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第3話
リヒャルトの情報から、麻薬工場において監視人員の大幅な入れ替えが近々行われることがわかった。しかも今度配備されるのは軍の新兵らしく、その日を狙って、襲撃を実行することとなった。
働かされている村人の救出を最優先し、そして工場設備の破壊活動を行う。もちろん倉庫に蓄えられている麻薬はすべて焼き払う予定だ。エルネストは部隊の編制や武器・弾薬の調達など、最終調整に入っていた。
机上の時計を見た。深夜になろうとしていた。アジトにしているこの地下の部屋は、季節感も時間の感覚もわからなくなる。
「エルネストさんっ!」
ロイがノックもせずに、息堰切って部屋に入ってきた。
「どうした」
書類から顔を上げると、見たこともないほどロイの顔は青ざめていた。
「バッガスさんが、リヒャルトさんを……!」
ロイに続いて、地下倉庫に駆け込む。
普段なら武器や食料が片隅に積まれているだけなのだが、大勢が見上げる視線の先に、リヒャルトが天井から吊り下げられていた。頭上でまとめ上げられた両手首には鈍色の鎖が巻き付いている。上半身は裸で、いくつもの赤い裂傷ができていた。床には鮮血が滴り落ちている。頬は腫れ上がり、猿ぐつわを嵌められた口からは、苦悶のうめきが漏れていた。
「一体、何してるんだっ!」
エルネストが叫んだ。
「エルネスト、こいつはやっぱり二重スパイだったんだ」
得意げにそう答えたバッガスの手には黒いムチがあった。
「昨夜、こいつを自宅まで尾けたんだ。そこで、俺は何を見たと思う?」
ぶら下げられたリヒャルトに視線を遣り、バッガスは嘲弄するように唇を歪ませた。
「両親ともにピンピンしてたぜ。政変で殺されたなんて嘘っぱちだ。しかも近所の奴に聞いた話じゃ、こいつはゴダール少年団に入っていたとさ」
『ゴダール少年団』
優秀な子供たちを集め、幼い頃からゴダールの思想を植え付ける組織。
ゴダールのためなら、命さえも投げ出す忠誠心を刷り込まれると聞く。その中でも特に優秀な子供は青年団へと招き入れられ、政府の要職に就くこともできる。
「リヒャルトは生粋のゴダール政党員だったってわけさ。これでわかっただろ? 今度の襲撃は俺たちを陥れる罠だ」
バッガスが吐き捨てる。
「エルネストの靴にキスするなんて、とんだ道化だぜ」
エルネストは全身の血が凍りつくような感覚がした。だがそれは、リヒャルトの経歴に関してではなかった。
「……どんな理由があろうとも、『太陽の国』では暴力は許されない。忘れたのか?」
静かに言う。
「リヒャルトを今すぐ下ろせ」
「おいおい、俺の話を聞いてたか!? こいつは」
「リヒャルトを下ろせっ!!」
倉庫中にエルネストの怒声が反響した。その場に居た全員がビクリと委縮する。すぐさま滑車が動き、リヒャルトの身体が床に下ろされた。
「早く手当てをしなくちゃ! あ、僕、ドクターシラギを呼んできます!」
「いや、彼は今、アンネの出産のためにサファルト村に行っている」
ロイに答えながら、エルネストは猿ぐつわを剥ぎ取った。リヒャルトは途端に咳込み、血の混じった唾液を吐き出した。
「おい、リヒャルト、大丈夫か!?」
頬を叩きながら呼びかけると、虚ろな目がエルネストを捉えた。が、一瞬だった。すぐに腕の中で意識を失う。
「とりあえず俺の部屋に運ぶ。薬箱と水、それと清潔なタオルを持ってきてくれ」
ロイに指示を出しながら、リヒャルトを横抱きに抱え上げた。
「おい、エルネスト! そいつは裏切り者だ! 今すぐ始末しないと後悔することになるぜ!」
背後から、バッガスの叫び声がいつまでも聞こえていた。
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