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第5話
『こちら第一部隊、村人の退避は完了した、どうぞ』
「了解、部隊も撤収に移ってくれ、どうぞ」
木陰に身を隠したエルネストはトランシーバーに向かって返事をする。
深夜。辺りはピンと張り詰めた冷えた空気と、自分の鼓動の音さえ聞こえそうな静けさとに包まれていた。
鬱蒼とした森に隠れるように、工場、そして目の前には倉庫が立っている。中には麻薬が山積みだと、ロイの調査で判明済みだった。
「おい、エルネスト」
囁き声に振り向くと、バッガスが背後にやって来ていた。
「どうした」
「撤収は他の奴らに任せて、こっちの手伝いに来てやったぜ」
そう言って、親指を立ててみせる。
「ありがたい」
エルネスト率いる第三部隊が、一番人数が少なかった。麻薬を焼くだけだが、撤退の殿を務めることになる、重要なポジションでもある。
「準備はいいか?」
同志に声を掛けた時、空を揺るがす爆音が轟いた。第二部隊の作戦が始まったのだ。
「なんだ、今の音!?」
「工場のほうからだ!」
倉庫前を見張っていた警備兵たちが慌てふためき、持ち場を離れて駆け出していく。もくろみ通りだ。
「行くぞ!」
火炎放射器と爆薬の詰められた鞄を持ったエルネストは、右腕を振り、部隊に前進を指揮した。ここまで順調だった。リヒャルトからの連絡によると犠牲者も出ていない。あとは麻薬を焼き払うだけだ。
爆破音に紛れて、倉庫の鍵を銃で撃ち、破壊した。遠景には工場から上がる炎と煙、そして警備兵たちの怒号。静寂はあっという間に破られ、エルネストに二十年前のあの日を思い出させた。
ゴゴゴと、重たい扉を開くと、見渡す限りにうず高く積まれた荷が現れた。一見すると、袋に詰められたただの穀物のようだった。
バッガスがナイフで袋を切り裂いた。零れた白い粉を指先に取り、舐める。
「当たりだ」
「よし、作業にかかれ!」
エルネストが声を上げた時だった。
「そこまでです」
カツンと硬質な靴音とともに聞こえたのは、ここに居るはずのない人物の声だった。
「っ、おまえ、どうして、ここに……」
振り返り、エルネストは喘ぐような声を出した。全身に冷水を浴びせられたかのようだった。
リヒャルトが銃口をこちらに向けて立っていたからだ。
「あなたが、あまりに甘いので」
そう言って、アイスブルーの瞳が薄く笑む。紺色の上等なスーツを纏った彼は、杖など突いていなかった。まっすぐに立ち、銃を構える姿には寸分の隙もない。
「ほ、ほらな、エルネスト! こいつは裏切り者だって言っただろ!」
バッガスも即座に銃を抜き、噛みつかんばかりに吠えた。
「…………」
エルネストはただその青い瞳をまっすぐに見つめた。初めて会ったときよりも冷たい色に見えた。
――まさか。
この時のために、太陽の国に潜入していたというのか?
俺たちを反分子として捕まえるために……?
――いや、そんなはずはない。
腹の傷は? 子供の頃の思い出は?
『私の人生はすべて、あなただった!』
あの涙は、嘘だったというのか……?
エルネストの中でふたつの想いがギリギリとせめぎ合う。
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