村の様子を思い返す。村のあちこちに用水路が流れ、田畑は潤っていた。山の手には果樹なのか、木々が立ち並んでいたのも見えた。
しかし、この長老の家中を見ても、その暮らしぶりは質素で、とても百人もの人間をこんな村で養えるとは思えない。
「おまえさんは新入りかい?」
マーヤは湯呑をテーブルに置くと、リヒャルトに目を向けた。その眼差しは小さな子供を諭すかのように柔らかだった。
「元々この村は、あの二十年前の政変と干ばつで荒廃し、人っ子ひとりいなくなっていたんじゃ」
「え……」
「じゃが、エルネストが変えてくれた」
マーヤは皺だらけの両手を見た。
「用水路をつくり、川から水を引き、土地を潤わせた。作物がとれることがわかれば離れていた村人たちも戻ってきた。食うものに困らなければ人の物を盗むこともない。自然と治安も改善された」
先ほど駆け寄ってきた、子供たちの無邪気な笑顔がリヒャルトの脳裏に浮かんだ。
「何年もかかっちまったたけどな」
エルネストが苦笑する。
「マーヤ爺さんはじめ、村人みんなでやり遂げたことだ」
「じゃが、エルネストが始めてくれなければ、村は戻らなかった。おまえさんの頼みなら、わしはなんでも聞くわい」
そう言って豪快に笑った。
「でも、受け入れていただきたい百人は、ほとんどが薬物中毒者です。そんな人々を……」
「ああ、この村にも昔はたくさんいたよ。最初は手こずるだろうがね。エルネストの仲間である、ドクターシラギも力になってくれるじゃろ」
リヒャルトが言い募ったが、その憂慮をマーヤは一蹴する。
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