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 あれは、初雪が降った日。父親の靴屋へと向かう、いつもの朝だった。母親の居ないエルネストは、朝食の後片付けを済ませ、アパートの玄関を出た。 「寒っ!」  両手に息を吹きかけていると、小さな男の子が楽しそうに雪道を歩いているのが見えた。ピカピカの黄色い長靴は新品なのか、嬉しそうに初雪に足跡を付けている。微笑ましく見遣ったあと、エルネストも足を踏み出そうとした。  閃光。爆音。爆風。  次の瞬間、何もかもが終わった。  見慣れた家々は瓦礫と化していた。  地面に吹き飛ばされていたエルネストは、何が起こったのかまったくわからず、ただ、ここが地獄なのか、とぼんやり思った。  痛みに、左頬を手の甲で擦った。血が出ていた。けれど、奇跡的に他に怪我はない。 「……っ」  すぐに黄色い長靴の男の子のことを思い出した。瓦礫の隅に、ぐったりと横たわっているのが見えた。長靴は履いていない。脱げて、どこかに飛ばされたようだった。急いで立ち上がって近づき、抱きかかえる。 「おいっ」  呼びかけても返事はない。手のひらに温かなものがべったりと付いた。腹の辺り、セーターから血が滲み出ていた。 「おい、しっかりしろ!」  どうしたらいいのかなんてわからない。  止まってくれ……っ!  祈りながら、腹を押さえた。けれど指の隙間からみるみる溢れ出す。真っ白な雪が男の子の血で真っ赤に染まっていく。それに反して頬は青くなり、身体はどんどん冷えていく。  怖くなった。限りなく、怖くなった。 「誰かっ! 誰かいませんかっ」  声の限り、辺りに呼びかけた。でも聞こえるのは続く爆撃音ばかり。 「生きろ! 生きるんだ! お願いだ、生きてくれっ」  温めるようにその小さな身体を抱き締めて、涙声で叫んだ。そんなことしか、エルネストにできることはなかった。  その後のことは政変の混乱で記憶が曖昧になっていた。  あの子は助かったのだろうか。自身の腕の中で死んだことを受け入れ切れずに、記憶を改ざんしてしまったのだろうか。そんなことまで考えた。 「私はあなたの止血のお陰で一命を取り留め、孤児院へ、そして現在の両親の元へと引き取られました」 「そうか、リヒャルト、おまえが……」  あの男の子が今、生きて目の前に居る。胸が熱くなった。 「私は物心ついたある日、エルネスト、あなたを探したのです。そのときにはすでに、この組織をつくり上げていた」 「……ああ、そうだったろうな」  エルネストが『太陽の国』の活動を始めたのは、政変から三年後、十六歳の時だった。

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